スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック
  • 2019.04.23 Tuesday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

スペイン編33. ヨーロッパよさらば

 エミリーユースホステルのもう一人の宿泊客、ベルギー人のアレックスに、
「今日モロッコに行くんだけど、すっげー緊張してきたよ。」と打ち明ける。

なにせモロッコはアフリカだ。
何が待ち受けているのかわからない。
偏見かもしれないけど、これまでの常識がまったく通じないかもしれない。
間違いなく、常時騙される可能性と値段交渉との闘いの日々だろう。

アレックスは大丈夫だと思うけど、パスポートのコピーを撮っておくべきだと言った。

アレックスに教えてもらった通り、ジブラルタルのメインストリートにイギリスの図書館があって、
その二階で無料でコピーを撮ってくれた。
そのアレックスに別れを告げ、ジブラルタルを徒歩で脱出。
再びラ・リネアのバスターミナルへやって来た。
そこからバスで1時間かけてアルヘシラスへ向かった。


アルヘシラスはモロッコのタンジェを結ぶフェリーが頻繁で発着している。
アルヘシラスで一泊する事も考えたんだけど、この街に特に見所はなく、このままモロッコのタンジェに渡った方が有意義だ。

そういえば、タンジェという呼び方はスペインでは通じない。
みんなタンヘと言う。ジブラルタルはヒブラルタルとか言ってた気がする。

僕は荷物の中から、今後の旅に必要無さそうなものをピックアップした。
スペイン編の地球の歩き方とか水着等だ。バルセロナ編の地球の歩き方があるから、スペイン編は用済みだ。
アルヘシラスで郵便局を見つけ、それらの荷物を日本へ送った。少しでも軽くするために。
日本に荷物を送るのは今回の旅では2度目で、1回目はパリを出る時にイギリスとロンドン、パリの地球の歩き方とか
イギリスとパリでゲットしたアイテムなんかをまとめて送った。
フランス編はずっと後に南フランスに行く予定なので、これは手放せない。



アルヘシラスの街。
スペイン最後の街。緊張の旅立ち。 背中に港がある。

そしてアルヘシラスのフェリー乗り場へやって来た。
なにやら沢山会社があって、どこのフェリーに乗ればいいのか全然わからなかったが
一番早く出そうなフェリーのチケットを購入した後、トイレに行った。
トイレに入ると、見慣れた洋式とは別に、見慣れないアラブ式のトイレが半分くらいを占めていて
すでに片足が異文化に入りかけている実感があった。

二階で搭乗時間を待った。
向こうのベンチには旅慣れた風の欧米人がいる。 なんと自転車を持ってる!



自転車持ってるヨーロッパ人。搭乗ゲートはモロッコ人で大混雑。

しかし、そんな風体の人はごく一部で、ベンチにいる大半が帰省するモロッコ人だ。 
その他、いくつかのスペイン人の若いグループとか、
「英語しかしゃべれない」事を周りにアピールする訳ありな感じの孤独なイギリスの中年女性等がいた。
なんだかヨーロッパ人には、同じ見知らぬ土地に行く同士として親しみを感じた。

搭乗ゲートが開くと、出国手続きのためにモロッコ人が多く列を作った。 
しかたなく、僕もその列に並んだ。
ところが、出国手続きの列はちっとも進まず、なんと搭乗時間を迎えてしまったのだ。
出国手続きの時間は全然計算外だったため、かなり焦った。
このままでは出国手続きが終わっても、乗るフェリーが無いではないか...

搭乗時間はとっくに過ぎていて、ようやく自分の出国手続きの番になった。
「フェリーがもう行っちゃったんじゃないですか?どうしたらいいですか?」と聞いてみるものの、
スペインの入管の担当者は、自分は手続きをするだけでフェリーの事はわからないと突っぱねた。
ナシのツブテだ。

とりあえず、フェリー乗り場まで全力で走った。
バックパックは荷物が少し減ったものの、まだまだ重かった。
桟橋にはフェリーがまだあった。
フェリーのクルーはまだ大丈夫だから落ち着いてと声をかけた。
僕がフェリーに乗り込んだ後も、まだまだフェリーは出航しなかった。
どうやら出国手続きが全員済むのを待っていたっぽい。

結局出航は2時間遅れだ。
甲板に出ると、もう夕方だった。
どうやらまた新しい国の新しい土地に夜到着するという、「なるべく避けたい」事態になりそうだった。


さらばヨーロッパ!
右に見えるのがジブラルタルのターリクの山ですね。


夕焼けの海峡は右側にヨーロッパ、左にアフリカ大陸が見えた。
これはアフリカ大陸。
ヨーロッパとアフリカはこんなに近かったんだ。


ジブラルタル海峡を横切る大型船。


アフリカ大陸の山。リフ山脈という。後日、この山の方にも行った。

7月のロンドン・ヒースロー空港の厳しい入管から、ここまでで2ヶ月が経っていた。
スペインは12月にバルセロナに戻ってくるまでしばらくお別れだ。


次回、ついにモロッコ編。
タンジェの街に降り立った彼は、自転車でサバイバルな旅を続けるフランス人に出会う。


その前にフォトログにモロッコの写真をアップしておこうと思う。
だって、日記の最後にいつも入れてるように
"主なモロッコの写真はココにアップしています。"って書きたいから。

・・・年末、年始でやります!


主なスペインの写真はココにアップしています。

JUGEMテーマ:海外一人旅


このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編32. 英国領ジブラルタル

カサレスの宿を朝7時過ぎに出た。エステポナ行きの一日2便のバスが早朝に出るためだ。
サマータイム実施中のためか、まだ薄暗くて静まり返っている。
ホステルの鍵(ジャベ)は事前に話し合ったように、肉屋のドアの格子に挟んでおいた。

明るくなってエステポナに着いた。
朝日が昇るエステポナのビーチで少し休憩。


朝早すぎでさすがに人影がまばら。


朝日を浴びて飛ぶカモメ


カムチャッカの若者がきりんの夢を見ているとき・・・
とか、そんな詩を思い出す朝のビーチ。


そして、僕は、ジブラルタルへ行く事にした。
ジブラルタルにはユース・ホステルがあるみたいだし、
もしかしたら懐かしいブリティッシュ・ブレクファストにありつけるかもしれない。
それにイギリス本土の入管は厳重なので、パスポートにスタンプを押してくれるかもしれない。
そんな期待もあって、ジブラルタルで一泊しようかと思った。


ジブラルタルは海沿いの岬で、大昔、イギリスが占領した後、現代に至るまで英国領だ。
スペインは当然自国の領土だと主張しているので、ドロ沼の領土問題になっているみたい。
イギリスとアルゼンチンとのフォークランド紛争ではこのジブラルタルが拠点になった事もあり、
今でもイギリス海軍が常駐している。
でもスペインもモロッコ側にメリシャやセウタという街をスペイン領として保有しているので、
この辺のネジレは、一つを正そうとすると、じゃあ他も返せよって話になりそうで、複雑そう。

エステポナからラ・リネアという国境の街のバス停まで行って、後は国境まで少し歩かされる。
陸路の国境越えって、どこも大抵少し歩かされる。
わざと便利になり過ぎないようにしてるんじゃないかと思う。


高速道路の料金所みたいな国境。

イミグレーションではイギリス入国時のような厳しいチェックはなく、
荷物とパスポート検査程度で簡単に入れてもらえた。
でもパスポートにスタンプを押すような事はなく、スタンプが増えない事が残念だった。

イミグレーションを通ると、街までだだっ広い平坦な道を歩く事になる。
車道はスペイン側に習って右側通行だった。
この道路・・・道路としての用途以外に空港の滑走路の一部で、飛行機が離発着する時は踏切みたいに一時閉鎖される。
ここで待っていてれば一日何便か飛行機の離発着が間近に見る事が出来るだろう。
こんな光景は滅多に見れないよな。滑走路が公道になってるとか。 
滑走路の写真はずっと下の方に沢山アップ。


ケースメイツ・スクエア。この街のヘソ。


広場の後ろにはターリクの山。


観光客が一杯。ってか住んでる生粋のジブラルタルっ子とか少ないだろうなぁ
それにしてもまだまだ日差しが強い。

僕はケースメイツ・スクエアから少し歩いて、エミリー・ユースホステルという所に泊まった。


エミリー・ユースホステル。超ボロいですよー

15ポンドなのでジブラルタルの中では一番安いはずだ。
でも、期待していたブリティッシュ・ブレクファストなんぞは無く、
出てきた料理はパンにジャムと珈琲という、質素なコンチネンタルスタイルでとてもがっかりしてしまった。
そこで自炊用に持ち歩いていた食材:乾燥パスタとトマトソースとニンニクでパスタを作りたいので
台所を貸してくれって言ってみたんだけど、答えはノーだった。
地球の歩き方にはキッチン使用可って書いてあったけどなぁ
そのかわりというか、僕の持ってた食材で、タダでマダムがパスタを作ってくれた。

エミリーユースホステルはとても古めかしかった。
宿泊客も僕とジブラルタルのバーでバイトしているベルギー人アレックスしかいなく、閑散としていた。
バルコニーで彼と一緒にパンとパスタというメニューでご飯を食べていたんだけど、ハエが半端無く寄ってきて堪らなかった。

街を歩いてみると、道ですれ違うバスは懐かしいイギリスのダブル・デッカー・・・
いや、ダブル・デッカーもたまには走っているけど、基本的には普通の1階建ての赤いイギリスのバスだった。

ジブラルタルは政治的にきな臭い土地だけど、観光地としては、商品を免税価格で買える為、
スペインからの買い物客で賑わってる。


メインストリート

街のつくりはイギリスっぽく、ゴミ箱もポストもイギリス製。


ポストは撮影スポット。

メインストリートにはお酒とか家電のお店と御土産屋が軒を連ねているが、末端の店員はほとんどアラブ系だった。


ジブラルタルはサルだらけ。だからサルのぬいぐるみ売ってる。
きっと日光にも同じものがある(に違いない)。

ただし、ジブラルタルの通貨はジブラルタルポンドなので、ユーロから両替する必要があり、
ジブラルタルポンドはイギリスポンドと同じくらいのレートなので、はっきり言って免税店で品物買っても あまりお買い得な感じがしない。


これが10ジブラルタル・ポンド


こっちは裏面。

僕はこれからモロッコへ行くにあたって、16GBのSDカードを買い増しする事にした。
ノンブランドの16GBのSDカード一枚が40ジブラルタルポンド。それをクレカで2枚購入。
安いんだか高いんだか・・・微妙すぎる。


街を歩いて気付いた事は、ユースホステルもそうだったけど、ジブラルタル全体の建物がとても古いものばかりで 妙に懐かしい昭和時代の団地みたいなものが多かった事。



なんかサハリンとかウラジオストックみたいな感じもする。
やっぱりいつ返還されるかわからない所なので、新しい建物を建てる事は相当リスクがあるのかなぁ


ボロボロ。でも味がある。


こんな急勾配が多い。

そしてジブラルタル観光の目玉はターリクの山だ。
これはでっかい岩山で、登れば絶景に出会えるはず。

かなり急な山なので、ほとんど人はロープウェイで登っていたんだけど、
僕は節約というポリシーの元、徒歩で登った。


ターリクの山に続く階段に描かれたイギリスの象徴ユニオンジャック。
この一方で「ジブラルタルはスペインのものだ」という落書きが目に付きました。
 

フットパス!本国と同じだね。懐かしい!


フットパスを登り始めた。対岸はアルヘシラスの街。

登り始めるとスゲー疲れた。また、岩山なのでハエに集られて鬱陶しい。
ある程度登ると、猿軍団に遭遇。9世紀にアラブ人が持ち込んだものらしい。


サル出現。雄大すぎる風景にサル。


親子でサル。


愛嬌振りまいてるけど、隙あらば人のものを掏ろうとする、盗人。それも人間のせいなんだろうけど。


かわいい。


アルバムのジャケット風?


家族4人。核家族。


みんな車で登ってきて、サルを撮る。


この猿達は観光客慣れ過ぎていて、凶悪だった。日光の猿と似ている。



さらに上の頂上に登るための階段には、その猿どもがうじゃうじゃ溜まっていて、威嚇してくる。


仲間割れ。


マジでガンとばし。ホントにこいつら悪い人間みたいです。

そして、隙あれば僕の荷物を狙っていた。
ヤンキーのたまり場を歩くような感覚。

気配を消して後ろに回り、ポッケに入れていたGR Digital 2 のストラップを引っ張って
カメラをひったくろうとしたり、バッグのサイドポケットに差し込まれているペットボトルも
むんずと握って直に引き抜こうとした。
奴等はペットボトルもキャップを取り除いて飲み物を飲む術を身に付けていた。

僕はかなり本気で頭にきた。
来るなら来い!マジで蹴り入れたるわ!ビーサンで!


ピリピリしながらも、なんとか頂上に着いた。
屋上にはこんな感じで廃墟がある。



座って休憩する男性の背後に忍び寄るサル。
この後、背中を突っつかれた男性が驚いて悲鳴をあげた。
傍から見ててちょーおかしー

展望台を見た後、セント・マイケルの洞窟という所に行った。
ありきたりな鍾乳洞だったんだけど、中にステージが造られていたり
鍾乳洞自体がかなりコンクリで固めてあったりで、ベトナムのハロン湾にある洞窟より酷い。

さて帰りはまた徒歩だ。とほほ。
いい加減、足がガクガクした。


あの滑走路に飛行機が降り立つ。きっとアノ道は大渋滞。



もうちょっと広域で。競技場が見える。その向こうがラ・リネアの街。


ぐっと滑走路によってみる。人が歩いてる。


街の中心の広場、ケースメイツスクエアに帰ってくると、なにやら始まっていた。
イギリス軍が行進しながら現れて、集会みたいな事をやっていた。
バッキンガム宮殿の衛兵交代式みたいなヤツ。



ケースメイツ・スクエアの軍事パレード?


ターリクの山をバックにパレードは続く。


お気に入りの一枚。

それが終わる頃18時になった。すると、なんとお店がどんどん閉まっていった。
驚くべき事にバーガーキングみたいなファーストフードのお店すら閉まり始めている。
そう、お店の開店時間もイギリス流なのだった。

急いでバーガーキングでありきたりなセットを頼むと9ポンドもした。
日本円にすれば1400円くらいじゃん!
高い!イギリス価格だよー、いや、イギリス本土より高いよ〜
イギリス本土でハンバーガーのセットを食べると5ポンドしないくらいだったと思う。


マダマダ明るいので、もう一度国境の滑走路を観にいった。

国境と街を繋ぐ道路。
これが滑走路を兼ねていてるってわけです。



訳すと・・・
「前方の飛行場について:
あなたは今滑走路を横切ろうとしています。歩行者は白い線の内側を歩いてください。どうか素早く渡りきってください。」


To Spain To Airport


はい。渡りましょう。
ちなみに車は、ある程度以上、滑走路の中で停車しないように警察官が常に交通整備してる。



滑走路ではしゃぐ子供。



ジブラルタル滑走路より街方面を見る。


次回予告 - 彼は今日中にモロッコへ渡る事にした。
ナーバスになった彼の元にアレックスからアドバイスが提供された。
そしてスペイン最後の場所アルヘシラスへ・・・


  次回
ヨーロッパよさらば

みんなで観てね!


主なスペインの写真はココにアップしています。


JUGEMテーマ:海外一人旅
 
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編31. 辺境の白い村:カサレス

 マルベーリャからバスに乗ってコスタ・デル・ソルを南下してエステポナという街にやってきた。
これまで街と街の間は、バスターミナルから長距離バスに乗るのがいつものパターンだったんだけど
マルベーリャからエステポナ行きのバスはマルベーリャのメインストリートであるラモン・イ・カハル通りを走る
普通のバス(市内バスとでもいうのかな?)で行けた。

エステポナ自体は、マルベーリャを少し小さくしたような海沿いの街。


エステポナのビーチ沿いの道。


エステポナのビーチ。朝もやの中でもう日光浴してる。この白い雰囲気が気に入ってる。

だけど、目的地はここではなくさらに山に向かってバスで45分行った所にあるカサレスという白い村だ。

この地方には、ちょっと奥まった辺鄙な所に白い壁とオレンジ色の屋根で統一された
家が連なった村が沢山ある。
前回も書いたけど、その中ではミハスという村が一番有名。
でもガイド本で見る限り、観光地化され過ぎている気がしたので行かなかった。

また、ロンダから行く事が出来る、湖の畔にあるサアラ・デ・ラ・シエラも行きたかったが、
向かっている方向との兼ね合いや安めの宿があるという理由でカサレスを選んだ。

山からみる海までの絶景が凄いらしい。
写真で見る限り秘境っぽいムードが漂ってるのも良い。
バスも一日2便しかない辺鄙な所だ。

カサレスには25ユーロのホステル(ってかペンション)があるらしいのだが、オーナーがフラメンコ・ギターリストで
臨時休業する事があるので要注意と書かれている。
もし、そうなるとやばい。
アドリブで何とかするしかない。
現実的にはもう一軒だけある高いホステルに泊まるか、時間を短縮しタクシーでエステポナまで
帰ってくるかのどちらかになりそうだ。


バスで海沿いの道から山へ入って行き、グニャグニャした道を進む事50分くらい。
途中風力発電の風車が沢山並んでいた。現代スペインの風車だなぁ
ドン・キホーテは風力発電所に突進するんだろうか?


そして、高い山の上の方にへばりつく様に白い村が見えてきた。
カサレスだった。


カサレスに行く途中の道からカサレスを望む。説明のために途中から村を見た事にしてますが、
実際は村からここまで歩くの、結構大変。


村の入り口付近。


村一番の広場。

カサレスにはちょっとは観光客は来ているようだが、それは車で来ている日帰り客くらいで
わざわざ泊まる人はいないようだ。


ここも村一番の広場。広場で目的のホステルを見つけたものの、ドアが開かず、人影がなくヒッソリしてる。
泊まったペンションも見えるね。

これはやばいかなぁと思って隣のバルで聞いてみたら、なぜか近所に肉屋に連れて行かれた。
スペイン語でなんだかよくわからなかったんだけど、肉屋のオーナーがホステルを管理しているみたいだった。
肉屋のオーナー兼ホステルのオーナー兼フラメンコ・ギターリストって事だろうか?
当然、宿泊客は僕一人だ。ってかこの村全体でも宿泊する観光客は僕一人っぽい。



街を歩いてい観ると、白い住宅が沢山あって住民がそこらで井戸端会議をしているくらい。
かなりひっそり。
でも、昔ながらの観光地というより、新興住宅地みたいな気がする。



なにしろ、この村の風景に憧れて外国人が移住してくるらしい。
でも、この村の交通アクセスの悪さは住むのには結構大変そうな気がする。

ちょっとスーパーまで買い足しに-->エステポナまで車で行かなきゃ って感じになるだろう。

村には申し訳ない程度に昔ながらの雑貨屋兼ちょっとした食べ物を置いてる店があるくらい。
あと数件のバルと2件くらいのお土産屋。


ネコも多い。辺境の村のネコたち。



なんとなく村をプラプラ。山を登っていく。
山の頂上に古城の廃墟と教会があって、そこへ行ってみたけど、それでも時間は有り余ってしまう。


古城から見下ろすカサレスの村。白い! 村からここまで登るの、結構大変。


驚きのこの白さ。


スペインの子供は、ねぇ写真撮らない?って写真を撮らせようとして、
カメラを向けると、逃げ出すっていうのがお約束になってる。
そんな繰 り返しの末に撮ったのがコレ。


横からチラ見

他にやる事もないので、お約束みたいに崖下まで行ってみたり、ちょっと離れた山に登ってみたりした。


もう夕方。

山の上の方からは海までのパノラマが楽しめた。


斜陽の白い村



手前にカサレス、右側奥に風力発電の風車がずらっと並ぶ。
すっと奥には地中海。エステポナ方面。条件が良い日はアフリカ大陸が見えるらしい。



地中海。左はカサレスからちょっとはみ出したエリアの白い家。



見晴台のようになっている広場(ってか駐車場?)には、街を見下ろすようにひっそり十字架が置かれていた。
ちょっとした発見だった。
おそらく、観光客は誰も知らないだろう。
逆光の十字架。渾身の一枚。

主なスペインの写真はココにアップしています。

次回:英国領ジブラルタル!  次回もサービスしちゃうわょ〜

 
JUGEMテーマ:海外一人旅


このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編30. 高級リゾート:マルベーリャ

マラガの次にどこへ行くのか考えて、ざっと地球の歩き方のコスタ・デル・ソルの辺りを読んでみた。
まず、漠然とコスタ・デル・ソルのどっかの街で地中海を泳いでみたいと思った。

それからこの地方に多くある"白い村"にも、どっか行ってみたい。
白い村はミハスが一番有名で、日本の旅行会社のスペイン周遊ツアーみたいなのでもそこに行く事が多い。
余談だけど、スペイン周遊ツアーって時期と日数にもよるけど、30万くらいするようで、
ツアーというものの馬鹿馬鹿しさをつくづく感じてしまう。

もう一つ余談だけど、マラガからならフエンヒローラという街までセルカニアスで行って、
そこからミハス行きのバスが出てる。
でも、写真でみるミハスがあまりにも観光地っぽくて、なんとなく醒めてしまった。

そこで、白い村はカサレスを選んだ。
これはエステポナというコスタ・デル・ソルの街からバスで山に向かって45分。
カサレスも白い村として有名な部類だけど、アクセスの悪さがあってツアー客なんかは多分行かないだろう。

それに写真でみる雰囲気が、あまり観光地っぽくなく、なんかひっそりした感じがするし、秘境っぽいイメージが行く気をソソル。

じゃあ、その前にどこのコスタ・デル・ソルの街で泳ごうかと検討してみると、、、
マルベーリャにした。
高級リゾートで垢抜けた感じがするし、海に比較的近い旧市街に25ユーロのオスタルの情報があったので
その宿を当てにしつつ、海で泳ごうかと思った。

そんなわけで、マラガからバスでマルベーリャにやって来た。
上でも書いたように、ここもコスタ・デル・ソルの街の一つで、高級リゾートという触れ込みで
お約束の白い街並みの旧市街と海があって、アラブの金持ちもやってくるヨットハーバーがあったりする。

ちなみにマルベーリャにはプール付きのユースもあるのですが、海から遠いので諦めた。
上でも書いたオステルは、ガラガラだったので25ユーロの部屋をなんなく押さえる事が出来た。

その後、旧市街をブラブラしたり、盆栽博物館があったので入ってみたりした。


旧市街。相変わらずブーゲンビリアが栄えるねぇ

マルベーリャの旧市街の中心です。 白い家々があります。泊まったホステルの近く。
9月ともなれば人もまばらで過ごしやすかった。


結構ひっそり。



なんとなく撮った街の団地。でもなんともリゾートっぽい良いムード。ヤシの木のせいかなぁ
旧市街との境目くらい。



これも旧市街。良い雰囲気。ブーゲンビリアがきれい。出来過ぎ?


はい、ビーチ来た。
トロピカル!



綺麗な海。静寂を感じる。全体的に白い。写真撮ると不思議と白く写る。



パラソルが沢山。



再び旧市街。



ちょっと歩くと、いきなりスペインで盆栽ですよ。
入るといきなり日本とか中国風の佇まいで結構びっくり。



衝撃的な盆栽ミュージアムの中。


盆栽ミュージアムの外にはアヒル。


それでついに実現。
下に水着を着てホテルの鍵だけもって砂浜ベヌス・ビーチまでやって来た。
地中海で海水浴です。
半月前にサン・セバスティアンで泳いで以来です。
サン・セバスティアンは大西洋で水が冷たかったんですが、、、
ここは地中海。でもすでに9月の半ばの海・・・冷たい!!!

僕は高校の時水泳部で屋外プールだったのですが、
その時のプール納めの10月の水温みたいで、9月の地中海水の冷たさをシビアに感じました。


マルベーリャの砂浜。綺麗です。でも超ツメタイ!!!


周りをみれば泳いでいる人は、まぁ居るけど、どちらかといえばみんな半分くらいまで浸かって
その後は日向ぼっこする感じ。

僕もそれに習って砂浜に寝転んでみたり、もう一回勇気を出して海に入ったりして過ごした。
あがる時、備え付けの無料シャワは、、、また、なんと言うことか・・・死ぬほど冷たい。
 

その後、もう一度海まで行って、夕方にもう一度ビーチ沿いの道を散歩した。


日が傾いたビーチ。


砂浜でやってたサンドアート。凄いね。
でも残らないのは残念ですよね。


海沿いをずっと歩けるようになっていて、遠くにはプエルト・バヌースという、
アラブの王侯貴族用のヨットハーバーの方まで歩けるようになっていて この通りは観光客で賑わってました。


本当はプエルト・バヌースまで行ってみたかったんだけど、疲れていたので止めたのさ。

そういえば、プエルト・バヌースの方ではパラセイリングを楽しむ人達が見えた。
この辺のコスタ・デル・ソルって、英国領ジブラルタル経由なのか、
イギリス人が海水浴を楽しむ姿を良く見た。
街の標識も英語が併記されてたりしたし。


ホステルに帰ってフロントのソファに座るとホステルを経営している家族の子供が
テレビを見てた。
それもクレヨンしんちゃん。 

スペイン語吹き替えなので何を言ってるのかさっぱりだったけど、
ひまわりが花屋の花を勝手に折ってしまい、
とーちゃんが「ロシエントロシエントロシエント・・・(すいませんすいません・・・)」と謝りまくるシーン。

こんなスペインの地方都市で日本のアニメを見るとは・・・
クレヨンしんちゃんはコテコテの日本って気がするけど、スペイン人は文化の違いとかどのように感じてるんだろ。
大昔ニューヨークではドラゴンボールをやっていたり、モロッコではワンピースネタを振られたりと、相変わらず日本のコンテンツ力にはびっくりします。

ちょうどその頃、日本ではクレヨンしんちゃんの原作者が亡くなられていたそうで、
なんかの予兆だったのかなぁとか?
そんなわけないか・・・


主なスペインの写真はココにアップしています。


次回:辺境の白い村:カサレス!  この次もサービス!サービスぅ!

JUGEMテーマ:海外一人旅


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編29. マラガの海岸:エル・パロ・ビーチ!


薄々感じ始めた事なんだけど、
学生とかならまだしも、日本の生粋のバックパッカーってのがどうにも苦手になってきた。
他の国でも日本人同士で群れたがる。モラル低い。ノリだけ。
そんなのと同じ分類になってる自分がいささか恥ずかしくなってくる。

国外で出会う日本人は、日本人だからといって、全然安心できない。
全然気が合わない事が多い。
時々気が合う人もいるけど、少ないほうだ。
ある程度、そういう連中とは距離を保ちたい。

いろんな国に日本人宿があるけれど、必要最低限にしたい。
物凄い辺境の地とかで情報がほしい時とか。


さぁ
マラガ観光だ。嫌な気分は引き摺らないように。

僕はマラガの中心アラメダ・プリンシパル通りからローカルバスで30分ほどの所にあるエル・パロ・ビーチへ行った。
マラガ自体にもビーチはあるんだけど、地球の歩き方にエル・パロ・ビーチは美しい海岸線で
マラガっ子に大人気と書いてあったので、どんなモンかと思って行ってみる事にした。

乗ったバスは、綺麗な海沿いの道をひたすら進みマラガ郊外のエル・パロの街に着いた。
まずは、そろそろモロッコに行く準備として、床屋で髪を切った。
8ユーロと格安。
パン屋で昼飯用に菓子パン(あのいつものチョコレート・コーティングされてるアレ)を買う。


海岸通からビーチに向かう。

そして海岸通から海に出ると、エル・パロ・ビーチがあった。
まぁ、とてつもなく綺麗って程じゃないけど、ずっと続く砂浜とポカポカ陽気で、
良い気休めにはなる。


エル・パロ・ビーチ。 これぞコスタ・デル・ソル。
ヨーロッパ人にとっての近場のリゾートといった感じ。

日本人がわざわざヨーロッパで海水浴する必要はないんじゃないかと。
日本なら太平洋を南へ行けば、もっと条件の良い所はいっぱいあるわけで。
ところで一番奥にロケットの発射場みたいなのが見える。あれはなんだろ?



ビーチから海岸通りに向かう道。湘南の海みたいだ。

海水に足を付けるとひんやりして泳げそうもなく、ひたすら砂浜でぼーっとしていた。
もう9月の半ばのせいなのか、地中海がもともとこれくらいの水温なのかわからないが。


ヨーロッパ人の寒さ耐性ってッパナイっす。

まぁ今日はカメラとか持ってたし、水着は持ってきてないので、はじめからそうするつもりだったんだけど・・・


のんびり。グラナダは山の中だったので、寒かったけど、マラガはまだまだ暖かい。ってか暑い。


ビーチ沿いにずっと道が続いていて、のんびり散歩できる。


海を見ながら食べる魚介類は格別でしょう。


ビーチには海の家が沢山並んでいて、どこもイワシの炭火焼をやっていた。
こんな風に船の形をした炭焼き釜?で魚を焼く。



僕はサングリアという赤ワインにフルーツを加えた甘い酒と一緒に、イワシの炭火焼を食べて過ごした。


サングリアとイワシの炭火焼。
美味かったよー


サングリアを飲みながらずーっと海を眺めながらぼーっとしていた。


おー結構この写真良いなぁ フォトログに加えようかなぁ



マラガの街が見える。

エル・パロ・ビーチの帰りは、歩いて帰る事にした。
海岸線をずっと歩くと、潮風が気持ちよかった。


エル・パロからマラガまでどんどん歩く。


海辺は最高!


リゾートって感じがする。

マラガの街に戻った後、ヒブラルファロ城っていう高台のお城に登ってみた。


マラガの街を一望できる。


闘牛場がある。ピカソもあそこで闘牛を観たに違いない。

ユースに戻るとガンディーさんも今日は学会が休みだったので、ビーチで泳いだと言った。
エル・パロではない、マラガのもっとローカルなビーチで。

水、冷たくなかったですか?と聞いてみると、そう、すごい冷たかったんだけど我慢したんだよって。
マジで!?


次回
コスタ・デル・ソルの高級リゾート地:マルベーリャ!!

主なスペインの写真はココにアップしています。


JUGEMテーマ:海外一人旅



このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編28. 太陽の海岸と大いなる誤解・マラガ

グラナダからバスでマラガにやってきた!
ついに地中海!

この辺一体の海沿いの地域は、言わずと知れたコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)と呼ばれるリゾート地。
マラガはその中心としてAVEの終着駅でもあるし、かなり大きく、そしてリゾート地ならではの開放感のある街だった。
海沿いには浜辺があって海水浴も楽しめる。
そして、マラガはピカソが生まれた街で、その生家や美術館なんかがある。

念のためマラガのユースも予約していったんだけど、そのユースはアンダルシア地方と打って変わってガラガラだった。
 

そんな訳で、時間的に今から旧市街にあるピカソ美術館に行っても間に合うので、早々に出かける事にしたんだけど
あえてその子とは"一緒に行こう"とか誘わず、僕は歩きでピカソ美術館へ、その子はバスで街の中心へ行く事になった。

僕がフロントで部屋の鍵を貰って部屋に入ると、その部屋は二人部屋で、先客らしき人の荷物がいろいろ置いてあった。
若干身構えつつ、マラガ観光に繰り出した。


ユースから旧市街のピカソ美術館までどんどん歩く。
街の中心を東西に走るアンダルシア通りは、アラメダ・プリンシパル通りと名前が変わる。
そして、この大通りはとても賑やかで拓けていた。
アンダルシア通り。右に見えるのはエル・コルテ・イングレスだ。
 



Molina Larios という賑やかな通りです。


ピカソ美術館を出てた後は、ピカソの生家なんかも観に行った。


ここなんだと思います?


ピカソの生家ですよー


生家の前には公園があって、若い頃のピカソは良くここで遊んでいたとか。

その後、街の中心を歩くと、Marina Larios という賑やかな通りでは、パレードをやっててそれを孤独に眺めた。


夜になったMarina Larios です。


デモだ!Marina Larios にデモがやって来た!


なんか主張してる。。。何について?

パレードだけど、なんか主張してる。デモ?
スペイン語が読めないので、なんて書いてるのかわかんない。
誰か教えてくれー


デモかと思ったらパレード。


仮装パレード?


仮装してるけど、なんか拡声器で主張しているような。


季節はずれのハロウィン?


なんか主張している。紙配ってた。僕も貰った。読めんけど。


やっぱこれってデモ?


いや、これはパレード。

こいつはパレードなのか、デモなのか・・・それが問題だ。


アラメダ・プリンシパル通り。

この辺が街の中心でバス停が沢山あった。


Marina Larios 。パレードの後。


超にぎやか。

賑やかな街のムードを楽しんだ後、夜再びユースへ帰ってきた。

僕がユースからピカソ美術館まで歩いている時、バスで抜いていって可笑しかったよーとケラケラ笑ってた。
そして今日ミハスに日帰りで行った日本人が帰ってきたら、明日はメシでも食べようよというので、
なんか打ち解けた感じになり、行こう行こうと話に乗った。


部屋に戻ると、ルームメイトに会った。
スキンヘッドの男性で40代後半くらいだろうか?
マハトマ・ガンディーに似てる。
その人がスペイン語でしゃべりかけてきた、が、まったくわからず。

「ムーチョ・グスト!ソイ・デ・ハポン!メ・ジャーモ・シゲキチ!(はじめまして日本から来たしげきちです!)」
「ノー・アブロ・エスパニョール(スペイン語はしゃべれません)」

と言ってみた。そしてとりあえずトイレに行きたかったので、知ってるスペイン語を駆使して

「ドンデ・エスタ・エル・セルビジオ?(トイレはどこですか?)」

と聞くとあっちだと促される。
トイレにも彼の私物が並んでいる。
トイレから戻ると、今度は英語で矢継ぎ早に沢山質問が飛んできた。

「キミはいったいなんだ?」「ここで何をしている?」「何でここに入ってきたのだ?」

いや、何って泊まりにきたんだけど・・・

「ここは私の部屋だぞ。なんでキミがここに来たんだ?」

この人、大いに誤解している!
ボクわぁ悪くないはず!

「いえ、ここはユース・ホステルです。ユースは基本的にドミトリーですよ。僕にしてみたら、あなたが何故ドミトリーを理解していないのかが疑問です。フロントへ行ってシステムを確かめたら良いですよ。」


そうか、とシステムにはご理解いただいたようで、後でフロントにも聞いてみるよと言うと質問は止んだ。

その後聞いた話では、おっちゃんはボリビアの大学教授で、マラガには学会があってやって来たんだそう。
一週間滞在するのだが、その滞在も残り3日という段階で僕がやって来たらしい。

そして娘さんが2人いるらしく、娘さんたちへ電話していた。
スペイン語の長電話が続く。

ボリビアといえばウユニ塩湖。
そんな知識しかないけれど、スペインで出会った遠い国に人との出会いがなんとも不思議に思えた。



次回。
次の日のマラガ。エル・パロ・ビーチやアルカサバ等など。
果たして一緒に飯を食べに行ったのか?

乞うご期待!


主なスペインの写真はココにアップしています。
 
JUGEMテーマ:海外一人旅

 
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編27. グラナダとグアディクスのしょーもない話

アルハンブラ宮殿を後にした僕等はホステル:オアシスに帰った。

アルハンブラ宮殿に一緒行った日本人とキッチンでパスタ作って食べようかと思ってたんだけど、
オアシス側でとてつもなくデカイ鉄板でパエリヤが作られていてドリンクとセットで5ユーロと超格安で振舞っていたので、
僕等は自炊せずにそれを食べた。 ただし僕はちょうど細かいお金を切らしていたので、その日本人に5ユーロ借りた。

オアシスは、マドリッドやサラマンカと同じく、グラナダの大学へ留学するヨーロッパ中の学生で一杯だった。
自分の部屋を探し当てるまで、こういったホステルに滞在するらしい。

その日本人と一緒に話した僕と同じ部屋のイギリス人は、とても物腰が柔らかい上に
スペイン語とロシア語が堪能で、とても頭が良さそうだった。
僕は頭が悪いので、留学とかまったく縁が無く、彼等の若さと将来性がひたすら羨ましかった。
ヨーロッパい人達は交換留学がとても盛んなんだなぁと思った。
日本でも留学生はいるけれど、数が少ないし、なんか彼等の世界と比べて内向きな気がしてくる。


次の日。
僕は昨日借りた5ユーロを返すべく、スーパーで買い物してお金を崩して、隣の隣の部屋に行った。
なんと、、、ヤツが居なくなってた。
ここにいた日本人はもう出てったの?と聞いてみると、そうみたいだよと言われてしまい、
5ユーロの行方に困ってしまった。


とりあえず、この日も時間を無駄にせずに行動したいなと思い、地球の歩き方を開いた。
グラナダから行ける"近郊の見所"として、グアディクスという街が載っていた。

クエバという洞窟住居が沢山あって、これはなんとか楽しめそうだ。 星一つだったけど。。。
行けばそれなりに楽しめるかもしれない。
僕はグラナダの長距離バス停まで行って、グアディクス行きの往復チケットと
明日のマラガ行きのチケットを買った。


グラナダからのバスは、山がちな国道をひたすら進み、グアディクスに着いた。


洞窟住居のエリアに行くとこんな風に煙突がニョキニョキしてる。

グアディクスは半地下の家から煙突が地表に向けて生えていて、
道を歩くとあっちこっちにニョキニョキと煙突だけが見える。


割とシュールな光景。


どこもかしこもニョキニョキ。


誰のお家かな?という絵本に出てきたエロイーズさんが造った家を思い出した。
(誰も知らないだろうけど。。。)

しかし、ここ、全体的には。。。

へー 

という感想。
適当にバルでプラトス・コンビナートス食べて
あっという間にグラナダに帰った。

煮え切らないぜ。。。

オアシスに帰ると、僕の上のベッドに居座るベルギー人の女子留学生に出くわした。
彼女はこういったミックスのドミトリーというものに慣れていないせいか、挙動がおかしかったんだけど
二段ベッドの上と下で、お互いそれほど干渉せずにそれなりに良くやってた。

Hey Shige! What did you go? What did you see?
Yeah, I went to Guadix. Do you know it?
Yes, the cueva is popular among Europe people.
Anyway, have you found your room already?
・・・
・・・
こんな感じでグダグダと適当に話しつつ、自分の時間を過ごしていた。


オアシスの6人用ドミトリー式の各部屋には、部屋ごとにユニットバスがある仕組みで
僕が部屋のユニットバス兼トイレにこもって出てくると、
あの物腰のやわらかいイギリス人が笑って "Stay?" と話しかけて来た。
それもそうだろう。一時間以上、占有していたんだから。
だから、僕が1時間もそこに入っていると、当然彼も困った事だろう。



トイレといえば、キッチンの奥にも個室で広めのトイレ兼バスルームがあって、
ある日ドアを開けたら、便器に座ったヨーロッパの女子を見てしまい、
死ぬほどびっくりした。
個室のロックしなかった彼女が悪いんだと思うんだけど・・・


さらに次の日。
今日はマラガに移動するけど、その前にグラナダには一応カテドラルや王室礼拝堂なんかも見所だったので、そこへ行ってみたりした。
よせばいいのに。


はい、ありがちな旧市街

旧市街 覗かれた。


カテドラルの前に良くいる物乞い。 どこの街でもカテドラルの前には良くいる。
こんな写真を面と向かって撮って、アップする自分に不快感を持つ人がいるかもしれない。

結果は知れたもので、あーまたカテドラルかぁって印象。
その周りの旧市街もまぁありきたりなお土産屋が並んでる印象だった。


観光地過ぎる。


ランジェリーショップ。なんとなく撮った。これはちょっと変態的。


それと、オアシスで別の日本人から聞いた情報として、
この街に日本語情報センターという所に行った話を聞いた。地球の歩き方のはみ出し情報に載ってるヤツだ。
その日本語情報センターでは、このオアシス周辺のアラブ街は危険際なりない場所で
目つきの悪い薬中のモロッコ人が沢山いるから気をつけろ、特に北に行けば行くほど治安が悪いので
要注意だと脅されて帰ってきたんだそう。
怖くなって、ホステルを移ろうか真剣に悩んでいるという。

この街が危険?
僕は、この胡散臭い"日本語情報センター"にわざわざ行ってみた。
うわさを確かめに行ったのだ。


そこには製作中のギターに囲まれた気難しい感じがする日本のおっちゃんがいた。
僕がアルハンブラ宮殿にもグラナダの街も一通り観て廻った事を知って、
今更何しに来たんだ?といわんばかりだった。

それで、オアシスに滞在している事を言ったら、昨日聞いた事を同じフレーズで返してきた。
オアシス周辺のアラブ街は危険際なりない場所だ。
目つきの悪い薬中のモロッコ人が沢山いるから気をつけろ、特に北に行けば行くほど治安が悪い。
あまりにも"そのまま"だったので、可笑しくて仕方がなかった。

最後になんか情報を教えてってリクエストしたら、
ウサギを食べてみないか?格安で。といい、紙にウサギのメニューを書いて、
これを持って、この場所に行くんだ。それでこの紙を見せれば11ユーロでウサギのコースメニューが食べれるぞ。

悪くない。
僕はその紙を持って、指定された場所に行った。
そこはアラブ人街のモロッコ人が経営する店だった。
危険だとか言ってたくせに、なんなのさ。

ウサギは・・・ちょっと肉が固めだけど、十分美味しいと感じられる味で、それなりに満足した。


結構旨い。


このコースで確か9ユーロか11ユーロ。値段忘れた。


主なスペインの写真はココにアップしています。

JUGEMテーマ:海外一人旅
 
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編26. アルハンブラ宮殿とかアルバイシンとか

 ロンダから電車でグラナダへやって来た。
結構時間がかかった。


グラナダ駅は、この街のネームバリューに比べればちょーーーローカルな駅だった。
こんな風に踏み切りもない線路を歩いて渡るんだぜ。

アラブ街にあるホステル:オアシスは、やっぱり混んでいて満室になっていたので
コルドバの教訓が活かされた。 予約して大正解。

ホステル:オアシスにはロビーがあって、そこにはネット使い放題のPCが数台置かれていた。
そのPCで明日のアルハンブラ宮殿の予約をした。
アルハンブラ宮殿自体は予約無しで入れるんだけど、宮殿内で一際人気のある
ナスル調宮殿だけは予約が必要で、決まられた時間に総入れ替えを行ってるという仕組み。

偶然隣にいた日本人と一緒に明日の予約をしてみると、19時以降しか空きが無い状態だった。
ただ、朝直接行けば、ナスル調宮殿のチケットをゲット出来るという話もあって、
どうしたらいいのか迷ってしまう。
情報が錯綜しているっていうやつだね、
とりあえず2人で安全策を取って19時の分を予約してみた。

また、アルハンブラ宮殿はとてつもなくデカイので、一つ一つ観て廻ると、
大体4時間くらいかかるらしい事も聞いた。
僕はその日本人と明日の15時に集合して一緒に行く事にした。


次の日、まずは一人でアルバイシンに行ってみた。
グラナダと言えばアルハンブラ宮殿と、 そして、これぞアンダルシア地方と思わせる白い壁と、
オレンジ色の屋根の家々が連なるアルバイシンが有名。
これがコルドバだとユダヤ人街だったり、セビーリャだとサンタ・クルス街だったりと
名前が変わるけど、結局どれも旧市街にある白い家の集合地域だ。


大体こんな感じの町並みが続く。


カメラ目線でグー


これも良く見るアンダルシアの風景だね。ブーゲンビリアだっけか。白い家に栄えるね。


何気に気に入ってる一枚。


アルバイシンにあるサン・ニコラス展望台


同じくサン・ニコラス展望台。観光客が大勢いた。当たり前か・・・


アルバイシンのヘソにあるラルガ広場に行くと、八百屋や洋服やなんかが青空市場になっていた。


八百屋!オラ!


ちょーコジンマリしてる。


これもラルガ広場。

アルバイシンはコルドバやセビーリャにくらべればグラナダのそれは規模も小さいし、
道は狭いし、綺麗さも無いし、そもそも活気もあまり無かった。


needless to say 魚屋。 こういう写真を躊躇わずに撮る自分について、ちょっと考えてみたりして。

そんな訳で、グラナダの街自体は大した魅力を感じず、セビーリャの方が良かったなぁという印象。
ここで3泊もしてしまった。
こんなことならセビーリャの滞在に日にちを割り当てるべきだった。


15時になって一度オアシスに帰り、昨日の日本人と合流してアルハンブラ宮殿まで徒歩で行った。
彼は僕よりずっと年下だけど、僕よりよほど英語が堪能だったし、社交性にも優れているので、
連れだって歩く事に、ちょっと申し訳ないなと思った。
それに、アルハンブラ宮殿は山の上にあるので、坂を延々と登っていく必要があるんだけど、
若くて元気なヤツの歩調に合わせると、向こうはピンピンしているのに、
こっちはマジで厳しかった。ハァハァ肩で息してすぐにバテてしまう。


宮殿から見下ろすアルバイシンは、なかなかムードがあって良かった。


風景に溶け込む服。


ヘネラリフェとかいう所。背中とイスラム教徒。

アルハンブラ宮殿は、ひとつの巨大な要塞化された宮殿の中に、いくつかの宮殿がある構造で、
宮殿自体は、庭があり、要塞があり、と、まあ悪くはないけどこれまで観た建物と
すごい既視感があって ちょっと退屈だった。
一緒に行った日本人も同じような事をぼやいていたなぁ


無駄に広い。



なんかアルカサバの見晴台で小芝居やってた。閣下!



閣下!前方にとても目立つ服の人が居ます!


ちょー派手!

そして一番先端の要塞になっているアルカサバの見晴台に上ると、遠くにとても大きな雨雲が見えた。
もしかして・・・と嫌な予感があったような無いような・・・


閣下!遠くに大きな雨雲が見えます!



なにぃ!?あれは。。。大雨が降ってる風じゃないか!

他の見所を見終わっていよいよ一番の見所であるナスル調宮殿に入る段階だった。
入り口には既に予約した人達が行列をなしていた。
えーあれに並ぶのかよーとぼやいていた。


ワンサカ人がいました。この直後の悲劇ときたら・・・

すると、強烈な雷雨がやってきた。さっきの雨雲がこっちにやってきたのだ。
ゲリラ豪雨ってやつだね。
ナスル調宮殿の入り口で並ぶ人達を見ると、みんなずぶ濡れになってるのに、列を抜ける事も出来ず
やられたい放題だった。

僕等はトイレに避難していたものの、"あの列"に並ばないと、予約時間に入れない事を悟った。
でも、傘などは持ち合わせていないため、並ぶと濡れる事は明らかだった。
他に方法は無く、ずぶ濡れになりながら並ぶ羽目になった。

そして、ナスル調宮殿に入ってやっと雨がしのげた。
入った部屋では、カメラのレンズが曇るくらい湿気が凄かった。

その後すぐに雨は止んだ。
並ぶ時だけ大雨だったんだ。。。
これはついてない。

ナスル調宮殿は、イスラム芸術の最高傑作と言われるだけあって、さすがに凄かった。
象牙色の壁に、これでもかと幾何学模様の細工が施されていて、圧倒された。


写真でよく見る。この風景。同じ場所で一眼レフのK10DとGR DIGITAL 2で撮り比べしたら、
GR DIGITAL 2の方が、はるかに白が白く写ってた。
コンデジなのに一眼レフに余裕勝ち。GR DIGITAL 2恐るべし。レンズが良いね。


たまには寄って撮ってみる。細かい細かい。



僕等はアルハンブラ宮殿のほかのエリアで飽き飽きしていたけど、ナスル調宮殿の凄さには
さすがに受け入れるしかなかった。
僕等にとって、最後に見たのがナスル調宮殿なのが救いだった。


最後にグラナダで撮った全然関係ない写真でしめる。

グラナダ編近々続く


主なスペインの写真はココにアップしています。


JUGEMテーマ:海外一人旅


このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編25. 崖の上のロンダ

ロンダについて書く。
ロンダはセビーリャとグラナダの間くらいで、山の中の街。

ここの見所は、街と街をつなぐ橋。
間に何があるのかというと、"崖"。
凄い高さの絶壁があって、繋ぐ橋も物凄くてそれが観光名所。
仕組みは、街自体がドラクエ2のロンダルキアみたいにテーブルマウンテン上の台地の上にあって、
旧市街と新市街を橋で繋いでるんですね。
ってかロンダルキアはここが由来?

縁結びなのか縁起モノなのかわからないけど、その崖と橋を見るために新婚さんがよく訪れる。

まぁ写真を見ていただきたい!


崖の上の街から崖下を眺める。
鳥の数が凄いですよ。
奥に見えるのが街一番の高級ホテル:パラドール・デ・ロンダです。


別角度から。


崖下を覗くとこんな感じ。絶対死ねる。




橋の近くの展望台見たいな所で絵を描く紳士達。
確かに絵を描きたくなるくらいの絶景ですよ。


展望台には人だかり。


近くの公園からの眺め。雄大。

多くの人は上からの眺めで満足するかもしれないですけど、個人的には
この崖を見ると 崖下まで下りてみたくなるのが人情というもの。

しかし、この橋の付近には階段などはなく、旧市街の端まで行って大幅に迂回しないとたどり着けなかった。戻るのも相当面倒だったですよ。
(後日談ですが、橋を渡った先を右に進んでいった所にある公園の脇から階段で下りられるらしい。途中個人の家の前を通るので、通行料を請求されるといううわさ。


崖下に下り始めてる。


降りる途中。ロバが見える。



崖下まで下りて橋を眺める。
ひえ〜あんな所に街があるのかっ




崖下。なんかロケットみたいな岩がある。
寂れた廃屋みたいなのも良いね。枯れてる感じ。

次の日は、ロンダから20キロ離れたピレタ洞窟を見に行きたかったんだけど、
「地球の歩き方」にはタクシーをチャーターするように書かれていたんだよね。
それは金額的に厳しいなぁ

ツーリストインフォメーションで聞いてみたら、やっぱりバスは運行していないようで、
電車があるにはあるものの、一日数便って程度で帰ってこれるか怪しかった。
電車がダメとなるとタクシーで行くしかないと言われちゃいました。


ホテル:パラドール・デ・ロンダ前の広場。

誰か一緒に行ってタクシーをシェアしてくれないかなぁ
橋の辺りでピレタ洞窟に一緒に行きませんか?
タクシーシェアしませんか?って聞いてみる事にしたんだ。
英語でなんて言えばいいんだ?

Are you interested in The Pileta Cave?
Would you like to come along with me?
Let's share the taxi.


・・・言い方がわかんない。上のは違う気がする。
(誰かこの場面での英語教えてください。)

そんなわけで日本人を探した。
日本人はどこにでもいます。こんな街にも。
案の定崖を観に来た新婚さんがいたので聞いてみました。
この二人、上の方に載ってる高級ホテル:パラドール・デ・ロンダに泊まったそう。
僕の泊まったホテルはこのホテルの宿泊費の5分の一にも満たない。
そしてちょっと話した後に言ってみた。

「あのーピレタ洞窟って興味ないですか? タクシーをシェアしてほしいのですが…」

奥さんがどうしよう?って感じで旦那さんを見て、旦那さんは、

「いえ、ゆっくりしたいので。」

そうですか・・・
やっぱり断られました。
がっくし!
結局、洞窟へ行く事は出来ず、この日をほとんど無駄にしました。

しかたない。
その他街をブラブラしながら撮ったものをアップしてみよう。


闘牛場。青い空に黄色い砂が栄える。


闘牛場の馬。ドナドナが聞こえてきそうな。


馬舎。窓からみんな顔出してて可笑しい。この黒い馬が近づくと、部屋の中の馬がひひーんと鳴いて興奮していた。


なんとなく家の工事風景。


なんとなく、家具屋。ドラえもんとクレヨンしんちゃん。ハポンの影響がこんなところにも・・・


泊まってたホステル近くの商店街。85パーセント "オラ!" って挨拶してる。


こんな感じでロンダは無駄に2泊してしまった。
もうちょっと日にちつめれば、絶対ポルトガルにもいけたのに・・・

後悔の旅たち。


そしてここはロンダ駅。これから電車でグラナダへ向かいます。
ちなみにスペイン最南端のアルヘシラスからグラナダへ電車で移動すると、このロンダ駅が経路上にあります。


世界の車窓から


マヂであの番組でやってそうな風景。


どこまでも荒野とオリーブ畑。


畑?が見える。


はい。グラナダ着いた。


次回はいよいよグラナダ!


主なスペインの写真はココにアップしています。


JUGEMテーマ:海外一人旅


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

スペイン編24. セビーリャの一日

 コルドバに2泊した後、朝すぐにセビーリャに向かった。
予約していなかったから、なるべく早く移動する必要があった。

バスの移動中、アンダルシア地方の白い村の一つ:カルモナを通ったけど、立ち寄る時間は無く、残念だ。
そして午前中にはセビーリャに到着し、白い街並みの旧市街(サンタ・クルス街)にある目星をつけていた
格安ホテル「サンタ・マリア・ブランカ」に行った。
がしかし、すでに満室だと断られてしまう。
コルドバの悪夢再びか?と思ったが、そのホテルの向かいの路地に入った奥で
バックパッカー向けの格安のペンションを見つけて、そこへチェックインする事が出来た。


ここが泊まったホステル。段々気付き始めたけど、どこの街でも地球の歩き方に載ってなくても、安めの良いホステルは結構ある。

今回は午前中だったというアドバンテージが功を奏してスムーズだった。
(宿帳の記帳をさせなかった所を見ると、さては税金逃れしたな?)

12:30頃、チェックインを済ませたら、早速アルカサルに向かった。
到着した日は日曜日でアルカサルは13:30で閉まってしまうし、月曜日は終日閉まってるらしい。
また、最大の見所、ヒルダの塔は日曜日に限って14:30から開くらしいので、
ちょうどいいじゃん、さっとアルカサルを観て、アルカサルを出る頃に閉館。
そして今度はヒルダの塔が開館するはず。良いアイディアだ。


これがヒルダの塔。逆光気味だよ。

アルカサルはキリスト教徒ながらイスラムかぶれの王様が、グラナダのアルハンブラ宮殿をマネして造った宮殿で、
なかなかだった。
それにしても、"なかなかだった"としかいえない自分は、そろそろ本当にどうしたもんかと思ってしまう。
旅を始めてここまでで約2ヶ月。
慣れや飽きなのか、遺跡を見ても城をみてもカテドラルも宮殿も。。。
よほどのものじゃないと、まったく心が動かない状態になってた。


馬車。カテドラルの傍。 ヒマそう。


鳩を追いかける幼女

そして、午後2時半になって肝心のヒルダの塔にいったら、カテドラル自体が開いていなかった。
どうやら大規模なミサをやるらしく、部外者は門前払い。登るる事が出来なかったのだ。
カテドラルの部分は、14時くらいにはにはミサの邪魔にならない程度に入る事が出来た。


こんな風に部外者は入れてくれない。


どこのカテドラルもデカイけど、セビーリャのカテドラルは一際デカイ。


反対側の門番。ヒルダの塔に行かせてー


何故かカテドラルの中で行われていた座り込み。
よくよく見ると英語で書いてあるね。
見える部分を読んでみると、
アンダルシア政府は私達に素晴らしく、〜なを約束したけど、将来は私達を置いて・・・・戦争と・・・同じ嘘だ。〜省は・・・・
よくわからんけど、生活保護とかの要求かなぁ


セビーリャの街を歩いてみると、当初スルーしようとしていたのが間違っていたと思わせるほど素晴らしかった。
実質一泊しかしていないんだけど、もっと滞在すれば良かったと思わせた。


ミサに向かうジモティーたち。すっげーぞろぞろ来てる。


反対側。右かカテドラル。トラムがずっと延びてる。

セビーリャはアンダルシア地方の中心といわれるように、街の規模が相当大きくかなり活気があった。
地下鉄が新たに工事中だったんだけど、トラムが中心地を走っていた。


シスター達。しろい。

そのトラムも通るカテドラルを中心とした街並みが超キレイで、また、併設されてるヒルダの塔もその外観が見応えがあった。



ここはスペイン広場


ベンチが凝ってる。

またグアダルキビル川沿いもムードがあって素晴らしいく、トリアナ地区に行くと、バルが並んでいて、それもちょーキレイ。
街歩きはまだまだ楽しめる。


川の対岸からトリアナ地区を望む。グアダルキビル川沿い。
向こうがトリアナ地区という、バルが並んだエリア。
うーん、ムーディ。


河沿いの黄金の塔。有名ですね。


ホテルが並んでる。


そしてサンタ・クルス街から見る夜のヒルダの塔。高い。上れなかったのは残念。



サンタ・クルス街はバルが沢山あって、夜遅くまでにぎわっていた。
セビーリャはアンダルシア地方では一番良い街だと思う。


で、滞在した土曜の夜22:30、フラメンコを観にいった。
フラメンコはセビーリャが本場なのだ。
そして、セビーリャで一番の老舗らしい、ロス・ガリョスを選んだ。
本場の街の一番の老舗。
ここで観れば、ハズレないだろう。
また、ロス・ガリョスは団体客を入れないポリシーなので、日本人ツアー客なんかに出くわす事もないはず。


初めて生で観るフラメンコ。
強烈だった。

ロス・ガリョスの壁にはニワトリの絵が描いてあったんだけど、
理由がすぐにわかった。
踊る時に脚で床を激しく高速で打ち付けるのが、まるでニワトリみたいだ。



そしてその足音と一緒に、ギターと大きな音の手拍子と大声の生歌で奏でられる"曲"が耳に残った。
歌と手拍子をする濃いオヤジ達は、大声で歌うためなのか、3人とも太っていて顔もそっくり。
もしかしたら兄弟なのかも。


決まってる!!


フラメンコはみんな苦しそうな顔して踊る。
確かフラメンコは"死"となにか関係があったような・・・忘れた。


すっと後になって、バルセロナでもフラメンコ観た。
こっちはツアー客を相手にしているので料金も少し高かったし、日本人の団体客に遭遇してしまい、
ちょっとシラけたなぁ


あーもう一回セビーリャで観たいな。
フラメンコのCDも買いたいんだよね。

フラメンコが22:30からだったので、それが終わると日が変わってた。
ホステルに戻ると、結構心配されてた。

ヘイどうしたんだよ。遅いじゃないか?
いや、フラメンコを観てたのさーって

Fotologue - Spain
主なスペインの写真はココにアップしています。

次回、崖の上のロンダ 行きます!


JUGEMテーマ:海外一人旅



このエントリーをはてなブックマークに追加
Instagram チェック

| 1/4PAGES | >>

PR

ブログランキング参加中

日本ブログ村
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

人気ブログランキング


selected entries

categories

archives

recent comment

  • 九龍城砦と啓徳空港跡を見に行く - 香港
    しげきち (07/18)
  • 九龍城砦と啓徳空港跡を見に行く - 香港
    たまご (07/18)
  • チェルノブイリで暮らす農家を訪問 - チェルノブイリツアー
    しげきち (06/19)
  • チェルノブイリで暮らす農家を訪問 - チェルノブイリツアー
    まー坊 (06/18)
  • フィゲラスのダリ美術館 - 再びスペインへ
    しげきち (03/04)
  • フィゲラスのダリ美術館 - 再びスペインへ
    ダリ美術館 (03/04)
  • モロッコ編65. 買い物天国:タルーダント - 究極の絨毯を買い占めろ
    しげきち (03/04)
  • モロッコ編65. 買い物天国:タルーダント - 究極の絨毯を買い占めろ
    タフイツ (03/03)
  • モロッコ編65. 買い物天国:タルーダント - 究極の絨毯を買い占めろ
    しげきち (03/01)
  • モロッコ編65. 買い物天国:タルーダント - 究極の絨毯を買い占めろ
    タフイツ (03/01)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM