Duga-3 (後編) - チェルノブイリツアー

長い廊下。

 

更新できておらず、申し訳ない。

しばらく更新していなかったため、近況報告は沢山あったり。

 

前回の記事で書いた 4 連休でマカオと香港へ行く旅、なかなか面白かった。

マカオは一番最南端のコロアネ村へ行ったり、国境越えて珠海へ行って、見所無い事を確認したり、カジノリスボアが昔よりちょっと落ちていて、ベネチアンが盛況だったのを目の当たりにした。

香港はあまり見ていないけれど、重慶大厦は相変わらず重慶大厦だった。土爪灣と今インスタ映えスポットとして流行っているらしい、彩虹邨に行った。

彩虹邨は単なる団地なのに、地元の香港の若者で賑わってたな。

あと、深センは昔行けなかった、東門老街に行けた。

まあまあ賑わってたな。

わざわざ行くほどではないと思ったが。

 

夏休みは今年もシルバーウィークに取る。
ニーラゴンゴ山のマグマが見たかったので、ルワンダのキガリ起点でコンゴ入国、ニーラゴンゴ山登山とゴリラを見るっていう事をメインで旅程を練っていたのに、ニーラゴンゴ山があるヴィルンガ国立公園でレンジャーが惨殺された事件を受けて、当公園閉鎖がまだ続く事になり、コンゴへ行けない状況。
代替案としてはウガンダへゴリラと観光的なピグミー族に会いに行くのをまずやったあと、カンパラから赤道にでも行ってみようかと思ってる。
コンゴに行けなくなった時点で大分トラブルが続いてる。金はらってあるんだけれど、ちゃんと行けるのか心配。

スケジュールは頭の中に大体ありますが、しっかり書いたらいつも通り公開予定。

 ※スケジュール書きましたこちらをご確認ください。

  SW10日間 やけっぱちなルワンダとウガンダ旅
 

7 月の後半に山梨県の山へ登山へ行ったのだけれど、その際靴擦れして皮が剥けた所から最近感染して右足が大きく腫れあがった状態になってた。
最初は自分でなんとかしようとしていたら、足の腫れがどんどんひどくなってきたので、病院で切開して膿をしこたま除去した。
だから 8 月中はかなり足の状態が悪かった。
最近になってようやく収まりつつある感じ。

 

あと、夏のイベントしては、サマーソニックの前夜祭、ソニックマニアに行った事。
深夜っていうのが気乗りしなかったけれど、Nine Inch Nailes と My Bloody Valentine を同じフェスで順に観る事が出来て幸せだったね。
トレントレズナーは自分の前にステージに上がったコーネリアスを褒めていたし、多大な影響を受けたマイブラと同じステージに立てた事を誇りに思うとか言ってた。
トレントも随分丸くなったんだなぁって思った。
みんな年取ったなぁ 
ビリンダもスタイルこそ保っているけれど、2008 のフジロックと比べても大分年取ったと感じた。

 

Duga Radar 建物内

 

Duga-3 前編はアンテナの周りをぐるっと一周したわけだけど、後編では、隣接する施設の跡地に入る。
我々が入ったのは pdf の地図でいうと、おそらくは Main communication centre building って書かれた建屋と思われる。

Chernobyl-2

 


こんな勝手口みたいな所から中へ。

 


中に入るとずーーーと長い廊下みたいな所に出て、そこをどんどん歩いて行った。

 


窓の外を見ると、あれ?ここは二階?
階段上った記憶ないんだけれど。。。

後ろ側は崖ってことかな。

 

基本的に建物しか残っていない所だったけれど、ごくまれににはこんな部品が落ちてる。

なんかの基盤だね。

下の部分がカートリッジじゃないかね。旧ソビエト製で昔の規格のせいか全然わからない規格。

 


ここが Main communication centre building ってイマイチ確証が得られないのは、上の地図で見ると Main communication centre building  は、もっと普通の四角形で、実際歩いた長細い感じが地図からは伝わってこないから。

 

天井にはランプがずーーーと向こうまで並んでる。
ランプのデザインが今の感覚ではとても質素な感じ

 

なんか階段降りるっぽい。

下のフロアが暗いような、、、

みんな先行っちゃったらしく、急に不安になる。

 

げ、マジで暗い!

みんなほんとにここ通ったのか?って心配になったけれど、右手奥に見える登りの階段から誰かが呼んでくれたので助かった。

昨日の遊園地での遭難事案の教訓が活かされている。

 

階段上ったところ。

ラックの跡みたなのが沢山。

結局下のフロアは降りて登っただけで何が何だかわからずじまい。

なんか意味があってわざわざ通ったんだろうれども、ガイドが (以下略)

 

急に工場らしくない部屋だ。

ビジターセンターかな。

 

コントロールルームかな。

ここがコントロールルームっぽい造りで、他にそれっぽい建物もないので、潜入したのは、Main communication centre building だって結論付けた。


ってか、ガイドがマジでどんどん先に行くせいで、全然追い付けない。
写真も満足いくほど撮れていないのが、本当に残念。
まぁ巻きで歩かないと時間が足りないって事なんだろうけれども。。。

 

まがいなりにも、急いで接写。

 

レーダーの仕組みをプレゼンしている風なので、頻繁に偉い人達が来ていたのかもね。

 

テーブルに散乱する手帳。

 

再びラックみたいなのがある部屋。

 

え、結局この階段降りるの?

 

階段降りて薄暗い部屋からちょっと歩いたら外に出た。

 

見上げるとアンテナが迫ってくる光景。

 

この後は建物の外を歩いた。

 

なんの施設かわからない。

例えるなら市場みたいな、片面のみがオープンになっている建物が連なってる。

で、不燃ゴミが散乱。

 

一面がオープンな建物の一部。

ここも対外的なエリアっぽいな。

後ろ側の壁が無いのは、取り壊されたのかな。

 

こっちは工場っぽい。

ドア兼窓みたいなものが残っているな。

そうすると、上の方の来客向けっぽい部屋もこういうドアが付いていたのかもな。

しかし、なかなか脆そうな造りだ。

だから壊れて撤去されている部分があったのかもな。

 

ここにもガスマスクが。

放射能汚染はこの辺りも当然及んだって事だね。

 

なぜかパンプスが左右そろって放置された。

事故当時からの遺物だったとしたら、あれだ。

出勤時はスニーカーを履いて、オフィス内で必要に応じてパンプスに履き替えるような、足の疲れの予防をしていたのかも。

だって、自分もやってるし。

 

何かのフローチャートと思うんだけど、なんでしょうね。

 

給食のトレイみたいなのあり。

 

多分、「それは危険ですか?」って書いてある。

違うかも。。。

 

ちょっと横から建物を撮って奥行きを伝えたい。

 

再び緑の中を通る。

 

入り口に戻ってきた。

左には赤軍参加を呼び掛けるレトロなポスターがあるけれど、前回触れているので省略。

ポスターについては前編を見てください。

 

振り返ってみて、今回の記事は「なんか廃墟に立ち寄った」くらいの内容で、駄作過ぎるな。

小並感なコメントでお茶を濁して考察が無い。

 

 

次回は秘密工場ジュピターファムトリーを予定。

 

 

サムネイル対策用

 

 

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Duga-3 (前編) - チェルノブイリツアー

超巨大 Duga-3 の外観。

デカすぎて収まりきらない。

 

 

近況。

7 月の 3 連休の所、1 日有給取って 4 連休にしてちょっと近場の海外出かけることにした。

ホントは、まだ行った事ない釜山と、慶州、大邱 辺りの韓国南部の世界遺産を全部みてこようと思っていたんだけど、ボーディングパスを買おうとしたら、そのタイミングで 1 万円以上値上がりして、しかもその価格が香港往復よりも高くなったのたで、もう韓国行は取りやめ、9 年ぶりにマカオ中心とした香港行きにした。

 

大体昔行った時に見ているから、マカオ滞在にしてカジノ三昧+未踏のコロアネ島にも行く事、陸路で珠海市に行く事がメインか。あと、香港から深センに前行った際、お金が下せず身動き取れずに帰ってきたという情けない状況のため、ちゃんと深センの中心部まで行く事も目的として置きます。

スケジュールは大体頭の中に出来ているけれど、近々旅スケに書いてみます。

 

2018/07/10 0:19 スケジュール書きました!4泊5日 マカオと香港へ9年ぶりのなんとなくな旅

結構適当だけど、出国と帰国はかなーりシビアなタイミングなので、もしダメなら "いろいろ" あきらめる。

 

 

本編。

サマショール訪問の後は、このチェルノブイリツアーで最も行きたかった場所の一つ、Duga-3 だ。

 

Duga Radar とは

 

知らない人のために、ちょっとこのドゥーガレーダーについて前振りしておこうと思う。

Duga Radar という OTH (over the horizon radar) レーダーシステムの一つ。
OTH と Duga Radar については Wikipedia を見てもらった方が早いと思う。

 

OTH
Duga radar


無知な私が Wikipedia 等インターネットから情報を丸写ししたって恥ずかしい限りなのですが、ざっくり言えば、冷戦時代にソビエトが敵国から飛んでくる弾道ミサイルを早期発見するために造られた超巨大なレーダー施設。Over the Horizon (地平線を超える) レーダー。
このレーダーには電波を送信する側のトランスミッターと受ける側のレシーバーがある。

 

(Chernobyl) Probably the best DUGA RADAR "how it works" video on youtube! (must see the end!)

英語動画だけど、これが動作としてはわかりやすい。

 

 

ここのレーダーから当時発せられた電波は非常に強力で、無線愛好者の間では通信中にノイズとなって干渉されて悪名高いものだったらしい。
独特の連続する音からロシアのキツツキ (Russian Woodpecker) とか、 STEEL WORK や STEEL YARD みたいに呼ばれてた。

音は YouTube で聞けるので本記事の下の方で紹介。


当時は軍事施設だったから、西側の人間にしてみれば共産主義的なマインドコントロールとか天候をコントロールする施設では?と初めは噂されていたらしい。
ちょっと笑える。
すぐに OTH だって気付いたらしいけれど。

 

この施設は、チェルノブイリに近かったせいか原発事故の後使われなくなり (使えなくなり) 今ではデカいアンテナが廃墟になってそこに残ってる。

 

なお、Duga っていうのは、ロシア語で "Дуга" って書くのだけれど、これはロシア語で円弧の事を言うらしい。
トルクメニスタンのガイドに写真見せた時にそのように教えてもらった。

 

個人的には、"ドゥーガ 3" って書くと、まるで "ドルアーガ" みたいな響きでかっこいいと思った。
ドルアーガはバンダイナムコの説明ページにはインドのドゥルガー/カーリーという女神 から名付けたらしいので、響きが何となく似ているだけで、起源が全然異なっているけどね。

 

方々の Web サイトでは、Duga-3 を Chernobyl-2 というだっさい名前で呼んでる事もある。

 

Duga-3 は pdf の地図もあるのでこれで全体を俯瞰できる。行く人は事前にゲットしておくといいかも。

Chernobyl-2

 

 

ナンバリングについて

 

ナンバリングについて、ちょっとよくわかっていない事がある。
英語版 Wikipedia では、このチェルノブイリにレシーバーがある Duga Radar を Duga-1 としているけれど、方々の Web サイトを読むと Duga-3 となっている事が多い。

 

例えば、<写真で見る>アマチュア無線家にとって悪名高き、旧ソ連時代の「ウッドペッカー」送信所跡 このページでは Duga-3 となっている。

YouTube でも Duga-3 で動画は出てくる。


Duga-3 説なら納得。
ムィコラーイウっていう黒海から近い南ウクライナの都市にはじめの Duga Radar が造られて、今度は日本に近いハバロフスクに Duga-2 が造られた。
蛇足だけどハバロフスクは数年前に行った事ある。


この北ウクライナの施設を Duga-3 と呼ぶのは必然と思うのだけれど、なんで、この同じ施設が Duga-1 とも呼ばれているのかはっきりしない。

位置について


位置だけれど、トランスミッターはここ 51° 38′ 15.98″ N, 30° 42′ 10.41″ E
チェルノブイリ従業員が暮らす街の一つ:スラブチッチの北側にある。
で、それのレシーバーはチェルノブイリの制限区域内にあって、チェルノブイリタウンから西の森の中にある。
51°18′19.06″N 30°03′57.35″E 
チェルノブイリツアーに参加すると、よくこのレシーバーに当たる施設を見学する事が出来る。

 

大体、ここまでが前置き。
チェルノブイリに昔から興味があったので、方々のブログを読んでここにこういった施設がある事は予め知っていたし、自分の参加したツアー会社の場合は 2 日間のツアーに参加すれば訪問出来る事を知っていたので、ここには是が非でも行きたかった。
超デカいアンテナがすっごいかっこよくて琴線に触れたんだよな。

 

入り口まで

森の中の小道を走らせて、デカいアンテナが見えてきた!

 

ここが施設入り口。

この建物にはいまでも警備員がいる。

左に見える緑の門を警備員に開けてもらう。

 

森に向かう方。閉じまり万全。

 

ああ、もう見えてる。

入る前、ちょっとしたトイレタイムになったが、写真を撮った背中側の森の中でする感じ。

 

他のツアー参加者が朝の売店で買ったワインが振舞われた。

Duga-3 を前にワインを飲む事になるとは。。。

みんなにシェアしてもワインボトルは余ってしまい、彼は一気飲みせざるを得なくなってたのは気の毒。

 

警備員に開けてもらって中へ。

謎の車。

役割が不明。

清掃車の類かな。

 

木材が散乱しているが、こいつを薪の代わりにしているっぽい。

 

こっちにも明らかに薪がある。

燃やした時に出る汚染された物質が気になるわ。

 

毛虫だー

結構寒いのによく生きてるなー

 

建物の外壁にあるソビエト的なプロパガンダ。

Wikipedia に説明見つけた。Ты записался добровольцем?

Google 翻訳で英訳した結果、赤軍にボランティアで参加するよう呼びかけるポスターと理解。

このポスターは第一次世界大戦期のアメリカの James Montgomery Flagg の: "I want you for U.S. army" を真似たものらしい。

そのアメリカの絵の方のおっさんは "サムおじさん" っていう架空の人物だと。

じゃあ、こっちのソビエトの人は "イワンおじさん" かね。

 

いずれにしても、デザインが超クールだ!

リアル世代ならこういうもの見ると複雑な心境になるのかもしれないけれど、自分にとってはレトロでクールなものとして映る。

例えば、中国の蚤の市に行くと毛沢東や文革時代のグッズがアンティークものとして売られている感覚に近い。

 

近づくと逆に森深くなってきた。

 

横断歩道のマークだけれど、もはや意味をなしていない。

 

えーっ 森が森過ぎる。。。

 

すぐに森は開けた。

ああ、デカい。

デカすぎて撮りにくい。

 

なんか真新しい警告の看板が経ってる。

上のプロパガンダと違って惹かれないので、翻訳してない。

 

ああ、やっと目の前に、、、

 

巨大アンテナ

 

かっこいい!

 

錆の具合とかもいい。

 

上を見上げると整然と組み立てられている事がはっきり見て取れる。

クール!

 

参加者はみな上を見上げて写真撮る。

 

他のツアー客が遠くなった所でもう一枚。

 

ああ、アンテナの感じとかかっこよすぎてムズムズします。

 

みんないなくなったのでシャッターチャンス!

ではあるけれど、昨日みたいな「取り残される事案」とか普通にあるので、怖かったりする。

 

アンテナをメインに真上撮り。

 

ぐるっと回て反対側へ。

ちょっと広い場所なので、なるべく離れて全体感を撮ってみる。

 

なお、アンテナは構造的に二つに分かれてるんだよね。

もしかして、新しい方が Duga-1 でもう一つは Duga-3 とか?可能性は低いな。

 

 

離れた位置からまっすぐ真上を撮る。

 

籠みたいなアンテナがインパクト大だ。

 

逆側から全体を俯瞰する感じで撮ってみる。

これでも、全体の半分以下しか見せていないが。

 

木と一緒に撮ってみた。

 

リフトの跡。

リフトはさすがに動いていない。

 

錆て野ざらし。

 

初めの方の写真の反対側。

 

似たような写真ばっかりだ。

 

登っていくはしご。

我々のツアーではこの構造物に登る事は許可されなかった。

YouTube 上には登っている動画があるので、下の方で公開。

 

アンテナをメインにとってみた。

 

構造体の中に入ってから上を見上げるとこんな感じ。

 

レーダーからは遠ざかる。

今度は離接する建物に入っていく。

それは後編で。

 

 

感想としては、凄く良かった。

テンション上がった。

組みあがった鉄の塊が無骨?いや、あるいは精錬されていて、その力強さ、重さや冷たさにぐっとくる。

軍事利用されていた頃の面影や今の錆び付いた事による時の流れとかもイメージが膨らむ。

 

え?ゴルフの打ちっぱなし場に見える?

そういうこと言うなー

 

自分は 9 月に行ったので、そういうことはなかったんだけど、厳冬期に行かれた方のブログには霧がかった Duga-3 がとても神秘的でかっこよかった。

自分もこういう日に訪れたいな。

 

チェルノブイリには行きたくねえ

 

Duga Radar の音

 

Duga-3 は YouTube でかなり動画が上がっている。

 

まずは稼働していた頃に実際に無線から聞こえた Duga-3 の音。

ロシアのキツツキという事だけれど、ヘリコプターのプロペラの音に聞こえる。

Sound clip of sound transmitted by DUGA-3

 

音関連でチェルノブイリも Duga-3 も、もはや関係無いのだけれど、ソビエト絡みで UVB-76 (УВБ-76) っていう短波放送が秘密めいていて怖い。

愛称は The Buzzer っていうのだけど、ただひたすらずーーーーっとブザーの音が鳴っているっていうもので、ごくまれに何らかの呼びかけが入ったりして、それはちょっとした話題になる。

 

目的についていろいろ説があるけれど、自分は海外のスパイにメッセージを送信している説を信じてる。

YouTube にも当然動画はあるんだけど、単にブザー音が聞こえるってだけじゃなく、ブザー音が鳴らなくなった瞬間とか、特別なアナウンスが流れたとか、そいういったインシデントが発生したレアケースがアップされている事が多い。

まずこれは通常時の放送を 12 時間分撮ったもの。基本的にはこんな風にずっと同じ音が聞こえる。

UVB-76 "The Buzzer" Unsolved Mystery Sound (12 Hours)

 

例えばこれは、途中でなぜか女性の叫び声が入っているという動画。

UVB-76 "A WOMANS SCREAM"
 

こっちはブザーの音が途切れたケース。結構最近。そう、ソビエト崩壊後の今日も現役なのだ。

UVB-76 - The Buzzer Breakdown - 25 July 2016
 

これは何者かにメッセージを伝える放送。ここまでくると Wikipedia にも載ってるレベル。

UVB-76 The Buzzer ☢ Voice message 23/August/2010

 

Duga-3 に登る動画

 

Duga-3 に登る動画も結構な数アップされてる。

僕がガイドに聞いた限り今日では劣化していて危険だから登っていないと言っていたけれど、動画の撮影日は割と最近のものも出てくるので、勝手に登る事は今でも出来てしまうのかもしれない。

 

チェルノブイリでいつも無茶するチャンネルの動画。

climbing and exploring Duga-3 / Дуга-3, the Russian Woodpecker / Chernobyl-2 radar site

 

この動画で Duga-3 に登るときにかかっている曲は Polyushka Polye という軍歌の類で、The Red Army Choir (赤軍合唱団) が歌ってるものだ。

Duga-3 Chernobyl 2

 

こういうのが典型的。

というか、上の動画がこっちの音源を流用したのかもな。

Red Army Choir: Polyushka Polye

 

しかし、日本でも歌手として活躍していたオリガが何気に歌ってたりする。

オリガといえば、攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX の inner universe でおなじみでしょう。

ORİGA -POLYUSHKA POLYE
 

アレンジが異なるだけでこんなヒーリングミュージックみたいになるなんてちょっと驚き。

まるでエンヤの世界。

このオリガが歌ってるバージョンは、なんか日本のドラマで使われたらしいので、自分は知らなかったけれど、結構日本でも有名な旋律なのかも。

      

 

サムネイル用

 

 

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チェルノブイリで暮らす農家を訪問 - チェルノブイリツアー

サマショールの方。

 

 

 

二日目、チェルノブイリタウンの雑貨屋に寄った後は観光再開。
まず制限区域内、原発から近い所で農業して暮らしているサマショールに会いに行く。

 

サマショールとは

前回の記事でも触れた事だけど、原発事故の後、政府の命令を無視して避難せずにそのまま土地に住み続けたり、一旦は避難したものの、やっぱ暮らしなれた土地が良いって事で違法に戻ってきた人達がいる。

その人達を英語だと Selfsettler っていう直接的な呼び方の他、Samosely になる。

サマショール (ウクライナ語: Самосели、ベラルーシ語: Самасёлы、ロシア語: Самосёлы) の方が通りが良い。

ロシア語の頑固者って意味だ。

だから、彼らに向けてサマショールという言い方をした場合、侮蔑的な意味が含まれているのかもしれない。
この人たち、基本的に農家で大体自給自足してる。

 

サマショールの数は諸説あるようだけど、エレナのサイトの記事によれば、大体そういう人達が 3500 人くらいいたらしい。
またウクライナ政府の調査では 1999 年時点で 612 人、2007 年時点で 328 人、2012 年時点の調査では 197 人まだ住んでいるとの事。
ここだけ切り取っても意味がない気がするけれど、大体年間 30 人くらい亡くなっていて、1 年間あたりの死亡人数は鈍化したって言える。
でも、サマショールが高齢化している事を考えれば、寿命によってある一定の年以降は居住者数は劇的に減りそう。

 

こんなサマショールに会いに行けるのは二日間ツアーだけ (「先生の漫画が読めるのはジャンプだけ」のモジリ)
日帰りじゃ時間的に寄れないでしょう。

やっぱりツアーは二日のやつに参加しましょう。

 

サマショールのお宅

車でどっかのチェックポイントを抜けた後、東へ向かって走ったのだけど、場所がいまいち思い出せない。

プリピャチからそう遠くなかったと思う。

どっかの T 字路を東に入って、ポールをくぐった先にこの家はあった。つ

 

舗装道路を外れてしばらく行くと、こんな感じで薪が沢山ある場所に出た。

明らかに人が住んでる気配。

アンドリュー・ワイエス (Andrew Wyeth) の水彩画にありそうな雰囲気と思った。 

 

ここがサマショールが住む家。

ツアー参加者全員わらわら入っていきます。

 

はじめにニワトリが見えた。

玉子用でしょうね。

 

はい、この人がサマショール。

庭のベンチで犬とじゃれてた。

 

ウチラが来る事を知っていたのかどうかよくわからん。

猫も来た。

 

サービス心なのか、割とフレンドリーにカメラに向かってポージングしてくれる。

 

何をするでもなく、何となく立ち上がったおばあちゃん (あ、女性です)

 

家のまわり

ざっと敷地を歩いてみた。

 

家屋。

雰囲気あるけど、ボロボロだね。

 

家の正面。

 

ロシアの東側、ハバロフスクとウラジオストクに行った時、ウラジオストク近郊の農家におじゃましたんだけど、家の造りが似てる。

こんな感じだったわ。

その家は生粋の農家じゃなくて、年銀暮らしの余生で農業やってるって聞いた。

日本に近い側とヨーロッパに近いこっち側とで同じような様式の家の住んでるっていうのは国の大きさの証明なのかね。

 

住まいの中にはさすがに入れてくれなかった。

 

庭は生活に必要なありとあらゆるものが、(はっきり言って) 散乱してる。

 

炊事もここでやってるのかな、たぶん

なんとも、ワイエスっぽい雰囲気ですよ。

 

アンテナあり。

ちなみに電気も来てる。

 

一匹だけ魚干してた。

 

作物。

ジャガイモだね。

 

この穀類を老夫婦が今でも畑耕して育ててるのかと思うと、なんか悲しくなってくる。

必死に手間暇かけて、もっといえば愛情注いで育てて、収穫して咀嚼してるわけだ。

でも、地面は汚染されているし、このジャガイモもどれくらい汚染されているのかわかったもんじゃない。

そのギャップみたいなのが僕が悲しい要因です。

自分だけか、こんなやるせない気持ちになるのは。

 

勝手に庭にあった穀物倉庫ものぞいてみた。

ジャガイモとトウモロコシが山ほど。

これで冬を越せる?

 

庭の畑。

地面の汚染とか言って、ナウシカの世界みたいですね。

 

ちょっとだけトウモロコシが残ってる。

 

なんだかんだと、庭はごちゃごちゃ。

 

大体一周したかな。

 

再びサマショール

広い敷地と言っても、あっという間に一周終了。

 

ばあちゃんの所に戻ってきたわ。

 

テーブルの上にミカンと新聞。

 

って事は、僕らが来る前、新聞読みながらミカン食べてたって事か。

新聞は一体どこからくるのか?

 

紹介が遅れた。

この人が旦那さん。

なんか。。。煮てたね。

 

もう決して若くない。

これからも畑を耕して生活するのか。

いつまでもつのかと心配になる。

 

家畜小屋。豚がいた。

食用っすね。

 

ガイドが外で「あれ?日本人はどこだ?」とか言いながら探してる。

どうやらもう立ち去るらしい。

はよ出なきゃ

 

お見送り

 

そういうわけで僕らは再び車に乗り込む。

ばあちゃんが手を振ってくれる。

 

僕が二人に手を振り返すと、今度は旦那さんが手を振ってくれた。

旦那さんは結構シャイなのか、あまり我々の相手してくれなかったから、手の振り返しがちょっとうれしい。

 

訪問していろいろ考えさせられたわ。

二人とも土地に根付いて生活しているのはよくわかった。

わかくないのに当たり前に作物育てて家畜に囲まれてさ。

終始汚染が気になってしまった。

口に入れているものがすべて汚染されていて、もちろん二人ともそれを知っててやってる。

もう若くないからこれでいいってことか?

現に生きてるわけだし。。。

収穫された農作物を見た時が一番悲しかったわ。

 

 

幹線道路との合流ポイント。

ガイドが車を降りてポールを上げに行った。

ここ、まじでどこだけなぁ

 

座標をはっきり思い出したい。

後日別の写真で標識を拡大して解析しよう。

 

サムネイル用

 

 

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チェルノブイリ土産一覧 - チェルノブイリツアー

 

チェルノブイリで売ってるお土産用マグネット

 

 

近況。

ここ一週間くらいの話だけど、YouTube でたまたま Band Maid っていうガールズバンドを知って、それが気になってる。

Domination って曲が一押し。(Domination っていうと、パンテラですよね、海外のリアクション動画でもパンテラって突っ込まれてたわ)

もう何年も活動していていろいろフェスに出ているんですね。。。

ロックインジャパン 2018 に出演するらしいし、メディアでも紹介されていたようなのでこのタイミングで知るのって今更なのかもしれない。

 

もっと売れてもいいんじゃないかな。

一回ライブ観てみたいですね。

アイドルのコンサートにありがちな「積む」とかは嫌なんで、普通にチケット当選しないもんかね。。。

 

Baby Metal も何年か前ハマってライブも一回観にいった事あるけれど、セカンドアルバムがあまりハマらなかったので、興味が薄れたわ。

 

 

さて、

チェルノブイリでお土産として買ったグッズのをリスト化してみた。

といっても、場所が場所だけに、種類はそんなにない。

 

チェルノブイリ土産

 

まず、これね。

 

二つ前の記事: デスブリッジと宿泊施設 - チェルノブイリツアー で出てくる、宿泊施設内の自販機で売っている缶入りの T シャツ。

自販機で買おうとして、中で引っかかったやつです。

 

裏側はこんな感じ。

 

販売価格の 5 %が Selfsettler への寄付になってる。

Selfsettler っていうのは、サマショールの事っぽい。

 

サマショールっていうのは、アレです。

事故後、別の土地へ避難したものの、制限区域内の住み慣れた自分の家に帰ってきて生活している人達。

主に農家の人で高齢。

サマショール (Самосели / Самосёлы) って頑固者っていう意味。

実は、二日目の観光で初めにそのサマショールの家を訪れる。

これについては、多分次回の記事になると思う。

 

 

これは、ガイドが売るために持ち歩いている ハードロックカフェ:チェルノブイリ店 の T シャツ。

キエフのお土産の露店とかでも売ってる。

チェルノブイリにハードロックカフェなんてあるわけがなく、これはブラックジョークだ。

 

裏側。

ウラン、プルトニウム、ストロンチウムにセシウム等、放射性物質がこのお店のメニューらしい。

凄い店だな、こんな有害なものが売られているってのは!

バックトゥザフューチャー 1 でドクが 「1985 年ならスーパーマーケットでプルトニウムが売っているのかもしれないが 1955 年では無理だ」 みたいな事を言っていたけれど、それ思い出したわ!

手軽に放射性物質が入手出来る未来っていう点で!

 

でも、こんな簡単に放射性物質が入手出来るとしたら、実際は結構需要がありそう。

精製する技術があるテロリストとかさ。

 

そういえば、大分脱線するけれど、天然石を扱うお店では、(リアル店舗もネット店舗も) ウラン鉱石を売ってたりするけれどあれって大丈夫なのって気になる。

劣化ウランはそんな気にするほどでもないとかですかね?

 

あと、オープン日は 1986 年 4 月 26 日  1 時 24 分っていう事故のあった日時が書かれている芸の細かさもいいね。

 

これがガイドが T シャツを引き渡すときに入れてくれたプラスチックの袋。

何気に参加したツアー会社オリジナルの袋って事で一応、今でも持ってる。

 

これは前回の記事にあるチェルノブイリ タウンにあるショップで買える T シャツ。

他の人のブログでも見たことある。

 

結局、T シャツに関しては、このお店で買えるこの T シャツのシリーズが一番ホンモノ感がある (個人的に)

安いしね。

 

ハードロックカフェの奴は上で書いた通りキエフでも買えるからさ。

缶入りのやつはどうなんだろ?

宿泊施設以外でも扱ってる?

 

すっごいシンプルで裏は無地。

色はバリエーションがあるけれど、やはりというか、無難な色程よく売れてるみたいで在庫が少なかった。

白色はやっぱり人気っぽかった。

 

これ、同じショップで売ってるマグネットなんだけど、100 円もしない安さ。

T シャツと同じく、事故のあった日にちと チェルノブイリの文字入り。

 

これってお土産としては一番良いね。

安いから会社とかに配りやすいし。

 

自分も 8 枚くらい買った気がする。

1 枚以外みんない土産として配っちゃったから手元には 1 枚しか残ってない。

とりあえず、冷蔵庫に貼ってるよ。今でも。

 

 

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チェルノブイリのナイトライフ - チェルノブイリツアー

またしても人懐っこく駆け寄ってくる犬達。

 

今回の記事は一回完成しかけたのに、間違えてページを閉じてしまって全部消えちゃった。。。
なので書くの二回目なのよー
もー

 

犬の群れ

 

今回の記事は内容は薄いけれど結構、信じられないくらいショッキングだった。

二日目。

僕らは朝から雑貨屋に立ち寄った。

 

バンを降りると、あっという間に犬が駆け寄ってくる。

 

ほんと、人懐っこいよね。
同室だったカナダ人なんてべたべた触りまくってじゃれてたね。

 

僕は可哀想だけど、この体内や毛の線量が気になって仕方なかった。
だからあまり近寄りたくないのだ。
べたべた触って服とかに付着するのは恐怖だ。

 

雑貨屋

 

駐車場の向かい。
これが雑貨屋が入った建物だ。
結構年期入ってる。

 

магазин マガズィーン
お店って意味ですね。

 

これがお店の中だ!
田舎の雑貨屋みたいだけど、日用品やちょっとした家電、食べ物、そしてお酒とかなんでもござれ。

 

観光客向けにオリジナルのチェルノブイリ T シャツが売られている。
ここで売られているのが一番地味だけど、一番本物っぽいと思う。
T シャツは次回公開。
他にもおすすめのお土産とかあるぞ!

 

ソーセージ等の肉製品、魚の日干しらしきもの。リンゴ等果物、生卵。
ビスケットにアイスクリーム、ジュースにお酒!
場所が場所だけに、これでもかなり充実してると思った。
毎日毎日遠くから運んでくるのか。。。

 

そこでね、見ちゃったんです、ぼく。。。

 

チェルノブイリのロマンス
これ。
コンドーム презерватив が売られているんだよね。。。

 

----前提として、、、チェルノブイリで働く従業員は単身赴任でやってきて、ある一定のスパンで働き、同じスパンで休みを取る。
スラブチッチ からの労働者なら、二週間連続勤務の後、二週間休みっていう感じ。

 

キエフからとかだともっと長いスパンだったかな?
家族を離れてこの町に単身やってくるわけ。
だからさ、"もたない" と思うんだよね。
禁欲的な生活を長期間続けるのって、修行僧じゃないんだから。

 

ここでさ、さっきの写真をもう一回。
このお店が入った建物の二階部分、自分は勝手に外の階段上ってちょっと見に行ったんだけど、いわゆるバーになってたね。
真上にあるビールの絵が窓に描かれたお店。
しかも朝っぱらから開いてた。お客はいなかったけれど。
まぁ娯楽は少ないだろうから、「酒を飲む」っていうのはこの町のポピュラーな娯楽だろうね。

 

そしてとなりには窓に蝶が書かれたお店も見えるんだよね。
この奥のお店は中を見てないんだよね。残念ながら。
ガイドから後になって「みんな単身赴任でやってきて作業に従事するんだ。家族と離れ離れさ」っていうので、「でも立ち寄ったお店ではコンドーム売ってたよね?なんらかの "ロマンス" があるのでは?」って聞いたら、ちょっとしどろもどろになってちゃんとした回答は得られなかった。

 

お店ではコンドームがあって、上に怪しげな飲み屋二軒。
従業員は単身赴任が長期間続く。

 

ここから導き出す推察は、多分こういうことだ。
この町には "特別なサービス業" があって、従事するプロが来ている。
事故のあった原発から 30 キロ圏内でにわかに信じられないけれど、他に考えられるシナリオが思い浮かばない。
例えば、スラブチッチからやってくるのかもしれない。

 

ガイドにちゃんと突っ込んで聞けばよかったな。
チェルノブイリタウンにはいわゆるプロが来ているのかって。

 

他は、、、従業員同士か。

なくはなさそう、、、だが見た感じ、食堂等を除いてかなりの男社会だから、男女比が極端だし成立しにくい気も。

 

 

なお、僕らツアー客に関しては、一切そういったサービスをこの町で受けられる気配はないです。
従業員のみ御用達でしょう。

 

サムネイル用

 

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デスブリッジと宿泊施設 - チェルノブイリツアー

デスブリッジ (Мост смерти  Припять / Bridge of Death ) にてキツネに給餌。

名付けて「デスブリッジの死闘!」(特に意味はない。)

 

はい、2018 年の GW は北朝鮮行ってきた!

変な国と思っていたけれど、意外と普通な国でした。

戦前の軍国主義な日本にタイムスリップしつつ、共産圏の大きい道路や建物もあり、未来風の建物もありって感じ。

 

人は純朴でシャイでフレンドリー、田舎の法事とかで会う遠い親戚みたいな雰囲気。

ヘアスタイルは昭和を思わせるノスタルジーなのもあれば、若い子は清楚な感じでギャル系な恰好の子はいない。

みんなまっすぐな黒髪。女流棋士みたいな。(確かヘアスタイルは何パターンからか強制されてるんだっけか。)

それでも限られた中でなかなかのオシャレさんもいた気がした。

 

でもみんな独裁者には妄信してる。

現地の英語ガイドはカリアゲの事を "Our supureme leader Kim ~~" みたいな呼び方してた。

 

街中で見かけるスローガンは共産国家そのもの。

モニュメントやスタチューの類、日本は露骨に敵だったな。

 

建物は昔の中国風平屋があれば、ロシアの地方都市にあるようなノスタルジーを感じさせるの旧ソ連風のアパートがあったりしてた。

平壌なら、それに加えてみなとみらいやお台場みたいな高層マンションもあったり、といろいろなモザイクになってますけど、結局今の中国の都会っぽい町並みと言えなくもない。

地下鉄は共産圏にしては割と綺麗でゴージャス。

 

食べ物は韓国側と大体同じなので基本的には大体おいしい。冷麺やプルコギ、石焼ビビンバ等。

南浦では 噂の「ハマグリのガソリン焼き」を食べる事が出来て満足。

あと、滞在中に「南北の話し合いの結果、明日から 30 分時間が早まります」と前日に言われ、かなりびっくりした。

 

じゃ、本編

 

デスブリッジ

プリピャチの街の入り口には、Death Bridge か Bridge of Death と呼ばれてる橋がある。

橋と言っても川を跨ぐ橋じゃなくて、線路を跨ぐやつ。

 

チェルノブイリツアー一日目の最後はプリピャチから一旦外に出るので、この橋を通る。

この橋からほど近い所に、今は廃墟になってしまったヤノフ鉄道駅 Yaniv railway station (Янів) がある。

僕らのツアーはこの駅に行かなかったのは残念だ。

 

さて、なんでこの橋がそんな「死の橋」みたいな中二病な名前で呼ばれているか、だけど、事故のあった日、この橋から虹色に輝きながら燃える四号炉が良く見えたそうだ。

その露出した原子炉を見ていた住民が 600 レントゲンという致死線量の放射線を浴びたから (600 レントゲンを計算してみると大体 5.2 シーベルトなので、致死率 60% くらい) と言われている。

 

なお、現在の橋からの眺望は、木が生い茂っているためよろしくない。

それはまるで港があまり見えない「港の見える丘公園」のような。

 

キツネとエンカウント

ここでウチラは野生のキツネに出くわした。

 

かわいい。

 

随分と人に慣れているようで、一定の距離を保ちつつも逃げ出したりしない。

 

ガイドが持っていたビスケットを差し出すと、すごい速さでやってきた。

 

ビスケットを口にくわえたら、一目散に退散。

 

あ、橋の下に降りていくみたい。

ヒットアンドアウェイ方式。

やるな!

 

と、思ったら、ガイドがさらにビスケットを差し出すとすぐに喜び勇んでやってくる。

 


ガイドがわざと高い位置にビスケットを差し出しているので、キツネは一生懸命体を伸ばし切って咥える。

二本足で立って、限界まで伸ばし切ったしなやかな体がなんとも "萌え" です。

 

この後、一度橋の下に隠れてしまったと思ったら、今度は道路の反対側から出てきた。

橋の下を反対側までくぐってきたみたい。

この橋の写真をネットでみたら、橋の下はすぐに崖になってるから結構危ないんだが。。。

 

今度は他のツアー客からビスケットを貰う。

うーんこのキツネ、改めて人に慣れてるね。

たぶんこの橋の近所に住んでて、時折通る車の乗客からおこぼれを貰ってるとみた。

飼いならされてる。

 

ヤノフ鉄道駅

僕らはヤノフ駅を見学出来なかったわけだけれど、現在の駅周辺はさながら列車墓場のような様相で、興味深い場所だ。

現在のヤノフ駅の様子はこの動画が分かりやすい。

 

Путешествие по Припяти #1. Янов / Trip in Pripyat #1. Yanov

 

毎度おなじみになってきたチャンネルの動画だけど、アンビエントな音楽に朽ち果てた雰囲気が良く出てると思うんだ。

 

Wikipedia によればここの駅から街に向かって路線バスが何系統も出ていたらしいので、当時はこの周辺の交通の要になっていたんだと思う。

今は賑わっていた頃が嘘みたいに静まり返ってる。

 

あ、

そういえばヤノフ駅でググってみたら、日本共〇党〇〇支部のチェルノブイリ訪問レポートみたいなのを pdf で見つけたんだけど、

これこれ

視察団が鉄道でチェルノブイリやってきて、ヤノフ駅で降りたとか、大間違いしてるから。

いや、ヤノフ駅廃墟ですから。

あんたらはきっと スラブチッチ駅で降りたんだよ。

 

宿泊するホテルについて

ホテルへ

車内なのに若干放射線量高めだな。

 

途中にある検問所で被曝量に問題がないかチェック。

 

緑なら問題ない。

誰も赤になってならない。

方々のブログでこの測定器見るんだけれど、だれも引っかかった様子はない。

多分、これはまともに計ってない。

致死量くらいでないと反応しないとか?

だとしたら、測定も何も症状として表れてそうだけど。

 

暗がりを進む。

この辺はきっと朝見学した幼稚園のあたり。

 

チェルノブイリタウンに帰ってきた。

ここは昼食を取ったカフェテリア兼ホテル。

 

 

ホテル内の写真は一枚もない。

撮影するの忘れてたわ。

 

大体の中の様子を説明すると、

カフェテリアと宿泊施設は分かれていて、宿泊施設のエリアは宿泊客じゃないと入れない。

昼間昼食を取ったレストランと、夕飯を食べたカフェテリア兼バーとは同じ敷地内なのに場所が異なっている。

夕飯を食べたカフェテリアは従業員達がわいわいやってる。

正直ちょっと狭い。昼食のレストランをもう一回使わせてくれれればいいのに。。。

 

二階もあってがやがやと人の出入りがあるけれど、滞在しているのはツアー客じゃなくたぶん原発関連の従業員達。

一階部分の天井は山小屋みたいに天井低いし、足音がどしどしと響くので簡易的な建物だって実感できてしまうけど、部屋の中は結構普通にホテルの部屋になってる。

 

部屋は二人部屋でシェア。

一人だと追加料金かかるから。

 

僕は確かフイルムカメラを使ってるカナダ人女性と相部屋になった。

気の毒だけど仕方ない。

 

シャワーに関しては共同シャワールームが別にあって、上から以外に横からもお湯が出てくるゴージャスなカプセル型のシャワーがある。

 

あと、カフェテリア兼バーを出ると、自販機がある。

自販機は缶に入った T シャツが売られている。

確か日本円で 2000 円くらいでチェルノブイリオリジナル T シャツが買える。

T シャツに関しては翌日別の売店で買う事が出来たし、ガイドからも購入可能だ。

でも、それぞれ場所ごとに違うデザインなので、買っておいて損はない。

 

自分もここの自販機で T シャツを一枚買ってみた。

ゲーセンのプライズ機みたいに缶が落ちてくるんだけど、なんと落下の途中で引っかかった。

ホテルの関係者に聞いたら、業者が設置しているだけなので自分達は鍵を持っていないといわれ、大ショック。

どうしようと途方に暮れていると原発従業員が自販機を強引に揺さぶって (ゲーセンでやると怒られるやつだ) なんと引っかかった缶は落ちてきた。

 

よかったです!(小並感)

 

 

 

サムネイル対策用

 

 

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プリピャチ港の謎 - チェルノブイリツアー

プリピャチ港 波止場からの眺め Припятский грузовой порт

 

 

 

201804/27 0:09 追記 明日、GW の旅行に出かけます。

本当はブログを更新したかったんだけれど、間に合わなかった。

朝早いから寝る時間を確保しなきゃ。

行き先は北朝鮮。

行きにくい国に行くのが自分の中での流行りなのと、行けなくならない内に行きたいと思ってた国だ。

情勢がなんだか急によくなってしまった。

スケジュールは組んである。といっても、中国にある老舗の会社のツアーだ。

欧米人向けだから全編英語。

気になる人は見てみてください。(あー明日北京でやるブリーフィングに間に合うかなぁ)

 

GW 北朝鮮へ行ってみる

 

去年も行こうとしてて、仕事が忙しくて行けなかった。

情勢が悪かった去年であっても、仕事が忙しくなければ行ったと思う。

 

 

あと、本ブログについて、最近コメント欄がスパムで埋まるようになってしまったので、承認機能を設けました。

かたじけない。

 

プリピャチ港周辺

 

カフェプリピャチの後はお店を出てすぐのプリピャチポートを見に行った。

 

波止場の前にあるベンチ。

 

ガイドがこの辺の地面をγ線のガイガーカウンターでかざす。

0.5 マイクロシーベルトって事は、東京 - ニューヨーク間フライト 5 往復分くらい?

 

はじめなんだかわからなかったもの

なんかの計測器?とか思った。

 

ぶっぶーはずれ!

ガイドから教えてもらった。

ベンディングマシーンだって。

自販機ね。

 

ここでジュース買ってベンチに座って飲む、これ。

湖眺めてくつろぐのはなかなか落ち着くひと時だったかもしれない。

 

当時の生活に思いをはせると、もはやイタリアのポンペイのように錯覚するわ。

 

なんか、切り株だけど人の形みたい。

場所も相まって、ちょっと怖い。

 

プリピャチ港

 

階段降りたらもう波止場。


自分のブログではプリピャチ港って呼称している。

港にある波止場だからどっちでも良いんだけど、ポートというと広い範囲を指しているのに対して、僕らはせいぜい波止場しか見ていないので、どちらかと言えばポートというよりジェティーだな。
ただ、一般的に知れ渡っている名称という意味ではプリピャチポートになる。

 

静かな感じの黄昏時が不気味に綺麗。

なんとなく、千と千尋の神隠しで列車に乗ってる時のシーンに思いだした。

あの映画いまいちしっくりこないけれど、このシーンで流れる久石譲の "六番目の駅" は良いね。

 

ここの波止場は鉄柵で囲まれてる。

鉄柵とはいえ、絶対に寄りかかってはいけない。

柔くなってるから、当たり前だけど。

 

プリピャチ港の謎

以降は波止場の写真を交えつつ、謎だと思ってる事を書いてみる。

。。。というか懺悔の場でもある。

 

前々回の記事:ピアノショップで生活水準の高さを思う - チェルノブイリツアー 
では、

 

> プリピャチのポートを地図で見る限り、ポートから広がる水路は外洋に繋がっているように見えない
> したがって、ポートは運搬等の業務用に使っていたんじゃなく、遊覧船で乗り回す雅な娯楽だったんだと思ってる。


って書いた。

でも、以下の動画なんかで在りし日の波止場の様子を見ると、遊覧船にしては大げさだと気づいた。

 

Город Припять 2017 - кафе "Припять"

 

この建物も動画の中の 0:44 辺りに出てくるね。

動画では、建物の手前にクルーザーみたいな船が停泊しているところから、これは移動式チェックインカウンターみたいなものじゃないかな。

 

憶測が多いブログになってきたな。

 

移動式にしたって事は他にも波止場はあったんじゃないかな。

 

で、このプリピャチ港についての "憶測" の続きだけど、前回の記事にもリンク貼ったこれとか、
また、Google 検索する際、"Pripyat Port" で検索すると "Pripyat Cargo Port" が多くヒットする。
カーゴってことは運搬だよね。

 

上の写真をよくみると、ずっと遠い一番奥に、チェルノブイリポートと同じようにクレーンが残っているのがわかる。


ここで、Google Map で現在の地形を見ると、どう考えてもこの湖から外洋に出る事が出来ないので、この矛盾は「あれ?」ってなってる。
不思議だよね。

でも、湖の地形を見てみると、51.416083, 30.090439 この辺りのプリピャチ川が妙に湖側にせり出していて、陸地が細くなってる。


もしかしたら、本当に憶測だけれど、事故の後、地形が変わったのかも。

意図的に埋め立てた可能性はある。
また、そもそも波止場の対岸に 51.413545, 30.066330 こんな風に四角形の白い陸地が広がっていて、なんかこの辺もすべて埋め立てた土地に思えてきた。


プリピャチ港は実用的で人やモノを運ぶ、いわば運搬の役割もあったんだと、今は思ってる。

そう、まるで、オデッサ港みたいな。


簡単に自分が推測したことを覆してごめんなさい。

でも、あり得る話だ。
汚染された水がキエフの方、オデッサやはたまた黒海まで流れ混むのだとしたら、今よりも深刻だったのかもしれない。
Google Map の航空写真で見える白っぽいのは石灰じゃないか?埋め立てた地面が固まるようにさ。


真相しりたい。

ネットに転がってるドキュメントをもっと読めばわかりそうなもんだが。

で、今回はここまで。

 

昔は賑わっていた場所もこの静けさよ。写真からも静けさ伝わってくるでしょ、怖いくらいに。

それに 9 月だというのに寒い。鼻水止まらない。

この地方は夏の終わりなのにこんな寒いのか。

 

サムネイル用

 

 

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カフェ・プリピャチでソ連の神を観る - チェルノブイリツアー

プリピャチポート傍にある カフェ プリピャチ Кафе Припять / Cafe Pripyat

 

近況報告、仕事が結構忙しいな。

あと、喘息気味なんだけど、これがなかなか治らなくて、GW の旅行が心配。

なんであんな国に行くんだろうな、ヘンテコな国行かないでタイとかでダラダラしたいわ。

 

本編。

 

 

郵便局訪問の後、シティセントラルに戻ってきた。

 

もうね、夕焼けも終わりそうであとちょっとで日没っていう時間。

日没はこのツアーでは好ましくないので、(電気来てないからさ) 日が暮れる前までにはこの町から出たいみたい。

で、滞在するチェルノブイリタウンのホテルまで行くのだ。

 

カフェ プリピャチ

一日目最後の訪問地となるのはプリピャチの港 (Pripyat port) だった。

セントラルから北東の運河沿いにある。

港の前で車を降りて、港の見学の前に一軒立ち寄る。

ここは、その港?というか波止場の傍にあるカフェテリア Cafe Pripyat / Кафе Припять だ。

上の看板に Припять (プリピャチ) って書いてある。

 

中に入る。

 

これ、なんだかわかる?

この記事書く時気付いたんだけど、これはドアだな。

木とガラスで装飾されたドアだ。

写真の下にドアの取っ手が残ってるでしょ

 

朽ち果てているけれどここには一応、一日目の締めに相応しく見応えのあるものが残ってる。

 

はい、こんな風に大きなステンドグラスが窓に残ってるのだ。

 

綺麗だな!

ソビエトなのに、宗教画みたいなのはなぜなんだ!

 

でも、こんなシンボリックな天使みたいなステンドグラスが綺麗に残っているのは、実はメンテナンス入れてるんじゃないかと疑う。

 

一応、これが、この瞬間が、このステンドグラスが二日間ツアー一日目のトリなので、それなりに重みをもって鑑賞するべきだが。

 

これがソビエトのプロパガンダがさり気なく入っている部分。

あの星のマークの事らしい。

ソビエトの神とは矛盾だらけだが、無意識に神らしきものにすがっていたのかなぁと勝手に思う。

いや、意図的に信仰心を利用しようとしていたのかも。

郵便局のガガーリンといい、ここのステンドグラスといい、

 

それにしても、自分の記事が「神」「神」と続いて、ちょっと煩いな。

神々の特売大セールみたいになってたわ。

 # あーちなみに私は無宗教です。

 

 

なお、一応、以下のリンクに事故前のこの辺りの写真がある。

 

Cafe Pripyat

 

当時の様子が窺い知れてこれはこれで良いね。

今は森に埋もれているけれど、昔はとても整備された場所だったんだな。

ステンドグラスは正面の窓一杯に貼ってあったのか、それとももともと一部だったのか気になる。

上のリンクで当時の写真を見ても、ステンドグラスの貼られ方はよくわからんのよね。

 

 

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ピアノショップで生活水準の高さを思う - チェルノブイリツアー

ピアノショップには当時のピアノが沢山残ってる。

 

 

近況としては、あまり調子が良くないんだよなぁ

知ってる人にしかわからない、どうでもいい近況報告としては、

ソニックマニアに行きたい。

NIN とマイブラが出るから。

でもソニックマニアは深夜だから、それがどうしても嫌なんだよな。

 

それと、ポケモンGo の EX レイドで、個体値 100% のミュウツーをゲットして結構驚いた。

カイオーガ 100% (ブースト付き) に続いて伝説の 100% は二匹目だ。

以前、神保町でルギア 100% を逃したのは悲しい思い出。

 

GW の旅行内容は相変わらず秘密だ。

 

で、本編

 

ピアノショップ

郵便局の後はピアノショップ (Пиано магазин) に立ち寄った。

 

記憶はあいまいだけど、ここは徒歩だったか、車移動だったか。。。

 

どこもかしこもソビエト的な団地が続く。

 

おそらくガイドを先頭に一軒の建物に入る我々。

 

ピアノショップというのは、中でピアノを見て知った。

以降の写真は怒涛のピアノラッシュ。

 

こうしてみるとなかなか立派な店構え

 

事故前のプリピャチの街は近代的な建物が立ち並んで最新の設備を整えてたし、住民は原発の恩恵を受けていてかなり優雅な生活を送っていたみたい。

 


これまで見てきたように公共施設も充実していた。プールしかり、文化センターしかり。
街は綺麗に整備されいて、またバラの花が咲いていたってエレナの本に書いてあった。

 

動画として観る事ができる (YouTube にアップされていたけれどなぜか削除された) 生活風景の中には、プリピャチのポートから船に乗っている風景もある。

 


プリピャチのポートを地図で見る限り、ポートから広がる水路は外洋に繋がっているように見えないので、単なる冷却用の貯水池だったのかも。


したがって、ポートは運搬等の業務用に使っていたんじゃなく、遊覧船で乗り回す雅な娯楽だったんだと思ってる。
チェルノブイリタウンのポートの方は外洋に通じてるように見えるので、こっちは実用的だね。
プリピャチ川からドニエプル川を経て黒海に出る事も可能と思われる。

 

なお、ポートにも訪れたので、この事は次回か次々回で触れると思う。
ここで言いたいのは住民は生活レベルが高かったって事。

 

だからこんなピアノショップがあって、住民にとってピアノは普通に手が届くものだったって窺い知れる。
そうでなければピアノを売る専門店なんかが成り立つわけないんだし。(ソビエト的には売上とか無関係なんだっけ?)

 

現在のピアノショップはこんな風にピアノが沢山残される。

こんな風にシャレオツな店内の感じも残っているように思える。

 


また、鳩が住処にしてしまったようで、鳩の死骸や落とし物があるようなちょっと不衛生な場所になってた。

 

 

エレナエレナってうるさくてごめんなさい。

エレナの説明によれば、キエフでは事故の後、放射能汚染された中古テレビが出回ったとある。

火事場泥棒みたいなのは、こんな放射能汚染地帯でもあったんだね。

でも、こうしてピアノは残っているのをみると、火事場泥棒で持ち出すには大きすぎるしかさばるって事かね。

テレビはいける、ピアノはダメって事は、火事場泥棒はセダンで来てたんじゃないかなと私は勝手に憶測しております。

いや、違うかな。ピアノは二人がかりでも持ち運びは厳しい一方でブラウン管テレビなら持ち運びしやすい。

だからトラックで来ていても不思議じゃないな。

 

サムネ対策用

 

 

 

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郵便局でガガーリンは神になる - チェルノブイリツアー

ユーリイ・ガガーリン (Юрий Алексеевич Гагарин / Yuri Alekseyevich Gagarin)

 

まず近況報告ですが、2 月半ば、突然モルディブへ行ってきました。

高級リゾートでもダイブサファリでもない。

ローカルアイランドでは一番有名なマアフシ島でダイビング三昧、、、のはずだったんだけど。

 

2/11 の午後のダイビング (つまりダイビング二日目) 後に、なんかいつもより寒さを感じ、それは深夜には悪寒に変わってました。

体調が極端に悪化したようで、それで深夜二時に目が覚めてしまったというね。

翌日はもう関節が痛くて、熱出てるのを自覚しました。

 

まず薬局に行ったのですが、自分の表情等をみて「病院へ行った方がいい」とう話になり、目の前にある病院へ行きました。

病院で熱計ると 38.2 まで上がってて、咳もとまらず点滴打ちながらそのまま一日入院という。

処方箋飲んでその日の夜までには歩けるくらいには回復。

医師の診断は Upper respiratory tract infection だと。上気道感染症?

無知な私はググって見たところ、ようするに "風邪" ということでいいらしい。

現地の人たちは "モルディビアン・コールド" とか言ってた。モルディブで風邪引いたときの典型的な症状らしい。

これはマラリアでもコレラでもデング熱でもないって。

 

でもその後 2 日間はゲストハウスで安静にしてた。

もし、ラスドゥへも行くプランだったら結構無茶な移動になってたわ。

あと、場所が一応病院などの設備があるマアフシ島で良かったと思う。

もっとローカルな島だったら、マレに帰らなければならないような事態に陥ったかもしれないし。

 

3 日後、いい加減飽きてきて午後からダイビングに復帰。

医者的にはもう一日待って自己責任でダイビングして。また、ダイビングしたら熱がぶり返すかもとか言ってたけど、そこは決行したね。

もう一日まって翌日の朝からダイビング参加するのと、その日の午後から参加する事の差異に根拠はないと思えたから。

 

そんなこんなでせっかくのマアフシ島だったのに 10 ダイブしか出来なかった。

あと、抗生剤が無くなるまで飲んでたせいで、服用期間中はお腹壊れたままだったね。

ペニシリンが自分、ダメなの知ってたけれど、他の種類の抗生物質もやっぱりお腹壊しやすいみたい。

旅先ではちょくちょく体調崩すけれど、ここまで酷く崩したのはモロッコのメルズーガ以来じゃないかと思う。

 

あと、モルディブは大統領がらみの非常事態宣言中だったけど、大した影響無かった。

マレの街を観光した際、東のはずれの人口海岸辺りにある Hiyfaseyha Maidhaan でデモ?やってた。
めっちゃテレビ局のカメラも来てた。
ただし、そんなに殺伐としてなかった。

ただ、非常事態宣言がらみではそんだけ。

 

普段モルディブは中国人で大混雑と聞いていたし、ちょっと旧正月と被っていたのでそれも心配していたけれど、この非常事態宣言のせいか、中国人混雑はそれほど見受けられなかった。

次の旅行はいわずもがな GW だけど、行先は直前までひみつだ。

 

 

じゃ、本編。

 

郵便局のガガーリン

プリピャチの街には郵便局も当然あったわけだけど、その郵便局は現在のチェルノブイリツアーでも割と立ち寄るスポットの一つだ。

 

ここが郵便局の跡地。

 

郵便局には人類で初めて宇宙に行ったユーリ・ガガーリンの壁画が綺麗に残っている。
これはソビエトが人類で初めて宇宙へ行った事で優越感を得るようになっているらしい。

 

女の人とガガーリンの間に書かかれている "почта СССР" とは「ソビエト連邦郵便」 だ。

その他、色使いが全体的に綺麗。

またまるで宗教画みたいなのも印象的だ。

 

ここの壁画もピンクフロイドの Marooned の PV に出てくる。

 

         

 

Pink Floyd - Marooned (Official Music Video)

 

2:55 くらいから。

 

 

本当かどうか諸説あるけれど、ガガーリンは帰還後に神はいなかったと言っていたとされている。
それでこの壁画を見ると思うのは、「神はいない」と言ったガガーリンが神みたいに描かれているって事。

 

ちゃんとガイドに聞かなかったんだけれど、この後行くプリピャチポート近くとプリピャチカフェの窓ガラスは、ステンドグラスになっているのだけれど、そのステンドグラスはさりげなくソビエトのマークが入っていて、今で言うところのサブリミナル効果のような狙いがあったらしい。

 

だから、とういうか、共産主義的に "神" はいないのだけれど、何かにすがりたい人達にとってすがる対象になっていたのかもね。
Wikipedia でみるにガガーリンは地球に帰還した後、称賛される一方で本人は酒浸りになったとか。
また、不慮の事故というか、よくわからない死に方をしていて、陰謀説とかも根強くあったり。

 

それと、そもそもの話として、ガガーリンが生きて帰ってくるとは思っていなかった節がソビエト当局にはあって、結構命を軽んじている感じ。

ソビエトの人権なんてそんなもんかな。

 

そういえばガガーリンが宇宙に行った同じ年の 1961 年、ソビエトには女性宇宙飛行士の事故隠蔽疑惑ってのがある。

現在公にはテレシコワが 1963 年に行ったのが初めとされているけれど、1961 年、無人の探査機が大気圏に再突入する際にイタリアのアマチュア無線家が録音したというのが YouTube 等で聞く事が出来る。

Lost Cosmonaut 翻訳されたサイトも探せば見つかる。

大気圏突入時に燃える宇宙船の中で必死に地上に呼びかけているっていう恐ろしい内容だが、真偽は不明だ。

本当だったとしたら、怖い話だし、実際にあり得る話だからリアルだなぁって個人的には思う。

 

後ろの個室みたいなのは電話が設置されていたらしいって、トルクメニスタンで写真を見せた時に教えてもらった。
電話ボックスみたいなもんか。

 

床がガラスだらけなのはここも同じ。

 

郵便局の入り口付近。

こんな感じでドア一つ隔てて "ガガーリンの間" に繋がっている。

 

外出た。

二階、三階もあるようだけれど、僕らが訪れたのは一階のみ。

二階と三階を想像すると、どころどころガラクタが散乱してる廃墟でしょ。

行かなくても想像出来てしまう。

 

ソビエト シンボル

 

これは郵便局の建物の横の壁にあるモニュメント

 

こういうの観る度、ソビエトってホントに無信教なのかと疑問が湧いてくる。

 

郵便局の内容が短かったので、郵便局訪問前後に街で見かけたソビエトシンボルをちょっと紹介。

 

これはどこだっけな。

もしかしたら、噂の病院 hospital 126 かも。

 

高層マンションの屋上にはあちらこちらにこんな感じでソビエトのマーク (鎌と槌) が残っているんだよね。

 

登頂したのと同じタイプの高層マンションの頂上を見てほしい。

 

ここにもソビエトのマークが。

あちらこちらにソビエトのマークが保存状態良く残っていて大変満足。

こういうのも後数十年もしたら劣化して倒壊しちゃうのかもなぁ

 

 

サムネイル対策用

 

 

 

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