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  • 2019.04.23 Tuesday
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モロッコ編83. 届かなかった荷物 - 総括と後日談


最後に順路を再提示。


---郵便局へ行く必要があった。
買ってしまった絨毯をヨーロッパで持ち歩く事は避けたいから。
不要な荷物は日本へ送ってしまうのだ。

ジャマ・エル・フナ広場には郵便局があるので、そこで一番大きな箱を買ってパッキングした。
モロッコで4回目の発送、モロッコに来る前のヨーロッパでの発送も入れれば6回目であり、まぁ煩雑な手続きにも慣れてきた。

発送前に送る荷物を全部職員に見せて、後は送付状に箱の梱包物一覧を書き記す。

エッサウィラで買った木箱:wooden box
アルガンオイル4本: Argan Oil x4
ベルベル絨毯:carpet
地球の歩き方「モロッコ編」:book
その他観光地の入場チケット等:documents

等々。

合計600DHくらい。
日本円で6600円位か。高い。けど、仕方ない。わかってた事だし。

---

日が変わってマラケシュを去る日。
荷物をパッキングしてチェックアウト、ジャマ・エル・フナ広場へ向かった。
マラケシュの空港はエアポートバスが走っていて、アクセスが容易だ。

乗り場は広場隣にある三角公園の 座標 31.624353,-7.991051 辺りにある。
数日前にアレックス達と別れた場所だ。
ここにはバス停が沢山あって、ごちゃごちゃしてるけど、空港行きは L-19 と書かれていて迷う事はない。
Navette Aeroport Shuttle Bus という名前。

片道 20DH, 往復 30DH。
空港から午前7時以降毎正時発。
ジャマ・エル・フナ広場には毎時15分到着。
新市街等を通って、25分後に空港到着。

空港からの最終便は0:00でジャマ・エル・フナ広場到着は0:15、
ジャマ・エル・フナ広場からの最終便は23:15。


朝8時15分のバスに乗る。
モロッコのタンジェに着いたのは9/23、ミラノへ飛ぶ今日は11/14だ。
約2ヶ月も滞在した事になる。

---

モロッコ編のはじめに書いたように、モロッコへ行きたくなったのはシェルタリング・スカイを観たから。
具体的にどの点がというのはあまり言いたくない。
とにかく文明が行き届かないような枯れた砂漠に行きたかった。

実際のモロッコは砂漠は確かに綺麗だけど、あの映画のような幻想的な感じはなくて、もっと現実的だった。
メルズーガだって辺鄙な所だけど、観光客は沢山いてツーリスティックな場所だった。
そこに若干がっかりしたかもしれないけど、ある意味それが当たり前だとも思えた。
夜書いた日記を朝読み返す時の気恥ずかしさみたいな。


村上春樹は僕が大好きな作家の一人で、彼の小説は面白いけれど、旅行記もとても面白い。
旅行記 "遠い太鼓" をまだ読んでいなかったら、是非読んでみてください。 

   

その村上春樹の "辺境・近境" という旅行記のあとがきにはこうある。
村上春樹の言う事はちょっと斜に構えている気もするけれど、大体共感してしまう。

//*--
つまりその気になって、しかるべきお金を出せばということですが---まあだいたい世界中どこにでも行けるんです。
アフリカのジャングルにだって行けるし、南極にだって行けます。
それもパックで行く事だってできる。
だから旅行に関していえば、たとえどんな遠くに、どんな僻地に行くにしても、「これがそれほど特別なことじゃないんだ」という認識がまず最初に頭にないと、駄目だと思うんです。
過度の思い入れとか啓蒙とか気負いとかを排して、いわば「いくぶん非日常的な日常」として旅行を捉えるところから、今の時代の旅行記は始まらざるを得ないんじゃないかな。
--*// 

   

そう、きっと自分は過度の思い入れが強すぎたのだ。
シェルタリングスカイに出てくるモロッコは本当のモロッコじゃなくて、あくまでイメージの産物だったようだ。

今の時代、深夜特急みたいな旅行は出来ないのかもしれない。
それでも現地の人と接したり、自然が美しかったりすると、やっぱり楽しいし、来てよかったと都度思うのだけど。


---

空港に着くとバックパックからエッサウィラで買ったニットコートを取り出して着た。
イタリアは晩秋で寒いはずだし、これをバックパックに入れたまま乗ると、EasyJet は LCC なので重量オーバーで追徴される危険があるから。
服装として機内持ち込むほうが賢い。


チェックインカウンターはイタリア人ばかりだった。
みんな自分の家に帰るのだ。
イタリアに自分の家は無い。
あるのはある程度のホステルの予約だけだ。

本当に良い事なのか悪い事なのかわからないけど、自分の旅はまだ続くのだった。


---

モロッコ編の後日談があるので、それを書いておこうと思う。
2009年末、自分は帰国した。
そして家に届いている荷物を確認した。

フランス パリから一箱、
スペイン アルヘシラスから一箱、
モロッコ メルズーガから一箱、
モロッコ アガディールから二箱、
モロッコ マラケシュから一箱、

合計6箱届いていなければならない。(<--送りすぎだろ〜〜)
しかし、モロッコから送った箱が2箱届いていない事が判明した。
アガディールから送った二箱の内の一箱、マラケシュから送った一箱が欠落しているのだ。。。
どーなんてんのか。。。

箱の内容としては 3x2 の超デカイ絨毯と、マラケシュのあの芸術的な絨毯の入った箱という事になる。
もっとも重要視していた隕石2個は、アガディールでもう一箱の方に入れていたため、届いていて、これには安心した。


ロストした絨毯。
マラケシュから送ったまま、どこに行ったのかわからない。


ロストした巨大絨毯。


届いた絨毯。


届いた絨毯。

また一緒に入っていた絨毯二枚も届いていたしバブーシュやジェラーバは無事だ。
とりあえず隕石が届いた事で一定の満足感はあったんだけど、届かない箱や中の絨毯達が心配だった。


無事届いた隕石。


こっちも奇跡的に届いていた隕石。

しかし、大した手立てはなく、日本の郵便局で送付状を見せて追跡依頼をするくらいだ。
これも形式ばかりで、実態に迫る事は出来ない。しまいには自分で調べてと言われてしまうし。
結局、どうする事も出来ないまま時間だけが経過していった。

年は変わり2010になった。
1月の終わり頃、メールが届いている事に気付いた。
ノリコさんからだった。
なんかメルズーガの郵便局から荷物が返ってきているのと連絡があり、取りに行ったのだそう。
そこに自分の名前が書かれているとの事。

受け取った荷物にはアガディールとマラケシュのスタンプが押されている事がわかった・・・それじゃん!

ノリコさん!それです!

大変申し訳ない事に、それぞれの送付状の送り元を書く際、他に宛が思いつかないから
 WildernessLodge の住所を書いておいたのだ。

まさかというか、その予防策が項をそうしたようだ。
状況を理解してくれる人の手にわたったのだ。
ただし、やっぱり疑問として浮かび上がるのは、なんで返ってきたんだろうかという点だ。
アガディール (Agadir) の箱にはお土産用の銀製の剣が入っていたはずなんで、それかもしれない。
お土産用なのに?

マラケシュ (Marrakech) の箱はアルガンオイルの瓶が箱から出ていたとの事。
どうやら液体の発送は制限されるようだ。
僕はノリコさんにラバトのアルガンオイル(食用2本と化粧水2本)について進呈した。
そして、「面倒な事に巻き込んでホントにホントに申し訳ありません。」と平謝りで再送をお願いした。
発送後の発送代、手間賃の請求をお願いした。
それからさらに約 2ヵ月後、3/19 にようやく2箱を受け取る事が出来た。

短剣については郵便局の人が大丈夫だと言っていたので送ったそうだ。
(じゃあなんでアガディールで引っかかったんだろうか。。。)

そんなわけで、最終的に僕は高級アルガンオイル以外の品はすべて受け取る事が出来たのだ。


みなさん、ラバト等で高級アルガンオイルを購入しても、郵便発送は控えたほうが良いですよ。
僕を反面教師としてください。

僕はノリコさんに実際の手間賃より当然多目にお金を支払い(指定口座への振込み)、最後の最後まで平謝りだった。


---

一点追記。
モロッコお気に入りの都市の一つ、首都のラバトだけど、2012年の世界遺産に選ばれた。

Rabat, modern capital and historic city: a shared heritage

ラバトの景観ってやっぱり物凄い綺麗で洗練されていると思うので、選出されてなんだかうれしい。
そこで、ラバト滞在時の日記をピックアップ。
特に 74.  で書いた、古代ローマ遺跡:シェラ (Necropole de Chellah) から眺める絶景は絶対観てください。
トドラ渓谷より、こっちを断然勧めます。

モロッコ編72. 首都ラバトの夕暮れと対岸:サレの町
モロッコ編74. 静寂の王都:ラバト



シェラの絶景を一枚貼っておきます。



- 次回
いよいよイタリア編です。



主なモロッコの写真は以下にアップしています。 


- 使い方
画面右の矢印(next)をクリックすると、次の写真が表示されます。 
画面したのAuto Playをクリックするとスライドショーとなります。 



Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
この中では特にグリッシュ・ウルウイ村と、エッサウィラの写真をお勧めしたいです。


Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
そして何気にムードがとても良い首都のラバト、
モロッコの最後に行った、一番有名な都市マラケシュまでをまとめました。 


JUGEMテーマ:海外一人旅

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モロッコ編82. アスニとムーレイ・ブラヒムへ - マラケシュからの日帰り旅


ココが噂の"ムーレイ・ブラヒム" だ! 


---前回の日記の通り、マグレブ最高峰:トゥブカル山への登山基地となる村 "アスニ"(Asni)と、モロッコ女性が子宝祈願に訪れる "ムーレイ・ブラヒム" (Moulay Brahim) に行こうとして、マラケシュ新市街郊外の工場地帯 "アスニ" へ着いてしまい、とても残念な結果になってしまった。

でも、マラケシュからイタリアのミラノ行きのフライトは明後日なので、まだ、一日猶予がある。
次の日こそ、アスニ、ムーレイ・ブラヒム行きを成功させるのだ。
反省点は認識したのだから、やり直せば良い。

マラケシュのジャマ・エル・フナ広場ではいつもの通りアザーンが聞こえてきて、その響きは相変わらずうるさくもあるけれど、落胆する自分を心を癒しもしている気がした。
新たな気持ちで望もうとする意欲がわいてくる。

次の日の朝、昨日工場地帯のアスニにつれていたグランタクシー乗り場でもう一度聞き込みを開始した。
安宿街がら南に行ったアグノウ門がある辺りまでの道沿いがそこだ。

そして今度こそ「トゥブカル山のアスニへ行きたい!」と宣言して、念のため地図まで見せて確認した。
「アスニ?ああ、それならここの乗り場じゃないよ。あそこのボブ門から出てまっすぐ行ったら右側に乗り場があるよ。」
と教えてくれた。

教えてもらった通り、ボブ門から出る。
そこはもはやマラケシュ旧市街から出た状況となり、アスファルトの道一本しかないような荒野となってしまった。
本当にこの先に乗り場があるのか不安になる。

が、しかし、
少し道を歩くとようやく乗り場にたどり着いた。
誰かの役に立つよう、場所を教えます。

座標は 31.606057,-7.998581 です。
結構旧市街から離れてる。

またいつものように乗客が6人集まるとアスニ方面へ向けてグランタクシーは出発した。
やがてタハナオウト Tahanaoute であろう村を通り過ぎて、本格的な山道になった。
山道をどんどんタクシーは登り、どうやら目標のアスニに到着したようだった。

早速降りて歩いてみる。


ここがアスニだ。。。
寒村って感じで、寂れた趣だ。
ってかそういうのが目当てでやって来ている。


毎週土曜日に市場が開かれるようで、おそらくその日ここは駐車場になるのだろう。


川に向かって歩いてみる。


プラごみが散乱してる。


川です。結構景色が良い。
あの山の向こう側がワルザザートなんだろうなぁ


川沿いには白い鳥が群れを成して飛んでいた。けど、しっかり撮れなかった。


市場の入り口あたりでちょっとお店が開いてた。
八百屋かー


土曜市が開かれる広場の入り口。
土曜日でなくてもちょっと賑やか。


はい、市場、、、が開かれる場所。
つまり、、、今日は土曜日ではないという事。


寂しい。。。きっと搬出搬入用のロバが一頭。
ロバの取引が盛んなタハナオウトで購入されたロバかもしれない。


いやーみごとに何も無いね。。。あっはっは。
市場はやっていない事は勿論知っていたけどね。


賑やかな市場を脳内妄想。
でも、この寂しい感じもなかなかじゃない?
これからヨーロッパに戻るから、こんな土っぽい風景も、もう見る事が出来なくなるかもな。


市場の広場全景。

・・・やっぱり、なんかシケたなぁと思ってた。
それにお腹がすいた。
朝出てもうお昼なのに、何も食べていなかった。
そしたら、ベルベル人が2人やってきた。

「やぁモナミー、魚を一緒に食べようぜ!」

初対面でいきなり過ぎる提案だ。

「お金?いらないよ!」

なんか絶対企んでる。
でも、他に面白そうなものも無いし、お腹もすいてるし、一つこの提案に乗ってみた。

「魚食べるよ。でもお金は払う。」

そういうと40DHくらい払っておいた。
彼らはどこからともなく七輪を持ってきて、いわしを網焼きにした。


こんな山の中でなんでいわしが食べられるのか、まったく不思議だ。
それだけモロッコでは魚食が盛んなのかもしれない。


エッサウィラで食べたいわしの塩焼きが思い出された。
焼けたいわしをおかずにパンを食べた。

結局ベルベル人が数人集まってきて、なんだかわからない集いが始まった。
ビスミッラーを僕が言うと、「アラビア語しゃべれるのか?」と言われてしまう。
その頃の僕は挨拶や単語程度には覚えていたので、英語と一緒に知ってるアラビア語を並べて適当にしゃべってた。


彼らの魚の食べ方は、エッサウィラで見た時と同じように、相変わらずもったいないと思わずにはいられなかった。
イチイチ皮をむいてわずかな身だけを食べるのだ。頭とか、完全に残す。

僕は「いわしはこうして食べるんだ!」
と見本を見せた。
「頭からがぶりと骨ごと食べるのが日本式だ!」
旅行中は栄養が偏りやすいから、食べられる箇所は骨であってもバリバリ食べてカルシウムにしてしまえ!

日本人のいわしの食べ方に度肝を抜くベルベル人達。
モロッコでも確かに盛んかもしれないが、魚食では日本が世界一なのだ!多分!
でも、日本人がみんなこんな風に食べるわけじゃないけどね。


その後、魚を焼いた2人は、結局代金を僕に請求してきた。
さっき払っただろう40DH。それに全部インクルードしてるんだ。
そう指摘すると、ベルベル人同士でお金を細かく出し合って帳尻を合わせていた。
いつも通りだけど、やり方がセコい。

また、トゥブカル山に登らないか?オレがガイドしてやるよ、とガイドの勧誘も始まってしまう。
あのー今日マラケシュに帰るんですが・・・荷物ねえっす、明日フライトっす。

・・・まぁそう言わずに。
まともな理由を説明しているのにまったく引かない。

この後、一升瓶を持った人もやってきて飲まないか誘われた。
ってか、あんたらムスリムだろー
もともと酒好きではないし、お金は要らないと言って結局請求してくるようなセコいマネされたんで、申し訳ないけどあまり信用出来ない状況だ。

僕は頑として酒は飲まなかったし、お腹もいっぱいになったので、早く彼らを振り払いたかった。
そして「マルハド!」と言って立ち上がった。

「マルハード?(笑)あっちだよ」

市場広場の端っこにある建物を指した。
マルハドとはアラビア語でトイレの事だ。

僕は言われたとおりマルハドへ言って用を済ませると、こっそり裏側から逃げ出した。
アレ以上、彼らにかかわってはまずい。


門の外まで逃げ出してきた。
マラケシュに戻るのならこの辺からまたグランタクシーに乗れば良い筈だ。
彼らに気付かれないよう、早く逃げよう。

だけど、
もう一箇所まだ行っていないところがある。
そう、ムーレイ・ブラヒムだ。

アスニからムーレイ・ブラヒムまで5キロしか無い事を読み、歩いていく事にした。
戻る道の途中におそらくそれっぽい所があるはずだ。
本当はもうちょっとしっかりアスニを見たかったけど、もう戻れない気がした。
戻っても市場が開かれていない以上、他に見所があったとは思えない。

僕は山道を下り始めた。
彼らが追いかけてこないか心配になって、時々後ろを振り返ってみたものの、それは杞憂だった。


山道を下りしばらくしてT字路へ出た。
そこから左へ入る(西へ行く)とムーレイ・ブラヒムへいけるようだ。


しかし、道は急な上り坂でかなりしんどかった。


歩いてみてわかったのは、歩いていくのは無理がある場所だって事。
今更、、、遅い。


アスファルトの道をどんどん登っていく。
景色は素晴らしい。
でも酷暑と坂道で死にそう。


うわーすげー


みごとに山の中だな。ちゃんと帰れるか心配になってきた。。。


景色は雄大。でも浸ってると日が暮れてしまう。時間との戦いだったりする。

が、その後、
なんと道を行く一台の高級セダンが停まった。
いかにもモロッコのお金持ちと言った感じの紳士と、後部座席には派手な感じのマダムが乗ってる。

「おい?どこへ行くんだ?」

そう呼び止められた。
はぁはぁと肩で息をしながら、汗だくなので、何か理解してくれたのかもしれない。

「ムーレイ・ブラヒム?そうか、そこは通るから乗せてってやるよ。」

そう言うとなんと後部座席に乗せてくれた。
とってもありがたい事に受動的にヒッチ・ハイク出来てしまったのだ。

車中では無言。
クーラーがきいていて涼しいのなんのって。

僕はさっきみたいにお金を請求されないか心配になったけど、目的地のムーレイ・ブラヒムはすぐに着いてしまった。
紳士は「ココがムーレイ・ブラヒムだよ、じゃあな」

教えて、そそくさとムーレイ・ブラヒムの更に奥の道のほうへ向けて去っていった。
なんと、タダで乗せてくれたのだ。
本当にありがたいと思った。

今日一日、予定調和が一切無くて、なんだかんだと結構冒険してるなぁ
これはマラケシュでは殆ど感じなかったものだ。


ココが村の入り口の広場。
グランタクシーが沢山停まっているので、問題なくマラケシュまで帰れそうだ。


入り口付近の店。仲見世のような感じだ。
祈祷に来た女性が立ち寄る場所だろう。


ここから坂を登っていく。


さっきの広場を見下ろす。
グランタクシーがあんなに沢山。


なんか鳥居のようなものが見える。
上の方から呼びかけられる。ココまで登ってこいよ〜って。
あの先に目指すものがあるんだろうか。。。


登りきった所。
ところでムーレイ・ブラヒムの見所って?
確か岩山があって、祈願した女性がリボンを結んでいるらしいのだけど。

・・・どこの事だ?


結構、村の外れまで来ちゃったけど、どこの事かわからない。


この岩山の上かなぁ


やがて村も終わってしまい、この先どこまで続くのかわからない状態。


はるかかなたにでかい木が生えた村が見える?あれの事?いや違う。仮にアレだとしたら、あそこまで歩けそうに無い。
ムーレイ・ブラヒムにデカイ木があるとはどこにも書かれていないから、アレは多分別物だ。
そうであってほしい。


はぁどうしようか。
このまま進んでも、何も無いぞ。


撤退。時速80Km也。


ムーレイ・ブラヒムの村に帰る。
あの下に見えるのがムーレイ・ブラヒム。


はぁ、なんかよくわからなかった。
その後、ムーレイ・ブラヒムの祈祷の岩についてググってみたけど、未だによくわからない。

誰か詳しい人、祈祷の岩について知ってる人、教えてください。
よろしくお願いします。

帰りは、、、
さっき見た広場のグランタクシーで迷うこと無くマラケシュへ帰れた。
夕方になりかけていたから、ちょうど良い加減で冒険してきたって事かな。

今日という日を要約すると、

・本当に行きたかったアスニへ行って、ガランとした市場の広場を見た。
・その後、ベルベル人に囲まれていわしの炭火焼を食べた。
・機会をうかがって逃げ出した。
・ムーレイ・ブラヒムへ行く途中、受動的なヒッチハイクに成功した。
・でも祈祷する岩がどこなのかわからなかった。


- 次回
モロッコ編最終回、さらばモロッコよ!



主なモロッコの写真は以下にアップしています。 
今は Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編  です。



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Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
この中では特にグリッシュ・ウルウイ村と、エッサウィラの写真をお勧めしたいです。


Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
そして何気にムードがとても良い首都のラバト、
モロッコの最後に行った、一番有名な都市マラケシュまでをまとめました。 


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モロッコ編81. マラケシュ新市街郊外の殺風景な工業地帯


マラケシュ新市街郊外の殺風景な工業地帯より。
詰まれた鉄骨。


---マラケシュから行く日帰りでポイントの一例として、アスニ(Asni) と ムーレイ・ブラヒム(Moulay Brahim) の事が載っている。
アスニはマグレブ最高峰のトゥブカル山への登山基地となる村で、毎週土曜日には村の広場で市場が開かれていているらしい。
でも、登山基地というだけで、それほど大きな見所があるわけではないようだ。
また、ムーレイ・ブラヒムは不妊に悩むモロッコ女性が子宝祈願に訪れる場所と書かれている。

僕は別にトゥブカル山へ登るわけではなく、子宝祈願に訪れる必要も無いのだけど、なんとなくそこへ行ってみたいと思った。
というより、観光地としてのマラケシュにもはや飽きてしまっていて、ローカル色の強い寒村みたいな所へ行ってみたくなったのだ。

思い立ったら吉日、早朝から行動開始した。
日帰りとはいえ、45キロくらいは離れているようだし、これらの村は山の中だ。
とにかく早く行って、日がある内に帰ってきたい。

マラケシュ安宿街の南側にあるグランタクシー乗り場でアスニ行きのタクシーを捜した。
そして、グランタクシーのドライバーに聞いてまわると「アスニ?わかった。この車で行けるよ。」とあっさり見つかった。値段も10DHだという。
ちょっと安すぎないかと一抹の不安もあったけど、まぁアスニと言っているんだから間違いないだろう

やがてグランタクシーは乗客6人集まって、出発した。

グランタクシーはすぐに旧市街を出て新市街へ入った。
これからどんどんマラケシュから遠ざかって、アトラス山脈の方へ向かう。。。

・・・のかと思ったら、

「アスニ着いたぞ。」
ドライバーが言った。

え!?



どうみてもそこはアスニではなかった。
だって、まだどうみたってマラケシュの新市街の郊外で、そこは殺風景な工場が建ち並んでいるだけだったから。
うーん、よくわからない。
しかし、ドライバーは工場の方を指差して、「あれがアスニだ。」と言った。

がーん

時間が経つにつれ、状況がようやくわかってきた。
"アスニ" というのは、多分汎用的なネーミングのようだ。

多分、そこの奥に見える工場が地元でよく知られた "アスニ" なんだろう。
その工場は地方都市の空いた土地によくあるような、ありきたりな雰囲気をかもし出していて、そのありきたりな意味を持つ "アスニ" という名前があまりにもふさわしく思えてきた。

例えるなら "鈴木" という名前の地名に行こうとして "鈴木工場" に着いてしまったような状況だろうか。

しまった、、、これはグランタクシーへ乗る前に「トゥブカル山のアスニ!!」って言わなければならなかったのだ。
これは誰のせいでもなく、ちゃんと伝え切れなかった自分のミスだ。

もはや時間的に今日中に行こうとしていた本当のアスニには行けないだろう。
僕はしかたなく、マラケシュのメディナへ帰る事にした。
帰り方として、本当はプチタクシーを使えば良いのだけど、あえて歩いて帰ってみる事にした。
グランタクシーに比べて、プチタクシーは乗り方をマスターしきれずにいたのだ。

帰る途中のマラケシュの郊外はガランとしていて、物寂しい感じがした。



稼動しているのかにわかに怪しい半廃墟な工場、最後にいつ列車が通ったのかわからない廃線跡なんかが残ってる。
まるでジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico)の絵でも観ているかのようだ。


廃線跡。
あそらくはこの近辺の工業製品を本線まで運んだり、逆に資材を工場へ運ぶような役割だったのではないか。


自分は京浜工業地帯を良く歩いてた事があるから、とっても既視感のある風景だ。


寂れ方とか廃線な感じが本当に京浜工業地帯を思い出さずにはいられない。

これが日本だったら、廃線跡を追う旅にでも出てみたい状況なのだけど、マラケシュメディナまでの距離が計り知れない現状、そのような寄り道は控えるべきだと思った。


なんか大量のタンク。
石油だろうか。産業廃棄物容器?
人体に有害かもしれない。


どっかの資材置き場。
確かマラケシュ鉄道駅の近くだったかな。


何時間かかったのか忘れたけど、日が暮れる前にはジャマ・エル・フナ広場に帰ってきた。
なんかとても懐かしく思えた。


結局、今回の日記はエッサウィラの時に続いて殺風景シリーズ・パート2となってしまった。

マラケシュ観光で新市街を行くとすれば、鉄道駅、マジョレル庭園、メナラ庭園、そして飛行場と言った所だろう。
そのため、このような殺風景なマラケシュ郊外の工業地帯なんて、なかなかレアな体験だったかもしれない。



- 次回
次回は次の日の事で、本当に アスニ(Asni) と ムーレイ・ブラヒム(Moulay Brahim) に行った話しです。
はい、ちゃんと日帰りで行く事が出来たんです。


主なモロッコの写真は以下にアップしています。 
今は Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編  です。



- 使い方
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Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
この中では特にグリッシュ・ウルウイ村と、エッサウィラの写真をお勧めしたいです。


Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
そして何気にムードがとても良い首都のラバト、
モロッコの最後に行った、一番有名な都市マラケシュまでをまとめました。 


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モロッコ編80. モロッコで買ったベルベル絨毯一覧


それでは、モロッコで買った絨毯はすべで出揃ったので、
告知したようにモロッコで買ったベルベル絨毯 (カーペット) をリストアップします。

買った絨毯以外に、目に留まった絨毯は極力撮っておいたので、一緒にご観覧ください。
リスト化した所で一体誰が、どれくらいの人が、この日記に興味を持って見てくれるのか知らないけど。

まぁ、これからモロッコを訪れて、絨毯を買う予定の人は参考になるかもしれない。
もしくは、これを観て「モロッコに絨毯買いに行ってくる!」って思う人も(稀に)いるかもしれない。


断っておきたいのは、絨毯探しは砂漠から始まったので、
砂漠から遠ざかって都会に行くほどクオリティはあがってくる。
つまり、この日記でクオリティの高い絨毯から観たい人は、
日記を下から上に向かって読んだほうがいいかもしれない。


それでは行ってみよう。


まず、2009年当時、メルズーガ村近くハッシ・ルビィの村 Wilderness Lodge にあった絨毯。
詳しくは、 モロッコ編40. ベルベル絨毯とエルフードの街 で。


素晴らしい絨毯だ。
絨毯探しの原点はここにある。



絨毯探しの目的の絨毯として細かいディテールを撮り収めた。
 
一つ一つの模様にぬくもりがあってやわらかい。


アフニフには珍しく、中央に別の領域が存在してる。


とてもドリーミーな絨毯だ。


続いて、リッサニのスークで初めて買った白い絨毯。とてもよく見かける大量生産されている絨毯の一つ。
詳しくは モロッコ編41. リッサニのスーク にて。




ハッシ・ルビィの村:アハメッドの店。
モロッコ編43. ベルベル人同士の仁義無き喧嘩 にて。
あの後、両者は仲直りしたのか気になる所だけど、
小さな村だから嫌でもなんでも付き合いを持たないとやっていけないはず。


基本的にお土産屋がメインだから、絨毯はそんなに良い品揃えではないな。


折り目が付き過ぎてるのも気になる。

続いて、ハッシ・ルビィの絨毯屋。
Wilderness Lodge から少し南にあるお土産屋の中。
あの村、一見、土の壁ばかりで何も無いように見えるけど、
多くのアラビアのお店がそうであるように、外側は無機質で、内側に向けて開いている。



やっぱり砂漠の真ん中という事なのか、品揃えはそれほどでもない。




しょぼい。


リッサニの絨毯屋。 
モロッコ編44. リッサニのスークで隕石と絨毯をゲット より。



まあまあだな。


無駄に派手だ。派手な割りに魅力的ではない。


大きい割りに中途半端な模様だ。


はじめて買った本格的な絨毯。絨毯としての魅力はイマイチかもしれない。
この後、砂漠で一週間位、ぶっ倒れたんだったなぁ


今見るとリッサニの絨毯の品揃えはそんなに良くはない。


ありきたり。


ワルザザートの絨毯工房
モロッコ編64. 絨毯工房と交渉に失敗した至高の絨毯 より。


絨毯はこうして作られている。


作り方を習って、自分でも自分デザインのど派手な絨毯作ってみたいんだよ。











ワルザザート、タウリルトのカスバ近くの絨毯屋。
かなり気に入ったし、求めている絨毯に近かったけど、値段の折り合いがまったく立たず、半ば追い出されたのは苦い思い出。


ワルザザートで観た、面白みの無い絨毯。


追い出された絨毯屋で観た、候補の一つだった絨毯。そんなに良くはないな。


タルーダントの絨毯屋 
モロッコ編65. 買い物天国:タルーダント - 究極の絨毯を買い占めろ より。


タルーダントのアラブスーク。品揃えには確かに一目置きたいクオリティ。
この絨毯は買ったよ。
買うに値する素晴らしいデザインだと自負してる。


この絨毯も買った。
色合いが特に素晴らしい。


アリババという名の絨毯屋。タルーダントのアラブスーク。


買っていないけれど、これも素晴らしい。ど派手だけど。
タルーダントのスークは噂通り品揃えはマラケシュに匹敵してた。




絨毯屋の猫。奥の壁の絨毯も凄い。


タルーダントで買った、自分の中でもっともでかい絨毯。3x2mくらいある。
赤の中のアイスグリーンのラインが締まった印象を与えて良いと思う。
ただし、真ん中の青い領域の中の模様が引き締まらない印象がある。
そこだけが弱点。


エッサウィラの絨毯屋。
モロッコ編68. 海の見える街 - エッサウィラ


エッサウィラでもし絨毯屋に入ってしまったら、またj絨毯を買ってしまったに違いない。
入らずに済んで良かった。


マラケシュ ジャマ・エル・フナ広場に面した絨毯屋
モロッコ編76. ジャマ・エル・フナ広場で逮捕 より。


軒先にある絨毯はなかなか良い。呼び込みには効果があると思う。


マラケシュでの絨毯探しの旅。
モロッコ編79. 至高のアンティーク絨毯ゲット!奇跡の修繕 - マラケシュ より。
直近の日記ですね。




地球の歩き方に載っていた絨毯。本当はダル・シ・サイド (Dar Si Said) に展示されているはずだった。
これを生で観たかった。
誰か見かけたらこちらで教えてください。


工芸博物館ダル・シ・サイド (Dar Si Said) で展示されていた絨毯。


マラケシュで最後に買った絨毯。
デザイン、価格、買うまでの経緯、何もかも最高でした。




主なモロッコの写真は以下にアップしています。 
今は Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編  です。



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Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
この中では特にグリッシュ・ウルウイ村と、エッサウィラの写真をお勧めしたいです。


Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
そして何気にムードがとても良い首都のラバト、
モロッコの最後に行った、一番有名な都市マラケシュまでをまとめました。 


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モロッコ編79. 至高のアンティーク絨毯ゲット!奇跡の修繕 - マラケシュ


マラケシュ 絨毯のスークの奥にて。
買ったアンティーク絨毯を修繕してもらう。



----地球の歩き方のマラケシュの項目に、バイア宮殿の近くにある小さな工芸博物館の事が載っていた。
名前をダル・シ・サイド (Dar Si Said) と呼ぶのだけど、言葉のもつ意味は良くわからない。

工芸品を今更観る気は特になかったはずだけど、本によればどうやらベルベル絨毯が沢山展示されているらしく、
また、一例として載っていた写真のベルベル絨毯に、自分の目は釘付けになってしまった。

これまで散々書いてきたように、モロッコではベルベル絨毯にハマってしまい、数多くのキリム絨毯(かつアフニフという種類)を観て、実際に買い占めてきたけど、アフニフとはまた異なるコンセプトの模様がそこには描かれていて、とても魅力的に見えてしまった。


ガイド本より。(この絨毯、どこにに行った?)

その絨毯を実際に観るために、そこへ行った。
メディナ独特のわかりにくい道をグニャグニャ進むとそれは見つかった。


中庭にて。入り口はとてもわかりにくい。


こんな風に自分が買ったような短剣が飾ってあったりもしたけれど、やっぱり絨毯だ。

とても残念な事にガイド本に載っていた絨毯は展示されていなかった。
かわりになんとも気品のある絨毯を見つけた。


模様こそ控えめだけど、この赤色がなんとも高級な感じがしてくる。

ただ、やっぱりガイド本に載っていたような絨毯を観たかった。
というより、
もはやそれは観たい欲求ではなくて、買いたい欲求になってしまった。

マラケシュだから絨毯屋の数は豊富だし、沢山見ればあんなニュアンスの絨毯を見つけ出す事が出来るかもしれない。
また、ベルベルの商人というのは、やっぱり商売人だけに姑息な所もあるけれど、基本的には親切だし、買う気がある相手には一生懸命いろいろ見せてくれる。

そんな訳で、このモロッコ最期の地で、最後の絨毯探しをする事にした。
とにかく絨毯のスーク(La Criee Berbere)に行って、片っ端から実際に地球の歩き方に載ってる写真を見てもらうのだ。


絨毯のスークあたり。ラバ・クディマ広場(Pl. Rahba Kedima)。
この広場と、続くアーケードに無数の絨毯屋が・・・


屋内の絨毯のスーク。
ちょうどお祈りの時間が終わった所。
絨毯を敷いてお祈りしてました。


お祈りが終わると周りの人と握手して散っていきます。
こういう団結力って素晴らしい。

さて、絨毯屋で地球の歩き方の絨毯を見せつつ「こんなのを探してる。」って言うと、
向こうも必死で絨毯の山からこれはどうだ?あれは?という感じでどんどんいろんな絨毯を見せてくれる。
でも、見せてくれた絨毯はこれまで散々観てきたようなありきたりな模様で、ちっとも面白くない。
最後の絨毯だから、妥協は一切しない。

僕はうーんと首を傾げつつ、出てくる絨毯をどんどんRejectしていった。
こうなると絨毯屋の一軒ではお手上げで、

「知り合いの絨毯屋を紹介してやろう。あっちのはもっと品揃えが豊富だ。」


という感じでスークならではの連帯感でお店を紹介してくれる。

結局、上述のようなやり取りが続き、方々のお店を紹介されつつ、とうとう絨毯のスークの元締めのような人のお店の倉庫で、山のような絨毯に囲まれながら絨毯を見せてもらう事となった。


絨毯屋のスークの元締め(首領とでも呼ぼうか)の倉庫の一部。
左奥にさらに膨大な絨毯があった。

僕はこの絨毯屋で観光大都市:マラケシュの底力を見た気がした。
既に絨毯探しから4時間くらい過ぎていた。

最後に絞りこんだのがこの至高のアンティーク絨毯。


どうでしょう?模様がガイド本に載っていた種類に近いと思う。
模様の一つ一つがちょっとずつ異なっていて、味がある。
赤色の奥にいろんな色が赤を混ぜながら少しずつ置かれて透明感というか、独特の奥深さがある。

よし、これに決めた。
残念なのは端っこに裂け目がある事だが。。。

「やっと決まったか、さあどうだ?この絨毯はアンティークだから高いぞ。これくらいでどうだ?」


と言って電卓をはじくと、15000と表示されている。
15000ディラハムというと、ざっと16万円くらい。

・・・・・


これ、ぜってー無理!!!!
そう思った。

「すいません、選択を間違えたかも。無理っぽいです。」


「おあ、ちょっと待った、ならいくらなら買うんだ。」


「えーーーっ」

そういうと、僕は絶対に売ってくれない値段を出した。
100DH(1100円位)

・・・・やり過ぎだろーーーーーーっ
これがワルザザートの絨毯屋なら怒り出して追い出される所だ。
だが、さすがマラケシュ絨毯スークの首領だ。
怒らずに値引きしつつ、ちゃんと交渉してくれるのだった。

そして、あっという間に4500DHくらいまで下がった。
しかしそれでも5万円くらいする。

僕も無理を承知で120DHとかほんのちょっとずつ買値を上げていく。
自分はとても貧乏で、ほら、穿いてるズボンなんて穴だらけ。
首領も苦笑しながら、さらに値を下げてくる。

値段を下げながら、いろんな世間話をする。

「お前名前は何だ?」

「シゲキです。でも、モロッコファミリーの所でホームステイして、アラビックのニックネームがあります。僕はイスマイルです。」

「イスマイル!!ーーーぎゃははは」(超ウケてる)

「お前はそんなに貧乏なのは学生に違いない。それでも多くの絨毯からこのアンティーク絨毯一枚を選んだのだ。この絨毯を選んだお前は目が良い。だからお前にこの絨毯を買ってもらいたい。学生であってもお前が出せる範囲のお金を出せばそれでいいのだ。この絨毯にめぐり合ったのは運命だ。そうだ、お前の宗教はなんだ?」

「僕は無宗教です。」

「無宗教?信じられないがヤバーニ(日本人の事)となればいろいろ複雑で、神に対する価値観も多様なのだろう。」

「この絨毯は確かに素晴らしいけど、端っこに裂け目があるから。そんなに高く買えないです。基本的にそんなに持ち合わせはないし。。。」

「イスマイルよ。お前はなかなか見込みのある奴だ。この絨毯が今後お前の勉強の役に立つはずだ。アンティークだから多少はダメージがある。でも、購入が決まればすぐに修繕できるから安心しろ。」


---アラビアではこの値段の駆け引きが、最終的に快感になってくる。
最終的に僕は自分の上限1000DHとし、これ以上は絶対に出せないと宣言した。

頭を抱える首領。
「1000DH。。。こんなに苦労して・・・たったの1000DH。。。しかたない。これはお前へのギフトだ。1000DHで良い。それから約束通り、修繕してやるから待っとれ。」

そういうと首領は誰かに携帯で電話した。
3分後、どっかのオヤジがやってきた。
どうやら修繕する技術を持った職人らしい。

大変幸運な事に目の前で絨毯の修繕を見物した。


絨毯の修繕が始まった。


観ていると、破れた所に完全に明度の異なる糸が通されて縫われていく。


僕は縫われた箇所が他の箇所に比べて、明らかに浮いている事がどうしても気になった。
職人はそんな僕の心を見透かすように「安心しろ。」と言った。

そして、
取り出したのは、ライター
・・・なんと、縫った所をライターの火であぶったのだ。

!!

火であぶった所が他の所の色と同化していく・・・
そして、あり得ない事に破れた所が他の所と見分けがつかなくなってしまった。

げげげげっこの技術は、、、もはやネ申!
マラケシュのスーク、、、なんだ、やっぱりまだ昔からの職人の技術、ネットワークは健在なんだ。
絨毯を買えた事もあり、とてもうれしくなってくる。

多摩美術大学の染色科にでも持っていって見せびらかしたくなる。
ちなみにこの首領の店では買った絨毯以外、絨毯の撮影を許してくれなかった。

---


喜んでこの職人や無理な値引きをしてくれた首領に精一杯感謝して握手して帰った。
帰り道、オテル・メディナの前で大道芸人やアレクサンドラ達が夕飯を食べに行く所に出くわした。
僕は彼らに買った絨毯を見せびらかした。

アレクサンドラは興味津々で絨毯を見ていた。


そうだ、お祝いにジャマ・エル・フナ広場の屋台でご飯を食べよう。
ツーリスティックだから高めだけど、ちょっと位いいだろう。
僕はうれしい気持ちに満ち溢れていたので、30DH程度の食事の値段なんてどうでもよくなっていたのだ。


ソーセージとパンとスープ。


モロッコ人達でにぎわってる。


モロッコ人にとってもマラケシュは観光地なんだろう。


指先で回転するメニュー。


お!撮ってるね!って目で見てます。


- 次回
モロッコで観た、もしくは買った絨毯の数々をおさらいしてリストアップしてみる。



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Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
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Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
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そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
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Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
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モロッコ編78. マジョレル庭園と伝統工芸館 - マラケシュ


伝統工芸館にて


---マラケシュ新市街のそう多くはない見所の一つに、マジョレル庭園(Jardin Majorelle)というものがある。

まずは、写真を交えつつマジョレル庭園をご紹介。


マジョレル庭園入り口。

ガイド本によれば、1920年代にフランス人のアール・デコ画家ジャック・マジョレルが造って、
死後に、あのイヴ・サンローランが買い取って修復したものと書かれている。


入り口を入ったところにある、噴水。

ヨーロッパの視点でモロッコ風の高級住宅を建てましたっていう感じでなかなか良かった。

何かに形容するとすれば、水色になったルイス・バラガン・・・とか書くと何もわかっていないと識者に言われてしまいそうだけど、
素人目にはそう見えたのだ。


噴水の広場を抜けると竹林がある。


奥に見えるのがフランス人が造った家だ。


ハイソな空間。モロッコらしからぬ。


家までやってきた。とても蒼い。


どうも水色になったバラガンって気がしてしまう。


庭には植木が沢山。
看板にはブティックへの矢印が書いてある。


ここがブティック。結構小さいな。


家の外に出る。
なんか8頭身の白人美女がいる。凄いオーラがあった。
モデルではないかと推測してる。


モデルさん(仮)の旦那さん。多分モデル兼ボディビルダーじゃないかと。


サボテンが凄い映える。


サボテンと建物の調和がなかなか良いです。
マラケシュ行ったら、マジョレル庭園はお勧めしたいです。


ソテツを逆光で撮ってみる。
ソテツって、葉っぱの陰影が綺麗なんだよね。


竹林。とても残念な事に、竹はキズによる落書きだらけです。書いた奴等に100万円くらいずつ賠償したらいい。


伝統工芸館について

新市街方面からメディナに入って、ジャマ・エル・フナ広場へ向かう途中に、伝統工芸館(Ensemble Artisanal)というものがある。

本物の職人が伝統工芸を実演販売していて、しかもとても良いことに値札がついているのだ。
メディナのお土産屋にあるようなものは一通りそろっているので、なかなか良い所だと思う。
ただ、残念なのは、自然に出来たのではなくて、保存の観点から集めてみたという印象が拭い切れない。
根付いたものではないせいか、どことなく不自然な無理矢理感があって、活気がないのだ。

そんなわけか、何か買おうとしても、商品になんとなく魅力が損なわれているような気分がして、"買う"に至らない。


ぶちまけられてた革製品。安いのが大変ありがたい。でも活気がないのだ。


なんか白けた雰囲気になって帰りかけた時、一軒のお店の中に、オテル・メディナ屋上の日本人がいた。
あの、フランス語が堪能なフォトグラファーだ。

フォトグラファーはこのお店のオヤジさんと10年来の知り合いらしくて、今回のマラケシュの訪問の主な目的は、このオヤジさんに会う事にあるらしかった。


オヤジさんはもともと銅 真鍮のスーク(Souk du Cuivre)にお店を持っていたんだけど、ずっと前に店じまいしてこの工芸館で半隠居生活を送っているんだそうだ。

タバコにコーヒーのブラック。
目つきが鋭い。
渋すぎるぜ、オヤジ!


ちなみに銅 真鍮のスークの売ったお店は、今では立派な(皮肉的な表現)お土産屋になっているとの事。
観光地化された街の、なんとも切ない裏事情だなぁと思う。


オヤジの工具。さすがに使い込んでる。
ある意味、ここが本当のマラケシュの姿かもしれない。


抜け殻のオヤジの目の先にはテレビが。
なんか切ない。


フォトグラファーを介して言われたのは、そんな一眼レフカメラを裸で待ち歩くのは止めた方がいいという忠告だった。
忠告として受けとろう。


すっかり自分も長居してしまった。
全体的にはしょぼかったけど、このオヤジに出会えただけ、この工芸館を訪れた甲斐があった。


- 次回
マラケシュの絨毯について

博物館で伝統的な絨毯を観て、またしても絨毯がほしくなった。
世界有数のスークマラケシュで最後の絨毯探しクエストが始まります。
モロッコでゲットした、また観た絨毯を一挙に並べようかと思ってます。




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Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
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Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
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モロッコ編77. マラケシュのスーク 〜猫一家のシマ〜


メディナで遭遇した猫の一家。
不用意にもファミリーのシマに足を踏み入れてしまったのだ!



----前置きとして困るくらい当たり前だけど、マラケシュ(Marrakech)のメディナはとにかくデカイ。
本当かどうかわからないけど、世界最大、モロッコ最大とか言われている。


同じくデカイ事で有名なフェズのメディナとどっちがデカイのだろう。。
体感的には両者譲らずって気がする。

マラケシュのスーク(商店街)は基本的にジャマ・エル・フナ広場(Place Djemaa el Fna)の北側一面だけど、広場の南にある安宿街の周りもスークだったし、厳密な境界線はかなり曖昧。
そもそも旧市街のメディナ全体がなんとなくスークっぽい感じもする。

広場から北側のスークに行くと、とにかく一番ゴージャスでツーリスティックな入り口があるので、なんとなく、この辺がスークの正門って印象を持てる。
さあ、スークの大迷宮に突入するぞって時は、この入り口から入るのがいいと思う。



余談だけど、地球の歩き方に載ってるマラケシュのスークとジャマ・エル・フナ広場の地図はぜっんぜん、当てにならない。
なにがどうやったらこれをガイド本に載せるのか?と思うほど酷い。
まぁ実際に行って確かめてください。



・・・
あまりグダグダ書いて、中途半端な紀行文にするのは本意ではないので、世界的に有名なマラケシュスークを自分の写真を交えてご紹介したいと思う。


普通にスークのお土産屋。


場所的にはメインのスークではなくて、バイア宮殿(Palas de la Bhahia)付近のスークだ。
この辺は日光がしっかり差し込むので、陰影がキレイに出る。写真として撮りやすい。


メインのスークのずっと奥のほうだ。衣類のスークだろう。
このストライプの影だ気に入ったのだ。


スークは大体こんな感じで日よけや天井がついていて、はっきり言えば薄暗い事が多い。


こんな風に、基本、影ってる。


皮職人のスーク(Souk Cherratine)。
スークの入り口付近はお土産屋ばかりだけど、ちゃんと奥までいけば、やっぱり本当の専門職人街は残っている。天井も無い。
こういう所でマラケシュの良さは保たれている。多分。


皮職人のスーク近く。


日干しされる出来立てのジェラーバ。こうやって引っ張るんですね。


鉄職人のスーク。(Souk du Haddadine)製鉄所はどこも屈強な男たちが頑固一徹に仕事に励んでいる。
観光の要素が無いのが素晴らしいじゃないか。


生鮮食品のスーク。
生鮮食品のスークって呼び名が正しいのか、本当にそんなスークがあるかは不明。
どっかの小さな広場で八百屋が並んでいるっていうようにも見える。


生活感はとてもある。


マラケシュ博物館(Musee de Marrakech)入り口。
この辺は観光スポットが乱立してる。


マラケシュ博物館(Musee de Marrakech)
スークの奥にある博物館。展示品はあまり覚えていない。
この広場がとにかくキレイ。


子供も見惚れる美しさ。


ベン・ユーセフ・マドラサ(Medersa Ben Youssef)。
フェズ等で散々入った学校跡の一つだ。
マラケシュ博物館の隣で共通券を売ってるのだ。


広場はキレイだけど、もう疲れてしまってしっかり見る余裕は無い。重要な休憩ポイントに見える。


共通券最後の一枚で行けるクッパ・バアディン(Koubba Ba'Adiyn)
12世紀の水利施設跡らしい。


ココはジャマ・エル・フナ広場(Place Djemaa el Fna)からスークに入っていく入り口の内、一番ボロイ、もしくは一番ツーリスティックではない入り口だと思う。
入ってちょっと歩いた右手にパン屋兼ケーキ屋があって、安い割にはなかなか旨い。朝ごはんに重宝した。


軒先に王座。ここでリッチにミントティーを飲みつつ売り込み攻勢にあうのだろうか。


この通りを奥の方まで行った所。
電信柱が鉄道用みたいだ。


電信柱に味がある。


食い物屋の近く。
この辺で写真とってたら、おばあさんが叫び声を上げたんだ。

そしたら、道を歩いてた青年が僕に食って掛かった。
お前、このばあさん撮っただろう?消せ。ちゃんと消したか?チェックするから見せろ?
みたいな。。。
・・・いや、ばあさんは撮っていないんだけど。困ったもんだ。


猫の一家について

---やつらはメディナのどっかで遭遇したんだ。
正確な場所は曖昧だけど、やつらは実在したんだ。


闇の向こうに集うファミリー。


日陰に取り残された斜陽を好む猫一家。


よほど気持ち良いらしい。


はじめに僕らの間には緊張した空気が漂っていたけど、僕が危険な人物ではないと理解したのか、元の体勢に戻っていく。


そして、このポーズ。
・・・なんですかこれは!?
同じかっこ、同じ向き、同じ顔、、、、猫一家。

子は親の背を見て育つ。
寝そべって腕枕してテレビを父親が見ると、その横で息子がまったく同じポーズでテレビを見る。
つまりそういう事。


猫一家、いやもはや猫の神が再降臨してる気がする。
今日の日記、"ラストダンジョン 〜トラ猫の神々〜" ってタイトルにするか迷ったほど。
"神々" とか付けると、なんかの宗教と勘違いされそうだから止めた。


- 次回
マジョレル庭園と伝統工芸館等予定しています。



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Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
この中では特にグリッシュ・ウルウイ村と、エッサウィラの写真をお勧めしたいです。


Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編

世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
そして何気にムードがとても良い首都のラバト、
モロッコの最後に行った、一番有名な都市マラケシュまでをまとめました。 


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モロッコ編76. ジャマ・エル・フナ広場で逮捕


かの有名なジャマ・エル・フナ広場(Place Djemaa el Fna)


--- その時の"オテル・メディナ" (Hotel Medina)のテラスには自分を入れて日本人3人、建築家のイギリス人1人、スペイン人1人で、
スペイン人が去った後にはフランス人のカップル(フランスらしくアベックとか言うべき?)だった。



日本人は自称大道芸人とフォトグラファーだ。

大道芸人はアルゼンチンの牧場で働いていたらしく、スペイン語が堪能。英語もかなり話せていた。
フォトグラファーの方は流暢なフランス語を話す事が出来た。
僕はこういう人達の現地適応能力とか言語習得能力ってのは計り知れないといつも思う。



大道芸人の彼はその日、ジャマ・エル・フナ広場(Place Djemaa el Fna)で持ち前のジャグリングをやった所、地元警察が飛んできて、逮捕された。
そして小一時間警察の取調べを受けて帰ってきたのだという。
テラスのみんなにその時の一部始終を話してくれてた。



ジャマ・エル・フナ広場の大道芸とは、どうも勝手にやってはいけないらしい。

そうえいばそうだ。
あれだけ大道芸で有名な広場なのだから、世界中から芸人がやってきて好き勝手やってもおかしくはない。
そうならないのは、きっと厳重な保護があるに違いないのだ。





ジャマ・エル・フナ広場はモロッコ一番の出来上がったツーリスティックゾーンで、また、相当胡散臭い所だった。 


まず何が伝統なのかわけがわからない適当な宴会芸レベルの芸を披露する輩ばかりで、そこまでして何を保護しているのかと思う。

ちょっとは自由化されて芸が揉まれるべきかもしれないとか、本気で思ってしまう。



しかも、日本人なんかが広場で足を止めようものならば、例えそれがどんなに遠くからでもヘビは勝手に背後から首に巻かれるし、見てもいない遠くのベルベルダンスからチップの要求がやってくる。
気の弱い日本人は良いカモにされていて、半分恐喝まがいの金銭の要求に応じてしまう。

ちなみにモロッコ人のドメスティックな観光客が見ていた場合は、強引なチップの要求はされないのだ。


そんなわけでフナ広場の大道芸にはあまり良い気分はしなく、なんらありがたみも感じなかった。
情けないレベルの大道芸の写真を撮ってお金を取られるくらいなら、はじめから撮らない方が良い。

だから広場の写真はあるけれど、面と向かって大道芸を撮った写真はない。
もし安全に大道芸を写真に収める手段があるとすれば、しっかりチップを払うか、広場に面した2階のカフェテラス(観光客向けのカフェテリアが沢山ある)から望遠で撮るとか、そういう方法になりそうだ。





それから屋台。

ジャマ・エル・フナ広場には特に夕方になると主に食べ物屋の屋台が沢山建つ。
何故かオレンジジュースのスタンドが有名で、何番の屋台が美味しいとかそういう聞き込みはある。(オレンジジュース屋台なんかは昼間からやってる)




でも、"オテル・メディナ" のテラスにいたフォトグラファーによれば、一昔前のジャマ・エル・フナ広場は屋台なんてなかったらしい。

また、マラケシュのスーク自体、ほとんど本来の生活の為のスークとしてではなくて、観光客用の店に取って代わってしまっているとの事。

伝統工芸館(Esemble Artisanal)に行くと、スークにあった自分の鍛冶屋を売り払って隠居した爺さんがいたんだけど、売り払った後の土地にはやはりお土産屋になってしまったと言ってた。

「昔は良かった」って言葉は僕は大嫌いだけど、ここでは適切な表現かもしれない。


夕方から大道芸も大いににぎわう。



アザーンが聞こえてくると、ああ今日も一日終わったって思う。
日本の"夕焼け小焼け"みたいな懐かしさがある。


落ちていく夕日。


黄昏時。屋台がにぎやかになっていく。

大道芸人とフォトグラファーは二人とも(2009年当時の)Wilderness Lodge について知っていて、また良い印象を持っていなかったという共通点があった。

大道芸人は、ちょうど僕と行き違いくらいに Wilderness Lodge へ訪れたそうだ。
部屋に入らずリビングに居座り、ご飯もあまり取らなかったせいでよく思われていなかったと語った。
そのため、「いつ出て行くの?」と半ば強引に追い出された事をちょっと恨めしそうだった。

フォトグラファーは実際に行った事はないものの、伝わってくる評判から絶対に行かないと言っていた。
のりこさんといっしょにどっかの女子パッカーが民芸品を売る地元の人に会った際、
のりこさんから地元の人にフランス語で「良いカモを連れてきたので、あんたらしっかり稼ぎなさいよ」と言っているのを聞いたらしい。
でもその女子パッカーさんは本当はフランス語が聞き取れるので、あまりのえげつない言葉にひいてしまったそうな。

いわゆる日本人宿というのは、どこも何らかの問題をかけているのかもしれない。
そこにはいい面もあれば、、まぁネガティブなうわさもある。
個人的には訪れた日本人としての感覚と、ローカライズされた宿の感覚のズレ等が起因してるような気がする。

だからフォトグラファーさんはおそらく、どこの日本人宿に行っても同じ様な印象を持つのかもしれない。

僕は自分が滞在中に起こったコミッションのトラブルや食中毒事件について話した。
そんな衛生管理がずさんなのはどうかとフォトグラファーさんは言う。
でも蛇口をひねって出てくる水に一時的に過度に問題があったとしたら、その件はあまり責められない。


フランス人のカップルの女の子の方:アレクサンドラは良く接してくれた。(略してみんなアレックスと呼ぶ)
カップル二人であまりにも長い旅をしているようだった。


彼ら。これからどっかの滝を見に行くといってマラケシュを去っていった。

アレクサンドラからはたどたどしい英語でこれまでのモロッコの行程をデジカメで見せてもらったのだけど、全然自分には馴染みのない所ばかりが写真には収められていて、同じ国を観光しているのに、行く場所の個人差がこんなにでるものなのかと、驚いてしまった。
男の方はイギリスでお金を稼いできたので、今度、彼女を置いてけぼりにしてアルゼンチンへ渡るつもりだと言っていた。

フランス人カップル二人とイギリス人と自分でサイコロを5つ使ったゲームをやった。
どんなルールだったか、今となっては覚えていない。
なんとも複雑だけど面白かったという印象しか残っていない。
フランス人達はそのゲームをDieと呼んでいたけれど、インターネットで検索してもそれらしきゲームを確認出来ず、今となってはあれがなんだたのか手がかりがつかめない。

(もしかしたら、ヤッツィーかも。)






- 次回
マジョレル庭園と伝統工芸館、もしくはスークについて書こうかと思います。


主なモロッコの写真は以下にアップしています。 
今は Maroc4 アル・ジャディーダ〜マラケシュ編  です。



- 使い方
画面右の矢印(next)をクリックすると、次の写真が表示されます。 
画面したのAuto Playをクリックするとスライドショーとなります。 



Maroc1 タンジェ〜フェズ編 

スペインからジブラルタル海峡を渡ってタンジェ、世界遺産のメディナがあるティトゥアン、
バック・パッカーに知名度がある山の街シャウエン、世界遺産のメディナがあるメクネス、
聖都ムーレイ・イドリス、古代ローマ遺跡ヴォルビリス、
マラケシュよりも大きなメディナが世界遺産のフェズまで。


Maroc2 メルズーガ大砂丘編

エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
地図にも載らない小さな場所までいちいち地名で書いてますが、
ようは一般的にメルズーガの大砂丘と呼ばれるる一帯をまとめました。
これぞサハラ砂漠といった感じです。モロッコのメインかも。


Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
グリッシュ・ウルウイ村、
ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
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世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
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モロッコ編75. ラバトからマラケシュへ (史跡地区散策)


エル・バディ宮殿からの眺め


早朝のラバト。
これから電車でマラケシュへ行きます。


明け方という事で、さすがに人通りはまばら。
でも清掃車による掃除はしっかり行き届いていて、さすが首都の貫禄。


ラバト・ヴィル駅。
車両は多分フランス製じゃない?
SNCFでよく見る車両に似てる。

ざっと6時間でマラケシュ到着。

駅からジャマ・エル・フナ広場(Place Diemaa el Fna)まで歩く。
マラケシュも大きな町なので駅からメディナまで30分くらいかかるらしい。
バスを使えば良いのだけど、あれこれ確認するのがめんどくさいと思った。

歩く後ろから「お前はジャマ・エル・フナ広場へ行きたいのか?」と何度も呼びかけられたが、全無視してやった。
バックパックを背負っていると少なからず目立つのだ。

観光大国モロッコにおいて、マラケシュはおそらくツーリスティックで一番有名な都市に違いない。
例えば「地球の歩き方」を開いても、まずマラケシュの事がはじめに載っている。
それは間違っても、首都のラバトでも、最大都市のカサブランカでもない。
一番ツーリスティックな場所、そこには一番ウザイ輩がいるのだ。

モロッコの最後の最後にそんな観光大都市のマラケシュを取っておいて良かった。
その国の最後の場所でがっかりする事は避けたいと思う。
マラケシュならば、そんながっかり要素は回避出来るだろう。

やがてかの有名なジャマ・エル・フナ広場に着いた。
確かにメディナまでちょっと歩いたけれど、十分歩ける距離だった。

ジャマ・エル・フナ広場の南側は安宿街で、値段の割りにクオリティの高いホテルが密集しているとの評判なので、宿探しに不安は感じていなかった。
そして第一目標の"オテル・メディナ"へ行った。
ここは料金の割りに設備がいいらしい。

しかし、部屋はあいにく満室だと言われてしまう。
でも翌日からは部屋が空くので今日一日はテラスでどうだ?日本人もいるぞ。と提案を持ちかけられた。
テラスという事で、夜の寒さに一抹の不安を覚える。テラス泊はメクネス以来だ。
季節は11月。昼間はまだまだ暑いけど、夜の冷え込みは段々厳しい。
でも、毛布は貸してくれるので、そんなに寒くはないだろう。
30DHは十分魅力的だし、シャワーはしっかりお湯が出る。
なによりここのテラスは居心地が良かった。

テラスには日本含めフランス、イギリス、スペイン人等、いろんな国の旅人がいて、そんな人達と交流する事が出来て良かった。
それは次くらいの日記で。


オテル・メディナのパティオ。


どこのオテルでもパティオを囲った造りの事が多い。

もう午後で、あまり時間が無いので、南の見所を軽く見て廻る。
マラケシュといえば、世界最大といわれるメディナとその入り口のジャマ・エル・フナ広場が一番の見所だろう。
その辺はまた後日書くとして、安宿街の南側は"史跡地区"と呼ばれ、17世紀頃の王朝の遺跡が見所になっている。


ここはアグノウ門(Bab Agnaou)。


マラケシュで最も美しい門の一つとされている。
南の見所はこの門を入っていくので、この門をわざわざ見に来なくても、南の見所へ行く時にほぼ確実に通り抜ける事になるのだけど。


門をくぐった所。
グランタクシーが停まってる。

サアード朝の墳墓群(Tombeaux Saadiens)。


全然知識がないけれど、サアード朝という江戸時代くらいの王朝の王様が沢山葬られている所だ。
ロンドンのウェストミンスター寺院みたいな感じか。


ここはヨーロッパからのツアー客が大勢来ていて大混雑してる。


自分はさしてお墓に興味は持てず、またお墓がどうとか言う前に、ツアー客の数の多さに参っていた。


猫達の住処でもある。
イスラム圏では猫は大事にされ、犬は邪険に扱われる。


エル・バディ宮殿(Palais el Badi)
上のお墓と同じく、サアード朝の王様が造った宮殿。。。の跡。


古代ローマ遺跡並みに、概ね廃墟なんだけど、中央部はだだっ広い"庭"のようになっていて、見て廻るのに疲れる場所だったりする。


彼の立つ下に地下牢の後がある。
単に暗い部屋ってだけなので、写真は控える。


意外と立体的に複雑さが垣間見られる廃墟宮殿だ。


半地下で作業する人。


屋上から見るマラケシュメディナ。


無数のパラボラが凄い。
みんなBSを見てるんだね。


遠く見えるのはアトラス山脈。山の向こうは、あるいはワルザザート


何故か知らんけど、デカイ鳥が住んでる。



バイア宮殿(Palais de la Bahia)
なんかあまり印象に残っていないけれど、一つ思ったのはアルハンブラ宮殿の小さい版って感じかな?
スペイン、グラナダのアルハンブラ宮殿の幾何学模様はこっちの世界ではとてもありきたりなものになっているという事。


あっちであれだけありがたく見たものが、こっちではどこもかしこもそんな風。


斜陽。
もう夕方だな。



夜のジャマ・エル・フナ広場。
夜になると屋台が出てきて一層にぎやかになる。

ジャマ・エル・フナ広場も次くらいの日記で書こう。




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エルラシディア、エルフード、リッサニ、ハッシ・ルビィ、メルズーガ、ファミリヤ等。
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Maroc3 グリッシュ・ウルウイ村〜エッサウィラ編

一般のモロッコ人の家にホーム・ステイした、モロッコで2番目に貧しいらしい、
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ティネリールと絶景のトドラ渓谷、ワルザザートと世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥ、
そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
南部モロッコのリゾート都市アガディール、
世界遺産のメディナがある海沿いの街エッサウィラ
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世界遺産のポルトガル都市があるアル・ジャディーダからモロッコの最大都市カサブランカ、
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モロッコ編74. 静寂の王都:ラバト


シェラからみる光景。
ラバトの良さはこの風景にあるかも。

2012/07/6 追記。ラバトが世界遺産になりました。
この光景を見ればみんな納得するでしょう。


---残念な事にラバト2日目は昨夜の続きで朝から雨が降っていた。
メディナで買った値段付きのパンを朝食として食べて部屋でグダグダしてた。


旅先で雨に降られると、たちまちやる気が抜けてくる。
ただでさえカメラ2台の重みで歩くのはしんどいのに、"傘"という物を持つと、たかが傘の重さといえど、ぐっと全体の重量感が増してしまうのだ。
そもそも傘を持つ分、片手の自由が奪われる。
雨の日しか取れない写真や雨の日しか体験出来ない事があるかもしれないけど、重さと片手の自由に比べれば、釣り合わない。
(ああ、まあカッパを着れば良いという話もあるけど)

だから、僕は旅行に行く時は、その行き先がなるべく暖かくて、乾季である事を優先的に考えるようにしてる。
冬のヨーロッパ等はなるべく避けたいのだ。


それでも、日程は詰まっているし、明日にはマラケシュに移動しなければならない。
だから今日中にラバトの見所は廻らないと二度と行けなくなる。
僕は意を決して出かける準備した。


大変ありがたい事に雨は段々止んできた。
喜び勇んで見所を廻る。


全体的なラバトの印象を言えば、ここは本当にモロッコなのか?とびっくりするくらい精練されていて、なんともいえない荘厳さと高級感があり、何故か静けささえ感じる。
自分がラバトの観光局担当者なら「荘厳静寂の街」とか名付けるかもしれない。

もちろんメディナはそれなりに活気があるし、生活感もあるんだけど。


ここはメディナのすぐ外側にあるハッサン2世通り。

ラバトでは、こんな感じであっちこっちで工事中の線路がある。
ラバトはモロッコの首都だから、インフラは国内で一番力を入れていて、その一つとして鉄道が整備されつつあるのかも。

では、見所を紹介。

まずはハッサンの塔 (Tour Hassan)。


本当はモスクに付随する巨大なミナレットになるはずだったのだけど、途中で工事中止されてしまい、今の状態で残ったらしい。

後述のムハマンド5世の霊廟と同じ敷地内になるので、そこに行けば普通に見る事が出来る。
ってかあくまで近づいて見る事が出来るのであって、中に入れないのだ。
そのため、個人的にはそこまで近づいてじっくり見る物ではなく、ちょっと遠めに「なんか大きめの塔が見える」くらいのニュアンスで接するのがいいかなと思う。

続いてムハマンド5世の霊廟 (Mausolee Mohammed V)。


フランスから独立を勝ち取った、元国王、つまり現在の国王の父親って事になるかな。


床が大理石なのか真っ白でピカピカしてる。
朝の雨のせいで水鏡のようになっていて、キレイなんだけど、致命的にまずいのは、大理石+雨水でツルッツルに滑る。


ほら、露出を落とすと人影が床から映りこむ。

ここでは摩擦というものがほとんど無いのか、まるでスケートリングみたいなんだよ。
ビーサンだから、余計に踏ん張れず、どんなに一歩一歩を気を付けても、踏み出した足はずるーってなり、すっ転んだのは言うまでもない。
下手したら脳震とうを起こしそうだった。


衛兵。
ちなみに写真撮影は禁止ながら中に入れるんだけど、建物の中は確かお墓が普通にあるだけで、そんなに特別なものは感じないのだ。


一生懸命水かきする、用務員。
観光客がいつすっ転んでもおかしくないし。


観光客は大勢来ます。
なんで隅っこの方にいるのか、
それは、取っ手に掴まっていないと滑りそうだから。


掃除人と観光客。
この対比、スペインのマドリッでも撮った事あるな。


そう、これこれ。



霊廟の外。

外にも衛兵がいる。
ごらんの通り、馬に乗っていて、旗を持ってる。
重そうな旗を持ってて大丈夫なのかと、良く見れば足に括り付けてあるね。
それでも重そうだけど。


霊廟からみるハッサンの塔。

参考までにこのエリアは入場無料です。


霊廟からシエラへ向かって歩く。
白い壁の高そうな家がずっと並んでる。
人が全然歩いていない。
花はアンダルシア地方を思い出す。


人の家というより、大使館が多いかもしれない。
ちなみに日本大使館は、前の日記で出てきた、ラバト・アグダル(Rabat Agdal)駅周辺にある。


次は、古代ローマ遺跡:シェラ (Necropole de Chellah)。
聞いた話では、ここからの眺めが凄い事になってるらしい。

というか、ムハマンド5世の霊廟からシェラに向かって歩いている途中、すでにその雄大な景色を見渡す事が出来た。

・・・なんじゃこりゃ〜

文章で説明すると、広大な湿地帯にテーブル上の山が方々から迫っていて、その山々の上には近代的なビルが建ち並んでいる。


雲の間から注ぎ込む日光。


自分の足りない語彙で形容すれば、「神秘的な」って感じだと思う。


あの丘の上にも街が広がってる。
逆光のせいで見難いのはごめん。

雄大な景色はもう見えてしまったけど、シェラにはしっかり行く。


ここはシェラ入り口。重厚な感じが古代ローマっぽい。


シェラからみえる風景。
遺跡そのものは、ほとんど倒壊しているので、そんなに見応えはないかも。


像の下部分だけが残ってる。
自然に崩壊した可能性もあるけど、イスラム化したこの土地では、遠い過去に異教徒の偶像として破壊された可能性も考えてしまう。


シェラには何故かデカイ鳥の巣が沢山あって、ちょっとしたバードウォッチング・スポットにもなってる。


ほか、動物園の鳥小屋みたいに木の上の方に巣があってデカイ鳥が沢山いるでしょう。


・・・・ああ、すごいいいぃ。
ローマ遺跡の見物より、やっぱり景色の方が凄い。

シェラは遺跡見物じゃなくて、この景色をみるためのものだと言いたい。


観光客にせびるシェラの猫たち。


シエラの外。
ラバトは城壁で囲まれた街だ。
ちょっとスペインのアビラを思い出させてくれる。


やはり、人が全然歩いていない。


写真を取ろうとするとノーっていって門番に怒られました。
おそらく行政か軍事関連の施設だろう。


王宮入り口。
残念ながら中には入れない。


王宮近くの道路。
多分ルワー門 (Bab el Rouah)
アーチ型のトンネルが綺麗だ。


ムハマンド5世通り。
ここはラバト・ヴィル駅からメディナまでまっすぐ延びる通りで、ここに国会議事堂がある。
霞ヶ関ような所だろう。


ここがモロッコの国会議事堂。中に人気が無いのは、なんでだろう。

ちょっとさきにある郵便局。
なんといってもヨーロッパ風の時計が目立つ。


メディナに戻ってきた。
ここはスイカ通り。
メディナの外の静けさとは打って変わって、人々の往来が活発。
落ち着くね〜
カサと同じようにラバトのメディナも、しっかり生活感があるところが素晴らしい。


また、昨日と同じように夕方になってウダイヤの庭園(Le jardin des Oudaya)の方にやって来た。
庭園の中には、カフェがあって、対岸のサレの街が川沿いに一望出来る。

残念ながらアップするほどいい写真が無かった。


そのカフェで食べたお菓子。
30DHくらいした。
美味しいんだけど、モロッコの相場を考えれば高い〜



ラバトヴィル駅近くのマクドナルド。
マックで勉強するのは、万国共通なのかも。

しかし、海外でマクドナルドやスターバックスに入ってはいけない。
ちょっと反省してるわ。


- 次回
モロッコ最後の目的地:マラケシュへ電車で向かいます。
そこからEasyJetで再びヨーロッパの世界へ戻るわけで、名残惜しいモロッコともいよいよお別れの時が迫ってきたのだ。




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そして、絨毯を買い占めた南部モロッコの一地方都市タルーダント、
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