チェルノブイリで暮らす農家を訪問 - チェルノブイリツアー

サマショールの方。

 

 

 

二日目、チェルノブイリタウンの雑貨屋に寄った後は観光再開。
まず制限区域内、原発から近い所で農業して暮らしているサマショールに会いに行く。

 

サマショールとは

前回の記事でも触れた事だけど、原発事故の後、政府の命令を無視して避難せずにそのまま土地に住み続けたり、一旦は避難したものの、やっぱ暮らしなれた土地が良いって事で違法に戻ってきた人達がいる。

その人達を英語だと Selfsettler っていう直接的な呼び方の他、Samosely になる。

サマショール (ウクライナ語: Самосели、ベラルーシ語: Самасёлы、ロシア語: Самосёлы) の方が通りが良い。

ロシア語の頑固者って意味だ。

だから、彼らに向けてサマショールという言い方をした場合、侮蔑的な意味が含まれているのかもしれない。
この人たち、基本的に農家で大体自給自足してる。

 

サマショールの数は諸説あるようだけど、エレナのサイトの記事によれば、大体そういう人達が 3500 人くらいいたらしい。
またウクライナ政府の調査では 1999 年時点で 612 人、2007 年時点で 328 人、2012 年時点の調査では 197 人まだ住んでいるとの事。
ここだけ切り取っても意味がない気がするけれど、大体年間 30 人くらい亡くなっていて、1 年間あたりの死亡人数は鈍化したって言える。
でも、サマショールが高齢化している事を考えれば、寿命によってある一定の年以降は居住者数は劇的に減りそう。

 

こんなサマショールに会いに行けるのは二日間ツアーだけ (「先生の漫画が読めるのはジャンプだけ」のモジリ)
日帰りじゃ時間的に寄れないでしょう。

やっぱりツアーは二日のやつに参加しましょう。

 

サマショールのお宅

車でどっかのチェックポイントを抜けた後、東へ向かって走ったのだけど、場所がいまいち思い出せない。

プリピャチからそう遠くなかったと思う。

どっかの T 字路を東に入って、ポールをくぐった先にこの家はあった。つ

 

舗装道路を外れてしばらく行くと、こんな感じで薪が沢山ある場所に出た。

明らかに人が住んでる気配。

アンドリュー・ワイエス (Andrew Wyeth) の水彩画にありそうな雰囲気と思った。 

 

ここがサマショールが住む家。

ツアー参加者全員わらわら入っていきます。

 

はじめにニワトリが見えた。

玉子用でしょうね。

 

はい、この人がサマショール。

庭のベンチで犬とじゃれてた。

 

ウチラが来る事を知っていたのかどうかよくわからん。

猫も来た。

 

サービス心なのか、割とフレンドリーにカメラに向かってポージングしてくれる。

 

何をするでもなく、何となく立ち上がったおばあちゃん (あ、女性です)

 

家のまわり

ざっと敷地を歩いてみた。

 

家屋。

雰囲気あるけど、ボロボロだね。

 

家の正面。

 

ロシアの東側、ハバロフスクとウラジオストクに行った時、ウラジオストク近郊の農家におじゃましたんだけど、家の造りが似てる。

こんな感じだったわ。

その家は生粋の農家じゃなくて、年銀暮らしの余生で農業やってるって聞いた。

日本に近い側とヨーロッパに近いこっち側とで同じような様式の家の住んでるっていうのは国の大きさの証明なのかね。

 

住まいの中にはさすがに入れてくれなかった。

 

庭は生活に必要なありとあらゆるものが、(はっきり言って) 散乱してる。

 

炊事もここでやってるのかな、たぶん

なんとも、ワイエスっぽい雰囲気ですよ。

 

アンテナあり。

ちなみに電気も来てる。

 

一匹だけ魚干してた。

 

作物。

ジャガイモだね。

 

この穀類を老夫婦が今でも畑耕して育ててるのかと思うと、なんか悲しくなってくる。

必死に手間暇かけて、もっといえば愛情注いで育てて、収穫して咀嚼してるわけだ。

でも、地面は汚染されているし、このジャガイモもどれくらい汚染されているのかわかったもんじゃない。

そのギャップみたいなのが僕が悲しい要因です。

自分だけか、こんなやるせない気持ちになるのは。

 

勝手に庭にあった穀物倉庫ものぞいてみた。

ジャガイモとトウモロコシが山ほど。

これで冬を越せる?

 

庭の畑。

地面の汚染とか言って、ナウシカの世界みたいですね。

 

ちょっとだけトウモロコシが残ってる。

 

なんだかんだと、庭はごちゃごちゃ。

 

大体一周したかな。

 

再びサマショール

広い敷地と言っても、あっという間に一周終了。

 

ばあちゃんの所に戻ってきたわ。

 

テーブルの上にミカンと新聞。

 

って事は、僕らが来る前、新聞読みながらミカン食べてたって事か。

新聞は一体どこからくるのか?

 

紹介が遅れた。

この人が旦那さん。

なんか。。。煮てたね。

 

もう決して若くない。

これからも畑を耕して生活するのか。

いつまでもつのかと心配になる。

 

家畜小屋。豚がいた。

食用っすね。

 

ガイドが外で「あれ?日本人はどこだ?」とか言いながら探してる。

どうやらもう立ち去るらしい。

はよ出なきゃ

 

お見送り

 

そういうわけで僕らは再び車に乗り込む。

ばあちゃんが手を振ってくれる。

 

僕が二人に手を振り返すと、今度は旦那さんが手を振ってくれた。

旦那さんは結構シャイなのか、あまり我々の相手してくれなかったから、手の振り返しがちょっとうれしい。

 

訪問していろいろ考えさせられたわ。

二人とも土地に根付いて生活しているのはよくわかった。

わかくないのに当たり前に作物育てて家畜に囲まれてさ。

終始汚染が気になってしまった。

口に入れているものがすべて汚染されていて、もちろん二人ともそれを知っててやってる。

もう若くないからこれでいいってことか?

現に生きてるわけだし。。。

収穫された農作物を見た時が一番悲しかったわ。

 

 

幹線道路との合流ポイント。

ガイドが車を降りてポールを上げに行った。

ここ、まじでどこだけなぁ

 

座標をはっきり思い出したい。

後日別の写真で標識を拡大して解析しよう。

 

サムネイル用

 

 

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  • 2018.07.12 Thursday
  • -
  • 23:35
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コメント
はじめまして。
汚染されているのを知って、
作物を作り、食している現地は、切なさを感じました。
でも、住み慣れた土地にいるということに
大切さを感じているのかもしれないなと感じました。
>>まー坊さま
はじめまして!
コメントありがとうございます!

子供のころ引っ越しが多かった自分にとって、住めば都って言葉が沁みます。
慣れない土地でいろいろ戸惑うし、個人差もありますけれど、それでも住んでいると慣れてくるもんかなぁって思います。
時間が解決するって事を否応なしに覚えた感じです。

土地に束縛されている人って、先祖代々とか周りに知人がいるとか、もっといえば単純に風景や地形に慣れているとか、そんな理由かもしれません。

それを大切に感じている人達にどこまで干渉するのか、正直わからないんです。
価値観の違いと言われればそれまでだし、健康被害よりも寿命が先にするんだとしたら、もうそっとするしかないのかなって思ったりもします。

・・・ごめんなさい、あんまりまとまった返しになってないですね。。。
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