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  • 2019.04.23 Tuesday
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カフェ・プリピャチでソ連の神を観る - チェルノブイリツアー

プリピャチポート傍にある カフェ プリピャチ Кафе Припять / Cafe Pripyat

 

近況報告、仕事が結構忙しいな。

あと、喘息気味なんだけど、これがなかなか治らなくて、GW の旅行が心配。

なんであんな国に行くんだろうな、ヘンテコな国行かないでタイとかでダラダラしたいわ。

 

本編。

 

 

郵便局訪問の後、シティセントラルに戻ってきた。

 

もうね、夕焼けも終わりそうであとちょっとで日没っていう時間。

日没はこのツアーでは好ましくないので、(電気来てないからさ) 日が暮れる前までにはこの町から出たいみたい。

で、滞在するチェルノブイリタウンのホテルまで行くのだ。

 

カフェ プリピャチ

一日目最後の訪問地となるのはプリピャチの港 (Pripyat port) だった。

セントラルから北東の運河沿いにある。

港の前で車を降りて、港の見学の前に一軒立ち寄る。

ここは、その港?というか波止場の傍にあるカフェテリア Cafe Pripyat / Кафе Припять だ。

上の看板に Припять (プリピャチ) って書いてある。

 

中に入る。

 

これ、なんだかわかる?

この記事書く時気付いたんだけど、これはドアだな。

木とガラスで装飾されたドアだ。

写真の下にドアの取っ手が残ってるでしょ

 

朽ち果てているけれどここには一応、一日目の締めに相応しく見応えのあるものが残ってる。

 

はい、こんな風に大きなステンドグラスが窓に残ってるのだ。

 

綺麗だな!

ソビエトなのに、宗教画みたいなのはなぜなんだ!

 

でも、こんなシンボリックな天使みたいなステンドグラスが綺麗に残っているのは、実はメンテナンス入れてるんじゃないかと疑う。

 

一応、これが、この瞬間が、このステンドグラスが二日間ツアー一日目のトリなので、それなりに重みをもって鑑賞するべきだが。

 

これがソビエトのプロパガンダがさり気なく入っている部分。

あの星のマークの事らしい。

ソビエトの神とは矛盾だらけだが、無意識に神らしきものにすがっていたのかなぁと勝手に思う。

いや、意図的に信仰心を利用しようとしていたのかも。

郵便局のガガーリンといい、ここのステンドグラスといい、

 

それにしても、自分の記事が「神」「神」と続いて、ちょっと煩いな。

神々の特売大セールみたいになってたわ。

 # あーちなみに私は無宗教です。

 

 

なお、一応、以下のリンクに事故前のこの辺りの写真がある。

 

Cafe Pripyat

 

当時の様子が窺い知れてこれはこれで良いね。

今は森に埋もれているけれど、昔はとても整備された場所だったんだな。

ステンドグラスは正面の窓一杯に貼ってあったのか、それとももともと一部だったのか気になる。

上のリンクで当時の写真を見ても、ステンドグラスの貼られ方はよくわからんのよね。

 

 

サムネイル対策用

 

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ピアノショップで生活水準の高さを思う - チェルノブイリツアー

ピアノショップには当時のピアノが沢山残ってる。

 

 

近況としては、あまり調子が良くないんだよなぁ

知ってる人にしかわからない、どうでもいい近況報告としては、

ソニックマニアに行きたい。

NIN とマイブラが出るから。

でもソニックマニアは深夜だから、それがどうしても嫌なんだよな。

 

それと、ポケモンGo の EX レイドで、個体値 100% のミュウツーをゲットして結構驚いた。

カイオーガ 100% (ブースト付き) に続いて伝説の 100% は二匹目だ。

以前、神保町でルギア 100% を逃したのは悲しい思い出。

 

GW の旅行内容は相変わらず秘密だ。

 

で、本編

 

ピアノショップ

郵便局の後はピアノショップ (Пиано магазин) に立ち寄った。

 

記憶はあいまいだけど、ここは徒歩だったか、車移動だったか。。。

 

どこもかしこもソビエト的な団地が続く。

 

おそらくガイドを先頭に一軒の建物に入る我々。

 

ピアノショップというのは、中でピアノを見て知った。

以降の写真は怒涛のピアノラッシュ。

 

こうしてみるとなかなか立派な店構え

 

事故前のプリピャチの街は近代的な建物が立ち並んで最新の設備を整えてたし、住民は原発の恩恵を受けていてかなり優雅な生活を送っていたみたい。

 


これまで見てきたように公共施設も充実していた。プールしかり、文化センターしかり。
街は綺麗に整備されいて、またバラの花が咲いていたってエレナの本に書いてあった。

 

動画として観る事ができる (YouTube にアップされていたけれどなぜか削除された) 生活風景の中には、プリピャチのポートから船に乗っている風景もある。

 


プリピャチのポートを地図で見る限り、ポートから広がる水路は外洋に繋がっているように見えないので、単なる冷却用の貯水池だったのかも。


したがって、ポートは運搬等の業務用に使っていたんじゃなく、遊覧船で乗り回す雅な娯楽だったんだと思ってる。
チェルノブイリタウンのポートの方は外洋に通じてるように見えるので、こっちは実用的だね。
プリピャチ川からドニエプル川を経て黒海に出る事も可能と思われる。

 

なお、ポートにも訪れたので、この事は次回か次々回で触れると思う。
ここで言いたいのは住民は生活レベルが高かったって事。

 

だからこんなピアノショップがあって、住民にとってピアノは普通に手が届くものだったって窺い知れる。
そうでなければピアノを売る専門店なんかが成り立つわけないんだし。(ソビエト的には売上とか無関係なんだっけ?)

 

現在のピアノショップはこんな風にピアノが沢山残される。

こんな風にシャレオツな店内の感じも残っているように思える。

 


また、鳩が住処にしてしまったようで、鳩の死骸や落とし物があるようなちょっと不衛生な場所になってた。

 

 

エレナエレナってうるさくてごめんなさい。

エレナの説明によれば、キエフでは事故の後、放射能汚染された中古テレビが出回ったとある。

火事場泥棒みたいなのは、こんな放射能汚染地帯でもあったんだね。

でも、こうしてピアノは残っているのをみると、火事場泥棒で持ち出すには大きすぎるしかさばるって事かね。

テレビはいける、ピアノはダメって事は、火事場泥棒はセダンで来てたんじゃないかなと私は勝手に憶測しております。

いや、違うかな。ピアノは二人がかりでも持ち運びは厳しい一方でブラウン管テレビなら持ち運びしやすい。

だからトラックで来ていても不思議じゃないな。

 

サムネ対策用

 

 

 

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郵便局でガガーリンは神になる - チェルノブイリツアー

ユーリイ・ガガーリン (Юрий Алексеевич Гагарин / Yuri Alekseyevich Gagarin)

 

まず近況報告ですが、2 月半ば、突然モルディブへ行ってきました。

高級リゾートでもダイブサファリでもない。

ローカルアイランドでは一番有名なマアフシ島でダイビング三昧、、、のはずだったんだけど。

 

2/11 の午後のダイビング (つまりダイビング二日目) 後に、なんかいつもより寒さを感じ、それは深夜には悪寒に変わってました。

体調が極端に悪化したようで、それで深夜二時に目が覚めてしまったというね。

翌日はもう関節が痛くて、熱出てるのを自覚しました。

 

まず薬局に行ったのですが、自分の表情等をみて「病院へ行った方がいい」とう話になり、目の前にある病院へ行きました。

病院で熱計ると 38.2 まで上がってて、咳もとまらず点滴打ちながらそのまま一日入院という。

処方箋飲んでその日の夜までには歩けるくらいには回復。

医師の診断は Upper respiratory tract infection だと。上気道感染症?

無知な私はググって見たところ、ようするに "風邪" ということでいいらしい。

現地の人たちは "モルディビアン・コールド" とか言ってた。モルディブで風邪引いたときの典型的な症状らしい。

これはマラリアでもコレラでもデング熱でもないって。

 

でもその後 2 日間はゲストハウスで安静にしてた。

もし、ラスドゥへも行くプランだったら結構無茶な移動になってたわ。

あと、場所が一応病院などの設備があるマアフシ島で良かったと思う。

もっとローカルな島だったら、マレに帰らなければならないような事態に陥ったかもしれないし。

 

3 日後、いい加減飽きてきて午後からダイビングに復帰。

医者的にはもう一日待って自己責任でダイビングして。また、ダイビングしたら熱がぶり返すかもとか言ってたけど、そこは決行したね。

もう一日まって翌日の朝からダイビング参加するのと、その日の午後から参加する事の差異に根拠はないと思えたから。

 

そんなこんなでせっかくのマアフシ島だったのに 10 ダイブしか出来なかった。

あと、抗生剤が無くなるまで飲んでたせいで、服用期間中はお腹壊れたままだったね。

ペニシリンが自分、ダメなの知ってたけれど、他の種類の抗生物質もやっぱりお腹壊しやすいみたい。

旅先ではちょくちょく体調崩すけれど、ここまで酷く崩したのはモロッコのメルズーガ以来じゃないかと思う。

 

あと、モルディブは大統領がらみの非常事態宣言中だったけど、大した影響無かった。

マレの街を観光した際、東のはずれの人口海岸辺りにある Hiyfaseyha Maidhaan でデモ?やってた。
めっちゃテレビ局のカメラも来てた。
ただし、そんなに殺伐としてなかった。

ただ、非常事態宣言がらみではそんだけ。

 

普段モルディブは中国人で大混雑と聞いていたし、ちょっと旧正月と被っていたのでそれも心配していたけれど、この非常事態宣言のせいか、中国人混雑はそれほど見受けられなかった。

次の旅行はいわずもがな GW だけど、行先は直前までひみつだ。

 

 

じゃ、本編。

 

郵便局のガガーリン

プリピャチの街には郵便局も当然あったわけだけど、その郵便局は現在のチェルノブイリツアーでも割と立ち寄るスポットの一つだ。

 

ここが郵便局の跡地。

 

郵便局には人類で初めて宇宙に行ったユーリ・ガガーリンの壁画が綺麗に残っている。
これはソビエトが人類で初めて宇宙へ行った事で優越感を得るようになっているらしい。

 

女の人とガガーリンの間に書かかれている "почта СССР" とは「ソビエト連邦郵便」 だ。

その他、色使いが全体的に綺麗。

またまるで宗教画みたいなのも印象的だ。

 

ここの壁画もピンクフロイドの Marooned の PV に出てくる。

 

         

 

Pink Floyd - Marooned (Official Music Video)

 

2:55 くらいから。

 

 

本当かどうか諸説あるけれど、ガガーリンは帰還後に神はいなかったと言っていたとされている。
それでこの壁画を見ると思うのは、「神はいない」と言ったガガーリンが神みたいに描かれているって事。

 

ちゃんとガイドに聞かなかったんだけれど、この後行くプリピャチポート近くとプリピャチカフェの窓ガラスは、ステンドグラスになっているのだけれど、そのステンドグラスはさりげなくソビエトのマークが入っていて、今で言うところのサブリミナル効果のような狙いがあったらしい。

 

だから、とういうか、共産主義的に "神" はいないのだけれど、何かにすがりたい人達にとってすがる対象になっていたのかもね。
Wikipedia でみるにガガーリンは地球に帰還した後、称賛される一方で本人は酒浸りになったとか。
また、不慮の事故というか、よくわからない死に方をしていて、陰謀説とかも根強くあったり。

 

それと、そもそもの話として、ガガーリンが生きて帰ってくるとは思っていなかった節がソビエト当局にはあって、結構命を軽んじている感じ。

ソビエトの人権なんてそんなもんかな。

 

そういえばガガーリンが宇宙に行った同じ年の 1961 年、ソビエトには女性宇宙飛行士の事故隠蔽疑惑ってのがある。

現在公にはテレシコワが 1963 年に行ったのが初めとされているけれど、1961 年、無人の探査機が大気圏に再突入する際にイタリアのアマチュア無線家が録音したというのが YouTube 等で聞く事が出来る。

Lost Cosmonaut 翻訳されたサイトも探せば見つかる。

大気圏突入時に燃える宇宙船の中で必死に地上に呼びかけているっていう恐ろしい内容だが、真偽は不明だ。

本当だったとしたら、怖い話だし、実際にあり得る話だからリアルだなぁって個人的には思う。

 

後ろの個室みたいなのは電話が設置されていたらしいって、トルクメニスタンで写真を見せた時に教えてもらった。
電話ボックスみたいなもんか。

 

床がガラスだらけなのはここも同じ。

 

郵便局の入り口付近。

こんな感じでドア一つ隔てて "ガガーリンの間" に繋がっている。

 

外出た。

二階、三階もあるようだけれど、僕らが訪れたのは一階のみ。

二階と三階を想像すると、どころどころガラクタが散乱してる廃墟でしょ。

行かなくても想像出来てしまう。

 

ソビエト シンボル

 

これは郵便局の建物の横の壁にあるモニュメント

 

こういうの観る度、ソビエトってホントに無信教なのかと疑問が湧いてくる。

 

郵便局の内容が短かったので、郵便局訪問前後に街で見かけたソビエトシンボルをちょっと紹介。

 

これはどこだっけな。

もしかしたら、噂の病院 hospital 126 かも。

 

高層マンションの屋上にはあちらこちらにこんな感じでソビエトのマーク (鎌と槌) が残っているんだよね。

 

登頂したのと同じタイプの高層マンションの頂上を見てほしい。

 

ここにもソビエトのマークが。

あちらこちらにソビエトのマークが保存状態良く残っていて大変満足。

こういうのも後数十年もしたら劣化して倒壊しちゃうのかもなぁ

 

 

サムネイル対策用

 

 

 

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ガスマスクだらけの中学校 - チェルノブイリツアー

ガスマスク

 

 

近況報告ですが、どたばたした挙句、急遽モルディブ行きが決定しました。

休暇になるのが決まったのは一週間前。そこからデスクワークしてここまで計画をもっていくの、結構エネルギー使った。

 

明日 11/8 早朝からフライトなんだけれど、その前にせめてブログを更新しようと思って書いてます。

スケジュール作成したのでみてください。

 

モルディブ ダイビング旅は突然に

http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/80133/

 

ま、見てわかる通り、ローカル島の中では一番知名度のあるマーフシ島でダラダラしつつダイビングなんぞを適当に挟んでリラックスする旅。

ダイブサファリでもよかったけれど、ちょうどタイミングよく乗船出来るダイブサファリなんてなかったわ。

ほか、ほとんど何もしない。マーレでも一泊するくらい。本当に圧縮するプランから脱却したい。
ぶっちゃけまいってる気がするし、疲れたくない。

 

最近の旅を振り返ってみても、コーカサス、ウクライナ、トルクメニスタン、ベネズエラ、エチオピア、キューバ、マダガスカル、タンザニア、などなどそれもこれも非常に気が抜けない超タイトスケジュールだった事のカウンターだな。

ああ、四日くらいでいく近場の海外も、せっかくだからと思って詰め込みまくって疲れて帰ってくるということを繰り返していたわ。

 

モルディブに関して、それでもラスドゥくらいは別途行くようにすればよかったわ。。

あっちの方が環礁に囲まれている感じがするし。

ラスドゥを知るのが遅かったわ

 

ところで、モルディブ、直近で非常事態宣言なんか出やがって心配だ。

でも、毎回何かどこかしら懸念点はあって、完璧な状態で旅をするなんて事の方が珍しいのだ。

これはお蝶婦人のテニスに対する取り組みのようなものだのだ。

 

 

 

で、本編。

 

スイミングプールから続いて訪れたのは Middle School Number 3 だ。

http://chernobylgallery.com/galleries/pripyat-middle-school-3/ これ。

 

ガイドに聞いた所では小学校でもあり、中学校でもあるらしいが、方々のサイトで確認すると中学校とある。

北カフカスの北オセチアにあるベスラン学校の襲撃事件 のあったベスラン学校も、あれも確か小中学校だったはずだ。

小学校と中学校が一緒なのがソビエトのスタンダードだったんかね?

 


Middle School Number 3 はストレートに日本語訳すると第三中学校ってことだね。


ちなみに前回のスイミングプールの隣の建物なので、徒歩移動。

位置を確認したい人は地図を見てくれ。

以下サイト内のマップの Pripyat を開き、"III Microdistrict" 内にある。


Chernobyl Maps
http://www.chernobylmaps.com/

 

Pripyat
http://www.chernobylmaps.com/wp-content/uploads/2014/01/PRIPYAT_CITY_CM.pdf


ここの中学校もチェルノブイリツアーでは大抵行くスポットだろう。
有名にしているのは建物の保存状態が良好な事と、なにより大量のガスマスクが放置されているから。

 

ガスマスク

こんな感じで。

ちなみにここは確か食堂?っていってたかな?

 

テーブルが置いてあって、まるで祭壇みたいに本とかお賽銭が置かれてるんだけど、慰霊碑みたいなノリでやっているのかなって思った。

 

ここのガスマスクは、とーーーってもツーリスティック。

こんなテレビの額と、ガスマスク群の真ん中に椅子が置かれていて、ぬいぐるみにガスマスクが付けられて置いてあるわけ。

 

完全にディスプレイされた感じ。

頭の中が Slipknot の曲がかかる。(別に好きじゃない。全体的には退屈なんだよな)

 

いや、もはやデコレートといってもいい。

日帰りツアー客がこれみて幻滅するのは理解出来る。

あんな飾り、まじでセンス疑う。

 

なお、これらガスマスクは、原発事故を想定していたわけじゃなくて、冷戦時に核戦争なんかの備えだったらしい。

原発事故の時、役に立ったのかどうかわらかない。

裏づけないけれど、事故当時の映像を見るとみんなこんな感じの付けてるから、やっぱり役に立ったんじゃないかな。

 

 

で、構内の他の部屋もまわる。

ガイドはここのガスマスク部屋で待ってるから、決まった時間まで自由行動だと。

 

物理学室

 

とりあえず、物理学室がお勧めって事でやってきた。

教室の上には電波に関する教材が。

 

中学校でこんな難しいのやってたのか。すげーなソビエトって。

 

どのような教科書かわからないけれど、描かれた男性達が「ザ・ソビエト」って感じでおもろい。

ステレオタイプなソビエトの人。

レーニンみたいなの。

 

黒板は当時書かれたものか、後の訪問者が落書きしたのかわからない。

 

準備室の方。

物が散乱していて、あんま奥へ入っていけない。

入っていったとしても、特になにも無いので、徒労に終わる事を徐々に自覚し始めたころ。

 

構内その他の見所

 

 

こっちの部屋は見ての通り本だらけ。

図書室か?

 

廊下の掲示板。

 

階段を上る。

こんな風に実はもう外は結構暗い。

ガイドがかなり巻きで我々を誘導しているのも頷ける。

行くべき所は多いのに、日没まで時間が足りない。

 

多分、トイレ。

 

多分ね、教室より廊下の掲示板とかの方が当時の張り紙が風刺みたいに残っていて、興味深く見ていられる。

 

これは宇宙工学か。

ボストークとかガガーリンとか?

 

廊下。

前回書いたピンク・フロイド (Pink Floyd) の Marooned にもこんな廊下で人影を追いかけるシーンがあったな。

 

         

 

Pink Floyd - Marooned (Official Music Video)

 

屋上へ

 

どんどん上に登っていき、屋上手前。

この辺にもガスマスクが散乱。

 

多分、ガスマスクはこんな感じの木箱に入っていたんだろうね。

ソビエトは核戦争の準備万全だったんだね。

 

で、ここが学校の屋上。

あれだ、ここでスクールアイドルは練習するんだ。

 

高層マンションなんかが木々の間に見えるけれど、木々はあまりにも高く伸びているので、視界は良好と言いにくい。

 

構内の中庭を撮ってみる。

校舎の造り、デザインがちょっとわかる。

 

音楽室。

相変わらずものが散乱

 

あのレコードで何か聞けるのかすっごい興味あり。

その気になれば今でも音は出るんだろうなぁ

きっと無難にクラシックじゃないかな?

 

廊下まではみ出る本。

 

部屋の中も本と本と本とか。

本の上を本を踏んずけて歩く。

 

まあ本当はもっといろいろあるんだろうけれど、限られた時間で見て回れたのはこれくらい。

 

 

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スイミングプール - チェルノブイリツアー

Azure Swimming Pool (Басейн Лазурний/ Бассейн Лазурный) もしくは、Public Pool "Lazurny"

 

 

ちょっと年末年始を挟んだり、身の回りのドタバタで更新が滞ってた。(遅い事に言い訳するのはいつも通りだな、我ながら)

今日は積雪のせいで早めに帰れたから、ブログを書く余裕があるな。

本当はもうちょっとブログ書くペースを上げたいんだけれど。

 

近況としては、年末年始のラオス旅行は思ったより良かったわ。

なんとなくなラオス旅

 

いつもタイト過ぎるスケジュールで疲れ果てるから、今回はせいぜいホテルの予約だけして、綿密な下調べやアポ取りなんかせず気楽に行こうと思っていたけれど、ふたを開けてみれば結局超弾丸旅で疲れ果てたわ。

これは性格なのかな。なかなか行けないと思うといろいろ欲張ってしまう。

 

ラオスの定番スポットだけどシーパンドンやルアンパバーンは雰囲気良かったね。

でも二度三度行くような、いわゆるリピーターにはならなそう。

ラオスにまた行くとしても、まだ行ってない所かな。ジャール平原とか。

ラオス旅、Facebook やインスタにはリアルタイムでちょっとずつ訪問時の写真をアップしてきたから、気が向いたら見てみてください。

 

 

さて、本題はチェルノブイリツアー プリピャチ市内のスイミングプールについて書く。
このブログは一応訪問した順に書いているから、スイミングプールはお題として順当だ。

 

どうでもいいことだけど、チェルノブイリの事をブログにするにあたり、ちょっと軌道修正する。

前回までの記事、一つの記事内に複数行った所を書いた後、それをタイトルに羅列していたからバラバラして分かりにくかった。

また、タイトルは見出しだから、もっとタイトルに分かりやすく "チェルノブイリツアー" って入れるべきと思った。

 

バスケットコート

スイミングプールというタイトル付けて小見出しがバスケットコート。

この施設はもちろんスイミングプールがメインだけど、バスケットコートも備えられてる。

 

入り口付近。

物が散乱してて相変わらず気を付けて歩く必要あり。

 

バスケットコート。

またしても。

バスケットコートは文化センターにもあったから。

 

でも、文化センターのに比べればちょっと規模は小さい。

特に床に関して、文化センターより若干損傷が激しい。

 

プールとバスケットは当時の流行りだったのか?って思ったのもつかの間、現代の日本の公営の体育館施設を思い出すと大抵プールとバスケットコート (兼体育館) を備えている事を思い出した。

って事は、今も昔も世界どこでもスポーツ施設としてとてもありがちな組み合わせって事かもしれない。

 

一応、英語版 wikipedia にはここのプールにはバスケットコートがあったことが書いてある。

 

 Currently, the swimming pool and the adjacent indoor basketball court are abandoned.

 

スイミングプール

 


Azure Swimming Pool (Басейн Лазурний/ Бассейн Лазурный) もしくは、Public Pool "Lazurny"。

 

Lazurny は Azure の事で、Azure は紺碧だから "紺碧のプール" ?
しっくりこないけれど、そんな感じだな。

ここはプリピャチの有名な見所の一つなので、プリピャチを見て回るツアーなら大抵ここにも立ち寄るんじゃないかな?

・・・あの落書きがとても鬱陶しい。

 

高飛び込みのプールを兼ねているから飛び込み台側は深い。

 


高飛び込みの飛び込み台が残る。

 

長さは 22 メートルのプール。

文化センターのプールもそうだけれど、どちらのプールも長さが一般的なプールより短い。

日本だったら小学校にあるプールは少なくとも 25 メートルはある。

 


さて、wikipedia に書いてあったのだけれど、このプールは 1998 年まで使われていたらしい。
1998 なんて結構最近じゃん。たったの 20 年前の話。


チェルノブイリ原子力発電所事故は 1986 だから、事故の後も 12 年間利用されて続けたって事だね。
リクビダートル達がプールとして使っていたというから驚きだ。
一般的に、スポーツジムではスイミングプールが一番維持費がかかるって聞いた事ある。
それにここは周りが廃墟だし、高濃度で汚染されたエリアのど真ん中だ。
そんな特殊な場所でプールが利用可能なように維持されていたのは、本当にすごい。

 

廃墟のプリピャチの街中でここのプールだけ、煌々と明かりがともされて潤沢に水があったのかと思うと、それはなかなかイメージしにくい。
とても不思議な光景だったんじゃないかな?

 

一応画像検索してみると、結構出てくる。
これは 1996 の写真らしい。

窓ガラスが曇っていて外が良く見えないせいか、案外普通に "寂れたプール" って感じだ。(窓ガラスが曇ってるって事は暖房設備もちゃんとしてるって事だね)
リクビダートル達は、地獄みたいな事故処理作業の終業後にここで泳いだら、いい感じでリフレッシュして気持ちよかったのかもな。

 

プールに使っていた水はどうかな?

この辺の水は間違いなく汚染されているぞ。

水だけキエフから持ってくるってのも現実的じゃない気がする。

自分の勝手な憶測だけど、プールに使っていた水は運河の水をろ過したもの。

ある程度綺麗にはなっただろうけれど、放射能汚染って点では除染されていたか疑問だな。

 

おそらく採暖室につながってる階段。

 

プールの出入口。

奥にプールが見える。

 

出入口すぐ近くのトイレ。

 

раздевальный これは更衣室。マークから男性用更衣室か。

 

表玄関。上の方にある写真の奥に当たる。

 

ピンク・フロイド (Pink Floyd) の Marooned


ピンク・フロイド (Pink Floyd) に Marooned っていうインストゥルメンタルの曲がある。
この曲はお気に入りアルバム:The Division Bell (邦題は "対") に入っている。
訳せば "孤立" って事になるか。

 

          

 

 

Pink Floyd - Marooned (Official Music Video)

 

いわずもがな、大好きな曲です。
この Marooned の Official Music Video は曲の途中からプリピャチの廃墟が延々と流れるのだけど、この廃墟の Azure Swimming Pool も出てくる。


このプリピャチはとても "孤立" しているから曲のタイトルにド直球ってところかね。
個人的には、曲の冒頭に入ってる波の音やカモメの鳴き声から、この曲は The Division Bell の中ジャケの写真のような静かな海岸をイメージしていたんだけれど。

 

で、最初に Music Video 観た時、ちょっと混乱した。
The Division Bell がリリースされたのは、1994 年だから、リリース当時、まだこのプールは利用されていたはずだ。
なのに、Music Video の中のプールは既に廃墟になっている。


これは、The Division Bell の リリース 20 周年にあたる 2014 年に記念盤がリリースされるにあたりこの Music Video は制作されたって事。
そうか、とわかればそれまでなんだけれど、利用を止めてたったの 20 年でここまで朽ち果ててるのかって気付きもあった。
コンクリートの建造物でも、人がメンテナンスをしないとすぐに朽ちてしまうだなぁって
もっと前から廃墟だった周りの町の廃墟具合とほとんど変わらないじゃないか。

 

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スタジアムと高層マンション登頂 - プリピャチ

プリピャチの高層マンションに登頂!

眺め最高!

 

 

前回の件で自分はちょっと腹が立ってた。

4 人で置いてけぼりくらった件だ。

遊園地をしっかり観る時間が取れなかったのも。。。

先を急いだせいで逆に時間が無くなってるっていうね、もう。。。

 

スタジアム跡

遊園地を後にしたウチラはガイドを先頭に歩く。

ここは、、、もやは森のような場所。

 

前回同様、プリピャチの地図を貼る。

Pripyat

 

連なって歩くと、森の向こうになにか見えてきた。

 

ああ、これはスタジアムの観客席の跡だな。

じゃあ、グラウンドは?って一瞬わからなかった。

が、今自分が歩いてきた森がグラウンドだった事に気付く。

 

観客席と森の境はこんな感じ。

マジか!芸術的で驚異的だ!

廃墟ではよく思うことだけれど、植物の生命力って凄いよな!

人工物を簡単に突き破ってくるからさ。

木の成長速度は測定出来ない程高い! 

 

グラウンドは土だっただろうから、植物は元々育ちやすいんだろう。

それでもここまで立派な木が生えてしまう事に月日の流れを感じるわ。

30 年経っているからなぁ

木が育つのにそこまで時間はかからないだろうから、これが普通なんだろうな。

 

なんていうんだ?選手が控えからグラウンドに出てくる入り口の部分。

 

サイドの壁を見てみると、雨で溶けだしたコンクリート内の石灰で、なんとつららが出来てる。

グラウンドの森と同様、ここにも時間の経過を感じる。

 

ウチらは、観客席を上まで登った。

客席が木で出来ていて、腐食が激しい。

いや、30 年だから、これでももっている方かな。

 

上からの眺め。屋根がある部分のベンチは腐食があまり進んでいないね。

それにしても観客席からの眺めが "森" ってさ、、、なんか森を鑑賞する席みたい。

 

 

根岸森林公園

ここで余談なんだけど、自分が住んでる神奈川県横浜市に根岸森林公園っていう、自分もなかなかお気に入りの公園がある。

 # ちょっと脱線するので、それが嫌な人は下の方にある小見出し "高層マンション" まで進んでください。

 

公園のサイトはこれだな。

根岸森林公園オフィシャルサイト

 

花見の名所として地元では人気だ。

なんでこの公園を唐突に紹介しているかといえば、プリピャチのスタジアムを見てこの公園を連想したからだ。

 

花見の時はこんな風になる。

そこは戦前まで競馬場だった場所なので、広大な敷地がすり鉢状に残っていて、そこに桜が沢山生えているから、桜の見栄えが凄くいい。

 

で、競馬場の跡だから、観客席が今でも遺構として残ってる。

 

それが、ここのスタジアムの観客席に似てるなって思った。

これは裏側ね。

観客席がある側は今でもアメリカ軍のベースになっていて立ち入り出来ない。

この公園も戦後に接収されていたものを部分的に返してもらって公園になったっていう流れ。

 

いや、脱線してまで何が言いたいかというと、ここの観客席にプリピャチのスタジアムの観客席跡が似てるなっていうw

わざわざ言いたかったので、画像まで貼って説明してみました。

 

 

はい、プリピャチに戻ります。

 

スタジアムに残る鉄塔。

用途はわからん。

これは複数あって、既に倒れこんでる塔もある。

って事はこれも倒れる危険性あるかもな。

 

森の中を進む我々。

前を歩いている赤いパーカーの彼はロクな奴じゃない。

ドイツ人なんだけど、木の根っこや工場のパイプ管など蹴って壊してた。

さすがにガイドも注意してたな。

 

まぁこういう無理な奴ってどこにでもいるわな。

同じグループなのは短期間だし我慢だな。

せめて自分に被害が及ばなければいいんだけれど。。。

 

高層マンション

 

森の中にマンション群が見えてきた。

森が森過ぎる。。。

 

落ちてた靴。

こういうのは、ものすごく放射能汚染されていたりして超危険。

 

9階建て?かな?

マンションはあっちこっちにあるんだけど、一際高いやつに登るってさ。

 

窓は意図的に開けてあるんだったな。

開いてない窓は、後になって外から放水して割ったんじゃなかったかな。

 

ゴミ捨て場だな。

あの煙突みたいなのは各階のごみ捨ての口と繋がってる。

ああ、自分も小学校の時、校舎にそういうのあったな。

 

ガイドがなんか特別な部屋らしい所にウチらを連れてった。

 

そこは床一面に本。

本だらけ。

 

図書室とか言ってたかな。

 

テーブルの上の新聞。

января は一月の事だから、1986 年 1 月 10 日の新聞だ。

事故の三か月前の新聞だから、事故当時も既に古新聞だったって事になりそう。

 

なんか、TOEIC の写真問題思い出すわ。

 

さて、登頂タイム。

えっと、こいつは多分 16 階建て?

 

前回みんなで話し合ったルール通り、フィンランド人が後から来る自分を見てくれてる。

 

中、さすがにエレベーター動いていない。

っていうか、吹き抜けの穴と化しているので、階段で登るしかない。

いや、これがめちゃ大変だった。

 

郵便受け。

 

生活感というか、その痕跡がいいな。

 

階段をぐるぐる登っていくんだけど、各階はいろいろ家具らしきものが散乱してたりする。

 

各階で横も気になる。

部屋を見て回りたい。

でも、それは降りてくる時にちょっとずつ見学出来た。

 

エレベーターのドアがしっかり残ってるフロアだな。

これは珍しい。

 

窓の外。

 

だんだん見晴らしがよくなってきた。

 

エレベーターホールの暖房設備と思われる。

 

さっき、下でみたゴミ捨て場を上階からみた所。

小学校の掃除時間の時、ここから塵取りで集めたゴミを捨てたりしたな。

 

なぜかエレベーターホールに多く残るソファ。

もしかして、エレベーターを待っている時のために、腰かけられるようにもともとここに置いていたのかな。

 

階段を上って、いよいよ屋上という時に通る、最上階との隙間。

屋根裏部屋?

暖房施設や給水施設のパイプが沢山。

 

やっと、屋上!

いやー疲れた!

 

登っても登っても、まだまだ登り階段出てくるんだもんなぁ

息が上がったわ!運動不足を加味しても疲れた!

 

うっわー森の中にマンションだらけだ。

 

あそこは川だな。

後で川沿いの港にも行く事になる。

あれよりはるか彼方がベラルーシ領。

ベラルーシは事故当時、その時の風向きから、ウクライナ以上に被害を受けた。

ベラルーシのゴメリ、もしくはホメリ (Гомель / Homyel) という街は、今でも汚染に苦しんでいる。

 

前にも書いたけれど、チェルノブイリ ハートっていうドキュメント映画にゴメリが出てくる。

ゴメリでは多くの子供達が甲状腺がんになった。

 

 

 

ゴメリといえば、あのテニスのシャラポワも関連してる。

シャラポワの両親はゴメリ出身で、この事故の影響でニャガン (Nyagan / Нягань)っていう街に引っ越した後、僕らが知るシャラポワがそこで生まれた。

だから、事故がなければシャラポワはゴメリ出身だったかもしれないし、そもそもテニスをやっていなかった可能性だってある。

また、ウクライナと隣接するベラルーシ側の広大な森は、自然保護区 (Палескі радыяцыйна-экалагічны запаведнік) になっているんだけれど、研究者以外立ち入りは許可されていない。(ロンプラの掲示板がソース)

 

こんなウクライナ側とは違い、ベラルーシ側の状況っていうのはあまり簡単には見る事が出来ない。

凄く興味深い保護区なので行ってみたいのだが。。。
 

となりのマンション。

たぶん同じ型だ。

16 階建てっぽいから、やっぱりここは 16 階建ての屋上か。

 

発電所は御覧の通り。

 

事故の日、ここから凄まじい炎が上がるのが見えたに違いない。

そして見ていた人達は取り返しのつかない被曝をした。

 

四方に写真を沢山撮っておいた。

 

自分がいるマンションの鉄柵。(蜘蛛の巣付き)

鉄柵はサビて劣化しているので鉄柵の役割を果たしていない。

そういう点ですげー怖い。

落ちたら死ぬし!

 

はるかかなたにゴルフの打ちっぱなしみたいな人工物が見える。

あれが!当時のソビエトが誇るレーダー施設!Duga-3 だ!!!

座標は 51.305394, 30.064132

方角的にはプリピャチから南にある。

あれは本当にかっこいい!絶対に行きたかった場所だ!

 

実際、二日目に見学してテンション上がった。

じきにこれも記事にする。

 

なお、ガイドに「明日はあそこに登れるのか?」って聞いたら、ダメだって。

でも、YouTube に時々あれに登っている動画があるんだけど?って聞き直したけれども、劣化が激しくてもう無理だと。

 

可能な限り真下を撮ってみる。

こえぇええ〜〜

柵がほぼ無いしさぁ

放射線量以前に落下で死ねるわな。

 

やっぱりこっち側が沢山マンションが見えて、見栄えが良い。

 

ところで、プリピャチの町は大まかに 5 ブロックに分かれていて、このマンションは第四か第五ブロックに位置してるんだと思う。

根拠は同じ方向に観覧車と原発が見えたから、これを町から一緒の方角に見る事が出来るのは、町の北側に位置する第四か第五ブロックって事になりそう。

さっきリンクを貼った pdf をみると、第四か第五ブロックにもマンションが建ち並んでいるから、そのあたりからなんだろうな。

 

マンション内部

 

さて、マンションから降りつつ、ちょっとずつ部屋を見学する時間だ。

 

これがマンション内の典型的な部屋の一つ。

 

以外とここは小綺麗になってる。

 

そりゃあほこりとかたまっているけれど、少なくとも物であふれてるようなことはない。

 

あと、部屋毎に結構内装変えちゃって良かったのか、みんな割と好き勝手に部屋を飾ってる印象。

 

赤いソファ。

 

えーっと、オーブンかな?

 

エレベーターを真下に向かって撮影。

これも怖い!

カメラも絶対落としたくないわ!

 

まだ、14 階。

 

窓ガラス。

割れていて、危険。

ほんとね、放射能より普通に怪我の心配をする場所だ。

 

エレベーターホール。

ソファが歩行の邪魔。

 

マンションから出た。

ここからしばらく徒歩らしい。

 

ここにも自然の脅威が。

この穴自体、植物が開けちゃったってことか。

ガイド曰く、「あまり近づくな」と。クレパスみたいに割れて滑落する危険があるとか。

 

通学路を示す標識かな。

走ってるシルエットが可愛い。エモーショナルだ。

日本のは、もっと事務的じゃないか。

 

 

 

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タウンサイン、ホテル、遊園地 - プリピャチ

プリピャチの遊園地

 

ガイドとはぐれてマジで焦った場所。

 

 

町の呼び方について

まず、この "プリピャチ" というカタカナ読みだけど、あまり通じない。


どんな言い方だと通じるか、だけど、「プリピイェ (プリピエ)」みたいなニュアンスで発音したほうが通じやすいと思った。

この前ジョージアに行った時に知り合ったロシア人から、ロシア語の便利でカジュアルな挨拶として、プリビエ (Привет) って言い方教えてもらった。

それまでズドラーストヴツェしか知らなかったから、短くて言いやすいでしょう?って感じで。
「え〜?ロシアと旧ソ連圏行ってるのに、そんなのも知らないの?」って言われてしまいそうだけど、はい、すいません、しりませんでした。


そのロシア人には自分が前年にチェルノブイリに行った事を話していた。

挨拶としての "プリビエ" は町の名前:プリピエ (Припять) の言い方と大体似てるって。
だから、自分の中では、"プリビエ" って言えば、フランクなこんにちは。
"プリピエ" にすれば、このゴーストタウンの事って使い分け。

 

さて、プリピャチ (Прип'ять / Припять) の町。# ウクライナ語の方は一部文字化けするわ。

タウンサインから。

 

タウンサイン

タウンサインってわかります?

該当する日本語がよくわからんけど、町の限界の所にある町の名前が書かれた標識だね。

 

このプリピャチには御覧の通り、立派なタウンサインがある。

四号炉から東側の位置。道はちょっと回り込んでる。

 

ここはとても有名なプリピャチのタウンサイン (Стелла Припять)
座標:51.388474, 30.076802

白色が真新しく、町が廃墟化してもこのサインは補修されているに違いないな。

 

ヘアピンカーブみたいな場所。

僕らは当然、このサインの前で停車して撮影。

 

このサインから左に伸びた道を北に行くと、プリピャチの町のセントラルに着く。

 

1970 年って書いてあるのもそうだけど、全体的にずんぐりしていてレトロなデザインだと思った。
1964 年の東京オリンピックすら連想するのだけど、こういうのって当時の流行りのデザインだったのかな?

 

サインの袂は、お墓っぽい。

 

もしかして、お墓も兼ねている?

 

分厚いブロックの塊みたいなデザインがいい。

ロシア語でプリピャチって書いてあるね。

 

文化センター

さっきのタウンサインから、ミニバスで北上、線路をまたぐ鉄橋、通称:ブリッジ・オブ・デス を通り、街のメインスクエアに到着。

デスブリッジについては、後から立ち寄ったのでそのタイミングでもうちょっと掘り下げて書くつもり。

 

このプリピャチの地図のリンクを貼りましょう。

Pripyat

 

それと、YouTube に今回のルートと大体同じ回り方してる動画見つけた。

Путешествие по Припяти #2. Центр / Trip in Pripyat #2. Center

 

前の記事に貼ったスラブチッチの町からこの四号炉近くにある Semykhody Station に着く列車の動画と同じシリーズだね。

Поезд на ЧАЭС / Train to ChNPP

投稿者が同じだし。

 

アンビエントな BGM がなかなか雰囲気あって好きだな。

冒頭でタウンサインの撮影にレッドフォレスト (赤の森) に入り込んでて、なかなかチャレンジャー。

 

ここがプリピャチのメインスクエアだ!一階部分がスーパーマーケット的な集合住宅をみると、日本にもある古めの住宅公団のマンションみたいだ。

 

広場に隣接する文化センター:Palace of Culture Energetik (Дворец культуры Энергетик) 。

ホテル・ポリシアと繋がってる。

 

まずはこの中へ。

なお、ポリシアっていうのは、警察の事じゃなくて、この辺のエリアの名前らしい。

 

文化センターはスポーツジムやら催事場の役割があったようで、この複合施設はいろいろな見どころがあった。

ソビエト連邦当時の文化が残っているわけだから、そりゃもう興味深い場所だわな。

ホテルってタイトル内に付けたけれど、歩いた範囲って文化センターの箇所ばかりだったな。

 

エレナのサイトにも出てくるこの場所。その時代のこの地方のおえら方。

 

メーデーパレードの準備をしていたという事だけど、そのパレード用だったのかな?

この町でのパレードは避難のため、開催されなかった。

 

учиться, учится, учится!

В.И. Ленин

 

「勉強する、勉強する、勉強する!B.N. レーニン」だって。

レーニン名言集でググってみたところ、もっとそれっぽい訳があったわ。
これは、「学べ、学べ、なお学べ」だって。

 

座席表?

翻訳追い付かず。

 

部屋を移動すると、工場みたいなエリアに出た。

 

かなり暗い。

ガイドはガンガン先に行くからちっとも追い付かない。

はぐれそうなんだが。

 

СССР

ソ連って書かれたでかい看板?と偉い人。

栄光を伝えるはずの品々が高レベル放射能汚染された町に遺棄されてる。

皮肉じみてるね。

でも、この立て掛け方は演出だわな。

 

大学の大きめの教室みたいな所。

講演会等開かれていたのかな?

肝心のガイドが先走り過ぎてて全然説明聞けず。

 

階段上ったんだったかな?

ロビーっぽい所に出た。

 

とても大きな壁画が残ってる。

ゴーギャンみたいな人物像にキュビズムの要素と、なにやらベタな未来世界みたいな描写もある。

 

ゴーギャンみたいだったり、ディエゴみたいだったり、マティスみたいだったりした。

 

こういうアート作品はプロパガンダの意図が強い。

輝かしい未来世界のために手を取り合って働きましょう!みたいな。

 

足元。ガラスの破片だらけ。

 

歩くたびに、踏みつけたガラスがメリメリ悲鳴を上げる。

ここでのサンダルはほんとにあり得ないな。

 

このゴムの長細いのはなんだ?

 

さっきの絵の前だけど、床突き破って木が生えてるのがなんかすっごいなぁって

 

再び教室みたいな所。さっきとは別のね。

なぜか椅子が三つだけ残ってるんだが、やらせかな?意図は不明。

 

小部屋。

なんか事務室?

 

драматургия
ドラマツルギー (Dramaturgy) だ。

演劇論か、それから生じた社会学か、わかんないけど、この場所柄からは、演劇論の教科書かな?

 

部屋を何部屋も通り過ぎてく。

この建物の構造が全然入ってこない。

 

出た先は体育館みたいな所。

 

ここからは有名なプリピャチの観覧車が見えるぜ。

 

おお、よくサビてるわ。

あとであそこにも行きます。

 

反対側から見る体育館。

在りし日に思いをはぐらせる、とか、そんなくさい事は書きたくないけど、事故前は活気があったのかなぁって考えるとちょっと切ない。

 

感傷に浸っていたので、他の人たちから取り残される。

 

プールだ。

プリピャチには有名でもっとでかいプールがあるけれど、ここはそれをは違う。

この建物内のプールは 25 メートルが 3 コースで狭い。

有名なプールはこの日後から行ったので、そこで書く。

 

プールって維持するのに結構なコストがかかるらしいね。

ジムでもお金がかかるポイントって聞いたわ。

 

落書きはなんだあれ。

 

真新しいな。

夜中に潜入して書いたりするのかなあ

こういうのやめてほしいわ

 

リングがあった。

リングなのに、なぜか新体操のあん馬もあったり。

あん馬は他から持ってこられたのかな。

リングはヒョードルみたいな屈強な男が格闘技やってたに違いない。

 

どんだけ広いんだ。。。

リングのあった部屋から外を見たわけだけど、向こうの建物にもホテル・ポリシアって書いてある。

 

地図を自分も見直したんだけど、ああ、自分は文化センターの方にいるんだなってわかった。

 

外でた。

この建物の二階がさっきの体育館。

 

この建物、在りし日の姿が結構ネットに出回ってる。

例えば、このサイトとか。

Дворец культуры «Энергетик»

 

雪の日のどこかの家族の記念写真が切ないな。

記念に撮ったこの場所はもうこんな有様。

せめて生き残っていてほしいけれど。

 

それと、さっき見かけた肖像画がこの建物の正面に並んで飾られてるのも、いかにもソビエトっぽいなって思った。

 

 

とこで、ここで、我々、ツアー参加者 4 人がガイドや他の参加者から完全にはぐれてしまった。

まじか。

ガイドのペースが速すぎる事が問題だ。

ペースについては超不満が募る。

 

こんな汚染されたゴーストタウンで置いてけぼりとか、勘弁してほしい。

ただ、自分一人だったならまだしも、僕らも 4 人いるのが心強い。

一緒にいたのは、フイルムカメラで撮影してるカナダ人とフィンランド人のカップルとか。

カナダ人はなんと笛を持っていて、笛をピーピー吹いて呼びかける。

街の木々はとても鬱蒼と生い茂っていて、全然見通しが悪い。

 

そうこうしている内に 4 人でみんなを探しながら遊園地についてしまった。

 

遊園地

プリピャチ遊園地でひときわ目立つ観覧車。

ゴーストタウン:プリピャチのシンボルのようになっていて、「プリピャチの写真」っていうと大体この観覧車辺りになる事が多い。

なお、この遊園地は開園を直前に控えた状態であの事故が起こったものだから、一度も営業稼働しなかったという、悲しい逸話が。

 

ここで、ツアー参加者の残りに出会った。

ガイドは?と聞くと、僕らを探しに戻っていったとある。

僕らは、下手に探しに行かないほうが良いという結論になり、ガイドの戻りを待った。

 

ちょっと見て回る。

観覧車のコンテナ。

ゴンドラの床は高レベルに汚染された雨水がたまってるだったな。

 

トルクメニスタンのガイドにこの写真を見せた時、これはソ連時代に大量に造られたもので、ソ連圏には完全に同じデザインの観覧車があっちこっちにあったとの事。

トルクメニスタンの首都:アシガバートにもあったらしいが、もう今は取り壊されたらしい。

 

フルシチョフ時代の思想なのか、主にコスト削減の目的で、当時のソ連ではありとあらゆるものが大量に同じデザインで造られたという。

長靴ですら左右が無いものが出回っていたらしいじゃないか。

 

ブランコが回転するやつ。

そういえば、ここウクライナに来る前、7 月にハバロフスクへ行った時にも、アムール川沿いに遊園地があって、これが人気アトラクションだったの思い出した。

さすがにデザインはもっと新しいけど。


ここでガイド登場。ぼくらを探しに戻っていたらしい。

「じゃあ行こうか」って話になり、移動がはじまる。

まじかよ、ちゃんと遊園地見れてないよ!

他にゴーカートとかあったはずなのに、それを見ずに行ってしまうのかよ!

 

ただ、もう二度とはぐれるの禁止で、分かれ道等で自分の後ろより後続にツアー参加者がいる場合には、付いてきてるか見届けてから移動するっていうルールが急ごしらえで作られる。

 

結局遊園地の見物は不満が残ってしまった。

後ろ髪ひかれる思いで観覧車から遠ざかる。

ダレカタスケテー

 

 

次回

スタジアム、高層マンション登頂等。

 

 

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四号炉前、未完成五号炉、退廃の町、巨大ナマズ - チェルノブイリツアー

チェルノブイリ原子力発電所 事故のあった四号炉前 (The Chernobyl Nuclear Power Plant / Чорнобильська атомна електростанція) Reactor No. 4

 

 

近況、この前、Blade Runner 2049 観てきた。

評価に関しては難しい。カオスな都市の描写が控えめだと思ったけれど、それこそリドリー・スコットの意向らしいし。

続編として無難かなー

3 時間もあって長いなー

とか思った。

 

それと、年末年始の旅はようやく決まった。

せめて行った事のない国と思っていたけれど、なかなか休み取れる事が確定しなかったので、まともな航空券がなかなか無い。

そんな中、ラオスに行く事にした。

日本からは比較的行く人が多いのに、自分はまだ行ったことない、

フライト時間や金額が現実的な航空券を探した結果、そうなった、

あんませかせかした旅は控えたい、等で決まった。

まぁ、ラオスにそれほど興味があるわけでもないんだけど、無難にだらだら出来そう。

 

 

 

本編。

記事タイトルは欲張りすぎだって自覚。

なにせ、二日間のツアーだから。

いろいろ細かく回って、いろいろ見聞した結果と思ってください。

 

運河からの眺望

コパチ村の幼稚園を散策した後は、いよいよチェルノブイリ原子力発電所の四号炉の手前まで行く事になる。

地図は、以下二点になるんだけど、見ての通りで一号炉から四号炉とその周辺までしか確認出来ない。

 

Chernoibyl Nuclear Power Plant

 

Chernoibyl Nuclear Power Plant

 

実際、もうちょっと広域で観光しているので、以降 Google Map で補完しながら説明してみる。

 

チェルノブイリ原子力発電所四号炉が近づいた。

運河沿いの場所でウチラのバスは停まった。

バスを降りて写真を撮っていいと。

 

道路沿い。

結構トラックの行き来が盛んだ。

死の世界とか等は程遠い。

かなりせかせかした世界。

 

とか、いいながら、ちょっとトイレ。。。

 

道路渡った。

立ちションはこんな茂みですればいいんだけど、露骨に向こうには放射線マークの看板が刺さってて、こんな所で立ちションしてどうかならんか心配してしまう。

 

ほら、ミミズにションベンかけたら腫れるっていう迷信あるじゃん?あんな感じで。

あれってなんだろうなー

ションベンによりミミズから出る有害な気体で皮膚が爛れるとか?

 

ウチラのバス。

往来する車はかなり飛ばしてるから、横断も気を付けないとアブナイアブナイ

 

運河沿いからは四号炉の石棺が良く見えるわ

 

そのずぐに左には新シェルター。

2016 年 9 月の段階でほぼ完成していた。

まだ四号炉を覆っていなかったのはナイスタイミングだったわ。

 

四号炉の石棺より右には一号炉や二号炉が見える。

あーあの中を見学するツアーに参加したいわー

 

でも、やっぱり四号炉の圧倒的存在感。

もともと一号炉や二号炉と比べて不揃いに大きかったんだろうな。

 

未完成五号炉と六号炉

他に運河沿いから見えるもの

 

Google Map で座標 51°23'16.9"N 30°06'42.2"E 辺りの航空写真をやや広域で見てほしいのだけど、この一号炉〜四号炉までの複合施設とは別に運河を挟んで南東部に森林が広がっていて、その中にもなにやら建造物が見える。

 

それが〜

 

じゃん、これがその未完成の五号炉。(The unfinished Chernobyl Reactor 5)

 

ガイドの話では五号炉はほぼ完成していたのに、四号炉の事故の影響で稼働することはなく、そのまま錆付いて今に至る。

 

ほんとに完成?まだまだ建設中に見えるけどね。

剥き出しの鉄の錆付き具合がなかなか見応えがある。

あの問題作:ヱヴァンゲリオンQ の世界観みたいだと思った。
 

さらに東の敷地にも未完成の六号炉があるんだけど、六号炉はベースメントのみ造られた所だったため、建物としては存在しない。

広大な敷地のみ航空写真で確認出来るくらい。

座標はたぶん 51°22'42.0"N 30°07'39.7"E これだ。

五号炉、六号炉とじゃんじゃん出てくるのも新ヱヴァっぽいな (自分だけですか?そうですか)

 

さらに東には冷却塔 (The vast cooling tower of Reactor 5) がある。ここもすっごい見応えあったところ。

座標は 51°22'38.8"N 30°07'57.9"E

これは翌日に訪問するので、今は掘り下げない。

 

運河の巨大ナマズと噂

 

一号炉の真横のあたりまで来た。

座標では 51°23'17.6"N 30°06'47.1"E 辺りだな。

ここには運河をまたぐ鉄橋があって、その鉄橋には線路がかかってる。

 

それほど老朽化していないところから見ると、今でも時々運搬用に使っているのかもしれない。

 

僕ら、この鉄橋を途中まで歩いていいってさ。

 

運河には魚が大量に泳いでた。

 

見ての通りだけど、超巨大なナマズが何匹も泳いでる。

これが昔のにちゃんねるでも話に挙がったやつだな。

2009 年の 2ch のスレッド "チェルノブイリ原発に旅行で行ってきたけど何か質問ある?" の 263 だ。

 

> 263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/03(木) 21:36:30.58 ID:gHme5gHU0 
> どっかのサイトに巨大ナマズが泳ぐ川が観光名所になってるって 
> 書いてあったんだが何処のことなんだろうな 

> >>263 
> その噂は、チェルノブイリの付近に冷却水で使う、池があるんですが 
> そこでは、事故前から大きい魚が取れると、地元でも評判のスポットでしたので 
> そこから噂が一人歩きしてるんじゃないですかね? 
> ただ、自分でもこれはなんともいえないですね 

 

これの真実は上のナマズと思われ。

 

確かにね、気持ち悪いと思えるくらい大きい。

 

周りの魚を一緒に撮れば大きさがわかるかな?

 

このナマズは放射能の影響で巨大化したとかいう噂もあったので、ガイドに聞いてみた。

ガイドによれば、この辺のナマズはもともとこれくらいの大きさになるのであって、放射能関係ないってさ。

 

そういうガイドは昼食で出た黒パンを持ってきていた。

それをちぎって魚に向かって撒いてた。

そのせいでじゃんじゃん魚が寄ってくる。

 

真実はそんなにドラマチックでも悲劇的でもない。

とはいえ、汚染されているのは変わりなく、こいつを食すのはさずがにやばいだろうな。

 

鉄橋からみる一号炉付近。

煙突が味気ない。

 

鉄橋を渡った所にある建物。

原発の真ん前なんだけど、凄く人の出入りが激しい建物がある。

翌日にはここに入って昼食を食べたりした。

 

っていうか、上の建物からこの鉄橋を渡って原発方面へ徒歩で出入りする職員の多い事。

拍子抜けするくらい活気がある。

 

鉄橋から戻ってきた。

実は、この鉄橋の前に "プロメテウスの火" (Prometheus Stealing Fire) の彫刻があるのだけど、なんということか撮り忘れしまった。

この像はもともとプリピャチの町のセントラルにあったものを事故の後にここへ移動したらしい。

エレナのサイトに写真あるから見てみてください。

 

自分はキリスト教と同様にギリシャ神話にも疎いので、よくは知らない。

Google 先生によれば、プロメテウスは 神" から火を取り戻して人類に与え、人間はそれで発展出来た一方で戦争等の禍の元にもなってしまった、みたいな?

チェルノブイリタウンにあったヨハネの黙示録のニカヨモギの天使同様に、プロメテウスもチェルノブイリにとてもマッチしてると思う。

 

スラブチッチと Semykhody Station

鉄橋からバスでまた移動。

この記事の上の方にある地図を見てもらうとわかるんだけど、四号炉のビューポイントに行くには、施設を大きく上から迂回しなければならない仕組み。

なぜか知らんが。

 

その道中には、鉄道駅 Semykhody Station の近くを通ったはずだけど、ガイドは特に触れなかった。

座標は 51°23'44.2"N 30°06'22.8"E ここ。

 

鉄道駅 Semykhody Station は、ヤノフ鉄道駅 Yaniv railway station (Янів) とは異なり、従業員が今でもバリバリ使ってる従業員専用の駅だ。

この駅に行ってみたかったんだけどな。

 

この鉄道駅は、スラブチッチ Slavutych (Славу́тич) っていう町からの通勤用の駅。

列車で一時間。

スラブチッチはチェルノブイリタウン同様、事故後に造られた従業員向けの町だ。

観光という体で個人的に訪問可能か気になる町だわ。

 

スラブチッチの座標は 51°31'20.8"N 30°44'40.1"E 

あれ?これっていったんベラルーシ領土通ってない?特別許されてるのかな?

 

2017/11/06 追記

そういえば、この Semykhody Station までの鉄道風景を撮影した動画が YouTube にあったんだった。

 

まず、これ。

Поезд на ЧАЭС / Train to ChNPP

 

アンビエントな BGM が良い雰囲気作ってる。

観てみると、車窓の景色は、緑豊かな森林地帯を走る。

段々上の冷却棟や未完成五号炉なんかが見えて、新シェルターなんかがだんだん大きくなった後、停車する。

駅構内が写っていないのだけど、消去法で停まった場所は Semykhody Station と思う。

 

こっちはもっと説明的。

鉄道で向かっていて、最後完全に Semykhody Station と見分けられる場所で停まる。

わかりやすさはこっちか。(情緒的に観たいのなら上の動画がお勧め)

 

В кабине машиниста в Чернобыльскую Зону. Сталк с МШ / In machinist cabin to Chernobyl zone

 

あと、

興味深いブログ見つけた。

チェルノブイリのかつての子どもたちの現在。原発事故から30年、彼らが生きるのは“チェルノブイリが生んだ町”スラブチッチ

勝手にリンクしてしまったけれども大丈夫かな?

 

ブログ読んで思ったのは、そこでの生活は刹那的で退廃的な感じ。

でも、酒を飲む以外にやる事がないってのは、どこの国の田舎でも、よくある話かもとも思った。

 

四号炉前

 

今度こそ四号炉のビューポイント。

 

はい、来た。

道路の真ん中に小さな広場があって、そこに彫刻があるんだよ。

他の人はどうか知らないけれど、自分はかなりテンション上がった。

ここがあの有名なポイントか!ってね。

 

ツアー参加者はこのビューポイントからほとんど定点で四号炉を眺めるようになっていて、あんま勝手に近づいたりグループから離れたりしちゃいけない。

 

ならば、出来る限りの事はする。

ズーーム!

石棺は生々しい錆がどこまでも非情な感じ。

この記事書いた今日の今頃はもう新シェルターで覆われてしまって、もうこの石棺は見ることが出来ないんだろうな。

 

ああいうつなぎ目がだんだん弱くなってそこから大気中にどんどん漏れ始めてるのか?

 

ここは入り口かね。

ドアは固く閉ざされている。

使われてるの?使ってるんだろうなぁ

使っていなけりゃ、もっと朽ち果ててるはず。

 

視線ももうちょっと左に。

「特に何もないです!」

 

警備員?が通り過ぎる。

こういうの撮っちゃダメっていわれたでしょ?

いえ、僕は、四号炉を撮っただけです。

他には意図していません。

新シェルター

他、ここで出来ること。せいぜい新造のシェルターの方に目を向けるとか。

そこに従業員が9人くらいいるじゃん?

たばこ吸うためにあそこにいるんだぜ。

四号炉手前でシンジランナイ

 

この新シェルター New Safe Confinement  (Новый безопасный конфайнмент) は、フランスの建設会社 Novarka が造ってるとの事。

お金の出どころはヨーロッパの基金らしい。

ガイドはオランダの企業とか言ってたけどなぁ

どこで間違っているんだ。。。

 

これで 100 年はもつらしいので、100 年以内にはもうちょっと廃炉に向けて進んでいるといいですね。

福島はどうなってるんだか。。。

 

彫刻と線量について

広場にある彫刻について。

 

新シェルター建設開始の記念碑のようだな。

建設が始まったことが誇らしいと。

2006 年 11 月 30 日。

 

この彫刻、ガイドの英語で石の種類を説明していた。自分はその英単語を自分が知らなったので、聞き取れなかった。

なので石の種類がわからないけれど、少なくとも理解できたのは、この石が放射線をかなり遮断する事ができるって事。

彫刻の所にガイガーカウンター ベータ線のタイプとガンマ線のタイプを並べる。

一時間あたり、1マイクロシーベルト (μSv) 。

 

一時間当たり 4 マイクロシーベルト (μSv) なので、石が大体 1/4 にしたって事だね。

いずれにしても、それほど高いわけではないね、たぶん

大気中はそんなでもないって事かね?

 

ここに興味深い動画がある。下にリンクした YouTube の動画。

5:32 がここチェルノブイリ原子力発電所四号炉前で、6:33 から福島制限区域内。

最初の方に出てくる、バナナを一本食べると、0.1 マイクロシーベルト被曝するくだりが大分面白く、つかみはおっけー。

 

The Most Radioactive Places on Earth

https://www.youtube.com/watch?v=TRL7o2kPqw0

 

以前にも書いたんだけど、福島の制限区域内で一時間当たり 10 マイクロシーベルト (μSv) なので、大気中に関して言えば、現在のチェルノブイリ四号炉前より、福島制限区域内の方が高レベルって事になる。

 

ま、この動画では、Fukushima の後、プリピャチ病院地下で恐ろしい線量を観測するわけだけど。

 

 

次回はプリピャチの町かな

 

サムネイル用

 

 

 

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コパチ村の幼稚園 - チェルノブイリツアー

コパチ村の幼稚園の庭に落ちているビニール製の人形

 

 

先に近況報告。
9 月にコーカサスへ行った。

 

もうね、いろいろあったよ。
ジョージア出国してアブハジア入国する際、ジョージア側で 5 時間待たされたり、
ナゴルノ・カラバフのアグダムで無事モスクのミナレットには登れたものの、警察 (軍人?) にっとっつかまって、アグダムの写真消されかけたりした。

アブハジア スクミの旧国会議事堂の廃墟もすごいな。頑張って屋上まで登ったわ。

 

そういうきな臭い場所ばかりではなく、

スクミは廃墟以外にも普通にローカルなリゾートタウンといった装いで、特に海岸沿いの開けた感じが楽したった。

 

ウシュグリは山が超絶景だったなぁ
メスティアから日帰りで行ったけど、今度はウシュグリ泊でまた行ってみたい。

ジョージアは全体的にまだまだ見どころ沢山あるし、見たりないな。

スマホで撮影したクオリティでよければ、それらの写真は Facebook とインスタにアップしたので、見てみてください。
ナゴルノ・カラバフのアグダムやシューシ、アブハジアのスクミ旧国会議事堂等の写真も載せてますよ。

 

で、

本編。

 

 

コパチ村へ

チェルノブイリタウンを離れて北上。
ミニバスの車内でガイドが急にカウントダウンを初めて、それが 0 になった時、前方の車窓に大きな建造物が見えた。
 

銀色の大きなやつ。

あれがチェルノブイリ原子力発電所 (The Chernobyl Nuclear Power Plant) の四号炉を覆う予定の新シェルターだ。 

したがって、あの真下がまさに事故のあった四号炉だ。

やっと来たね。

キエフから結構距離あったと感じる。

 

ツアーではこのまま四号炉へ向かうのではなく、もう一か所立ち寄る所がある。

それが今回のコパチ村 Kopachi village (Копачі) 

事故前までは約 1100 人の村人が居住していたらしい。

 

前に貼ったチェルノブイリの地図の中には コパチ村の地図の pdf もある。
これら地図からは、前回の Zalissya 村と同様、村の全体を俯瞰出来る。
 
Chernobyl Maps
http://www.chernobylmaps.com/

 

これと、
Kopachi
http://www.chernobylmaps.com/wp-content/uploads/2014/01/KOPACHI_CMCC.pdf

 

これ、
Kopachi
http://www.chernobylmaps.com/wp-content/uploads/2014/01/KOPACHI_CM.pdf


ツアーで立ち寄った時、結構幹線道路からすぐに幼稚園があって、その後ろが森が深くなって立ち入りが難しそうだったけれど、ウチラが歩いたのって、村のほんの一部だなって実感。

 

そもそも幼稚園がこの規模の村なのに二か所あったみたいだし。
村の敷地って結構広い。

それに大部分が森やらその他自然に還ってしまったみたい。

高レベルな汚染でほとんどが人為的に埋められてしまったとの事。

この幼稚園はその中の「例外」だね。

 

幼稚園

ブリキ?のトラックが入り口に置いてある。

 

立ち寄った幼稚園は、前述のとおり幹線道路から近くてアクセスが良い事や建物自体の保存状態等が理由なのか、チェルノブイリ観光の定番スポットだ。


チェルノブイリのツアーに参加すると大抵はここに立ち寄るはず。
事故で廃墟になった幼稚園という事で、いろいろ見て事故当時を想像すると悲しい気分にもなるのだけど、同時に観光客向けの演出されたらしき部分もあって、ちょっと複雑な気分。

 

ガイガーカウンター

ガイドの言った事を記憶をたどりにトレースすると、ガイガーカウンターにもいろいろ種類があるらしい。

これはベータ線 (β線) を測定するタイプらしい。

 

こっちがガンマ線を計るタイプかな?(一つ上の写真とは異なるガイガーカウンターなのわかります?ラベルの位置とか)

コンクリートの上から砂の上にガイガーカウンターを移動した瞬間、一気に数値が上がる。って説明したかったんだけど、一つ上の写真のガイガーカウンターが、ベータ線でこっちがガンマ線のタイプになっていて、なんということか、比較になっていないという。

 

ちょっと行ってから大分日が経ってしまっていて、見方がうろ覚えなんだけど、記憶が確かなら、一時間あたり 13.7 uSv (マイクロシーベルト) っていう計測結果と思われる。(識者の方、間違ってます?)

 

幼稚園の敷地入り口から建物に向かう途中に落ちてるビニール製の人形。

両手と片足が無いわけだけど、観光客向けの演出くさい。

 

80 年代の事故で 30 年経ってる。

30 年間ここにこういう姿でここに置かれているとは考えにくい。

観光客向けに、誰かが意図的に腕をちぎってここに置いたんじゃないかと思ってしまう。

 

幼稚園の入り口。

立派な建物だな。

Zalissya村 の役場の建物並みに大きくてしっかりしてる。

 

他のツアー参加者とともに潜入。

 

掲示板のマトリョーシカにいろいろ想像を掻き立てられる。

当時は掲示板を彩る飾りとして、先生なりが貼ったものだと思う。

なんていうか、、、子供向けの優しい気配りみたいなのが、事故で台無しになってる。

説明が難しいのだけど、そういう非情な感じ。

 

放射能汚染って、大人より子供が被害を受けやすいはず。

甲状腺ガンとかさ。

ここに通っていた園児たちは、健康な大人になれたのかな?

 

掲示板に書いてある文字:РОДИТЕЛЬСКИИ ЧГОЛОК を Google 翻訳で訳してみると PARENTAL PARENTS "親の親" になったけど、正しいですか?

よくわからないけど、各張り紙は父兄向けの連絡事項が書かれているって事かな。

子供を迎えに来た親御さんがここで足を止めて連絡事項を読んだ時代もあったんだろなぁ

 

玄関付近には下駄箱かロッカーかわからないけれど、そんな感じのものがある。

でさ、思うわけだ。

座っているビニール製の人形とか立てかけられてる大きな本が、事故当時の様子を留めているのじゃなくて、観光客向けに "展示" されているんじゃないかってね。

さっきも書いたけれど、30 年このままって不自然だ。

 

ノートが落ちてる。日記かな?

ガイドからはこういうの汚染されているから絶対に持って帰るなって。

 

ちなみに、このチェルノブイリには幼稚園の先生が書いた「予期せぬ事態により、土曜日の遠足は中止になりました」っていう非常に悲しい事でちょっと有名な日記が残っているのだけど、その幼稚園についてエレナのサイトを確認してたら、どうやらその日記が残っていたのはこのコパチ村の幼稚園ではなく、プリピャチの町の中の幼稚園らしい。

 

> a teacher's diary, and a last note saying that their walk on Saturday has been canceled due to some unforeseen contingency.

 

ここでまたエレナのサイトを確認。。。と思ってちょっと前に URL 叩いてみたらメンテナンス中になってた。
このまま消えてなくなってしまわないか心配したけど、復活してくれて嬉しいわ。


   

 

小さなベッドが並んでる。

自分幼稚園行ってた時、幼稚園では寝る習慣ってなかったね。

人形、ここでも座っているのは演出だろうな。

 

昼寝タイムとかあるのって日本じゃ保育園のイメージ。

 

ま、ここは他国だから、なおさら幼稚園で寝る時間があっても全然不思議じゃないけどさ。

部屋は沢山あるけど、あっちこっちの部屋にベッドがあるよ。

 

ここはたぶんトイレ。

トイレ部屋になぜかロッカーが移動してる。

もしかして観光客にトイレを使わせないようにしてる?

とか、もはやいろいろ勘ぐってしまう。

 

なんか真新しい落書きが。

 

ЧОЧО! ПЫЩЫ

 

翻訳サイトにかけてみたけど、よくわからん。"チーズの目的"?"安い購入"?

だれか〜〜〜

 

朽ち果てたライオンのぬいぐるみ。

これはちょっと、、、個人的にはたとえ演出が入っているとしても、ビニールの人形たちより悲しい気分になるわ。

なんでだろ、座らされていないから?

人形って、当時これで遊んでた子供たちが確実にいて、あの時、確実にどっかへ避難していったわけでしょう。

 

オサナゴがさぁ

やり切れないね

 

これは本棚だな。

本が散乱しているし、幼稚園内の図書室か、職員室かな。

 

ああ、この部屋のベッドは二段ベッドだから、さっきの部屋より収容数が多そう。

 

こういうの見てると、不謹慎だけどホラーゲームを思い出すよ。

バイオハザードみたいなパニックものじゃなくて、プレイステーションで出てたサイレントヒル の初代みたいなどんより系のやつ。

前半に主人公が小学校を訪れるんだけど、そんな感じ。

もちろんここではクリーチャーやイベント一切ない無いけどね

 

ここにも人形が

目が赤い。「すごーい。キミは目が赤いフレンズなんだね〜」

 

首切られた人形。

不気味ではあるけれど、"演出" と "展示" が興覚めするレベル。

 

おおお!

これは昭和時代にあったママレンジにそっくりだ。

共産圏版ママレンジか?

これはちょっと興味深い "展示" だ。

 

楽譜が散乱。

 

Песенка ПетуШки

翻訳サイトにかけてみると、"Song of Petushki" (ペトルーシカの曲) となった。

多分この歌の楽譜じゃないかな?

幼稚園児が歌うにしては難しいな。

 

ペトルーシカの説明はたぶんコレだ。子供向けの人形劇ってことかね。

在りし日はこれを先生がオルガンで弾いて子供が歌ってた。

そんなある日、例の事故でみんな急いで避難。

悲しいでしょ

 

どこもかしも、幼稚園と事故のコントラストが強すぎ。

 

こんな過去の遺物を見て悲しくなるのはポンペイの人型石膏以来じゃないかな。

ブドウ畑の前にある、苦しむ家族を無念そうに見守りながら自分も死んでいったってやつ。

自分のブログではこれ

 

そろそろオイトマ。

この幼稚園は前回の村役場より足場がしっかりしていて歩いてて安心出来るわ。

でも、、、いつまでもつかな。(行きたい人は早めに行ったほうがいいよ、ほんと)

 

表の表札にあたるもの。

ごめん、ロシア語をインストールしていない状況下で翻訳するの大変過ぎ。

後日やります。

 

ブリキのトラックの所に帰ってきた。

 

ああ、こんな所にもママレンジが!

ここで遊んだ子、さてはアウトドア派だな?

 

タイヤの跳び箱?

これはうちの小学校にもあったな。

万国共通かね

ちなみにガイドが「あっちの方は汚染がやばいんで行くな」って釘さしてた。

 

幹線道路沿いにあるスタチュー

Wikipedia では、"World War II Memorial" となっている。

人型見る限り、第二次世界大戦慰霊碑っぽくはないな。

 

コパチ村総括

総括するほど大げさなもんじゃないけれど、コパチ村は日帰りツアー客も訪れる観光スポットで、観光客向けの演出がちょっと酷いと思った。

チェルノブイリ日帰りツアーでこういうスポットをダイジェストで見せられたら、「期待外れだった」っていう感想持っても不思議ではないな。

でもさ、そういう演出を差し引いても、子供達が居た場所が事故で無残にも朽ち果ててる様子を見ると、とても悲しい気分にはなった。

そうやって思えるだけ、この村に立ち寄れて良かった。

 

 

サムネイル対策用

 

 

次回はたぶん四号炉前までかな

 

 

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チェルノブイリタウンとチェルノブイリポート

チェルノブイタウン (Chernobyl Town)  Чорнобиль 入り口

 


いやはや更新が滞っていて申し訳ない。
5 月後半から忙しかった、
PC 壊れた、スマホを買い替えた等が主な原因だな

 

仕事は先行きよくわからん所があるけれど、取り合えず落ち着いたし、PC は BTO で買いなおしたし、データのサルベージも終わった。

前は Adobe Creative Suite 3 を使っていたんだけど、そのメディアがどっかいったので、Photoshop Elements 15 も買ってきた。
最新の CPU にしたら超高くついたわ。そんなこだわらず出来合いのやつにすればよかった。
スマホは 4 年位前にネパール行ったタイミングで買った骨董アンドロイドだったものを sim フリーの iPhoneSE にした。
また、忙しい忙しいと言いつつも、ポケモン GO にはハマってしまい、それに割いてる時間もかなりのもんだった。

 

旅行の予定としては、9 月にコーカサスへ行く。

旅程を書いてみたので、見てみてください。

 

コーカサス地方 超圧縮弾丸旅


コーカサスと言っても、いろいろな独立国やロシア領内に共和国があるわけだけど、今回はアゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアの三ヵ国に、未承認国家のアブハジアとナゴルノ・カラバフにも行く。
夏休みとしては大分長めだけど、計5カ国日数的には足りないので、言わずもがな超圧縮弾丸旅です。
端的に言えば、普通このアゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアの三ヵ国を回る時、は大抵陸路で国境を越えるけれど、自分の旅程では、首都と首都をすべて空路で移動する。


"圧縮" というテーマを最も端的に表しているのは、9/18 で、一日の間にジョージアの山の中:メスティアから首都のトビリシへ空路 (Vanilla sky) で戻り、アルメニアのエレバンへもう一回空路、そして、アルメニア南部のゴリスまで陸路移動するというね。
フライトスケジュール的に可能なはずだけど、机上の空論になってしまっていないか心配。

 

あと、こだわりは未承認国家の二カ国訪問かね
この係争地の二カ国、他の観光スポットや都市より優先して行くわけだけど、チェルノブイリ訪問が印象深かったり、板門店も印象ぶかかったり、あと、あっちこっちスラムになんとかして行きたがる自分の傾向、趣向からすれば自然な流れだな。
特にナゴルノ・カラバフのアグダム訪問に成功すれば良いなと思う。

ちょっと青臭くて恥ずかしいのだけど、現状はそういうのにひかれるのは確かなので、仕方ないね。

 

 2017/09/07 追記:9/6 に確認した結果、メスティアから首都のトビリシへ空路がリコンファームしたら午後便になっていたため、再調整。アブハジア滞在を一日削ってメスティア滞在を一日ずつ前倒し、その後、Vanilla sky のフライトを 9/17 に無理矢理変更してもらった。

また、アブハジアのエントリー・パーミットが届かない件で、メール、メッセンジャー、ロシア語話せないのに国際電話等取れる手段をすべて駆使してやっとエントリー・パーミット入手成功。

催促した後、エントリー・パーミットのメールの後に受領メールが届いた所から、おそらく申請は見逃されていて、催促の後にものの 30 分位の間に対応したに違いないわ。

怖いわ。


 

ではブログの続きを書いてみる。

半分、リハビリだな。Photoshop の UI もかなり変わってしまったので、慣れるのが大変だ。

 

記事内容も自分でも忘れかけていたた。

前回の自分の記事を読み直すと、チェックポイントから Zalissya 村を散策した所までだった。
そうすると、次に行くのはチェルノブイリタウンだ。

チェルノブイリの町の入り口には大きなサインがある。

それがこのブログの一番上の写真だ。

 

チェルノブイリタウン

 

上の写真の反対側。

入り口で振り向けば、野良犬なのか飼い犬なのかわからん犬が沢山。

たぶん飼われてると思われ。

 

タウンの中に入ってきた。

これは制限区域の形をした、なんていうか簡素なジオラマのようなものか。

 

この、チェルノブイリタウンは事故のあった 四号炉からは 30km 離れた所。

ガイドの話によれば、この "チェルノブイリ" の名前をいただいた町は、チェルノブイリ原発事故の後から造り直された町だ。
もちろん、事故前の拠点はかの有名なプリピャチ (四号炉から 10km) で、そこが汚染で使えなくなったから、30km 離れた所に拠点を造り直す必要があったらしい。

 

このチェルノブイリタウンは、本当に原発関係者の居住スペースになっていて生活に必要なものはある程度揃っている感じ。
雑貨屋やカフェテリア、食堂、飲み屋等、ささやかながらある。
我々二日間ツアー参加者はここのホテルに滞在することになる。

 

その他特徴としては、建物が全体的にしょぼいこと。
頑丈に造られていないような。

後述の理由で地面をあまり掘れないせいとか、あるかも。
それでも、広々した敷地のすべてによく手入れが行き届いていて、まるで大学都市みたいだ。

 

ニカヨモギの天使

 

これは "Wormwood Angel memorial" っていうモニュメント。

チェルノブイリの町にはモニュメントが多い。

 

Wormwood はニカヨモギの事らしい。

チェルノブイリもニカヨモギの事だから、チェルノブイリの天使って事か。

 

自分は無宗教だけど、これについて調べると聖書からの引用って事がわかる。

中二病御用達 新約聖書・ヨハネの黙示録(8章、10-11)にそれはあって、まぁ三番目の天使がラッパ吹いて起こった大災害が、チェルノブイリ原発事故そのものみたいな。

つまり、聖書で予言されていた事故だと。

 

> 「第三の御使がラッパを吹き鳴らすと、苦よもぎというたいまつのように燃えている大きな星が落ちて、水の3分の1が苦くなり、そのため多くの人が死ぬという預言

 

このことはエレナのサイトでも見かけた気がするのだけど、今読んでみたらすぐ出てこなかった。

 

 

2017/09/07 追記。

エレナのサイト内で、該当箇所を見つけた。

これです。

 

> Another interesting detail, the alternate meaning of "wormwood" for the word "Chernobyl" has now mysteriously disappeared from our dictionaries. Such is the policy of our government. In order to suppress apocalyptic moods and to build more reactors, they have removed this word from dictionaries. I doubt, they will succeed in erasing this episode from our memory, word is still in everyday use and we all know that not all governments of the world, not even their rich patrons from almighty atomic industry, can remove verses from Bible.

 

もうちょっと、明確に書かれていた気がしたんだけど、そうではないらしいな。

 

2017/11/23 追記

エレナの記事でもっと明確にこのヨハネの黙示録の天使について書かれた箇所を確認した。

実は、最近ついに上の本を自分でも買ったのだけど、日本語で書かれていてようやくスムーズに知った。

このエレナの旅行記では序盤、ほとんどプロローグに相当する部分に書かれていた。

サイトのリンクをまた貼ろうとしたのだけど、なぜか再びメンテナンス中で今日現在閲覧出来ない。

こんな頻繁にメンテナンスやってて、そろそろ本当にサイトを閉鎖しないか、心配だ。

 

事故で廃村になった村の数々。

 

看板は続くよ、どこまでも。

 

宿泊施設

 

御覧ください。

こちらがこの町にあるカフェテリア兼レストラン兼、ホテル

僕らツアー客はここに泊まる。

あのドアのあたりでは原発従業員達がたばこ吸ってた。

 

飼い犬。

汚染された所で生まれ育つ事が不憫でならない。

 

こんなん触って大丈夫か心配してしまうが、他のツアー客は普通にじゃれあってた。

 

中入ります。КаФе десятка

えっと、Cafe Desyatka か。直訳すると、"カフェ 10" だね?

何が十 (じゅう) なの?

 

お昼ご飯、現地ツアー代に高い金払ってるだけあって、かなり豪華。

4 人掛けテーブルで、僕はフランス人の夫婦と一緒のテーブルでした。

 

お肉うまいよ、スープも。

ロシア、ウクライナあたりの料理って自分好みだな。

 

表出た所。

ここらでは水道管の類は地下に埋設されておらず、全部地上にむき出し。

 


地面の中は汚染土で一杯なので、掘り返すのが超危険。

それでケア出来なくなるから、こうやって地上に剥き出しの方が良いらしい。


ただ、水道管だかなんだか知らぬが、例えば極東ロシアのハバロフスクに行ってみても、地下は凍結するためか時々パイプラインが外に剥き出しになっていたりするので、この点はあまりスペシャルな気はしないかな。

ってか旧共産圏って割とパイプラインが外出てるよな。

 


ここにもあったか。白光真宏会のポール。
日本の街中でたまに見かけるこれ。


日本語でも書いてあったので、ドイツ人に「なんて書いてあるの?」って聞かれたので、"Pray for peace and for all humankind." みたいな怪しい英語にしてみたら、なんと、ポールの別の面にしっかり英語でも書いてあった。
"May Peace Prevail On Earth" だって。へー 意訳って難しいわ。
それに "Prevail" なんて単語、使いこなせていない。

 

チェルノブイリポート

 

町から北上した先の川沿いにやってきた。

 

ここは有名なチェルノブイリポート。港だね。

 

エレナのサイトにも事故から数年後の古い写真を引用していたので、この風景には見覚えがあった。

 

沢山船が廃棄されているんだけど、昔よりも数が減ってる気がするのだ。

 

さながら船の墓場。(バングラやインドみたいに解体してるわけじゃないけどね)

 

対岸では従業員が釣りしてる。

 

ボロい橋があるんだけど、僕らが対岸に行く事は叶わないみたい。

 

これが橋。ボロいなぁ

 

まさかさ、釣った魚食べてないよなぁ

 

ちょっと離れた所。

ガイドがそろそろいくよ〜とか言ってるけど、無視。

 

いい風景だな。イギリスみたい。

はじめこの写真をトップにしたんだけど、後から町の入り口の写真に変えちゃった。

もう夕方ってのがあるけれど、ちょっと露出がアンダーだな。

せっかくフォトショがあるのだから、暇なときいじってみるか。

 

・・・

 

はい、できた。

色が不自然かな。未熟者ですまぬ。

 

足元。

川原にはタニシが沢山。

 

町から港に向かう道。

 

うちらのミニバスが来ちゃった。

車の所までもどる手間が省けたな。

いいわけしておくと、自分以外にも離れた所で写真撮ってたゲストは何人かいたからね。

 

 

再びチェルノブイリタウン内。

 

消防士のモニュメント

 

消防士のモニュメント。(Monument for the firefighters of the Chernobyl accident)

 

プリピャチの町から消火に駆け付けた消防士たちは、事故直後にお亡くなりになりました。

 

プリピャチの病院地下には彼らが事故当時身に着けていたものが今でも散乱していて、病院地下は超高レベル汚染区域。

 

事故処理ロボット

 

これは事故当時、活躍したロボットの数々。

 

小型の工事車両みたいなニュアンス。

放射能汚染マークの不気味さよ。

 

大した装備もしていなかったリクビダートル (Ликвидатор ; Ликвидаторы Чернобыльской аварии) が臨海戦術で収束作業していたイメージが強くて、こんなロボットが活躍した印象なかったわ。

このリンクの動画でも見てみて。

 

 

今回はここまで。

次回は必ずツアー客が行く幼稚園から。

 

ちょっと今回はリハビリ兼ねているし、控えめのつもりだったけど、制作に時間かかったわ。

それに、チェルノブイリタウン内が絵的にちょっと地味かもな。

ま、翌日もタウン内をちょっと尋ねる機会はあったので、そこで今回とは違う町の様子が紹介出来るかも。

本当は自由に歩いて町の隅々まで散策したかったわ。

 

なお、今度の土曜日からコーカサス行くので、しばらく更新出来ません。

でも、前ほど放置もしません。

やっと更新に必要な環境そろえたし。

生きて帰ってきたら、また更新します。

 

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