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タウンサイン、ホテル、遊園地 - プリピャチ

プリピャチの遊園地

 

ガイドとはぐれてマジで焦った場所。

 

 

町の呼び方について

まず、この "プリピャチ" というカタカナ読みだけど、あまり通じない。


どんな言い方だと通じるか、だけど、「プリピイェ (プリピエ)」みたいなニュアンスで発音したほうが通じやすいと思った。

この前ジョージアに行った時に知り合ったロシア人から、ロシア語の便利でカジュアルな挨拶として、プリビエ (Привет) って言い方教えてもらった。

それまでズドラーストヴツェしか知らなかったから、短くて言いやすいでしょう?って感じで。
「え〜?ロシアと旧ソ連圏行ってるのに、そんなのも知らないの?」って言われてしまいそうだけど、はい、すいません、しりませんでした。


そのロシア人には自分が前年にチェルノブイリに行った事を話していた。

挨拶としての "プリビエ" は町の名前:プリピエ (Припять) の言い方と大体似てるって。
だから、自分の中では、"プリビエ" って言えば、フランクなこんにちは。
"プリピエ" にすれば、このゴーストタウンの事って使い分け。

 

さて、プリピャチ (Прип'ять / Припять) の町。# ウクライナ語の方は一部文字化けするわ。

タウンサインから。

 

タウンサイン

タウンサインってわかります?

該当する日本語がよくわからんけど、町の限界の所にある町の名前が書かれた標識だね。

 

このプリピャチには御覧の通り、立派なタウンサインがある。

四号炉から東側の位置。道はちょっと回り込んでる。

 

ここはとても有名なプリピャチのタウンサイン (Стелла Припять)
座標:51.388474, 30.076802

白色が真新しく、町が廃墟化してもこのサインは補修されているに違いないな。

 

ヘアピンカーブみたいな場所。

僕らは当然、このサインの前で停車して撮影。

 

このサインから左に伸びた道を北に行くと、プリピャチの町のセントラルに着く。

 

1970 年って書いてあるのもそうだけど、全体的にずんぐりしていてレトロなデザインだと思った。
1964 年の東京オリンピックすら連想するのだけど、こういうのって当時の流行りのデザインだったのかな?

 

サインの袂は、お墓っぽい。

 

もしかして、お墓も兼ねている?

 

分厚いブロックの塊みたいなデザインがいい。

ロシア語でプリピャチって書いてあるね。

 

文化センター

さっきのタウンサインから、ミニバスで北上、線路をまたぐ鉄橋、通称:ブリッジ・オブ・デス を通り、街のメインスクエアに到着。

デスブリッジについては、後から立ち寄ったのでそのタイミングでもうちょっと掘り下げて書くつもり。

 

このプリピャチの地図のリンクを貼りましょう。

Pripyat

 

それと、YouTube に今回のルートと大体同じ回り方してる動画見つけた。

Путешествие по Припяти #2. Центр / Trip in Pripyat #2. Center

 

前の記事に貼ったスラブチッチの町からこの四号炉近くにある Semykhody Station に着く列車の動画と同じシリーズだね。

Поезд на ЧАЭС / Train to ChNPP

投稿者が同じだし。

 

アンビエントな BGM がなかなか雰囲気あって好きだな。

冒頭でタウンサインの撮影にレッドフォレスト (赤の森) に入り込んでて、なかなかチャレンジャー。

 

ここがプリピャチのメインスクエアだ!一階部分がスーパーマーケット的な集合住宅をみると、日本にもある古めの住宅公団のマンションみたいだ。

 

広場に隣接する文化センター:Palace of Culture Energetik (Дворец культуры Энергетик) 。

ホテル・ポリシアと繋がってる。

 

まずはこの中へ。

なお、ポリシアっていうのは、警察の事じゃなくて、この辺のエリアの名前らしい。

 

文化センターはスポーツジムやら催事場の役割があったようで、この複合施設はいろいろな見どころがあった。

ソビエト連邦当時の文化が残っているわけだから、そりゃもう興味深い場所だわな。

ホテルってタイトル内に付けたけれど、歩いた範囲って文化センターの箇所ばかりだったな。

 

エレナのサイトにも出てくるこの場所。その時代のこの地方のおえら方。

 

メーデーパレードの準備をしていたという事だけど、そのパレード用だったのかな?

この町でのパレードは避難のため、開催されなかった。

 

учиться, учится, учится!

В.И. Ленин

 

「勉強する、勉強する、勉強する!B.N. レーニン」だって。

レーニン名言集でググってみたところ、もっとそれっぽい訳があったわ。
これは、「学べ、学べ、なお学べ」だって。

 

座席表?

翻訳追い付かず。

 

部屋を移動すると、工場みたいなエリアに出た。

 

かなり暗い。

ガイドはガンガン先に行くからちっとも追い付かない。

はぐれそうなんだが。

 

СССР

ソ連って書かれたでかい看板?と偉い人。

栄光を伝えるはずの品々が高レベル放射能汚染された町に遺棄されてる。

皮肉じみてるね。

でも、この立て掛け方は演出だわな。

 

大学の大きめの教室みたいな所。

講演会等開かれていたのかな?

肝心のガイドが先走り過ぎてて全然説明聞けず。

 

階段上ったんだったかな?

ロビーっぽい所に出た。

 

とても大きな壁画が残ってる。

ゴーギャンみたいな人物像にキュビズムの要素と、なにやらベタな未来世界みたいな描写もある。

 

ゴーギャンみたいだったり、ディエゴみたいだったり、マティスみたいだったりした。

 

こういうアート作品はプロパガンダの意図が強い。

輝かしい未来世界のために手を取り合って働きましょう!みたいな。

 

足元。ガラスの破片だらけ。

 

歩くたびに、踏みつけたガラスがメリメリ悲鳴を上げる。

ここでのサンダルはほんとにあり得ないな。

 

このゴムの長細いのはなんだ?

 

さっきの絵の前だけど、床突き破って木が生えてるのがなんかすっごいなぁって

 

再び教室みたいな所。さっきとは別のね。

なぜか椅子が三つだけ残ってるんだが、やらせかな?意図は不明。

 

小部屋。

なんか事務室?

 

драматургия
ドラマツルギー (Dramaturgy) だ。

演劇論か、それから生じた社会学か、わかんないけど、この場所柄からは、演劇論の教科書かな?

 

部屋を何部屋も通り過ぎてく。

この建物の構造が全然入ってこない。

 

出た先は体育館みたいな所。

 

ここからは有名なプリピャチの観覧車が見えるぜ。

 

おお、よくサビてるわ。

あとであそこにも行きます。

 

反対側から見る体育館。

在りし日に思いをはぐらせる、とか、そんなくさい事は書きたくないけど、事故前は活気があったのかなぁって考えるとちょっと切ない。

 

感傷に浸っていたので、他の人たちから取り残される。

 

プールだ。

プリピャチには有名でもっとでかいプールがあるけれど、ここはそれをは違う。

この建物内のプールは 25 メートルが 3 コースで狭い。

有名なプールはこの日後から行ったので、そこで書く。

 

プールって維持するのに結構なコストがかかるらしいね。

ジムでもお金がかかるポイントって聞いたわ。

 

落書きはなんだあれ。

 

真新しいな。

夜中に潜入して書いたりするのかなあ

こういうのやめてほしいわ

 

リングがあった。

リングなのに、なぜか新体操のあん馬もあったり。

あん馬は他から持ってこられたのかな。

リングはヒョードルみたいな屈強な男が格闘技やってたに違いない。

 

どんだけ広いんだ。。。

リングのあった部屋から外を見たわけだけど、向こうの建物にもホテル・ポリシアって書いてある。

 

地図を自分も見直したんだけど、ああ、自分は文化センターの方にいるんだなってわかった。

 

外でた。

この建物の二階がさっきの体育館。

 

この建物、在りし日の姿が結構ネットに出回ってる。

例えば、このサイトとか。

Дворец культуры «Энергетик»

 

雪の日のどこかの家族の記念写真が切ないな。

記念に撮ったこの場所はもうこんな有様。

せめて生き残っていてほしいけれど。

 

それと、さっき見かけた肖像画がこの建物の正面に並んで飾られてるのも、いかにもソビエトっぽいなって思った。

 

 

とこで、ここで、我々、ツアー参加者 4 人がガイドや他の参加者から完全にはぐれてしまった。

まじか。

ガイドのペースが速すぎる事が問題だ。

ペースについては超不満が募る。

 

こんな汚染されたゴーストタウンで置いてけぼりとか、勘弁してほしい。

ただ、自分一人だったならまだしも、僕らも 4 人いるのが心強い。

一緒にいたのは、フイルムカメラで撮影してるカナダ人とフィンランド人のカップルとか。

カナダ人はなんと笛を持っていて、笛をピーピー吹いて呼びかける。

街の木々はとても鬱蒼と生い茂っていて、全然見通しが悪い。

 

そうこうしている内に 4 人でみんなを探しながら遊園地についてしまった。

 

遊園地

プリピャチ遊園地でひときわ目立つ観覧車。

ゴーストタウン:プリピャチのシンボルのようになっていて、「プリピャチの写真」っていうと大体この観覧車辺りになる事が多い。

なお、この遊園地は開園を直前に控えた状態であの事故が起こったものだから、一度も営業稼働しなかったという、悲しい逸話が。

 

ここで、ツアー参加者の残りに出会った。

ガイドは?と聞くと、僕らを探しに戻っていったとある。

僕らは、下手に探しに行かないほうが良いという結論になり、ガイドの戻りを待った。

 

ちょっと見て回る。

観覧車のコンテナ。

ゴンドラの床は高レベルに汚染された雨水がたまってるだったな。

 

トルクメニスタンのガイドにこの写真を見せた時、これはソ連時代に大量に造られたもので、ソ連圏には完全に同じデザインの観覧車があっちこっちにあったとの事。

トルクメニスタンの首都:アシガバートにもあったらしいが、もう今は取り壊されたらしい。

 

フルシチョフ時代の思想なのか、主にコスト削減の目的で、当時のソ連ではありとあらゆるものが大量に同じデザインで造られたという。

長靴ですら左右が無いものが出回っていたらしいじゃないか。

 

ブランコが回転するやつ。

そういえば、ここウクライナに来る前、7 月にハバロフスクへ行った時にも、アムール川沿いに遊園地があって、これが人気アトラクションだったの思い出した。

さすがにデザインはもっと新しいけど。


ここでガイド登場。ぼくらを探しに戻っていたらしい。

「じゃあ行こうか」って話になり、移動がはじまる。

まじかよ、ちゃんと遊園地見れてないよ!

他にゴーカートとかあったはずなのに、それを見ずに行ってしまうのかよ!

 

ただ、もう二度とはぐれるの禁止で、分かれ道等で自分の後ろより後続にツアー参加者がいる場合には、付いてきてるか見届けてから移動するっていうルールが急ごしらえで作られる。

 

結局遊園地の見物は不満が残ってしまった。

後ろ髪ひかれる思いで観覧車から遠ざかる。

ダレカタスケテー

 

 

次回

スタジアム、高層マンション登頂等。

 

 

サムネイル対策用

 

 

 

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