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  • 2019.04.23 Tuesday
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イタリア編24. バーリからフランスのニースへ無茶な1日移動 - イタリア編最終回

実際のイタリアの順路
当初の予定は以下イタリア編1.を確認してほしい。

イタリア編1. ミラノ到着。今後プランニング


-----昨日、アルベロベッロへ行く前にバーリ中央駅で電車のチケットを買った。
内容は早朝 06:49 にバーリからミラノまで 9760 ES で戻り、ミラノからフランスのニース行きの電車 159 EC に乗り換えて 20:12 分に到着するというものだった。


2013 年現在はミラノからフランスのニースへ行く場合、VENTIMIGLIA という駅で乗り換えが発生するようだけど、この 2009 年時点では、ミラノからフランスのニースまで乗り換えなしで行くことが出来ていた。


ただし、問題はバーリからミラノまで直行で 7 時間 53分かかる事、
15時頃ミラノ到着後、ニース行きにちゃんと連絡できるかという不安、
万が一電車が遅れるとミラノ発ニース行きに乗り遅れてしまう。(乗り継ぎ時間の長さは忘れたけど、相当短い時間だったはず。)
そして、ミラノからニースまでがさらに 5 時間かかる事、

つまり、
早朝の出発なのに目的地到着時間は夜になってる。いささか時間がかかり過ぎてる。
さすがに飛行機が無いか調べてもローマ経由の激烈に高い航空券しかヒットせず、ますます現実的ではなくなってしまう。
だから、無謀でもなんでも鉄道で行くしかない。
ミラノで安全を取って 1 日滞在するというのもあるけど、ご存知の通り、自分のイタリア観光の始まりはミラノからだったので、この都市にいまさら用はないのだ。


だから、だから、だから、
移動で 12 時間かかっても、一日中鉄道で移動するしかない。
一刻も早く南フランスへ抜けるべきだ。
よくよく考えればインドなら 12 時間の鉄道移動なんて全然普通じゃないか。

 


早朝の便なので、朝4時起き。ほとんど寝る時間が無かった。朝食を作らないと。


昨日の内にスーパーでフランスパンとサラダとハムを買って、フランスパンに切れ目を入れてサラダの野菜とハムをはさむ。
結構なボリュームだけど、もさもさして途中で飽きる味・・・ってかそもそも全然美味しくない。
買ったサラダの内容がルッコラやら水菜?みたいな菜っ葉系で、パンとそんなに相性が良くない。
レタスなんて入ってない。


それでも、これで朝食用と昼食用とする。
夜までお腹をすかせず持ちこたえる必要がある。


もし、このメニューでなければ、マクドナルドかバーガーキングのハンバーガーを買っておくという悲しい選択肢が待ってる。


この日記は過去の事を書いているけれど、僕はこの長旅のせいで、いまだにハンバーガーショップが好きじゃない状態だ。
あまりにもハンバーガーを食べ過ぎたせい。
今でも、もし 600 円で吉野家やマクドナルドに行けと言われたら、100 パーセント吉野家に行くだろう。

 


電車は右手にアドリア海を見ながら北上する。
とても良い景色なんだけど、今日一日の長すぎる電車移動と乗り継ぎ時間の短さで不安で仕方が無い。
この電車が少しでも遅れたらアウトだ。。。


って思ったら、やはり・・・というか、イタリアの電車は予想通り、遅れまくったのだった・・・
もし、ミラノからニース行きの電車に乗れなかったら、ホステルの予約が無駄になり、ミラノでホテル探しをする必要がある。
ニース行きも1日遅れ、いろいろ計画が狂ってしまう。


電車が1時間程度遅れたため、もはや頭痛が酷くなり、ミラノからニース行きには乗れないだろうと絶望した。


だいたい 8 時間 53分後、懐かしいミラノ到着。
懐かしがっている暇は無く、電光掲示板の時刻表を見る・・・・ん?


あれ?


自分が乗るべきニース行きの電車 159 EC がまだ発車してない!
本来ならとっくに発車している時間なのに・・・


これはラッキー!
僕はナポリより50倍はわかりやすいミラノ駅の案内版でニース行きを確認し、飛び乗った。


なんでニース行きの電車 159 ECはまだ発車していなかったんだろうか・・・
謎だ。。。


仮説を立てると、


・たまたま
・159 EC と 9760 ES は連絡していて、9760 ES が到着するまで、159 EC は発車できなかった
・どちらの電車も何らかの同じ要因で遅延していた


などか。


すっかり外が暗くなった状態でようやくフランスに入る。
時々停まる駅ではアナウンスが懐かしいフランス語に変わってる。
やっぱり、、、フランス語の語感ってフワフワしていて美しい。
そして、、、あの懐かしい、SNCF のアナウンスの音、、、涙が出そうだ。


夜9時半頃、ニースに到着。
もうね。。。疲れ果てたけど、久しぶりのフランスって事でわくわくしてきた。
しかも、ここは垢抜けた南仏のリゾート都市だ。
メンタル、フィジカルともにどっと疲れた。
明日からが楽しみだ。


- 次回
南フランス編のはじまり

---


さて、イタリア編が終了したので、イタリア編をまとめる。
イタリア編は、最後の晩餐、ウフィッツィ美術館、ピサの斜塔、ボルゲーゼ美術館等、入場が若干難しい所もスムーズに行けて、途中までは絶好調だったけれど、ナポリ以降がまずかった。
青の洞窟の失敗、アマルフィの失敗など。

この事から青の洞窟とアマルフィはいつか改めてリベンジしたいと思う。
イタリアは他にも無数に世界遺産がある、というより、主要都市がほとんど世界遺産になってるといえるくらい世界遺産だらけなのだけど、上述の点でそれよりもナポリはもう一回行きたい。
また、アマルフィと方向性は似ているけれど、ジェノバからチンクエ・テッレへも是非行きたいと思う。


まぁ後は全体的に駆け足だったのは仕方ない事だ。
いつかアマルフィ+マルタ等で旅行できれば良いなと思う。
バーリからクロアチアのドブロブニクへ船で行ってみたいと思う。


あと、ラファエロやダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ベルニーニ等、挙げればきりが無いけれど画家の作品にはいちいち圧倒された。
美術の教科書にすら出てくるような超有名絵画、彫刻を生で観る事が出来た事もとても良かった。





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イタリア編23. 写真でみるアルベロベッロ - 日本の記憶


アルベロベッロ、トゥルッリのテラスにて。
黒猫のジジ君 (※勝手に命名)



---当初の予定の通りでもあるけれど、もうこれ以上ナポリにいても青の洞窟にいつ入れるかわからないし、もともとそういう予定だった事もあり、イタリア最後の目的地アルベロベッロへ行くことにした。

ナポリからアルベロベッロへの行き方は、イタリアでは珍しくバス (プルマン) の方が早い。
たしか早朝7時くらいだったと思う。冬のナポリはまだ薄暗い。
ナポリ中央駅の駅前から昨日の内に買ったチケットでバスに乗る。

これまでの経緯の通り、中央駅は乗り物に乗るのにいちいち混乱させてくれる場所だったけど、バスにかんしてはほとんど定刻どおりやってきて、しかもそれがバーリ行きということがわかりとても安心した。
どうやら昨日のようなことにはならないようだ。

途中休憩時間もあって、まわりのイタリア人に倣ってエスプレッソとパンを食べる。
バーリに昼前くらいについて、ロメオ Romeo というホステルへチェックイン。
予約していなかったけど、しっかり安い部屋が空いてた。
安いといっても 32 ユーロなので、この旅の中では比較的高い部類だ。

で、
早速アルベロベッロへ向かう。
だって一泊しかしないから、今日中に行かなきゃならん。

行き方はバーリ中央駅の一番奥のホームが Sud-est 線っていう私鉄になっていて、それで行ける。
ナポリ以降、どうも私鉄に乗る機会が多くて楽しい。

そういえばスペインのバスク地方でも私鉄を見かけたけど、本数が極端に少なかったり、エッライ時間がかかったりで旅行者視点では使いにくいものだった。
そう考えるとイタリアの私鉄は割りと発達してるなって思う。


ここがバーリ中央駅の端っこにある Sud-est 線のホーム。学生が多かった。
平日のみ運行で本数もそんなに多くなさそうだから、毎日の通学や生活そのものってかなり大変に違いない。


ここの学生たちの学生生活って一体どんなだろ・・・


やってきたSud-est 線の車両!結構近代的・・・もっと落書きだらけでレトロなの想像してた。

電車で大体1時間半。その間に学生はほとんど降りて人気が少なくなる。
1時間半って長く感じるけど、自分の普段の通勤時間は100分くらいなので、それほど苦ではない。


はい、到着。
ここが噂のアルベロベッロです。

ガイド本よろしく、2駅くらい前から車窓からみえる畑にポツンポツンと観光地化されていないトゥルッリが見えたりしてた。
多分あれは農具が入ってるんだろ。


信号を逆光で。
気に入った一枚。


一応の証明。
ちゃんとアルベロベッロ (Alberobello) って書いてるね。


駅前からトゥルッリが密集するエリアまで歩く。


ポポロ広場。(Piazza del Popolo) 一応街の中心。市庁舎があるし。

ここでバーリのマクドナルドで買っておいたチーズバーガーを3個口に放り込みます。
寒いベンチで寂しい食事。
ヨーロッパだと、自炊できない条件で食事代を安く上げようとすると、本当に毎日こういうのになってしまう。


トゥルッリ (Trulli) 密集地域にやってきた!
ここはリオーネ・モンティ地区 (Rione Monti) でお土産屋が並んでるツーリスティックエリアだ。
そもそもアルベロベッロで、ツーリスティックじゃないものを見つけるのは大変かも。


どこもとんがった屋根が並んでる!
なぜ屋根がとんがっているのかは諸説あるらしい。


で、人気は少ない。冬のせいかひっそり。


夏はもっと、"わらわら" と観光客が来てるんだろうか。


早速歩いてみよう・・・


屋根の上にはいまだ解明されていない謎の文字が書かれてる。象形文字?
これも諸説ある。


お土産屋の軒先に一匹のぶち猫。


白い壁とビビッドのオレンジの柿が綺麗。


あ、ここにも屋根に文字が。
しかし、あまりにも雑誌とかでよく観る風景。


お土産屋には店主が外にまで出て客を呼び込んでる。
でも、かわいそうな位観光客がまばら。
シーズンじゃないって事なんだろうね、ほんとに。

自分も声掛けられた。
ヨーロッパでこんなに熱心に客の呼び込むをやっているのも珍しいな。
ツーリスティックな場所と聞いていただけに意外。
もっと殿様商売か思った。


ここはトゥルッリのミニチュアを作ってる作業場。
お土産屋にはどこもトゥルッリのミニチュアがあるけれど、ミニチュアはクオリティにばらつきがあるので、しっかり観てまわってハイクオリティのミニチュアを買うことをオススメする。

ちなみにここのトゥルッリのミニチュアは大変精巧だったので、一個買ってみた。


写真の、おっちゃん、壁に飾ってあるものを指した。


見ると、なんと、TBSの感謝状だ!

日付は2007年12月21日になっていて、

多分ディレクターが:ヨコテ ナオコ さん、アマノ ユウスケさん
テレビ番組:世界遺産
からとなってる。


ざっと読むと「アルベロベッロのトゥルッリ」という回を放映する際にどうやらここのお店が取材協力したようだ。


この番組は2007年10月14日に放送され、視聴者から良い反響があったらしい。

(まぁあの番組は毎回良いんだけど)
続きとしてはこの感謝状と一緒に放送の回のDVDを送るので、楽しんでくれる事を願う。
そして、もう一度感謝の言葉が続いてる。

こんなところに日本人の痕跡を観る事になるとは。。。


なんだか感心しながら歩いていると、今度は一軒のお土産屋から日本語で声を掛けられた。
なんか日本人女性がたってる。
よかったらトゥルッリの中を見ていきませんか?って。

それに対する自分の警戒感丸出しの台詞
「見せて貰いたいとは思うんですけどタダですか?、それにもうなにも買いませんよ」って。

はい、タダですよって返してくる、、、そしてどうぞって招き入れてくれる。
気を悪くしたかなぁと心配になったけど、中は観たかったので入れてもらった。

ざっと雑談すると、どうやらこの女性もここに観光客として訪れて、このトゥルッリの主にみそめられて結婚したらしい。

お土産屋だけど、こんな冬でも日本人のツアー客が毎日5,6組はやってきてここでお金を落としていくらしい。
なるほど、日本語が通じるお店というのはツアー客、ツアー会社にとって、安心だろう。

あと昨日まではローマへ行ってたらしい。
ローマが暖かかったって。


そして自分の素性も一応話す。
夏、ロンドンからずっと旅をしていて、モロッコからイタリアにやってきたこと。
はじめの警戒感むき出しの返答もモロッコ帰りなので許してくれって。

「ああ、やっぱりそうなんですね、そんな風に見えましたよ、みなりが」

って言われた。
モロッコ製のニットコートだけど、、、汚い身なりだったかなぁ

---

お店の奥が居住スペースになってて、そこに階段がある。
階段を上るとテラスがあるから見てきたらいいって。

じゃ、ちょっと上ってみます。


テラスに出た。


黒猫がいた。
ここの家の飼い猫なのかなぁ
もしそうなら、本当にジジって名前をつけてるかも。

僕は最初に何も買わないと宣言してたんだけど、結局ミニチュアを一個買うことにした。
なぜなら、ここのお店のミニチュアもシルバニアファミリーみたいな箱庭風の素敵なのだったから。

女性に別れを告げて街歩きを続ける。


いやー意外とひなびた雰囲気ですね。
本当にこれは冬のせい?


ご覧の通り、ちょっとは観光客とすれ違う。


ポポロ広場に戻ってきた。
あの建物は市庁舎だ。


今度はお土産屋が無いもう一つのトゥルッリ密集エリア:アイア・ピッコラ地区へ来た。(Aia Piccola)


こっちはお土産屋が無いせいか、もっと無骨だけど、本当に生活している雰囲気がある。


なんとなく屋根。
ここでも「良かったら中を観ていきなさい」って声を掛けられた。
今度はもちろん英語だったけどね。

チップを要求される事を相変わらず警戒してしまうんだけど、見せて貰った。


結構質素な住まいだよ。
でも、寒そう・・・


内側から観る屋根。
立派なもんですね。


こっちの屋根は部分的にしか見えない。
そりゃ、屋根むき出しじゃ寒いだろうからさぁ


ああ、あっという間に日が暮れた。


ちょっと街のはずれにある、いかにもリアルなトゥルッリを見つけた。
そう、電車から見えたトゥルッリもこんな感じだった。
人は住んでないだろうから、農具が入ってる物置小屋とみた。


物置小屋までとんがり屋根にする理由って・・・本当に謎だ。


なんとなく夕暮れに街のはずれをどんどん歩いてみる。


なんとなく、岸田劉生の道路と土手と塀(切通之写生)っぽい。


この坂道どこまでいくんだろ。


見下ろすアルベロベッロの町。
高度的に中途半端な景観なのは否めない。


さらば、トゥルッリよ!


もうすっかり夜のアルベロベッロ駅。
はぁーまた1時間半かけてバーリへ帰るのか。。。めんどい!

あ、ちゃんと行きに登り電車の時刻表は確認済みです。


最後に、トゥルッリのミニチュア二個公開。


こっちが、TBSが取材に来た作業場の作品。
入り口がちゃんとアーチ型で再現されているのは精巧さを見分ける基準の一つ。


こっちは日本人女性のお土産屋でかったほう。
どう?箱庭みたいじゃない?
こうなると、ミニチュアの人形を置いてみたくなる。


ちなみに後日テレビでアルベロベッロのことをやっていたとき、さっきの日本人女性が出ててびっくりした。
マジで世界中いろんなところに日本人妻がいるよなー
逆は少ないなー

そんなわけで、アルベロベッロの訪問は日本のテレビ番組の取材の跡と住んでる日本人等、日本を久々に間近に感じた日だった。




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イタリア編22. アマルフィ、お前もか

今日はなにもかもまったく噛み合わなかった。
あんまりにも酷いので、日記にでも書かないとやってられない。
ってわけでこの日記はその日ホステルに帰ってリアルな時間に書いた。

自分は基本的に旅先で旅行記を更新するようなことはしない。
極力ネットすら使わない。
そんな時間があるのなら観光しないと損だと思ってるから。

---

朝9時過ぎにガイド本に載っていた青の洞窟の担当窓口へ電話した。
昨日は青の洞窟に入れなかったから、もし、今日開いているのならもう一度カプリ島へ行きたいと思ったから。
でも・・・誰も電話に出なかった。

ただ、今日は風が強いので、多分無理だろうという事でホテルの人や周りの人との見解が一致した。
しかたなく・・・というか、もともとそういう予定だったんだけどアマルフィ海岸へ行ってみる事にした。

その前にナポリ中央駅で明日早朝のバーリ行きのバスチケットを購入。

アマルフィへの行き方は FS 線でサレルノまで行って、そこからバスに乗るらしい。
中央駅でサレルノまで行くための列車のチケットを買うために行列に並ぶと、なぜか自分のラインだけ進行が遅い。

ようやく自分の番になったと思ったら、サレルノ行きのチケットなら向こうのタバッキで買ってくれと言われてしまう。
タバッキでまた行列に並んでチケットを購入し、電光掲示板を見ると、サレルノ行きが見つからない。
駅員さんに調べてもらうと、なんと10分前に出た所で、次の列車まで1時間半待ちなのが分かった。

この長い待ち時間を利用して駅構内のツーリストインフォメーションに行って、青の洞窟は今日も開いてないのか念のため聞いてみると、
担当者は電話で確認してくれた。

すると、なんということか「今日は開いている」との事。
えええっ!?

アマルフィ行きを取りやめ、急遽トラムで港まで移動。


トラムの駅から港へ歩く。

それにしても本当に開いているんだろうか?


気になったのでフェリーに乗る前にもう一度、今度は自分で公衆電話から青の洞窟の担当窓口へ電話してみた。

なーぜかわからないんだけど、
「カゼガツヨクテ、ナミガタカイ、クローズ」と、日本語で返されてしまった。

ええええ!?
なんだか混乱してきた。
なぜか日本語、なぜか言ってることが違う。

でも、そういうのならば仕方ない。
やっぱりカプリ島行きは諦めて、もう一度トラムに乗ってナポリ中央駅へ移動。
電光掲示板に発車10分前のサレルノ行きを確認。
しかし、プラットフォームが空欄。
到着が遅れててプラットホームは決まっていないのかな?と解釈し、
しばらく電光掲示板を見ると、発車時刻の11時半にサレルノ行きの列車は電光掲示板から消えてしまう。
どうやら予定通り出発してしまったらしい。

気を取り直して次の列車を時刻票から確認し、さらにそのプラットホームを確認すると、
12時半の列車があって、プラットホームは2番線となっていた。

マクドナルドに入って昼ご飯をたべて電光掲示板前に移動。
発車10分前のサレルノ行きを確認。しかし、またもやプラットホームが空欄。
とりあえず、時刻票の通り凄く遠い2番線まで走って止まってる列車の運転手にサレルノ行きか聞いてみると、
違う。サレルノ行きは地下だと言われてしまう。

地下にいって唯一止まっている列車の乗客にこれはサレルノ行きか聞いてみると、
違うと言われてしまう。
よくよく考えてみると、地下の列車は地下鉄じゃん。。。

電光掲示板前に戻って駅員に聞いてみると、今度はサレルノ行きは22番線だと言う。
22番線に移動して駅員にこれはサレルノ行きか聞いてみると、
サレルノ行きは24番線との事。
走って24番線に移動。
すると、今まさに発車した列車を見送るタイミングだった。

大汗かきつつはぁはぁ息切れしながら電光掲示板を確認。
次のサレルノ行きは13時13分で、今度はちゃんと24番線と書かれていた。

13時13分にようやくサレルノ行きの列車に乗ることが出来て、
サレルノに到着したのが14時前。

バスのチケットオフィスでアマルフィ行きのチケットを購入。
バス停の場所を聞くと、頻繁に複数のバスが離発着するバス停を教えてもらった。
聞くと次のバスは14時ぴったりだという。
バス停で到着するバスの運転手にかたっぱしからアマルフィ行きか聞いてみるが、
どの運転手も首を縦にふらない。
そうこうしてるうちに14時5分。
バスのチケットオフィスに戻ってバスが来ない、バスナンバーは何番なのか聞いてみると、
14時10分頃に到着するんじゃないかと。また、アマルフィ行きはバスの正面にアマルフィ行きって書いてある事。

もう一度バス停に戻ってひたすらバスの正面にアマルフィ行きって書いてあるバスを待った。
14時半になってもバスが来ない。
あーもうわかんない。
駅前にはツーリストインフォメーションがあるけど、冬のせいか閉まってるし。。。


チケットオフィスに戻ってバスが来ない、バスに乗遅れたんじゃないか?
また、時刻票を貰いないか聞いてみるが、
はぁっとため息をついたオフィスのおばちゃん曰く、きっと渋滞で遅れているんだろうとの事。
また、時刻票も無いとの返答。


。。。いくら待ってもそんなバスは来なかった。
すでに時間は15時20分。
仮にこの後すぐにアマルフィ行きのバスに乗れたとしても、到着する頃にはすでに夕方になってしまう。

チケットオフィスに戻ってキレるおばちゃんにバスが来ない、チケットのキャンセルを希望。
チケットの代わりに投げ返される3ユーロ。
そのお金で再び列車のチケットを購入。
列車の電光掲示板を見ると15時45分発の列車があったが、30分遅れだった。

それから25分後にホームが4番線と表示されたため、4番線に掛け上がる。
しかし、4番線に止まっていたのは、ナポリ行きではなかった。
5番線の列車の前にいた駅員に聞いてみると、
ナポリ行きはこれ、と、なぜか5番線に止まってる列車を指した。
よくわからないまま列車に乗ってナポリに着いたのが16時5分。


何もやる気になれず、ホテルに直行。
このときの疲れかたときたら・・・察してください。
---


くやしい。情けない。
青の洞窟のみならず、アマルフィにも行けなかった。。。
なんてこった。

ナポリは、、、めちゃくちゃだ。。。
誰もが言ってる事がバラバラ、時刻表もまったくデタラメ。

意気消沈。
でもおなかは減ってる。


今日はまた違うピザ屋に行った。
ホステルのある、いわくつきのナポリ駅前から徒歩でスパッカ・ナポリを南下。

ダ・ミケーレ (Da Michele) というピッツェリアだ。
ごらんの通り大理石テーブルと製法を130年以上変えていない頑固な老舗として有名らしい。


これがこの店のピザ。
味は・・・・正直ブランディのピザの方がよほど美味しい。
イタリアで食べたピザは、このナポリブランディのピザとミラノのスポンティーニの2つが最高だった。


食べながら思う。
今になって思えば、たとえ冬であっても青の洞窟が開いているかどうかは、実際に洞窟の前まで行って確かめるしかなさそうだ。
誰の意見も聞き入れず、洞窟の前まで言って、船頭さんに確認するしかない。
また、本気で入りたいのなら、なるべく入れた率が高いシーズン(夏)に行くべきだ。

アマルフィについては、そもそもナポリから日帰りで行こうとしたのが間違いだったのだと思う。
レンタカーなど使わず、公共の乗り物で行こうとする場合はとりわけそうだ。
バスが来なかったのはなんでなんだろうか。。。
多分、本当に「書いてない」ので、バスが発着するたびに運転手に聞いてまわるか、本当に来なかったかのどちらかだ。

多分、アマルフィは、冬以外のシーズンにナポリから泊りがけでアマルフィやポジターノへ行くのが正しい。
そしてバスの運転手と周りの人に聞き込みをするのだ。

そういうアクションがおろそかになっていたのも、やっぱ疲労の蓄積で麻痺してたんだと思う。


駅前に帰ってきたした!
相変わらずゴチャゴチャ!


相変わらずな雨と、がっかり感。


そんなわけで、ナポリで2敗。
青の洞窟と、アマルフィ・・・ナポリはうまくいかない。
当初立てたイタリアでの予定は完全には成し遂げられない状態となった。


- 次回
バーリへ移動、さらにアルベルベッロ



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イタリア編21. ナポリの繁華街、夕暮れと暗闇


ナポリの夜のバス停。ナポリでは、ガラスなど割れそうなものは取り合えず全部割れてる。
そして落書きできる所は必ず落書きされてる。


----前回、カプリ島 (Isola di Capri) で青の洞窟に入れなかった。
そのため、高速船でベヴェレッロ埠頭 (Molo Beverello) へ帰る。
予想通り高速船はフェリーと違って速くて快適だけど、洞窟に入れなかった事で僕の気持ちは沈んでいた。


港に着くともう夕方。
ちょっとナポリを観光しようと思った。
ナポリは3泊したけど、3日とも街の外を観光していたため、ナポリ自体まだちゃんと観てなかった。
これはつまり、"外" から帰ってきてから街に繰り出すので、ナポリの街を歩くのは大体夜になってる。


サンタ・ルチア港 (Porto Santa Lucia) からみるヴェスーヴィオ火山 (Il monte Vesuvio)。


絵面はまるで富士山みたい。


卵城。(Castel dell' Ovo)
なんと入れなかった。時間が過ぎていたらしい。


サンタ・ルチア港あたりから西側メルジェリーナ港 (Porto Mergellina) 方面の日没を見守る。
どんなに落書きがあっても、どんなにゴミが散乱してても、ナポリの景観ってやっぱり綺麗だと思わせる瞬間。


もうほとんど輪郭しか見えない卵城。


目抜き通り:トレド通り (Via Toledo) の中間あたりにあるカリタ広場。(P.za Carita)
車のクラクションのうるささは、インドやベトナム並みに酷い。


トレド通りより西側は坂道の地域になっていて、スペイン地区 (Quartieri Spagnoli) と呼ばれる。


スパッカ・ナポリ (Spacca Napoli) がナポリの下町だけど、このスペイン地区でも生活感は大いに感じられる。


どっかのパン屋で食べた菓子パン。ってか砂糖菓子みたいな感じだったような。
人気店らしくひっきりなしにお客さんが買ってたから、自分も試した。名前失念。


ここはナポリで一番有名なカフェテリア:ガンブリアヌス。(Gambrinus)


エスプレッソがデフォ。美味しいんだけど、濃さよりも量を求める自分には物足りない。


トレド通りも王宮近くはこんな風に露店も出てて渋谷センター街みたいなにぎやかさ。


ただにぎやかなだけで、治安の悪さなんて感じない。---


---



これは別の日、多分ポンペイから帰ってきて、国立考古学博物館を出た時のもの。

ナポリの繁華街のあたり。
結局、トレド通り (Via Toledo) 周辺だと思う。

ポンペイの帰りに寄った国立考古学博物館 (Museo Archeologico Nazionale) から徒歩で南下している最中。
国立考古学博物館はナポリ観光では一番Mustで行くべき所。
ポンペイの発掘品の本物なんかが沢山展示されてて、圧倒される。



ここはピザの有名店:ブランディ (Brandi) なぜに有名かといえば、ピッツア・マルゲリータはこの店が発祥だから。
当然マルゲリータを食べる!!


こんなに美味しいピザを食べる事が出来て幸せだ。
本当に本当にホントに最高に美味しいピザだ。
写真でも美味しそうな事は十分に伝わるはず!

このピザを食べにもう一度行きたいくらいだ。

そして庶民的なので、決してそこまで高くないのも良い。
またテイクアウト可能、かつテーブルに座るとテーブル代を取られるので、地元の人は大量のピザをテイクアウトしてた。


ここが王宮の裏手にあるプレピシート広場。
奥のバチカンみたいなところは、サン・フランチェスコ・ディ・パオラ聖堂。


これはヌオーヴォ城 (Castel Nuovo) 外観見学にとどまったけど、中の様子は大体想像できる。


---


さて、バスで中央駅の方へ帰る。


記事トップに使った割れたガラスの写真。
大体どこもこんな風。
ビルバオの旧市街も一部こんな風だった。


いつから割れてるんだろ。
直してもすぐ割れるんだろうなぁ

で、バスなんだけど、超満員。
渋滞も酷い。

本当はチケットをかって打刻しなきゃならないんだけど、
満員過ぎて打刻も出来ず、乗客はだれも打刻していないっていう。
みんな適当にタダ乗りしてるっぽい。


ナポリのゴミ置き場。
ごらんの有様。
回収されず放置。
しかし、これはとても可愛い方で、ネットでナポリのゴミについて画像検索すると、恐ろしいものをみるだろう。


そういえばちょっと前にナポリでデカイゴキブリが大量発生したってニュースを観たな。
・・・そりゃ出てきてもおかしくはないね。

そういえばちょっと前にナポリで放置されたゴミが放火されるって事件があったな。
・・・そりゃ放置されたゴミを見てイラついたやつもいるだろうね。


ナポリの街は大体こんな感じだけど、この記事+前々回の記事だと、汚くて治安が悪そうな街ってことしか伝わらんかもなぁ


誤解しないでほしいのは、これでもナポリはイタリアで一番好きな街って事。



- 次回
イタリア編最大の失敗



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イタリア編20. 無念!青の洞窟! - カプリ島


カプリ島、ウンベルト1世広場にて (Isola di Capri, Piazza Umberto 1)


------ナポリに滞在したら、大抵の日本人はカプリ島の "青の洞窟" (Grotta Azzurra) へ行こうとするんじゃないかな。
テレビなんかでもあまりにも有名だし。
もちろん自分もいっぱしの観光客なので、是非青の洞窟は行きたいと思う。

でも、季節はもう11月の終わりだ。
ネットで調べてみても、2004年11月〜2005年10月の確率 は、
11月 27%
12月 23%
と書かれていた。
12月に近いから、大体25%くらいの確立って事か。

これまでのイタリア観光において、入場規制のある所は奇跡的にもすべて入場出来ていた。
ミラノの最後の晩餐、ピサの斜塔、ボルゲーゼ美術館、あるいはシスティーナ礼拝堂等々。
だから "風は吹いてる" って感覚はあった。
今回も4分の1の確立だったとしても、なんとか入っておきたいと思いは強かった。

まず、ホステルのオーナーに話をしてみる。
明日、グロッタ・アズーラへ行こうと思うんだけどって。
すると、ベストなカプリ島へのアクセス方法を教えてくれた。

ガイド本等で知られる一般的な行き方は、ベヴェレッロ埠頭 (Molo Beverello) からフェリー等に乗る方法だけど、もっと近くの埠頭から安いフェリーが一日一往復してるらしい。

それは Calata Porta di Massa という埠頭から CAREMAR 社という会社のフェリーが 9:05 に出航、14:50 にカプリを出航するというもので、オーナーがいうにはこれが一番安くて簡単なアクセスなのだと。

次の日の朝、ホステルを出てナポリの下町:スパッカ・ナポリ (SPACCA NAPOLI) を徒歩で南下。
Calata Porta di Massa へ着いた。
ちょっと探すと、本当に乗客を沢山載せたフェリーが出航しようとしていた。
チケット買って乗り込む。


ナポリを出航。


どんどん遠ざかる。


ヴェスーヴィオ火山が見える!


雄大な風景だ〜

と、景色に見とれていたのもつかの間。
このフェリー結構揺れる。。。

そして、あっという間に深刻な船酔いに。。。
えーーっ?
冬だから風が強くて波があるのかもしれない。
確かに揺れているけど、そこまで酷くはない。
それでも疲労の蓄積のせいか、こんな簡単に酔ってしまうとは。。。

強烈な吐き気のせいでトイレに駆け込む。
そして、今にも吐きそうだったけど吐けない、出てこない。。。

でも揺れはいつまでもいつまでも延々と続いた。
時々味わう逃げ場の無い地獄。
はあぁああー早くついてくれー

こんなことなら、多少割高でも高速船で行くべきだった。
フェリーと高速船の両方がある場合、絶対に高速船に乗るべきだ。
これはタオ島で学んだ事だったのに、、、忘れてた。


苦しむことざっと1.5時間くらいでやっとカプリ島到着。
一目散に下船したい!!


"5番" に着いた!


陸に上がると船酔いは収まった。
それにしても綺麗な風景だな。


青の洞窟は、船着場で客引きしてるのに着いていけばよさそうだけど、これだと船で洞窟前までいくから割高だ。

陸路で行く方法としては、島の中心:カプリからバスに乗ってアナカプリまで行き、さらに青の洞窟行きのバスに乗れば良いらしい。

というわけでまずは山の上の町:カプリまで行く。
行き方はロープウェイが簡単だけど、ケチって徒歩で行く(こういう行為が慢性的な疲労になってるんだろうけど。。。)


カプリ到着。ウンベルト1世広場だ。


ここがバルコニーみたいになっていて、カプリ島の大パノラマが楽しめる。


綺麗ですね!!


一見穏やかそうな海だけど、、、まさかあんなに揺れるとは・・・


この広場周辺が一番にぎやか。
夏はもっと混んでるだろうなぁ


広場の時計台。


みんな青の洞窟目的というより、単純にカプリ島を観光に来てるようだ。


そして大抵の人はロープhウェイで登ってくる。
自分みたいに歩いている人は少なかった。、


ベビーカーや車椅子の老人たちなど、ロープウェイがあるからここに来れる。
あ、でも道路もあるんだろうな。

さて、アナカプリ行きのバスに乗ろう。


なんとなく撮った、空き地の廃材。



島の細い道。でもこの道をバスが通る。


バスターミナル・・・といってもバス二、三台分のスペースだけど、そこですぐにアナカプリ行きのバス
が見つかった。

さらにグロッタアズーラ<青の洞窟>行きのバスに乗ろうとしたら、 言われました、運転手に。

Today its close.

ショック。
思わず
オーマイガーって言っちゃいました。

確かに風が強い。
だから波が高いのもわかる。

どうしよう・・・閉まっているなら洞窟の前まで行っても仕方ないじゃないか、、、
しかたなく引き返し、風光明媚なカプリを少しブラブラ。

悔しい。
自然には勝てんけど。
そして冬のカプリは、そんなに長居するほど楽しめるものもなく。
煮え切らないままナポリに帰る。


帰りの坂道の途中。
二匹の犬に吠え立てられるしげきちさん。


そんなに私が怪しいのか?


そんなに身を乗り出してまで警戒しなければならないのか。。。


安全な所から、、、そんなに、、見下ろさなければならないのか。。。
そんなに青の洞窟に入れなかったことを茶化してるのか、、、
なんて、思ったり。


あ、ちょっとは徒歩の人がいた!


良い景色だ。
この島って貴族の別荘地だったんだっけ?


港に着いた。


火山とカモメ。


カモメは良いな。いつでも自由に青の洞窟に入れるから。。。多分。


この無念さ、、、いつかリベンジしたい!
ナポリを見てから死ねというけど、自分にとってはナポリは2回行かなければ死ねない事になってしまった。

---

帰路は当然高速船だ。
アレは速くて揺れが少なくて素晴らしい!


---

今日はなんでうまくいかなかったんだろう・・・
事前に電話で確認できるみたいなので、確認すれば良かった。

ただし、今になって思うのは、船着場で客引きがいたし、青の洞窟に入る/入れないっていう判断は、船頭さんのその場の判断なんじゃないかなぁ
だから、バスの運転手に閉まってると言われても、自分で洞窟前まで行って確かめるべきだったと思う。

それは翌日の聞き込みの結果からもわかる。
何しろみんな言ってる事がバラバラなのだ。


- 次回
ナポリの繁華街とか陸の見所の写真など。




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イタリア編19. ナポリ中央駅周辺の混沌、治安


ボロボロなナポリ中央駅前



-------ホステル:マンチーニのバルコニーからは中央駅前の混沌とした町並みを見下ろす。



吹き付ける風は強く、この日も青の洞窟への入場は絶望的と感じられた。


近くに見えるスーパーのネオン文字なんかも文字が半分くらいずり落ちていて読めない。


ボロボロすぎる。
正直に言えば、釜ヶ崎の商店街を彷彿してしまう。


眼下の中央駅周辺は偽者ブランドグッズを売ってるようなチープで胡散臭い露店が軒を連ねていて、ナポリの混沌を垣間見ることが出来る。


ホステルの説明では中央駅周辺でタムロしている連中は旧ユーゴスラビアからきた不法滞在者で、ナポリの悪事は大抵彼らによるものだという。


だから、中央駅周辺を見てナポリを判断してほしくないのだという。



村上春樹も "遠い太鼓" の中で奥さんがひったくりの被害にあった際、周りのイタリア人から「あれはきっと旧ユーゴの連中の仕業ね」って言われてたのを思い出す。

これって日本でも同じような事があると思う。
日本にとって何か都合が悪い事や汚い話があると、大抵某隣国の人が粗悪の根源のような言い方をする人達がいる。
そして彼らは確実に自分の考えが正しいという思いで凝り固まっていて、どこまでも盲目的だ。



もしかしたら、自国で悪い事が起こると、周辺の(良い印象を持っていない)国の人達のせいにしたがるのは、世界な傾向や風潮なんだろうか。

---

ナポリは汚い、治安が悪い、ごちゃごちゃしてる等々いろいろいわく付きだけど、それはあくまでヨーロッパの都市の視点からだと思う。


たとえばインドのコルカタ (カルカッタ)、エジプトのカイロと比べてどっちがゴチャゴチャしてるか?って考えた時、確実にナポリの方が整然としていて、居心地は良いと思う。


言いたいのは、汚かったりごちゃごちゃしてるからダメって事は無くて、訪れた場所の良し悪しは違う所にあると思う。
モロッコのどこの町か忘れたけど、イタリアを観光したヨーロッパの女性にイタリアで一番良かった町は?って聞いたとき、迷わず「ナポリ」って答えていた。
ナポリは一番生活感があってイタリアらしいからというのが彼女の理由だった。


自分も滞在した結果、彼女の意見に同感で、イタリアの都市の中でナポリが一番好きだ。
もともとコルカタのようなごちゃついた街が好きなせいかもしれない。
なんかエネルギッシュで、生きてる事にがむしゃらな感じとか。

インドのコルカタとエジプトのカイロを挙げたけれど、ナポリも含めてなんでこれらの混沌とした街並みにノスタルジーすら感じてしまうのかよくわからない。


ホステルのオーナーは中央駅周辺はナポリらしくないと言っていたけど、道向こうの建物にはどこも目一杯洗濯物が干されていて、とても生活感がある。



同じく村上春樹の "遠い太鼓" の中でも、パレルモやローマには住んだのにナポリが素通りされている所を見ると、彼も一般的なナポリの風評のように治安や混沌を嫌った可能性がある。


"雨天炎天" ではあのイスタンブールですら「道路沿いの風景は退屈から醜悪へと変化していく。イスタンブールに通勤する新中産階級用のぞっとするような集合住宅や建て売り住宅がところ狭しち建ち並んでいるからだ。」「ここは郊外とは逆で、汚く、古く、猥雑で、手前勝手に出鱈目である。うるさくて、空気が悪くて、ツーリスティックである。」と、散々な言いようなので、ナポリに対しても同じようなイメージを持っていてもおかしくはない。
(まぁ、"遠い太鼓" でも、パレルモは酷評されていたけれど)

        


ところで、イスタンブールって、あんなに綺麗で素敵なのに、村上春樹の視線では "この世の終わり" くらいの地獄の町のような書か方なのはなぜなんだろう?
村上春樹は大好きな作家だけど、都市に対する見方は全然共感できない。
多分彼にかかれば、森山大道の東京の写真集なんか理解に苦しむのかもしれない。


---

ホステルから見る中央駅周辺は汚くて、若干危険な感じもしたけど、ちょっと外を歩いてみる。


ホステルを出た所。誰が買うのか、どれくらい需要があるのかわからない、垢抜けない衣料品たち。
そして気になる奥の建物へ潜入。

---そこで僕が目にしたものは。。。
なぜかビンゴ大会の会場。
ボロボロの建物の2階では、大勢の大人たちがテレビのセットみたいな会場でビンゴゲームに興じているというとーーーってもシュールな光景だった。

写真を撮る勇気がわかなかったのが悔やまれる。


この辺はまぁ割と普通かなぁ


ホステルの上から人ごみがゴチャゴチャ見えていたあたり。


アメ横的なノリかなぁ

ちょっと横道を見ると怪しい人達が沢山タムロしていた。
そこもさすがに写真を撮る事が出来なかった。
ヘタレでごめん。



歩いた感じ、そんなに酷くはない。
治安もそんなに悪くはなさげ。

建物は確かにボロボロで酷い感じもするけれど、古い建物がリアルに残っている点で歴史さえ感じるし、何度も書いたように生活感を垣間見ることが出来る。

自分にとって、ナポリはミラノの200倍は好きな街だ。


 
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イタリア編18. ポンペイ、雨のち晴れ


黄昏時のポンペイ


-----また、ずいぶん時間がたってしまった。
年末年始に海外へ出かけていたので更新できなかったのだけど、その後も惰性で今日まで滞っていました。

ごめんなさい。

---

ローマからさらに鉄道で南下して5大都市最後の一つ、ナポリだ。
ローマ・テルミニ駅から早朝の便で行く。

中央駅前から程近いホステル:マンチーニ  に向かって歩く。
まだ朝だ。
外は無視出来ないくらいの雨が降っていて憂鬱な気分になる。

駅前を出るとグレイッシュでごみごみした町並みが広がってた。
たかが駅前のガリバルディ広場 Piazza Garibaldi から Via P.S Manchini という通りへ一本入るだけなのに、ナポリが一筋縄ではいかない事を早くも思い知る。

まっすぐ歩けないのだ。
 Via P.S Manchini という通り自体が一体いつからなのかわからないけれど、工事中で車道部分は柵で覆われていて歩道部分しか歩けない。
したがって、「道路を横断する」って事が出来ず、柵にそって大回り。

ナポリという街について思うことは次回以降。
ホステル:マンチーニにチェックインして、早速出かけた。

まずはやっぱりポンペイだろう。
有名な場所だから説明不要と思う。
ざっと言えば、古代ローマの植民都市で、西暦79年にヴェスヴィオ火山っていう近くの火山が大噴火して火砕流で街ごと生き埋めになった場所だ。

詳しくは Wikipedia でも見てほしい。

自分の行き方としては、中央駅からヴェスーヴィオ周遊鉄道っていう私鉄に乗ってポンペイ・ヴィラ・ディ・ミステリ駅で降りる。
スペイン語と同じだから直訳すれば、「ポンペイ・秘密の館」駅っていうなかなかしゃれた名前が付いてる。
ガイド本などは「秘儀荘」って書いてあるね。
秘儀荘はポンペイの町の外れにある大きな館の事ですばらしい壁画が残っている場所。

FS線っていうイタリアの国鉄?でも行けるんだけど、ここではこのヴェスーヴィオ周遊鉄道に乗って大正解だった。
この私鉄、まず外観は落書きだらけ。ローマの地下鉄も似たようなもんだけど、ナポリだけになおいっそう酷い気がする。
内装は普通。
そして、とてもいいのは、窓の外の景色。

ナポリの町から海沿いのルートなんだけど、私鉄ならではのローカル色があって、庶民的な家々が連なる所を走り抜けていくのだ。
自分の家系はイタリアに血縁関係なんて無いけれど、なぜか知らぬがひじょーーーにノスタルジーを感じさせる風景。

そして、、、もうちょっと進むと、噂のヴェスーヴィオ火山が雄大に見えてくる。
はあーーってため息混じり。
もしかしたら、イタリアで見た中で一番良い風景だったかもしれない。


で、大体1時間くらい?ようやくポンペイ・ヴィラ・ディ・ミステリ駅に到着。
駅はポンペイ観光のメイン駅ではないっぽくて結構小さい。


そして歩くとすぐに入り口が見えてくる。


どうみてもメインエントランスではないね。


いよいよ中に入ります。


うああ、ここが噂に名高い、あのポンペイ!


広い!そしてはるか向こうには雲に隠れたヴェスーヴィオ火山が見える。


現代の休憩所。
食べ物売ってるけど、ボッタクリ価格なのは言うまでもない。
そうだろうと思って、クッキーと水くらいは持ち込んでいるのだ。


朝、雨が降っていたせいで水溜りがあっちこっちに。
メイン通り。


ワンコも観光中。


警備員。いやーじつにイタリアらしいというか、、、暇そうなんだよね。


おおおー晴れてきた。


居酒屋の後だったっけ?


飛び石。
隙間を馬車が通り、歩行者は石の上の歩く。


メイン通りに晴れ間が栄える。

どっかのお宅の中庭。

2000年前の悠久の時とは無縁に咲く植物。
ポンペイが魅せる美しい所の一つだ。


この辺は繁華街。
広告が沢山。


よーーくみると、船の絵が描いてあるんだよね。


ここから道を入っていくと、ポンペイではかなり有名なものがある。


となりはブドウ畑。「それ」を見るために自分以外にも観光客がいた。


これだ。
家族みんなでならんで、または折り重なるように死んでる。
子供も。


家族が死ぬのを無念そうに見つめる父。
そして自分も。。。


・・・火砕流がやって来る速度はほんの一瞬。なので逃げることはまったく出来ず、みんなガスにやられたのだ。
このセメントは人型に残った空洞に、後の人がセメントを流し込んで倒れていた状態を再現したものだ。


みんなを見る父ちゃん、本当に無念そうで泣けてくる。
家族を守れなかった無念さが痛いほど表情から伝わってくる、
2000年前の人達も、あたりまえなんだけど、現代の人とそう変わらない感情を持っていたに違いないね。

ああ、
自分はこの瞬間、
この人に会いにポンペイに来たのかも。


今はこんなに静かで平和な感じなのに、、、


ここの奥に娯楽施設がある。


闘技場。


この辺は観光客が多いね。


大分戻ってきて、ヴィーナスの家。
ここには有名なフレスコ画がある。


これだ。


なんか、完全に晴れたなぁ


休憩中。にっこり微笑んだ。


夏の入道雲みたいな雲。冬なんだけど。。。


あれ?こっちが居酒屋だったっけ?
とりあえず生で。


もう大分日が傾いて陰影が濃い。


ほら、かげがながーーーい。


団体さんがいる、、、けど、日陰が濃くてわかりにくいね。


鳥のモザイク。


夕日を指す、警備員たち。もうそろそろ閉館時間?


夕方の凱旋門。


水溜りに雲が写り込む。
キレイな一枚だなぁ


現代の休憩所のそばにある、発掘品と人型。


人型をセメントで採ったのは不謹慎な気がするけど、これほど古代人の生々しい姿を観る事が出来るのは、すごいことだ。


だってさ、苦しんでる表情までトレース出来てるんだよ。。。
泣けてくるわ。。。


2000年前の犬も悶絶してる。


ここにも人型。。。ああ、もう、、やめてあげて、、、


これが噂の「猛犬に注意」だ!!


夕方のヴェスーヴィオ火山。


ヴェスーヴィオ火山のアップ。雄大過ぎる。。。そういえば登山って出来るのかなぁ


もうほとんど夜だね。


冒頭の秘儀荘だ。
ちょっと離れた所にある。


そろそろ閉館らしいので帰路へ。
ほとんどなにも見えん。


- 次回
ナポリの街について、か、もしくはカプリ島の話。



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イタリア編17. 進め!アッピア旧街道


アッピア旧街道 (Via Appia Antica) を歩こう



---から揚げご飯を食べた時、ローマの滞在日数が話題になった。
僕らが出した結論はローマは3日で観終えるというものだった。

実際、3日間ローマで過ごしたら、主な見所は全部回り終わった状態になっていて、4泊する自分は1日何をするか決めかねていた。

まず候補に挙がったのはローマから日帰りで行けるティヴォリ。(Tivoli)
ヴィッラ・デステ (Villa d'Este) っていう中世の庭園が世界遺産になってる。
それからハドリアヌス帝の別荘 (Villa Adriana) 、エルトリアの町 (Citte Etrusche) など。
これらは全部世界遺産だ。

が、

改めて、行きたい候補について考えてみる。
ヴィッラ・デステ、、、単なる庭だろう、ヴェルサイユの庭みたいのをわざわざ見に行きたい気分じゃない。

ハドリアヌス帝の別荘、、、ここは世界遺産とはいえ、古代の "東武ワールドスクエア" みたいなもんだ。
これもわざわざ見に行きたい気分じゃない。

エルトリアの町、、、ローマ以前にイタリア半島に住んでいた先住民、高い文明を誇っていたがローマに技術を奪われた挙句、滅ぼされた。
ここが一番興味深い。
でも、遺跡はほとんど 墳墓のようだ。
・・・一日かけて墳墓を見に行きたい気分じゃないだよなぁ

ローマ4日目にして、自分の疲労はピークに達していた。、
朝起きても疲れてる、起きる気もしなければ、何もする気が沸いてこない。
マラケシュからミラノについて、気候の変化にかなりやられていたけれど、ここまではだましだましやってた。
そして自分をだませないくらいの疲労が表立ってあふれてしまった感じだった。

思えば、メルズーガで食中毒で倒れていた件も、今は回復したとはいえ、その後の旅でなんとなく力が入らない、疲労がたまってしまう事の一因になっている気がした。

長期旅行って、こんな風に気力体力ともに、やられていくんだなぁ
あまり長期で旅してても良くないなって実感できる。


じゃあどうする?って、ずっと考えて、出た結論。
アッピア旧街道 (Via Appia Antica) の観光だ。
ローマから出ないから、「近い」って事と、基本的にウォーキングなので、食傷不良気味の遺跡等から距離を置く事が出来る。

アッピア旧街道はローマに通じる整備された軍事用の道路。
例えれば鎌倉街道みたいな古道のローマ版だ。
この古道が日本だったら、確実にブラタモリでやる話だ。


って行くことを決めたのは良いんだけど、結局徒歩で巡るウォーキングをこの期に及んでしようというのか、自分は。
はぁ〜って深いため息が出てしまう。
でも、アッピア旧街道沿いに見所が多いのは事実。(でも、それって結局遺跡だけどな)

じゃあどうするか?って考えてみて、
カメラを一台置いていく (持っていかない) 事にした。

このときの自分は K10D というペンタックスの重めに一眼レフと、GR DIGITAL 2 っていう単焦点の高級コンデジの二刀流だった。
この重たい K10D を持っていくのを止め、ポケットに入るくらいの手軽な GR DIGITAL 2 だけにする。
これが、自分の疲労との妥協点だった。
着ているモロッコ製のニットコートがいささか重過ぎるって事もあるんだけど、コートの重さはどうにもならん。


ちなみに「進め!アッピア旧街道」っていう日記のタイトルだけど、今回珍しく日記のタイトルが本文よりも先に決まった事を言いたい。
いつも本文書いて、タイトル決めで困るような事がなかった。
タイトルの元ネタはあの番組だな。

アッピア街道への行き方は、前々回の日記に書いた、古代の円形競技場跡 "チルコ・マッシモ" (Circo Massimo) の地下鉄の駅から、カラカラ帝の浴場跡 (Terme di Caracalla)を観て、さらに南下していく事になる。

地下鉄の駅を出てカラカラ帝浴場入り口へ行く途中。
車からおっさんが顔を出してきて変な声をかけられた。

「すいません、コロッセオはどちらでしょうか?」

「はい?ずっと向こうだと思います。」


「はいはい、あっちのほうですね、わかりましたーところでこのラルフローレンのポロシャツを特別2枚で100ユーロで売りますがいあかがでしょうか?」

っていう怪しさ満点のセールスだった。

コロッセオの場所をローマの人が聞いてきたりするわけないし。。。
みれば車の中にはパッキングされたポロシャツが山積みになってる。

こういうの騙されて買っちゃう人だって、いまだに思われてた事にちょっと戸惑った。
なんともいたたまれない気持ちだった。
ここまでの行程を説明して、相手に「買うわけがない」って事を悟らせたい気分だ。

ただし過剰反応は逆にやばそうだ。
怪しい男である以上、逆上されて凶器とか銃器を出されたりしたら終わってしまうし、このままその車で轢かれてしまうかもしれないし。
適当にノーとかいってそ知らぬふりして立ち去るのが吉だ。


はい、やってきた。
まずはカラカラ帝の浴場を見学。


・・・浴場ってようは風呂場ですよね?
風呂場がショッピングモール並みにでかいとか。


まだ時間が早いせいか、そもそもあまりこの辺は観光客が来ないせいか、結構カラカラならぬガラガラ。


カラカラって、デッサン用の石膏像になってるあれかなぁ


ローマ遺跡では必ず見かけるタイルのモザイク。


おお、東京の地下鉄の通路とかもこんな感じかも。


見たろころ、二階部分があるんだけど、上る事は一切出来ないね。


ああ、遺跡独特の疲れが早くも・・・


しらんけど、サバンナに生えてそうな木が何本も。


カラカラ帝の浴場を出てアッピア旧街道に向かう。
ここは城壁でアルデアティーナ門 (P. ta Ardeatina)
ここまでくると、急に建物が少なくなり、「郊外」ってムードが漂ってた。


ここら辺がすでにアッピア旧街道だけど、まだまだ序の口。それらしい遺構な見当たらない。


途中、ドミネ・クォ・ヴァディス教会 (Domine Quo Vadis?) ってのがある。
クエスチョンマークを忘れてはならない。「主よ、どこに行かれるのですか?」っていう疑問形の教会なんだけど、入れなかった、、、開いてなかった。なぜかわからん。

で、この写真の所は、その教会を抜けた先にある三叉路の真ん中の道を進んだ所だ。
三叉路は結局また一本に戻るんだけど、真ん中の道が特にオススメらしい。
薦める理由は、自分も進んでみて理解した。


振り返った所。
なかなか良い風景でしょう?
ここからますます良い風景。


三叉路の真ん中の道を進んだ所にあるサレジオ教会 (Ist. Salesiano)


ここから急に視界が開ける。


芝生にヤギ!イギリスを思い出すね。。。


ヤギを撮りたいのだけど、広角の単焦点ではなかなか近づけない。


近寄ると、ほら、こんな感じでまとまって逃げていきます。


どんどん、追いかける、どんどん逃げていく。
さりげなく向うに遺跡らしきものがみえるのも実にローマらしい。


ああっ小さいのが逃げ遅れてる!大変だ!変なハポネスに狙われてる!


なんか晴れてきたね、実に良いことだ。


この芝生と木々の連なりが好き。この写真をトップにしようかと思った。候補の一つだった。


サン・カッリストのカタコンベ入り口 (Catacombe di San Callisto) 。ツアー形式で人が集まるとガイド付きでツアーが始まる。
参加して中に入ったんだけど、イタリア語でぜんぜんわかんなかった。
パリ・モンパルナスのカタコンベなら、骨だらけでわかりやすいけど、こっちはそういうのもなくて、なんか部屋しかなかった気がする。
印象に残ってないのだよ。


三叉路の終わりあたり、車の往来が激しい道路と一緒になる。


ロルムスの廟の前付近。


チャリンコ置き場か?


チェチーリア・メテッラの墓!(Tomba di Cecilia Metella)


いちいちでかいな、ローマ遺跡は!


それに、雲の切れ目も広がって、写真写りが良い。


まだ先へ。
基本車も通れるけど、石畳だから、車にとっては悪路だろう。


なんか、日本的な感じ。


日本の田舎にもこんな感じの所があるよ!

この辺で引き返す。
このまま延々と道は続くけど、見所は大体観た状況だから。


チェチーリア・メテッラの墓に入ってみる
切り落とされた上半身。イスラム勢力の侵略を受けたわけでもないのに。


マクセンティウス帝の競技場。 入れない。柵があるから。


三叉路を再び真ん中の道で引き返す。
このアーチ型の門が真ん中の道の入り口。
ってか多分、教会だか、修道院だかの敷地なんだと思われ。


並木道を行く。


夕方になってもヤギはまだ放牧中。


陰が長いー


追いかけたら、また逃げられた。
子ヤギの飛び跳ね方が尋常じゃないね。


並木道から伸びた並木の影。今回はこれをトップの写真にした。
お気に入りの一枚。


逆光にヤギの稜線が浮かび上がる。
嗚呼、羅馬!


夕方の道はますます雰囲気が良いね、ほんと。

三叉路のおわりあたりからバスに乗った。
歩きつかれたのだ。


ここは S.G.in ラテラーノ広場地下鉄、サンジョバンニ駅とバスターミナルがあって、割とごった返してる。
ここにアッピア旧街道で、最後の見所がある。
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂だ。(San Giovanni in Laterano)
ムッソリーニとローマ法王が条約を結んだ場所って話。


ここは、その大聖堂に隣接するラテラーノ宮殿。(Palazzo Laterano) 。
ここには「聖なる階段」(Scala Santa)っていうのがある。写真のこれがそう。
キリストが十字架にかけられる前に上った階段で、エルサレムからわざわざ移設したらしい。

クリスチャンはみんなここを膝で上っていく。
部外者はこの階段じゃなく、横にある普通の階段から上れる。


さて、ようやくローマ観光も終わりだけど、まだ時間があるので、最後にもう一度ヴァティカンの大聖堂へやって来た。


夜の大聖堂。
無料だからいつでもいける。


夜のピエタ。
また、夜も良いですね。大聖堂は人が少なくて静かで良い雰囲気。
まぁ昼間の良い雰囲気だけど、質が違う良さがあるね、夜の大聖堂は。


大聖堂の椅子。
畳まれて明日以降の出番待ち。


出口付近にある要人の出入り口。


広場の夜。
人が居ない!!


ああ、ローマはもう来ることは無いんだろうなぁ
しんみりだ。


ヴァティカンの外。

さらばローマよ!!
チャオチャオチャオ!


- 次回
いよいよナポリ編です。
ナポリはイタリアでは一番好きな町だけど、トラブル続きで参ったね。



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イタリア編16. ローマの座り込みデモ


労働者の座り込みデモ



さて、夜のスペイン広場から徒歩でベルニーニ広場まで歩いた自分だった。
ざっと地下鉄で一駅分なので、たいした距離じゃない。

ベルニーニ広場から地下鉄でテルミニ駅まで帰ろうかと思ってた。

---



ベルニーニ広場に到着すると、周辺の物々しさに気付いた。
広場を取り囲む機動隊。



そして広場にはデモ隊。


デモ隊は広場に座り込んでる。


そして各自のヘルメットを地面にリズミカルに打ち付けて、歌いながら何かを訴えていた。
それほどの危険は無いと判断して近づいてみる。


理由は、ほかにも写真を撮っている人がいたって事。


旗を振ってる人も居る。

状況としては正確に捉えることが出来ないのだけど、
おそらく工事等、ブルーカラーに従事する労働者団体の待遇改善要求かなにかじゃないかと思う。
ググってみた感じ、イタリア労働総同盟:CGIL かイタリア労働連合:UIL のどっちかかなぁ
いや、Fiom ってのだ。旗でわかった。
でも、CGIL=Fiom なのかも。



衝突していないだけ平穏って事かな。


ただし、デモというのは何か鬱屈した気分を抱えているから起こるわけで、こちらとしては刺激するような行動を控えたい。


緊縮反対とかそんな?


一応、何かを主張してるプラカード。
イタリア語読めません、すいません。


---



夜、ホステルに帰ると、キッチンで日本人の旅行者にから揚げとご飯の夕食を2ユーロでシェアしてもらった。
彼らはから揚げをちゃんと前の晩に下ごしらえして冷蔵庫に入れていたのだ。
その時、いやー日本の味に飢えてるんですよねぇって言ったら
そうだよね?2ユーロでシェアしますよって言ってくれたのだ。
ほんとに!!!?

から揚げとご飯を2ユーロで食べさせてもらえる事になり、とっても感激してた。

彼らは長期旅行者で東南アジアからアフリカへ行き、アフリカを縦断してヨーロッパに来た人達だった。
スイスとマダガスカルの話がとても興味深かった。



- 次回
アッピア街道をひたすら歩きます。


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イタリア編15. 古代ローマ観光 - コロッセオ、フォロ・ロマーノ等


コロッセオ (Colosseo) の前。
奥に見えるのはフォロ・ロマーノ (Foro Romano) 。
この撮り方、焼き直しだなー

夜、フロントに行くとこう言われた。
「明日の朝、大掃除をするので、8時40分までに一旦荷物をまとめて荷物置き場に置いていってくれ。」

「え?掃除するのは構わないんだけど8時40分て早くない?朝食は8時からなのに。。。」

そう、8時からとなりのバールで朝食を食べ、部屋で出かける仕度、荷物のパッキングをすれば、1時間半くらいかかってしまう。

「いや、だから朝食をとても素早く食べれば問題ない。とにかく早く荷物をまとめて部屋から出ること。」

「だから40分じゃ無理だっつーの。」

話はまったく折り合いがつかず、最後まで「ノーノー」言いながら逃げるように部屋に帰る。
そもそも言い方が高圧的で気に入らない。

それでもやるといったらやるんだろう。
多分、仕度はそんなに早く完了しないので、仕度してる内に掃除が始まってしまうんだろう。

次の日の朝、
その予想は現実となり、朝食を終えて帰ってくるころには8時40分を過ぎていてスタッフによる大掃除が始まった。
すべての部屋からすべてのベッドマットを一旦出すような本格的なものだった。

案の定というか、仕度が完了していない宿泊客はまだ多く、まだ寝ているヤツまでいる有様だった。
自分も最後の最後まで仕度に追われていたものの、結局9時過ぎくらいには出る羽目になった。
寝ていたスペイン人の若者なんて、かなりブーたれてたなぁ


---


それで今日は基本的にはローマの南部、コロッセオとかフォロ・ロマーノ等、主に古代ローマ遺跡を見て回る。

まずはコロッセオ。
誰もが知ってるローマ観光の代表選手。



コロッセオとフォロ・ロマーノ近くにあるコンスタンティヌスの凱旋門。 (Arco di Constantino)

そして振り返るとやつが居る。



じゃん。コロッセオぉぉぉぉ(ドラえもん風)

後の世の人たちが建設資材として大理石を持っていったため、こんな風に中途半端な姿で残ってる。
ヴァチカンの建設にも使われたと聞く。
ギザのピラミッドから表面がなくなっているのと同じか。

中世の人達のバカヤロー
もっと古代の物をリスペクトして現代までそのままを伝えてほしかった。
ヴァチカンはとても立派なものだけど、コロッセオが犠牲になっていると知るとなんだかとても複雑なのだ。


中に入る。


あああぁぁ〜
すごい!


下の通路部分は地下室って事なのかなぁ


十字架が建ってる。


小学生の社会見学。


猛獣と剣闘士?グラディエーターですね、わかります。


通路部分には展示品がいっぱい。


社会見学の小学生たち、中に入る。


さて、帰りますか。


外の階段でくつろぐ子供たち。


外のお土産や。
狙った写真だけど、前々回の撮り方を焼きなおしただけだ・・・



コロッセオの前では記念撮影が盛ん。


再びコンスタンティヌスの凱旋門。 (Arco di Constantino)
これからフォロ・ロマーノへ行きます。(Foro Romano)


古代の町の中心からはだいぶ外れたエリア。
パラティーノの丘。(Monte Palatino) ローマ時代の高級住宅地。田園調布みたいなもんだ。
その名の通り丘の上にあるので、登るのがしんどい。


もう結構疲れてる。


そして変わり映えの無い風景が続く。


家がある。
あれは何時代のものだ?


フォロロマーノの中心地のほうに近づく。
にぎやかな所だ。


丘を下りてる。


うわー大都市だなぁ


市街地へ向けて歩いていきます。


さぁ、この下には一体?


でっかい3つのアーチ型の建物が見える。マクセンティウス帝のバジリカだって。(Basilica di Massenzio)


もう、渋谷とか新宿とか。
行政の中心と考えれば、ここは霞ヶ関なのかもしれない。


こっちのほうは観光客が多い。


ってかね、あんま説明するほど、何もわかってないのだ。


一つ思うのは、これまでローマ遺跡っていうと割りと現在の町から見ると郊外にあってアクセスが悪い事が多かったけど、フォロ・ロマーノはまさにローマの町のど真ん中にあるっていう点で、この町の歴史の古さを象徴するかのようだって事。


現代彫刻がある。


すっげーな、こんな町を古代人は一日で造ったなんて、、、にわかに信じられない!(冗談に気付いてください。)


ここもだ。古代の町並みに現代の彫刻が置かれてる。



マクセンティウス帝のバジリカにやってきた。
広場になってて小学生が砂埃を巻き上げて飛び跳ねてた。


フォロ・ロマーノを出ました。
ここはチルコ・マッシモ。
古代の円形競技場跡。
この時点でもう午後の良い時間。
それだけコロッセオ+フォロ・ロマーノのボリュームがすごかったって事。
そしてここもだだっ広い。
嫌になるくらい。

ここを歩くのには理由がある。


これだ!真実の口!(Bocca della Verit�・)
サンタ・マリア・イン・コスメディン教会 (Santa Maria in Cosmedin) の側面にある。
オードリー・ヘプバーンもこの口に手を突っ込んだのだ!
ローマの休日は今でも普通に面白いな。


カンピドーリオ広場 (Piazza del Campidoglio) 


一見何の変哲もない広場だけど。。。


ミケランジェロがデザインしたって話だ。


ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂 (Monumento a Vittorio Emanuele II)
そして今立ってるここはヴィットリアーノ広場と言う。

もう夕方だ。早い。


ここはポポロ門とポポロ広場 (Porta di Popolo & Piazza del Popolo)
かつてのローマの玄関口らしい。
日本橋みたいな所か。


その辺の彫刻。
これ、絶対変!
全身大火傷の人か?


歩いて歩いて、なんとスペイン広場までやってきた。
夜の広場を見てみようと思って・・・


前の通りもにぎやか。
でもローマって不思議と垢抜けない。


ブランドショップ街の奥にスペイン広場。


天津甘栗屋。
実際には天津甘栗かどうかはさておき、焼き栗屋だな。


- 次回
さて、この後、ベルニーニ広場まで徒歩で行ったら、なかなかものすごいものを見かけたのだ!
それは。。。次回のお楽しみ!



イタリアの写真集はこちらをご覧ください。

- 使い方
画面右の矢印(next)をクリックすると、次の写真が表示されます。 
画面したのAuto Playをクリックするとスライドショーとなります。  



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