夏の終りのオデッサ:アルカーディア

アルカーディア (Arcadia / Аркадія) より。

 

前回の続き。
オデッサのデリバソフスカヤ通りからパサージュを抜けて Soborna 広場に来た後。
これからビーチリゾートのアルカーディア (Arcadia / Аркадія) へ行く。

 

ヨーロッパのビーチリゾートについて

ヨーロッパの夏のビーチリゾートと言えば、イギリスのブライトンスペインのサン・セバスティアンマラガ (エル・パロ)マルベーリャ等に行った事がある。トルコのフェティエもだな。
冬だと、フランスのニースバルセロナ等か。

 

今年 7 月に行ったウラジオストクでもそれなりにビーチで海水浴を楽しんでいる人達はいたな。
いずれにしても、ヨーロッパのビーチリゾートって確かエル・パロ・ビーチの時に書いたんだけど、特に海水浴やダイビングはあまりわざわざ行くって感じじゃないな。
ヨーロッパ人が自分の近場の海水浴場で束の間の夏を楽しむための場所っていう気がする。
日本人なら、なにか別の事のついでとかならまだしも、海水浴のために日本からヨーロッパへ行くとかはあんまり気乗りしない。
あの辺なら紅海へ行った方が良い。

もっとも日本からなら東南アジアやオセアニアで十分だし。

 

ヨーロッパは、まず大西洋だと水が冷たい。
サン・セバスティアンなんて、景色は素晴らしいけれど、雨が多いから真夏に雨が降ると寒いし水も冷たいしで、あまり良い事ない。


地中海は水は綺麗だけど、なんか魚が少ないな。
魚がいてもあまりトロピカルじゃないから、ダイビングとか向いてない。


ビーチもアジアン・リゾートとかに比べれば見劣りする。
ニースのビーチが岩とかさ。

 

ただ、海を眺める街の散策なんかは割りと好きだ。

街の優雅な雰囲気と海のコントラストが綺麗で、観光客が賑わってる雰囲気なんかも楽しめたりするから。

 

そんなヨーロッパのビーチリゾートについて雑感を書いた所で、オデッサのビーチリゾート:アルカーディアについて書いていく。

アルカーディアはさっき書いたとおり、オデッサ近郊のビーチリゾートなんだけれど、いくつかあるオデッサのビーチの中では一番有名な所だ。
これも Lonely Planet 情報だけど、他にも、Otrada Beach Lanzheron Beach 等のビーチがあるみたい。

 

アルカーディアへのアクセス

Soborna 広場の前からバスに乗る。

 

オデッサのバスおよびトロリーバスの路線図。

今となっては、どこがどこだかわからなくなっちゃった。

一応、これが路線図のリンク

こっちはトラム

なんかリンク先見てて思ったのは、「余計にわかりにくくなった」っていうことw

だめだこりゃ

 


行き先はオデッサ中央駅前まで。

 

オデッサ中央駅前行きバスのバス番号はホテルで聞いて、実際それに乗って行ったんだけど、番号失念。ごめんなさい。
自分と同様にホテルの人に聞いてみてください。

 

中央駅周辺。

かなりにぎやか。

後で分かった事だけど、中央駅周辺はデリバソフスカヤ通り (Vul Derybasivska) 周辺よりもローカル色が強くてもっとごちゃごちゃ。

多分、デリバソフスカヤ通りがツーリスティックって事かも。 

 


で、さらに、このオデッサ中央駅前からはトラム #5 でアルカーディアへ行ける。

これがそのトラムの中。
あと、どうやら、バスでも行けるみたい。その場合のバスは #195 か #168 らしい。


タクシーでも行けるって。
金額は Lonely Planet によれば、タクシーだと 40UAH らしい。

 

アルカーディア行きトラムからの眺め。

結構スピードでてるよ

車が追い越せない。

 

最後部は眺めが良い。

子供みたいに窓の外の風景を食い入るように眺める。

 

あっという間にアルカーディア到着。20 分くらいだったかな?

 

なかなか味がある車体だ。

トラムはここで折り返しになるので分かりやすい。

 

アルカーディア

律儀というべきか、アルカーディアのリゾートエリアへのゲートがある。

アルカーディアって書いてあるね。

 

くぐると、レストランとアミューズメントパークがある。

 

バーガーキング!のパチモノじゃねーか。
 

天井一面傘の飾り。

綺麗だな〜一本失敬するかね?(全然届かない高さだけどね)

たぶん、飾り用の傘で実用性は無いんじゃないかな。

 

ローラーコースター。

夏の終りのせいか賑わっていなかった。

寂しげ。

 

ヨーロッパはこんな風に海近くに遊園地造りたがるねぇ

イギリスのブライトン (Brighton)、アメリカ:ロサンゼルスのサンタモニカ (Santa Monica) とか。

 

いずれにしても、ここ、どの遊具も人いないからね!

きっと、もう寒いせい!

 

通りの突き当たりまで来た。

ここはイビサ (Ibiza) っていうナイトクラブで、アルカーディアでもっともアッパーで高級な所。

 

その裏手がもう海岸。

ってか、おい!夏の終りというか、冬の日本海みたいな荒れ模様だ。

演歌が似合う海だ!

寒いし!

雨降ってるし!

それなりに人いるし!

 

・・・それでもビーチへ降りてみる。

 

雨降ってて、風が結構強風で冷たい!

 

お、おねーさんたち、なんでへーきなの!?

さむくないの?

「にえっとにえっと」って言ってました (嘘)

 

9 月も半ばともなると、もうあんま泳ぐ人もいないみたいね。

水着で頑張ってる人もいるけど、服着たまま海眺めてるだけの人も多いよ

 

うわ〜こんな海で泳ぐのは、結構な罰ゲームだ。

 

もう一ヶ月早く来るべきだな。

 

ま、水着で頑張ってる人もいるにはいる。

夏の終りも夏の余韻が少しでも残っているのなら、それを搾り取る。

そんなヨーロッパの人の気質を感じた。

彼らは長い冬のせいで、夏のありがたさを我々より感じてるんだ。

 

クラブ イビサにもちょっと足を踏み入れる。

真夏なら、ここのベンチにみんな寝転んで日光浴を楽しむんだろうね。

別の人のブログでこのクラブの真夏の様子を見たよ。

日本円で 1000 円くらいでベンチ借りてたなぁ

まぁ、この時期じゃあ誰もベンチ借りとらんと。

 

イビサからちょっと海岸を北へ歩いてみる。

 

海岸線沿いはクラブやレストランが立ち並んでる。

 

Bono Beach Club。イビザに負けてない店構えだね。

真夏ならあそこもビーチも大賑わいなんだろうなぁ

 

海岸線はごちゃごちゃ

この辺で雨が激しくなってしまい、仕方なく屋根がある所で退避。

 

今度はイビサよりも南へ行ってみる。

あー寒い!

ホテルに防寒着置いてきたのは失敗だった。。。

と、思っていたらちょっと晴れてきたのだ。

 

あ、ネコだ。

さっきまで雨降ってたのに、ここにきてちょっと晴れてきて良い感じ。

海辺とネコ。岩合光昭みたいな画になったよー

 

人が入ってこれないビミョーな隙間で日向ぼっこするネコ。

 

こんなところ。

縁側とでもいいましょうか。

 

お世辞にもあまり綺麗な海じゃないね。

そういえばチェルノブイリ原発周辺の河川も黒海に流れ込んでるよなぁ

当時はこの辺の海も汚染あったのかなぁ

 

ゴミがしっかりゴミ捨て場に。

 

この写真からいろいろわかる。

まず、この時期まだ海岸で夜な夜な酒盛りが盛んに行われてる。

瓶をしっかり片付ける人がいる。

タクシーは 電話番号:3000 で呼べる。

 

イビサの南側の砂浜もやはり人は少ない。

 

防波堤にはわずかに人。

 

うっわー

泳いでるよ〜

冷たいでしょ?

でも背中日焼けしてるw

 

よくもまぁこんな冷たそうな海に入っていけるなぁって思ったけれど、ホテルに帰ってアルカーディアでまだ泳いでいる人がいたって話したら、まだ 9 月なんだから、水温も 16 度位あるし全然大丈夫だよって言ってた。。。

けど、これ絶対 10 度以下じゃないかね?

 

カモメだ。

魚いるのかな。

 

防波堤の先まで行ってみた。

 

ざっぱーーーーん

ざっぱーーーーん

ってひっきりなしに荒波が打ち付ける

この後、打ち寄せた水で靴が水浸しに。

 

何気ない風景なんだけど、日が差してる僕にとって貴重な一枚。

 

あ、この写真も日が出てる。

奥の空は厚い雲で覆われているけど。

 

さっきのネコ。

あの後、完全にスリープモードへ移行してた模様。

 

イビサの前の通り。

あの奥のリゾート用マンションが気になる。

一月いくらなんだ?そもそも賃貸?どんな層の住民?

 

おそらくこの辺がメイン通りと思われる。

 

人気のクラブ:イビサも夏の終りのせいか、昼間のせいか、寒いせいか、閑散としてる。

 

イビサの近くでイタリアン食べた。

寒さ対策で椅子ごとに毛布が置かれてる親切さ。

 

えっと、トマトソースのスパゲティとバナナジュース!

リゾート価格で高めなんだろうけど、通貨安でむしろ安さすら感じる。

あ、でも、食い足りない!

ピザも追加で頼むべきだったか!

 

ちなみにこの辺のお店のランクは、イビサの前が一番高くて、ゲートに向かって段々グレードが下がっていく。

ゲートくくってすぐらへんにある店がファーストフード系なので安く済ませたいのなら、そっちの方へ。

 

さて、帰ろう。

ゲートの反対側はオデッサって書いてあったのね。

 

さっきのトラム乗り場。

プラットフォームが異様に長い不思議。

全部オデッサ中央駅行きのみのはずなのに。

真夏はここも混むのかもなぁ

 

帰りのトラム。

名残惜しいが実際やる事もあんまり無いので、帰るのにはちょうどいい頃合いだよ。

 

次回はチョコレートショップの紹介、

その次がモーター・シッチ・エアラインズの紹介、

と短めの記事を短いスパンで投稿する予定。

 

サムネイル対策

 

 

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オデッサ一番の見所はオデッサ港!

オデッサ港 (The Odessa Port/Одеський морський торговельний порт)

 

オデッサという街は港湾都市で、観光の見所は、まず、夏の間に海水浴が楽しめるリゾートタウンが郊外にある。

それ以外だと、ポチョムキンの階段とオペラ・バレエ劇場なんかが主な見所と思われる。

そこで自分はこのオデッサ港押し。


オデッサ港は、別に観光スポットとして特筆するべきような所じゃないけれど、オデッサが港湾都市である事が一番感じられる場所だ。

工場萌えの方にもおすすめ。

 

それと、オデッサって街の名前が格好良くて気に入ってる。
個人的には気に入った街名だと、わざわざ行ってみたくなる。
モロッコのカサブランカ とか、タンザニアのダルエスサラーム とかも街名の響きが好きでわざわざ一泊立ち寄ったし。
もっとも、もともとオデッサは人名が由来らしいし、ダルエスサラームの平和の家って意味って Wikipedia には書いてあるから、名前の響きが格好いいって言うのは、"日本人的に" って事だね。
カサブランカも白い家だし。。。
あれ?
"家" っていうのは街の名前の使われがちなのかねぇ

 

朝食を取りに行く

前略、オデッサに来たところから。
キエフ - オデッサ間フライトは大体一時間くらい。
ホテルはオデッサの多分一番の目抜き通り:デリバソフスカヤ通り (Vul Derybasivska) にある Royal Street Hotel (Отель Роял Стрит)


部屋はちょっとおどろく位狭かったけれど、立地は最高。
外が賑やかなのがいいね。
かといって、カオサン通りみたいな爆音が聞こえてくるわけでもないし。

 

体調はオデッサに着いた時点で歩ける位には回復していたので、スタッフに水売ってそうな店を適当に教えてもらって「水を買う」という必要最低限の買い物をした。(晩御飯を食べるほどには回復していないw)


その後は何もせず、する気のもなれず、二、三日間ぶり位のまともな就寝。
日本出てからずっとまともに寝ていなかったのでさすがに眠りは深い。

寝起きも悪い。

 

翌朝このホテルの前。
今回の宿泊は朝食付きなので、すぐに朝食を食べに行く。

 


ホテル内にレストランは無くて、目抜き通り挟んで向こう側にあるカフェでコーヒー飲みながら朝食が食べられる仕組み。

 

このカフェ。

 

店内は割りと洒落てる。いや、「割と」っていう言い方は失礼か。

"店内は洒落てる"。


朝食用メニューはなんかいろいろ選択肢はあった。

 


久しぶりのまともなご飯なので、なるべくしっかりしたものを食べたいと思ってはいた。

とりあえずのコーヒー。

 


そして、散々悩んだけど、どれも一長一短で結局こんなキッシュになった。
食い足りないのだけど、よしとした。

 

向かいにマクドナルドもあったけれど、さすがにもう一回朝食を取り直すまでしなくもいいか。
昼食はどっかでまともに食べれればいいな。

 

ホテルの前辺り。

朝が早すぎるせいか、人影まばら。

 

昨夜、水を買ったスーパーが入っている建物。

ホテルのまん前。

 

街歩きプラン

その後はチェックアウトだけ済ませて早速街歩きだ。


なにせ、後付けでわざわざ強引にねじ込んだオデッサ行きだ。
観光は今日の夕方までだけど、観光を生真面目にしっかりやって、それなりの重みを持たせる事でこのネジ込みの対価とするのだー
って、僕は決め顔でそう言った。

ちょっと空模様が怪しいけれど、気温はキエフに比べれば暖かい。

 

そいで、オデッサの街歩きについてもキエフ同様に効率重視でプランニングした。
オデッサで駆け巡ったルートを書き上げると、


デリバソフスカヤ通り -> オペラ・バレエ劇場 -> プリモスキー通り -> ポチョムキンの階段 -> オデッサ港 -> パサージュ -> アルカーディア地区 -> デリバソフスカヤ通り -> 空港へ


となる。
大体問題なく周れている。

ついでに、アルカーディア地区から帰ってきた後、空港へ出発する前に Lviv Chocolate Factory でくつろぐ時間もあった。


オデッサは、もう一日あればカタコンベ・ツアーへ参加していたかもしれない。

オデッサ郊外にはカタコンベ (訳すと地下墓地かね?) があってツアーでそこを訪問する事が出来るらしい。

個人で言ったブログの記事も読んだけれど、ツアーが基本っぽい。
今回は時間が無さ過ぎるためにスルーしたけれど、オデッサで時間を持て余すようなら言ってみたいスポットの一つだ。

 

オペラ・バレエ劇場

じゃ、まずはデリバソフスカヤ通りから北東へ向かって、オペラ・バレエ劇場 (Odessa National Academic Opera and Ballet Theater / Одеський національний академічний театр опери та балету) へ。

 

でん!一応、ここがオデッサの見所の一つなので、大抵の観光客はオペラを見なくても、ここへ来る。

 

朝早いし、雨降ってるのに、団体さんいたからね!

 

この劇場は 1880 年に造られた後、2007 年にリニューアルオープンしたものらしいのだけれど、外観はなかなか立派だ。
でも、まあこの手の劇場は至るところで見てきたので、そんなに大きな感動はないけれど。

 


観光に要する時間が少ないのがいい。
ペチェールスカ大修道院とはえらい違い。

 

この時は朝早すぎたので中に入れなかったけれど、後でもう一回前を通ったら、入り口部分でチケットを売ってた。

 

なので、時間は前後するんだけど、後でもう一回来た時の写真。

 

座席に番号が振られていて、それを元にチケット買う。

今日は 18:30 からバイオリンのコンサートですか。

 

イアン・ギラン (Ian Gillan) だ!

こんな小奇麗な劇場でコンサートやるんだ。。。

キエフでもどっかで同じようなイアン・ギランのコンサート告知を見たから、ウクライナを何箇所か周ってるんだね。

 

イアン・ギラン自体、大した興味もないけれど、ディープ・パープル (Deep Purple) 時代の曲を歌うらしいので、それはちょっと興味ある。

何年もまえ、サマーソニックを見に行った時、たまたま真昼間からディープ・パープルが出てて観る機会があった。

真昼間から出るって事は中堅くらいな立ち位置だし、サマソニのコンセプトからしても随分チャレンジャーな感じだったと記憶してる。

 

周りの若い人達、ディープ・パープルって誰?って感じのジェネレーション・ギャップがあったし、アウェイな状態だった。

その時も Smoke on the Water とか、Black Night なんかを惜しげなく披露していた。

もう、歳も歳だから全然高い音域とか歌えてなかったし、Highway Star なんて無謀な曲すら歌っていて、やばいくらい声出てなかった。

それから何年も経って未だに活動しているのがちょっと驚き。

 

ところで、写真ぶれちゃったよ。。。

 

側面。

花と噴水で優雅な感じ。

 

この辺でどっかのツアー会社の人がやってきて、電話を渡されたのでてみると、英語がしゃべれるスタッフが出た。

なんか、シティ観光に参加しないかと勧誘してきたけれど、この街でツアーに時間をかけて参加する必要性も特に感じないし、アルカーディアに行けなくなってしまうのでお断りした。

 

プリモスキー通り

前述のオペラ・バレエ劇場からちょっと北へ行くと、プリモスキー通り (Primorsky Boulevard/Приморский бульвар) っていう通りがある。
大体このオペラ・バレエ劇場からポチョムキンの階段辺りまで沿岸部が散歩道になっていて、それをこう呼んでるみたい。

 

通りの始まりにある文豪プーシキンの銅像。

奥の建物は市庁舎。

アレクサンドル・プーシキン (Александр Сергеевич Пушкин) はロシア文学の巨匠だ。

面白と思ったのは、ウクライナってあれだけロシアと反目しているのに、こういう偉人のスタチューが残ってるんだなって点。

 


彫刻とかベンチとかが置かれて洒落た並木道。

ちょっと雰囲気がいい感じ。

 

あのガラス張りはなんだ?

 

おや?

遺跡がある。ロンプラには紹介されていなかったけれども。。。

調べてみたら、紀元前 5-4 世紀のギリシャ時代の遺跡らしい。

 

あ、また出た。

キエフの聖ミハイル 黄金ドーム修道院でも見かけた謎の植物の実。

 

中身、栗みたいで食べれそうだけど、誰も見向きもしないという。。。食えないのかなぁ

 

ポチョムキンの階段の前の広場まで来た。

奥に観光用のバスが見える。さっきの勧誘に乗ったら、あれで観光してたのかもね。

 

Duc de Richelieu Statue

この Duc de Richelieu なる人物はローマ時代の始めてのオデッサの統治者との事。

 

観光案内所があった。

フリーのオデッサの地図はあるかな?って感じで入ってみたけれど、地図が無いどころか、まだ開いてないんだから、入ってくるな!って怒られてしまう。

 

ポチョムキンの階段

いよいよ、オデッサで一番有名な観光スポット ポチョムキンの階段 (Potemkin Stairs / Потьомкінські сходи) だ。
ここは、戦艦ポチョムキンっていう映画の中で大虐殺が起こる衝撃の場所らしい。

 

そして非常に残念な状況を目の当たりにした。

 

???あれ?

ここってポチョムキンの階段?

一瞬本気で分からなくなり、ロンプラの地図と周りに見えるもので確認しちゃった。

 

間違いない、ここがポチョムキンの階段だ。

今年の 5 月から工事中らしい。

一体何にそんな時間をかけてるんだか。。。

 

なんたる無残な姿でしょう。

まぁ仕方ないね。

 

犬、駆け上がる!

 

一応、プレートが見えるように残ってる。観光客への配慮かね。

 

あーあ、なんて見苦しい柵なんだ。

 

もうちょっとさ、観光客向け配慮した工事でもよくね?

だって、階段の基礎部分でしょ?

柵で覆う必要性薄いっしょ?

とか、思ってました。

 

降りてから見上げると、上から見下ろした時より長さがあるって感じた。

 

オデッサ港

階段を全部降りきって、結構車の通りが激しい道を渡り、オデッサ港 (The Odessa Port/Одеський морський торговельний порт) へやってきた。

 

普通にターミナルだよ。

 

後ろ振り返ると、ポチョムキンの階段が綺麗に見渡せる。

意外と工事してる部分って広くないんだな。

この階段、錯視を利用しているせいか、やっぱりこっち側から眺めると上から眺めるより大きく見える。

上から見た時は階段の半分くらいは工事中のように見えてたし。

 

ここは高架になっていて、真下は貨物用線路。

なぜ鳩は特定の車両の屋根にのみいるんでしょ?

この車両だけ穀物でも入ってるのかね。

 

こうやって貨物列車が並んでいるのって哀愁漂ってる。

 

石運んでるね。

あ、これがジオン公国へ送られる鉱物資源ですか。

 

ってか、あの話、オデッサが鉱物資源の拠点みたいに描かれているけれど、現実世界のこの辺なら、カスピ海沿岸の石油や天然ガスが取り合いになるでしょう。

モデルになり得るのは、アゼルバイジャンのバクーとかじゃないかなぁって思うんだよ

 

I Love Odesa

オデッサが港湾都市である事が一番感じられる場所と思う。

 

オデッサ港はターミナルである一方で貨物の運搬も盛んなようだ。

 

脚の真下には線路と貨物列車が。

かっこいい!

 

港全体、こんなクレーンだらけだった。

 

クレーン後ろの瓦礫が「圧倒的じゃないか!」

 

ターミナルの先端近くにはホテルがあるんだけど、これが廃墟。

隣のターミナルの建物のみ利用してる風だった。

僕も勝手にトイレ借りたし。

 

ターミナルの先端には教会もある。

 

人出てきたし。

航海の無事でも祈るんでしょうか。

僕も中に入ってみたら、歩けるスペースがめっちゃ狭かった。

写真は撮るほどでもなかったな。

 

さらに先にはヨット等小型船舶の乗り場になってた。

 

さっきの教会が真ん中にあって、その左右にその小型船舶用ターミナルが二本延びてる。

 

階段のスロープを滑り降りて遊ぶ少女。

 

はるばるオデッサまで来た事に感激していた。

この子は突然現れて言いました。

「μ's は何も残さなかったみたいですよ」って。(大嘘)

 

さて、戻りますか。

クレーンの奥の高いホテルいい感じ。

「わたし、気になります!」

 

大型船舶。

ここは黒海の奥だから、前に行ったトルコのイスタンブール近辺のボスポラス海峡 を経て、地中海へ出ていくのを想像すると、なんだか胸熱です。

 

曇り空のせいでクレーンが映えるわ。

なんか寒々とした感じに仕上がるし。

 

カモメ飛んでた。

 

荒廃した工業地帯を儚げに飛ぶカモメ。

無駄に切ない。

 

中型の船が出航するところ。

どこへ行く?

 

港に着いた時に来た高架の真下あたり。

用途がよくわからない工業製品が並んでる。

これらもここからどこかへ行くのかな?

それともどっかからここへ着いたのかな?

 

港を出てポチョムキンの階段の方へ戻るためには、一旦高架の上まで登らざるをえなかった。

なぜなら線路は歩いて渡れなかったから。

 

でっかい車だなー

おおかた、結婚式の撮影だろ。

 

デリバソフスカヤ通りへ

オデッサ港からもう一回ポチョムキンの階段を登って、デリバソフスカヤ通り方面へ向かって歩く。

 

ポチョムキンの階段の裏手辺り。

デリバソフスカヤ通り方面へ戻っていく。

 

この辺も栄えてるね。
 

これはスターウォーズのキャラだな。

多分、ハリソン・フォードと一緒に行動してたやつだ。

 

ヨーダと一緒にアバターのイラストも看板に書かれてる。

コスプレ屋かグッズ屋かフィギュア屋か。

本屋?

わざわざ地下へ降りて確認する気にはなれなかった。

 


あ、ストリップ劇場だ。

この前キューバへ行った時、カナダのトロントに立ち寄ったわけだけど、ストリップ劇場行ってみたよ。

値段が高いくせに、良さがイマイチわからなかった。

裸で踊ってるのはわかるけれど、だからなに?って感じになった。

 

スーパーマーケットだ。

wi-fi 完備とか嘘だろ。

 

そのスーパーが入った建物は割りと年季が入ってて味がある。

 

落書きだらけ!

 

よくわからない落書きだらけのドア。

 

デリバソフスカヤ通り

やっとデリバソフスカヤ通りに戻ってきた。

 


前から書いている通り、滞在しているホテルの前の繁華街。


午前は全然人がいねぇと思ってたけれど、昼になったら、結構人通り賑やかになったし、昨夜ここへ着いた時間 (夜) や、オデッサから再びキエフへ戻るために空港へ行く夕方の時間になると、より賑やかになっていたので、基本的にこの通りは日中より夜の方が賑やかさは感じられるはずだ。

 

あ、やっぱりにぎやか!

 

乗馬だ!なんてまあツーリスティック!

 

通り沿いにある City Garden。

 

結構な賑わい。

 

やっぱり、お昼くらいにならないと、人は出歩かないみたいね。

 

ここで一旦ホテルに戻って防寒着を置いてく。

結構暖かくなってきたから。

 

パサージュ

 

デリバソフスカヤ通りを滞在してたホテルを通り越して西へ行くと、Passazh Hotel っていうホテルが入った建物があるんだけど、その建物内はパサージュになってる。

 

パサージュ (Passage / Пассаж) とは屋根付きの商店街。

パリのパサージュとニュアンスはほぼ一緒かと。

 

ランジェリー屋発見。

閉まってた。

 

パリのも同じだけど、なんかパサージュって活気がないね。

建物の立派さを持て余してる感じ。

全時代的って事かね。

 

床屋のマークが不思議と庶民的。

パサージュは庶民的なのか、高級志向なのか、よくわからない方向性。

 

ここのパサージュは L 字型になっていて、デリバソフスカヤ通りから入って vul Preobrazhenska まで抜ける事が出来る。

 

ここは通りを渡ったところにある Soborna 広場。

写真に見えるのがパサージュがある Passazh Hotel の全景って事になる。

建物の一階部分にパサージュの入り口も見える。

 

Soborna 広場 には Preobrazhensky Cathedral っていう大きい大聖堂がある。

メンドイので入ってない。

 

そして、この広場の前あたりからバスでオデッサ駅前まで行って、さらにかの有名なトラムでアルカーディアっていうリゾートタウンへ行く事が出来る。

 

次回はそのアルカーディアへ行った事について書く予定。

 

例のサムネイル対策

 

 

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キエフ弾丸観光 後半 - たかが5時間でここまで周れる!

アンドレイ教会 (St. Andrew's Church / Андріївська церква)

 

近況から。

11/2〜11/6 で台湾へ小旅行に行った。

太魯閣渓谷と高美湿地、十三層遺跡が凄いよかった。

初日に一眼レフカメラ無くしたりと散々でしたが、台湾はやっぱり人がいいのか皆さん英語もあまり出来ないのに親身になって助けてくれ、なんと最終日に自分の元に返ってきた。(そのため、台中周辺や日月潭はスマホのみで写真撮ってた)

 

また、先週 15 日午前 1 頃、急激に体調が悪化して下痢と嘔吐が泊まらなくなってしまい、微熱と倦怠感等やばめの症状がきてしまい、先週前半はずっと苦しんでた。

火曜日は会社休んで病院へ。病院でもまともに座っていられず。

でも、医者は悪いもんは全部吐いたんだから、あとは火曜日中は絶食してポカリ飲んで寝てろって。

検査はせいぜいインフルの検査して陰性だったくらい。ノロとか検査しないのはなぜだ〜

それでも、週の後半には大分回復したんだけど、そもそもなんであんなひどい状態になったのかわからず、今でも不安。

全快したら年末年始の旅に向けて体力作りをはじめたいわ。

 

 

 

で、本題。

はい、キエフ観光後半を書いていく。
聖ミハイル 黄金ドーム修道院 St. Michael's Golden-Domed Monastery / Михайлівський золотоверхий монастир の続きからだ。

キエフ観光 後半概要

 

前回の "キエフ観光最短ルート考察" で書いた通りだけど、以下のような順路なので、
独立広場 -> ソフィア大聖堂 -> 聖ミハイル 黄金ドーム修道院 -> アンドレイ坂 -> アンドレイ教会 -> チェルノブイリ博物館 -> ペチェールスカ大修道院 -> ボルィースピリ国際空港

アンドレイ坂 -> アンドレイ教会 -> チェルノブイリ博物館 -> ペチェールスカ大修道院 -> ボルィースピリ国際空港

を後半ではめぐることになる。

 


聖ミハイル 黄金ドーム修道院の隣の隣の立派な建物は外務省らしい。

立派な建物だね。


ここの左の道を奥へ突っ切って進みどんどん北上していくと、アンドレイ坂、アンドレイ教会 へたどり着けるはず。


前回の通り、独立広場についたのが 午前 11 時頃。
で、19:35 の国内線でオデッサへ行く。なので時間に追われていて、どうしようもない。
観光しながら時間に焦るとか、なんて悲しい観光だろうかって思ったり。

 

いずれにしてもオデッサ行きをねじ込んだ自分が悪いのだが。
それに、もし、一旦時間を巻き戻せたとして、一旦オデッサに行く旅程を止めるか?と自分に問いかけてみると、現時点でも考えに変りはない。
この観光時間で自分の思考パターンでは、この忙しさは必然なのだぁとかいってみたり。

 

アンドレイ坂とアンドレイ教会


アンドレイ坂だ。(Andriyivski Uzviz)

 

この坂はソフィア大聖堂、聖ミハイル 黄金ドーム修道院のある辺りが丘の上の Upper Town で、チェルノブイリ博物館なんかがある Podil 地区へ下りていく道だ。

お土産屋の屋台が軒を連ねていて、とてもツーリスティックな所のようだけど、なんだか観光客が少なくて "閑散としている" と言えなくもない。


これも政情不安な事が要因なんだろうか?

ここらへんのお土産屋にはハードロックカフェのチェルノブイリ店と書かれたブラックユーモアな T シャツ売ってる。

僕はここでは買わなかったけど、後日チェルノブイリ制限区域内でガイドから一枚買った。

 

鳩が車に轢き殺されてる。
運が悪いと言われればそれまでだけど、なんと言ってもこの辺のドライバーはみんな飛ばすから、事故率がやはり高いのかもしれない。

 

そういえばこのアンドレイ坂からちょっと西の方に戻るとウクライナ国立歴史博物館 (National Museum of the History of Ukraine / Національний музей історії України) っていう博物館がある。

その博物館自体は興味沸かないので行かなかったんだけど、その周辺には、Peizazhna Alley、もしくは Landscape Alley と呼ばれる緑が多い散歩道があって沢山のオブジェが置いてある。

 

そう、まるでバルセロナのグエル公園みたいな感じ。 

そこには壁面に Constantine Skretutsky っていう彫刻家作、ネコが「がああああああぁ」って口を開けた壁画彫刻があってそれを観たかった。

が、場所的にちょっと引き返す感じになる事と、時間が無いという理由でスルー。

勿体無いな。


ちょっと先に進むと、アンドレイ教会 (St. Andrew's Church / Андріївська церква) が見えてくる。

これは早速入らないと (<-- こういう義務感で観光する姿勢がイタダケナイ)

 

が、

 

なんと、アンドレイ教会は修繕中で閉館してた!

残念だ!

でも、心では「ラッキー!時間節約出来た!」と思ってしまっていることが悲しい。

 

工事現場作業者。

なんとなく、共産主義国家の労働者みたい、とか勝手な事思った。

つなぎとか帽子とか。

普通に考えたら工事現場ならオーバーオールなんて当たり前の範囲だけど。

 

そんなわけでアンドレイ教会には入れなかった。

この分じゃ、今日ブログを書いている時点でもまだ工事終わってなさそう。

 

教会通り過ぎて坂を下り始める。

この辺、キエフでは一番観光客が多かった気がするわ。

 

落書きだらけの壁。

珍しくもなんともないんだが、色合いと良く見れば創作文字みたいなのが書かれてる点で目に止まった。

プレデターの文字みたいな。

 

なんとなく絵葉書風に狙う。

壁の落書きがこの家の持ち主に気の毒に思えた。

 

坂の途中に Chornobyl Tour っていうツアーオペレーターの事務所があった。

名前の通り、チェルノブイリツアーを開催してるんだろ。

サイトはここだね。

僕が利用したオペレーターとは異なるけど。

どっちがより大手なんだろ。

 

まだまだ坂は続く。

ここらの路上店をひやかしつつ、観光客向け価格のその辺のカフェでだらだらするっていう、ゆとりある観光に憧れるわ。

 

このアンドレイ坂では、骨董屋に一番興味が沸いた。

なぜなら、ソ連製のアンティークカメラを沢山取り扱っているから。どうせ動かないけど。

みんな知ってるんだな、ソ連製の古いカメラがマニアに人気がある事に。

ハバロフスクの骨董屋とかでもソ連製カメラ売ってたなぁ

Podil 地区

完全に坂を下りきった。

ここから Podil っていう地区になる。

 

なんか、、、広場!

 

Podil 地区では路上でなんとドローン飛んでた!

 

こんな街中で大丈夫か!

万が一ドローンが落ちて車の下敷きになったら、ドローンどころか、車にもアクシデント発生して人命に関わる問題になるかもって、心配してしまうけど、それこそ日本人は気にし過ぎなのか。

世界的にはもっと大らかなのかね。

 

Podil 地区は、坂上に比べれば普通に街だ。

 

トロリーバスかと思ったら、よく見れば専用線があるのでトラムだな。

トラムってありふれたものなのかもしれないけど、日本だと限られた所しかないから、僕にとっては珍しくて海外では見かける度にそれなりに興味もってカメラ構えちゃうんだよね。

 

チェルノブイリ博物館

Podil 地区では散々迷い、ようやくチェルノブイリ博物館 (National Chernobyl Museum / Національний музей «Чорнобиль») にたどり着いた。

 

表通りに面しておらず、結構分かりにくいところにあるわ。

Podil 地区をウロウロして、道にいた警官にロシア語で聞いたりもしたのに要領得ないの。

 

結局、小道に警察署を見つけて躊躇いながらも中に入って聞いてみたら教えてくれた。

なんと「隣だよ!」って。マジか。

大分時間をロスしたよ。

 

わかりにくい!

一応、建物の入り口には控えめにチェルノブイリ (Chornobyl / Чорнобиль) って書いてあるね。

 

館内は行った所。

入り口付近。

ちょっと福島の展示とかあった。

 

入場料が 10 UAH で、カメラ持込料が別途 20 UAH。

カメラ持ち込み代の方が高いとか。

入場料にオーディオガイドが着いていて、基本は英語とかロシア語なんだけど、なんと極東のローカル言語:日本語もある。

 

入り口からすぐに階段があって、そこには天井から沢山のプレートがぶら下がってる。

 

裏から見るとこう。

全部村や街の名前なんだけど、それに赤い斜線が入ってる。

ま、事前に聞いていたけれど、チェルノブイリ原発事故で消失した村の名前

 

二階がメインの展示スペース。

時計は事故が起こった午前 1:23 を指していてるっていう演出。

 

消防士の服や事故当時の防護服なんかが宙に浮いてる。

もしかしたら、幽霊みたいに浮いている演出か?とか思った。

右の茶色い防護服はたしか鉛のプレート入りだったかな。

 

基本的に写真の展示で、それら写真はネットとかで見たことあるやつが多い。

動物の奇形が展示されているとどこかで読んだけれど、今は展示されていなかった。

贋物だったのかな。

 

チェルノブイリ原発4号炉の断面図。

構造に問題があった事が事故の大きな要因の一つ。

 

以下 Wikipedia から

 

実験開始直後、原子炉の熱出力が急激に上昇し始めたため、運転員は直ちに緊急停止操作(制御棒の挿入)を行ったが、この原子炉は特性上制御棒を挿入する際に一時的に出力が上がる設計(ポジティブ・スクラム)だったため原子炉内の蒸気圧が上昇し、緊急停止ボタン(AZ-5ボタン、起動するのに約5 - 8秒、スクラム完了にはさらに20秒程度かかる)を押した7秒後に爆発した。

 

訪問客はあまりいない。

意外と広くないので観るべき所は多くないし、

写真はインターネットで知る事が出来る内容が多いし、

それそこ現地に行く事も出来るし、

 

あと、あれだ。

細かい資料が結構ごちゃっとしていて、目移りしやすい。

この膨大な資料のどれ見ようって風になる。

ドキュメントなら、自分がロシア語読めないって問題もあったり。

 

だからね、ここは一回観ればもういいかな。

 

初期の子供犠牲者と思われる。

甲状腺がんが多いのかね。

 

原発周辺の地図。

真ん中のデカイ池は冷却用の人口湖。

 

あ、ちなみにオーディオガイドによれば、作業員のオペミスという事にされて作業員や責任者は罪を問われた。

作業員は自分達の無実を訴えながら死んでいった。

また、事故当時はソ連のメンツもあって原発自体の欠陥は伏せられていたって、そんなニュアンスの説明があったけれど、作業員について罪が完全に無いと言い切っている点が印象深かった。

 

自分の認識だと、原発の構造上の欠陥はあったけれど、想定外の状態のままテストを強行した事も要因だったような。。。

現場の作業員は上から指示されるがままだったから罪はないって事か?

 

なんか自分ごときではわからないけれど、闇は深そう。

技術レベルはおそらく全然違うんだろうけれど、"上の指示で〜" とか、"現場の勝手な判断で〜" とか、そういうのは日本でも身近に感じてしまうわ。

 

あ、ここまで書いてきてなんですが、自分はこのブログで社会問題を取り上げて、なにか社会に対して主張したいわけじゃないのです。

このブログはあくまで 観光 なんでね。

 

ペチェールスカ大修道院へ

チェルノブイリ博物館を出たら、地下鉄 Kontraktova pl (Контрактова площа) 駅から地下鉄に乗って、地下鉄 Arsenalna (Арсенальна) 駅まで行って、大分歩いて、ペチェールスカ大修道院、もしくは ペチェールシク大修道院 (Kyevo-Pecherska Larva / Києво-Печерська лавра) へ向かう、、、予定だったのだけれど、

 

何故かわからんが、広場に行っても地下鉄 Kontraktova pl の入り口が見つからず。

トラムの乗り場はあるんだけど。。。

広場を結構ぐるぐる歩いたのに。。。

 

ちょっと考える。

人に聞きまくって、地下鉄 Kontraktova pl の入り口を見つけたとしても、結局地下鉄の移動は時間がかかる。

駅まで降りて切符買って電車来るのを待つとか。

また、地下鉄 Arsenalna (Арсенальна) 駅からペチェールスカ大修道院は結構距離がある。

その地下鉄駅からさらにバスに乗ったほうがいいくらいの距離。

 

そうすると、ここでやり方を変えた方がいい。

今すぐここからタクシーでペチェールスカ大修道院の入り口まで飛ばしてもらうべきだ。

 

そう意思決定するもタクシーがなかなか来ない。

キエフってタクシー少ないのかな。

あまりここ Podil からタクシーに乗る人はいないのかな。

大通り沿いで待ってみても全然。

 

困った。

 

と、思ったら、広場の脇の路上スペースに一台タクシーが停まってて、ドライバーが寝てた。

これだ!

僕はドアをドンドン叩いてドライバーを起こして、行き場所を伝える。

100 UAH とか言われたので、実際の相場はわからないけれど、50 UAH から交渉。

50 じゃどこもいけねーよ なんて言われてしまったけれど、決裂してタクシーごとどっか行かれるのも困る。

どう考えても自分に分が悪いので、80 UAH で手を打つ。

Lonely Planet のウクライナ版によれば 街中で 5 キロくらい走って 30 〜 45 UAH らしいので、大分吹っかけられた気はするけれど、ウクライナ グリブナの暴落を踏まえれば誤差の範囲内と思うことにした。

事情が事情だけに交渉してる時間すら勿体無いってのもあるし。

 

で、実際は大した事ない距離だけど、わりと結構な距離をタクシーで移動したような感覚。

ペチェールスカ大修道院に着いた。

ここから入っていけよって教えてくれた。

 

Lower Larva

着いたはいいけれど、ここはどこ辺だ?

ロンプラを開いてみる。

 

調べてみると、ペチェールスカ大修道院は Upper Lavra と Lower Lavra というように大きくは二つの区分があり、その境界らしき壁が左側に見えているので、自分がいる入り口が Lower Lavra の入り口と分かった。

 

ペチェールスカ大修道院はわざわざ "大" 修道院 と呼ぶだけあって、異様に広い。

地球の歩き方とか、観光局のサイトでは観光は一日がかりって書いてある、

ただ、TripAdvisor の書き込みによれば、見所を絞っていけば 2 時間くらいで見終えるらしい。

ま、相当見所絞る必要があるけれども。

 

とりあえず、一番の見所はこの Lower Lavra にある、地下洞窟だ。

これが Lower Lavra に 2 箇所くらいある。

そこにはミイラ化した修道士達が多数安置されているらしい。

 

上の写真の門をくぐって次の T 字路を右に行く。

 

時間が無い観光客泣かせの広々とした敷地。

結構焦る。

 

それにしてもずっと何も食べていないので腹も減った。

この修道院には敷地内にも売店が時々あって地元の人達もみんな牛乳やら買っていて、結構繁盛してた。

お求め安いお値段でパンとか買えるようだ。

 

他の人のマネして買ってみた。

菓子パン!

結構美味しい!

安いし!

 

もはや朝なのか昼なのか晩御飯なのかわからないけれど、本日唯一のごはん。

中の黒いあんこみたいなのは、Makos といって、どうやらケシの実らしい。

この辺では普通に食べられているものらしく、後日チェルノブイリの制限区域内でもパンを食べたときに同じものが入っていた。

味は、ゴマジャムというかつぶ餡というか、そんな感じ。

 

さて、地下洞窟だけど、入場は無料。

真っ暗だから蝋燭を買って進む事になるけど、大抵他の観光客や信者等の入場者が明るく照らしてくれるので、蝋燭を買う必要性は薄い。

 

あの奥が地下入り口だな。

内部の写真は無い。

撮影禁止だったから。

 

中は確かに沢山死体が棺に安置されていて、信者が祈ってた。

また、信者だけ進める道もあるので観光客はある程度歩ける範囲に制限がある。

 

そういう制限がいろいろあるけれど、それでもこのペチェールスカ大修道院では一番印象深い所として記憶に残った。

 

 

他は、

 

大聖堂の類は中よりも外観が素敵だ。

 

キンキラキンに輝く先っちょが荘厳な感じ。

 

カップル。

顔を手で覆っているけど、カメラ向ける前からです。

 

装飾された十字架が綺麗だ。

そこだけ見れば、エチオピア正教の十字架みたいだ。

東方正教会系はみんなこうなのかね。

 

敷地内には狭いエリアにお墓もあった。

ここに埋葬される人は特別なのかね。

 

この辺が Lonely Planet のウクライナ版 4th Edition の表紙の写真辺りだろうか?

建物は多分これだけど、そのロンプラの写真には緑のドーム状の屋根が無いから、真逆からの撮影かもしれない。

 

 

だいたい Lower Lavra は見終わったので、Upper 側へ移動。

壁でこんなに仕切らなくても。。。もはや刑務所の壁のようだ。

こんなんだから、決して敷地内から Upper 側へ移動する抜け道なんてあるわけが無い、と思うじゃない?

 

だから、奥までは確認なんてせず、案牌を切って、一回入り口まで戻って外から Upper 側の入り口へ移動した。

Upper Larva

 

ここが、Upper Lavra の入り口。

なんとここに来て入場チケットを買うよう促され、表の横にある券買所で買う事になった。

たしか 50 〜 60 UAH くらい。

 

ついでに、外の売店でもまたまた菓子パンを買う。

菓子パンの種類はあるけれど、食べ物の種類はそんなに多くない。

 

Upper Larva 入ったところ。

鐘楼があるけど、ソフィア大聖堂で登ったからもういいや。

鐘楼は上ると、体力を著しく消耗するし。

 

で、Upper に入って一番奥まで行った時、、、

 

あれ?

ここはどっかで見たことがあるぞ!

って右をみて愕然と。

 

なんとさっき左に見ていた壁が右側に出現。

って事は Upper から Lower へ敷地の一番奥から抜けてきちゃったのだ。

"抜けてきちゃった" というか、抜けられるようになってたのか!っていう驚きとずっこけ。

 

えー

これってさ、自分先に Lower から入ったとき入場料払わず、Upper に入ったとき初めて支払ったじゃん。

さっき、自分は Lower 出るときいちいち出口まで戻ったけど、例えば Lower から入って一番奥から Upper へ行くじゃん?

その方法ならお金払わずに観光できてしまう事になるけど...

いや、でも本来は入場料金を払うスポットなんだから、先に Lower にきて支払わずに入った事の方がダメだろ。

 

いずれにせよ、もう Lower には用は無いので、Upper 側へ戻ってきた。

 

ここはウスペンスキー大聖堂。

 

でも、あんまり見るところ無いね。

ミュージアムとか見逃せない所らしいけど、もうお腹一杯。

これこそ、弾丸旅の弊害。

大聖堂内も撮影 NG ばっかりで写真が残っておらず、正直記憶も曖昧。

 

もう日が傾き始めてるな。

鳩が、、、シュール。

 

クレイジータクシー

さて、空港へ戻ろう。

 

黄金の門 (Golden Gate or Zoloti Vorota / Золоті ворота) やウラジーミル聖堂 (St. Volodymyr's Cathedral) がまだ残っていたけれど、既に時間は 16 時頃だし。

19:35 のフライトに乗るのならもうそろそろ帰るべき頃合いだ。
 

ペチェールスカ大修道院はさすがにキエフ一番の見所のせいか、さすがに外にはタクシーが待ち構えていた。

地下鉄駅までは遠いから、せめて空港行きのバス:Skybus が発着する 鉄道駅:Pivdenny railway station の前まで行ってもらおうと思った。

ウクライナ語なんてわからないから、複数人のドライバーに Skybus って書いてやっと伝わった、僕がどこへ行きたいのかってね。

「だったら、空港までタクシーで行けばいいじゃん」って。

もっともだけど、ボルィースピリ国際空港までは遠いから高い金を払うのはゴメンだ。

そんな事に迷っているとドライバー達も察してか、金額を提示してくれた。400 UAH か 20 USD でどう?って

どうせそれでも観光客向けだろ、ロンプラによれば空港から市内のタクシー代の目処は 300 UAH って書いてあるし。

 

でもね、たかが 2000 円で空港までぶっ飛ばしてくれるのなら、安心かな。

僕はこれまでフライトに乗り遅れるという致命的な失敗を多くしてきたせいで、これがトラウマになってるのだ。

そんな自分にとって、2000 円という安心代は安いもんだった。

もう、交渉も面倒臭い。

20 USD でいいや。OK って言ってやった。

ドライバーは勿論大喜び。

ま、2000 円で大喜びしてくれるんなら安いもんだ。

 

ドライバーは早速市街へ向けて車を走らせる。

途中気前良く車窓から見えるものを案内してくれる。

 

タクシーで橋の上から見える「祖国の母」像。

大祖国戦争博物館 (Museum of The History of Ukraine in World War II / Національний музей історії України у Другій світовій війні) にある。

でかい!

108 メートルもあるらしいからね!

ドライバーが気を利かせて「写真撮ってきなよ」っていうから、一旦降りて撮った。

 

となりには、さっきのペチェールスカ大修道院がみえる。

デカイわ、広いわ〜

 

橋近く、川沿いにあるマンション。

これもデカイなぁ それに無機質。

 

さて、その後なんだけど、びびった。

郊外まで出ると、ドライバーがぐんぐん速度上げる。

おっちゃん自分の車 TOYOTA 大好きって言いながらさぁ

 

助手席に座っている自分だったけど、時速 160 キロくらい。

やっべー

どんどん車追い越してるし。

20 USD がそんなにうれしいのかなぁ

 

特急電車並みにぶっ飛ばしてる。

ここらには速度計測してたりしないのかね・・・覆面パトカーとか。

たぶんこれはタクシーだし、計測していない事を知っているに違いない。

 

普通、ボルィースピリ国際空港まで車でも一時間かかるんだけど、さあ着いたよっていってタクシー降りて観光客向けのプライス: 20 USD をドライバーに支払ったとき、時計をみるとわずか 20 分しか経過してなかった。

つまり 1/3 の時間しかかかってないってわけ。

この時点で 16:30 にすらなっていない。

 

まじかよ〜〜

こんなに早く着くのなら、もっと観光に時間を割いても良かった。

結果論だけど。

 

しげきちはちからつきた

ボルィースピリ国際空港について一安心。

 

預けていたバックパックを受け取った、、、所くらいまではいいんだけど、、、

その後は見出しの通り。

 

まず、極度の疲労感と脱水症状。

水は割りと飲んでいたのに。

空港の売店で 100% のオレンジジュース 1.5L を買うと一気飲み。

で、う、うごけない、、、、

ベンチにへたり込んで動けなくなった。

 

あたま、ぼーっとする。

疲れ方がやばいな。歳かなぁ

初日が辛いって十分予想していたけれどね。

 

ぶっ倒れたまま 1 時間経過。

 

オデッサ行きのフライトに乗る事を躊躇してしまいそうになるけど、行かないとそれはそれで新たな疲労要因となるので、行くしかない。

そろそろ行くかなって、ようやく立ち上がってトイレに行く。

と、鼻血が凄い勢いで出てきて止まらない。全然。

便器が血まみれに。

やっばい。

でも、幸いにも服は汚れてないぜ!

 

そう、海外で疲労が蓄積すると最近は鼻血が出るようになってしまった。

日常生活ではあまり出ないんだけど。

最近だと、2015 年のシルバーウィークに行ったスリランカ旅

あれは鼻血ばっか出てた。

初日もそうだけど、帰国日の前日、コロンボからゴールへ日帰りで行った時。

行き帰りの大混雑の電車の中で鼻血止まらず、恥ずかしかった。

 

仕方なく、トイレットペーパーを鼻に詰めて受けるは、比較的厳重な荷物検査。

こんなでかいトイレットペーパーを鼻の穴に突っ込んでいるのに、係員には何も言われず。

もしかして、鼻血でてるやつに見慣れているのかね?

 

この後はなんとかウクライナ航空に乗ってオデッサへちゃんと行った。

オデッサではホテルがピックアップを打診していたので、それに乗っかってたので、自分の名前見つけてちゃっちゃとホテルへ。

オデッサの空港は市内からそんなに離れていない。ボルィースピリ国際空港より近いけれど事前の提案では 300 UAH だった。

ま、いっか、大して変らんし。

 

次回はオデッサの事を書く。

もしかしたらオデッサ市内とアルカーディアで二回に分けるかも。

 

 

これは Google+ と Line のサムネイル用。

なぜかわからないんだけど、他の SNS が一番上の画像をサムネイル表示に用いるのに対して、この二つの SNS は、何故か投稿した記事の中で一番下にある画像を自動的にのサムネイル表示するようなロジックになっているため。

 

 

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キエフ弾丸観光 前半 - キエフ観光最短ルートとは

聖ミハイル 黄金ドーム修道院 St. Michael's Golden-Domed Monastery / Михайлівський золотоверхий монастир

皆さん楽しそうに歌っているけれど、自分は時間に非常に追われていて焦っているのでした。

 

キエフ観光 前半

9 月 17 日。
前回書いたとおりのトルコ航空のフライト朝 9 時くらいに、ボルィースピリ国際空港 (Міжнародний аеропорт «Бориспіль / Boryspil International Airport) に着いた。

 

この日の夜 19:35 のウクライナ航空 (Ukraine International Airlines) のフライトでオデッサへ行くため、すぐにでも主要な場所を観光したい。
モーター・シッチ・エアラインズ (Motor Sich Airlines)ならもうちょっと遅い時間にオデッサに行く便があるし、しかもジュリャーヌィ国際空港 (Міжнародний аеропорт / Zhulyany International Airport) という、もっと街に近い空港から発着しているので、そっちの方が有利とも思えるんだけど、その場合、バックパックの置き場に困る。


観光中、ずっと持ち歩くのは辛いのでどっかに預けたいが、預ける場所の目処が立たない。
一方でボルィースピリ国際空港には荷物預けがあるし、トルコ航空はこちらに着くし、この空港から発着してるウクライナのフラッグキャリア:ウクライナ航空でオデッサに行く事も出来るので、ちょっと遠い点を踏まえてもボルィースピリ国際空港を拠点にキエフ観光に繰り出す。

 

なお、ボルィースピリ国際空港の方が多くの国際が空港に発着しているけれど、ジュリャーヌィ国際空港も市街地に近い点で再び使われるようになりつつあるみたい。

 

国内線だけど、19:35 のフライトって事は荷物の受け取りやその他不確定要素が気になるので 17:35 くらいには空港に戻っているようにしたいし、そうすると、16:00 - 16:30 くらいには観光を終えて空港へ戻り始めなければならない。

 

SkyBus 車内。ボルィースピリ国際空港からキエフ中央駅 (鉄道駅):Pivdenny railway station まで結んでる。

ネット確認の結果 40UAH, 50UAH, と値上がりが続いてた。

で、自分が行った時、ついに 60UAH になっていた。


朝 9 時に空港について、入管だ、着替えだ、荷物預けだ、両替だなんだかんだと時間かかりつつ、SkyBus で Pivdenny railway station、地下鉄 Vokzalna (Вокзальна) 駅から Maidan Nezalezhnosti (Майдан Незалежності) まで移動。

 

鉄道駅:Pivdenny railway station 到着。

キエフの中心になる鉄道駅だ。

 

さすがに駅前の人の出入りは多い。

 

鉄道駅構内の東西連絡通路。

奥の塔にウクライナ語でキエフ (Киев) って書いてあるね。

 

東側に抜けた。

こっちの駅舎は旧ソ連の国に良くある気がする。

 

駅の電光掲示板。

ちゃんとみたいんだけど、これをじっくり見る時間すらない。

 

東口の駅前広場。

奥に見えるのが地下鉄:Vokzalna (Вокзальна) 駅

 

料金は確かどこまでいっても 2UAH。激安過ぎるでしょ

 

微妙にわかりにくい行き先一覧。

 

Khreshchatyk (Хрещатик) 駅 = Maidan Nezalezhnosti (Майдан Незалежності) 駅に行く側を慎重に見極めて乗車。

日本は左側通行の国のためか、電車の方向間違えて乗るという凡ミスは結構いろんな国でやらかしてきたのです。

 

Khreshchatyk (Хрещатик) 駅 = Maidan Nezalezhnosti (Майдан Незалежності) 駅到着。

二路線が交差してるけれど、Maidan Nezalezhnosti って書いてあるほうに向かって外に出れば大丈夫。。。なはず。

 

ま、よく言われるはなしだけれど、共産圏の地下鉄は非常に深くを走ってる。防空壕を兼ねてるんだっけか。

事情は違うけれど、深さは大江戸線くらいかね。

 

キエフ観光最短ルート考察

そんなこんなで独立広場について、11時頃。

キエフ観光に割ける時間は 4 時間、もうちょっと欲をみて 4 時間半、いや 5 時間くらいか・・・

その観光の後、オデッサに行くじゃん?

そもそも日本を旅立ってから 24 時間くらい寝てないじゃん?

もうね、、、

もともとキエフ観光にあまり興味が無いために、自分自身でそういうスケジュールにしたのだけれど、はっきり言ってこのウクライナ一日目のスケジュールが旅立つ前から一番憂鬱だった。

大体ねぇ、一国の首都に観光時間 5 時間で回りきれるか?と言われると無理ゲーだ。

 

基本的に以下の通り事前に作成した旅程を踏襲しつつ、独立広場からまるで一筆書きで最短ルートで抜けていくようなプランにした。

SW10日間 チェルノブイリと地獄の門等 ウクライナ/トルクメニスタンの旅

 

当初の計画では独立広場からはじめにキメラの家:House of Chimeras へ行く事になっていたけれど、それも "そこまで重要じゃない" という理由で省略。その他、いろいろ現地でその場のアドリブで修正して、実際に周った順路は以下だ。

(翌日夜中に帰ってきた時、行けなかったその他の見所、黄金の門等はその日の夜中に訪問して補完しておいたわ)

 

独立広場 -> ソフィア大聖堂 -> 聖ミハイル 黄金ドーム修道院 -> アンドレイ坂 -> アンドレイ教会 -> チェルノブイリ博物館 -> ペチェールスカ大修道院 -> ボルィースピリ国際空港

 

キエフは大きな街だけど、キエフ市内の見所の多くは中心に集まっている点はありがたい。

せめて道を間違えないようにしたい。

独立広場から段々北上して、Podil 地区まで抜けて、チェルノブイリ博物館、その後はペチェールスカ大修道院だけど、ちょっと離れているので、地下鉄か、タクシーでも良い。

 

なんていうかね。。。こんな流し読みみたいな観光は我ながら酷い。

風情も人との触れ合いも出来たもんじゃない。

もはや、キエフという街に失礼な気もしてきた。

しかたないけどね。

 

てくてくキエフ前半

こんなわけですが、実際に写真を交えて観光です。

こういう観光の仕方に嫌悪する人とかいるんだろうか。。。

 

とりあえず、良い面でも見てくれるとありがたいかも。

個人観光、たかが 5 時間でここまで見て周れるってね!

 

前半の今回は 独立広場 -> ソフィア大聖堂 -> 聖ミハイル 黄金ドーム修道院 まで。

 

キエフのヘソ。

独立広場 Maidan Nezalezhnosti (Майдан Незалежності) でかい、広い。観光客一杯。

そしてそんな観光客目当てで、鳩のエサやりや着ぐるみきて写真を撮らせてお金をせびる輩が本当にいる。

気をつけましょう。

 

独立広場の反対側。

不思議とマドリッドを思い出した。

 

右手奥にマクドナルドがある。

あそこが明後日の早朝のチェルノブイリツアーの集合場所だ。

 

そのマクドナルド横の道を入っていく。

 

やっぱり見えてきた。

 

ソフィア大聖堂

 

ソフィア大聖堂 (Saint Sophia Cathedral / Собор святої Софії) だ。

 

振り返ると、聖ミハイル 黄金ドーム修道院:St. Michael's Golden-Domed Monastery / Михайлівський золотоверхий монастир も見える。

弾丸観光客目線ではこの近さが大変ありがたい。

 

で、大聖堂の典型的シチュエーション。

結婚の記念撮影。

公園やら街の広場やらいろんな所で撮影してるよねぇ

日本でみんなやらないのはなんでだろ。

 

そんなに並んでいないし、早速チケット買って入ろう。

 

大聖堂は複合施設で、それぞれ中に入る/入らない で料金が違う。

メンドイので、120UAH の全部入れるやつ買っておく。

言うてもね、500 円だし!

 

あ、さっきの花嫁さんだ!

邪険にされることもなく、カメラに向かって微笑んでくれた。

 

ここが世界遺産でもある、ソフィア大聖堂の本堂。

まあ、いいんですけど、本堂内部は写真撮影禁止。

中は 13 世紀頃のオリジナルの床とかあったり、とっても古いものがモザイク状に残っている点で、イスタンブールのアヤソフィアにどことなく似てると感じた。

 

他の見所は、、、

 

例えば、博物館とか。。。

興味が沸かない。

 

ライフル弾で出来た、謎絵。

・・・・・・・・・やっぱり本堂だけで十分だったかな。

 

最後に鐘楼にも登る。

やっばい、すっごい高い。

階段登っても登っても最上階は遠い。

 

屋上からの眺め。

悪くない。

 

いい眺めだが、眺望はまあまあだな。

 

聖ミハイル 黄金ドーム修道院の方。

この後、すぐに下りて、あっちへ歩いて向かった。

聖ミハイル 黄金ドーム修道院

聖ミハイル 黄金ドーム修道院。

なんか、合唱してる。

 

ここはどうやら入場無料らしい。

 

あ、ウクライナ美人の奥さんだ!

お子さんがいるのにプロポーションを今の所保ってますね!

スラブ系の人ってこんなに細いのに、もうちょっと年取るとみんなマトリョーシカみたいになるのはなぜだ。。。

スラブ系の遺伝なのかね

 

本堂の隣の建物へ。

本堂は相変わらず撮影不可なので撮ってない。

 

そしたら、赤ちゃんが洗礼受けてた。。。

 

これは携帯用ベビーベッドかな。

 

うっはー可愛い。

生まれて数ヶ月経っているかどうかって感じ?

 

追い出されなかったのはありがたい。

わたし、洗礼とか縁の無い生活、文化圏の人間なのでなかなか興味深いです。

 

司祭が洗礼すると泣き出す赤ちゃん

 

外出た。

なんだこりゃ?

トゲトゲの殻の中に栗みたいな実がなってる。

 

聖ミハイル 黄金ドーム修道院といっしょにぱしゃり。

この実、食べれるのか?だとしたら放置しないはずだから、食べれないって事かな。

 

 

さて、次回はキエフ観光後半です。

が、台湾にショートトリップしに行くので来週の更新は出来ない事、確定済みです。

 

 

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チェルノブイリと地獄の門等 ウクライナ / トルクメニスタンの旅概要

チェルノブイリ原子力発電所 4 号炉 (Reactor Unit 4, Chornobyl Nuclear Power Plant) の有名な Viewing Point。


4 号炉前のこの場所で、線量は一時間あたり 5 uSv (マイクロシーベルト) くらい。
ちなみに福島第一原子力発電所周辺の制限区域の住めなくなった街中で一時間あたり 10 uSv (マイクロシーベルト) くらいみたい。
だから、現状、チェルノブイリ原子力発電所 4 号炉の手前にいる事より、福島第一原子力発電所周辺の街の方が線量高いって事になる。


ただし、ツアーでも訪れるプリピャチ (Prypiat) 126 号病院 (Hospital No. 126) の地下には、チェルノブイリ原子力発電所事故当時の消防士の衣類が大量に残っていて、それら衣類は一時間あたり 1700 uSv (マイクロシーベルト)、地下階自体は、一時間あたり 500〜700 uSv (マイクロシーベルト) くらいという恐ろしい場所がある。
自分達のツアーは 126 号病院には立ち入ったけれど、もちろん地下には行っていない。
(この辺の詳細も時系列が追いついたら詳細書いてみたいと思う)

 

 

 

--------2016 年 9 月のシルバーウィークは、ウクライナとトルクメニスタンへ行ってきた。

エチオピアの事が書き終わったら、次はマダガスカル、メキシコのユカタン半島、キューバ等も記事にする候補だったんだけど、今一番書きたいのはウクライナって事に自分の中でなったので、そうする (直近の旅の) 事にした。

 

プランニングとか
最初に、なんでこの二国になったかを書いてみる。
まず、トルクメニスタンの地獄の門 (Door to hell) へ行きたいと思っていて、それを中心に他のトルクメニスタン観光を考えた結果、トルクメニスタンの主要な見所は 3、4 日くらいで駆け巡る事が出来そうだと感じた。
4 日間なら、シルバーウィーク中なのでもう 4 日間くらい別の国へ行く事が出来そうだった。

 

 

次に、アシガバート (トルクメニスタンの首都ね) Ashgabat 行きのフライトを探していた時に、イスタンブール経由のトルコ航空が候補に出てきた。
日本から見て、位置的には若干戻る感じにはなるものの、トルコ航空ならスター・アライアンスで、マイルが貯まるので、まずイスタンブール経由でアシガバートの往復が決定。

 

4 日程度で見て回れる上、トルコ航空で行けるもう一国 (行った事がない所) を探してた。
マルタがまず候補にあったのだけれど、凄い行きたいって感じにもならず、次に浮かんだのがウクライナだった。
(もちろん、ウクライナを 4 日ですべて周遊出来るわけではないけれども)

 

僕はウクライナという国より、チェルノブイリ (Chernobyl) に行きたかった。
調べてみると、キエフ (Kiev) からのツアー会社は数社あって、現在ポピュラーな会社は SoloEast Travel だった。
チェルノブイリはキエフから日帰りツアーがほぼ毎日開催されているものの、僕は日帰りでは物足りないので、他のウクライナ観光の時間を削ってでも、2days ツアーに参加したかった。


この一泊二日のツアーはチェルノブイリの街にあるホテルに一泊する事になる。
日帰りとは違い、こちらは毎日開催されているわけではないので、開催日に合わせてキエフにいるようにしなければならなかった。
調べたら、シルバーウィークに日本を旅立ったタイミングだと、2016年09月19日(月)-09月20日(火) 開催分に参加すれば、その後、トルクメニスタンに行くようなスケジュールを立てることが出来た。
極初期には、先にトルクメニスタンに行く事も考えていたけれど、チェルノブイリ二日間のツアーは、そんなに多い頻度で開催されていないため、むしろこっちの都合に合わせてトルクメニスタン行きを後回しにした格好だ。


ウクライナという国として、それ以外に行きたい点を無理矢理ひねり出すとすれば、まず、ソビエト時代のものにはまだまだ興味があるから。
冷戦時代のソ連とかっていうと、ある程度子供時代にリアリティを感じる世代ではあるけれど、ソ連的なもの、例えばプロパガンダの壁画だとか、なんともいえない殺風景ながらも仰々しい感じの昔ながらの建物とか、まだまだ飽きがきていない。
今年 2016 年の 7 月に 5 連休が取れて、初めてロシア、と言っても極東のハバロフスクとウラジオストクに行く事が出来たばかりだ。

 

今の所、ソ連のものって総じて異文化だと感じられるし、レトロな感じがする。
それに僕が現在レトロと感じていても、当時の人達は大真面目にそれを崇高なものとして見ていたとすると、なんだかそのギャップとかが非常に不思議というか、興味深いものとして映る。

 

ただ、正直な所、これまでの経緯もあり、ヨーロッパの街並みには相変わらず食傷不良気味でウクライナもどうせ (失礼) 大聖堂なんかが見所なので、大して興味はない。
そもそも史跡やら遺跡やら神社仏閣、教会、ミュージアム等、教養がないせいか、もう大分辛い、よほどのものでない限り。


キエフだと、見所のハイライトは、世界遺産にもなっているソフィア大聖堂 (Saint Sophia Cathedral / Собор святої Софії)ペチェールスカ大修道院 (Kyevo-Pecherska Larva / Києво-Печерська лавра) って事になりそうだけど、あくまで個人的には「ロシア正教とはいえ、また教会が見所かぁ〜」っていう気分だ。
その上で、、、それでも、これらが有名な観光名所だとか、それが世界遺産だとか言われると、一応行っておこうってなる。


もっと現地の人との交流等をして習慣とか価値観、日ごろの生活と言った文化的な事をもっと掘り下げたいと思うのだけれど、ここに至るには時間がかかるし、世界遺産等の有名な観光地に比べると二の次になってしまうんだよなぁ (自己矛盾かね)

 

まぁ、大体こんな概要でこの旅に出る前、事前にスケジュールを立てたのが以下だ。

SW10日間 チェルノブイリと地獄の門等 ウクライナ/トルクメニスタンの旅


事前にかなり綿密にスケジューリングするに至った経緯、かなり詰め込み弾丸な事情等は、私のプロフィール等 を見てください。
弾丸で行くのって、いつもの事なんだけれども、大分疲れるしツライ。。。(アホだよね)

 

フライトのスケジュール

フライトのスケジュールを書き出すと以下になる。
基本的にトルコ航空のフライトを通しで買っていて、そこにウクライナ航空モーター・シッチ・エアラインズのフライトを後付けでねじ込んでるっていう内容。

 

Sep 16, 2016 Departure
1 stop Total travel time: 16 h 15 m
Tokyo Istanbul 12 h 10 m
NRT 10:30pm
Terminal 1

IST 4:40am +1 day
Terminal I
Turkish Airlines 53

 

Layover: 2 h 5 m

 

Istanbul Kiev 2 h 0 m
IST 6:45am
Terminal I
KBP 8:45am
Terminal D
(Arrives on Sep 17,2016)
Turkish Airlines 457

 

SAT 17 SEP 2016
FLIGHT PS 55
DEPARTURE Ukraine, Kiev, Borispol (KBP) 19:35
ARRIVAL Ukraine, Odessa, Central (ODS) 20:35

 

SUN 18 SEP 2016
FLIGHT M9 257
DEPARTURE Ukraine, Odessa, Central (ODS) 18:30
ARRIVAL Ukraine, Kiev, Zhulyany (IEV) 19:50

 

※ TWO-DAY TOUR TO THE CHERNOBYL EXCLUSION ZONE

 

Sep 20, 2016 Return 1 stop Total travel time: 7 h 40 m
Kiev Istanbul 2 h 15 m
KBP 9:15pm
Terminal D
IST 11:30pm
Terminal I
Turkish Airlines 460

 

Layover: 1 h 35 m

 

Istanbul Ashgabat 3 h 50 m
IST 1:05am
Terminal I
ASB 6:55am
(Arrives on Sep 21,2016)
Turkish Airlines 324


Sep 24, 2016 Return 2 stops Total travel time: 33 h 25 m
Ashgabat Istanbul 4 h 10 m
ASB 8:00am IST 10:10am
Terminal I
Turkish Airlines 325

 

Layover: 15 h 25 m

 

Istanbul Osaka 11 h 5 m
IST 1:35am
Terminal I
KIX 6:40pm
Terminal 1
Turkish Airlines 46

 

Layover: 1 h 25 m

 

Osaka Tokyo 1 h 20 m
KIX 8:05pm
Terminal 1
HND 9:25pm
Terminal D2
(Arrives on Sep 25,2016)
This flight arrives at HND, not NRT
Turkish Airlines 8845 Operated by ALL NIPPON AIRWAYS

 

フライトスケジュール詳細
この旅程には一見すると無駄な往復がある点、お分かりいただけるだろうか?
そう、9/17 朝 イスタンブールから 8:45 にキエフに到着するものの、その日の夜便で一旦オデッサに飛び一泊、
翌 9/18 18:30 の便で再びオデッサからキエフに戻ってる。

 

普通に考えれば、9/17 はイスタンブールからオデッサ (Odessa) に飛び、一泊、
9/18 にオデッサからキエフに入る方が効率が良いはずだ。

 

もしくは、オデッサなんて中途半端に行かず、キエフを二日間観光した後、チェルノブイリツアーに参加すればいいっていう考えもある。

 

これらには理由がある。
弾丸旅ならではの理由になるけれども。。。

 

まず、キエフ観光を一日で切り上げて無理矢理オデッサに行った理由は、前述の理由で教会観光がメインになりそうなキエフ自体にあまり興味が無いので、ざっと流す程度であまり時間がかからなそうだと事前に思っていた点、
オデッサは、黒海に面した港町であり、また、リゾート地でもあるので、そういう風情は教会訪問よりも興味が持てそうな事、
それに、"オデッサ" ときたら、オデッサ作戦だ。
僕は全然ガンダムファンではないのだけれど、そのモデルとなった街ってどんなもんかっていう興味もあった。
だから無理矢理オデッサ行きは突っ込んだ。

 

次に、オデッサ行きを踏まえてもイスタンブールからオデッサへ先に行かなかった理由も述べたい。
9/17、早朝イスタンブールに着いた後、トルコ航空のオデッサ行きは午後便だった事、
イスタンブール -> オデッサ / キエフ -> イスタンブール というフライトにした場合、価格が 3 万円程高くなっていた。
このため、どんなにオデッサに行く事を必須として自分に課しても、先にキエフに行かなきゃならないのはフライトスケジュールの都合って事にある。
幸い、キエフからオデッサ、オデッサからキエフ、ともに夜便 (ウクライナ航空とモーター・シッチ航空) があったので、それぞれ観光した後空港に行って飛べば、非効率だけれど、弾丸という条件なら効率的といえた。

 

そういえば、そもそもトルコ航空の通しのチケットは Expedia で買った。

にも関わらず、滞在先について Expedia の Air 割の存在忘れてて Agoda で取ってしまったわ。

今回はキエフとオデッサのみの話だけど Expedia で同じホテルを予約していれば、ホテル代はちょっと安くなったかもしれないなぁ

それに、トルコ航空を予約した後に、アタチュルク空港でテロがあったり、例のクーデター未遂事件もあったりで、ホントにイスタンブール経由で行けるかヒヤヒヤしたわ。

未遂後の粛清ではトルコ航空関係者も対象になっていたらしいし、、、

あーもうちょっと安定してほしい、トルコ情勢。どういう方向であれ。

 

治安について

これの国の治安について気にする人がいそうなので、一応書いておくと、まずトルクメニスタンは治安は良い、というか警察があっちこっちで無駄に警備してて鬱陶しい。
ウクライナはクリミアの事があるので、心配な人は心配に思うのかもしれないけれど、少なくともキエフやオデッサで紛争に出くわすような事はないし、真夜中に街歩いていても危険な目には遭わなかった。
キエフの独立広場には一応有名なぼったりの着ぐるみヤローがいたり、黄金の門 (Golden Gate / Zoloti Vorota/Золоті ворота) にホームレスがいたりしたけれど、そんなもん。

 

通貨と物価について

エネルギー価格の下落とロシア ルーブルの下落につられるようにウクライナ フリヴニャ も下落したし、クリミアの件で貨幣価値は大暴落した。


はっきり行って、今のウクライナは東南アジア並みに物価が安い、多分タイと同じくらいの感覚。
なので行き時といえなくもないくらい。(ロシアも勿論行き時かと)
トルクメニスタンは何もかも基本的に高い。


一応スーパーマーケットとかミドルクラスのレストランくらいまでなら、日本と同じくらいの価格帯だ。
こういう面でもあまり長居することがはばかれる要因だね。


現地通貨の入手方法は、ウクライナは両替も ATM もどっちでも良い。
トルクメニスタンは USD からの両替が基本。1 USD =3.5TMT 固定。
両替屋もあるにはあるけど、雇ったドライバーとか旅行会社の人等で両替可能。


実体経済からは、もっとトルクメニスタンマナトが安くなければおかしい。

そもそもトルクメニスタンの主要産業である天然ガスは原油安に引きずられて下落しているのだ。(天然ガスって石油が長い時間をかけて気化したもの)
闇両替になればレートは約 5 倍くらいらしいけれど、これは当然違法行為で今は相当厳しく、昔いた闇両替商は懲役刑くらっているらしい。
そんな理由からか、現在首都のアシガバートで闇両替はほぼ不可能。地方はもしかしたら。。。って感じ。

 

アシガバートで自分が滞在してたホテル:Grand Turkmen hotel 周辺なら ATM があった。
けれど、あまり当てにしないほうがよいと思う。(ATM ちゃんと引き出せたって人いたら情報くだされ)

 

 ※ 追記:なんと同時期にトルクメニスタンを訪れた人の話では、交渉次第でまるで普通に公定よりも安くマナトを買う事が出来たみたい。。。あー大分損した気分だ。。。

 

 

持って行くものと事前に必要なこと

何か特別持っていくもの、事前にやっておくことについて考えてみた。
トルクメニスタンはまず、ビザと US ドルのキャッシュ、Kow Ata の地下温泉に行く場合は水着もあったほうが良い。

 

ツーリストビザを取るために LoI の入手が必要で、現地旅行会社と事前にコンタクトを取る必要がある。(日本の旅行会社だとマージン取られる分、さらに高いだけ)

 

モスクは短パンがダメなので、ロングパンツ必須。
基本的に暑い国だから、前にミャンマーで買った男性用巻きスカートのロンジーも持っていったけれど、これでもモスクに入る事は制止された。

 

ウクライナは、チェルノブイリ行く前提なら、事前の申し込み (特に二日のツアーははやめの開催日程把握と申込が必須)、長袖長ズボン、底の固いブーツ、スニーカーでもいいと思うが、サンダルはダメ。
靴下はいてないと出発前に買う羽目になる。
ガイガーカウンターはオプションなので事前に申告必須、
あと、個人的には日帰りツアーよりも二日間のツアーを強く勧める。
二日間なら、当たり前だけどもっと掘り下げていろいろ見学できる。
プリピャチ周辺には見所がとても多いので一日だと最重要なポイントに絞ってダイジェストみたいな見学となってしまい勿体無いと思う。
例えば、自分が参加したツアー会社:SoloEast Travel なら、Duga-3Jupiter factory  は二日間のツアーでないと行かないはずだ。

それと、これからチェルノブイリへ行く事を考えている人がいるのなら、今すぐ行った方がいい。

なぜなら四号炉の石棺をすっぽり覆う、新しいドームみたいなシェルターを今隣で造っているのだけど、これが見た感じもうすぐ完成しそう。

完成したら、それを四号炉の真上までスライドさせて、石棺ごとドームで覆う予定。

もうすぐ今の四号炉は巨大なドームに覆われて今の石棺の状態では見る事が出来なくなってしまう。

 

また、ゴーストタウンのプリピャチでは、2012 年 4 月に建物の倒壊があって、ツーリストが巻き込まれた影響で、表向き全ての建物への侵入が禁止された。

あくまで表向きでツアーに参加すれば代表的な建物のいくつかに入っていく事は現状可能。

でも、これもいつまで持つかわからない。

今に本当に危ないという事で表裏かかわらず、禁止されてしまうかも。

そうなると今の軍艦島みたいに外から眺めるだけとか、そういう未来は既定路線だろう。

ああ、一刻も早く行かないと。。。僕ももう一回行きたいくらいなんだが。。。


チェルノブイリ辺りは人がほぼ住んでいないせいか冷えるので、真夏以外防寒着。自分が行った時期でさえ、スウェットパーカーの上にダウンジャケットを着るくらい。


ガイド本はどっちも Lonely Planet 一択。
地球の歩き方中央アジアにはトルクメニスタンの事はほとんど載っていないし、ウクライナにしてもロシア編の後ろにオマケ程度にページがあるだけなので。


オデッサからアルカーディアに夏場行くのなら水着持っていけば泳げる。
ビーサンも役立つね。

 

どちらも旧ソビエト連邦を構成していた国だったので、ロシア語が庶民レベルで通じる。
なので、旅行向けロシア語の本があると便利。
自分は前述の通り 7 月に極東ロシア行った際に買ったものをもう一回持っていった。

 

他、スマホならいつも通り MAPS.ME のダウンロードした地図。
トルクメニスタンは Facebook や Twitter はブロックされている。LINE はなぜか大丈夫。
なお、ブロック対策で VPN アプリ等を事前に仕込んでおいたものの、VPN をつないだ瞬間、Wi-Fi 自体接続出来なくなった。
もともとナローなのもあるのかもしれないけれど、VPN を試した事で端末ごと、切ってきたんじゃないかと妄想してる。


これまで書いた通り、トルクメニスタンは観光のなにからなにまでいろいろ厄介なので、いろいろ書きたいのは山々なんだけれど、とりあえずこちらも時系列で書いていって、たどり着いた時点で詳細を書いていこうと思う。

おすすめの現地旅行会社とか。

 


トルクメニスタン、ダルヴァザにあるガスクレーター、通称 "地獄の門"


1971年に天然ガスのボーリング調査をしていた際にガスが大量に吹き出てしまい、落盤事故が発生。
ガスの噴出を止める事が出来なくなり、しかたなく火を放って 2016 年現在も燃え続けている状態。

 

地獄の門とか、厨二病っぽい名前が付いてるけれど、ガスクレーターの方が通りは良い。
なお、日本の wikipedia や各紹介サイトには "有毒ガスの発生" っていう記述が散見されるんだけど、本当は普通の天然ガスが吹き出ているだけらしい。
ここの詳細も時系列が追いついたら詳細書いてみたいと思う。

 

滞在した宿情報

今回の旅で滞在した宿の情報を説明。

ホテルを選ぶ際の自分基準は、コストパフォーマンスと評判と立地だ。
評判はコストパフォーマンスに含まれる話しかもしれない。
コストパフォーマンスはドミトリー式の宿は除外して一泊大体 3000 円 〜 10000 円位までの値段で、かつ TripAdvisor やその他予約サイトで実際に滞在した宿泊客の評判が良い所を選ぶ。
評判が良くても立地が悪ければ選ばないし、コストパフォーマンスや立地が良くても評判が悪ければ選ばない。
そんなこんなで選んだのが以下。

もっともチェルノブイリ滞在中の Rektan Hotel はツアー手配なので、選びようが無い。
トルクメニスタンのホテルは現地トラベルエージェンシーが手配したものだ。


Royal Street Hotel

Check-in: September 17, 2016
Check-out: September 18, 2016
Deribasovskaya Street 27, Odessa, Ukraine

部屋は TripAdvisor の評価程良くもな若干狭い印象。
旧ソ連とはいえ、スタッフによっては接客が塩対応で辛い。
ま、聞かれた事には答えてくれるし、最低限の部分では大丈夫だけど。
このホテル一番のウリは立地だ。
ホテルはオデッサの目抜き通りにあるので、どこに行くにも便利だ。


Sunflower B&B

Check-in: September 18, 2016
Check-out: September 19, 2016
Kostelnaya Street 9, Kiev, Ukraine

翌日、チェルノブイリツアーが独立広場集合だったので、独立広場周辺で前述条件で選んだ。
このホテルは一押しだ。
まず、独立広場から徒歩 5 分。
ホテル自体は年季の入ったアパートのフロアにあるけれど、部屋は十分にリフォームされていて広くて綺麗で清潔。
調度品の色合いなんかもなかなかセンスが良い。
難点は夜中に帰ってきた時は、アパートの外のチャイムを押して開けてくれるまで入れない点くらいか。


Rektan Hotel

Check-in: September 19, 2016
Check-out: September 20, 2016
Bohdana Chmelnitskogo str., 1a, Chernobyl, Kyiv region, Ukraine

チェルノブイリ原発から 30 キロ圏内の制限区域にあるホテル。
とても特殊な場所なので、ホテルについて文句はなにも言えない。
風呂、トイレ共用なのと、ツアー一人参加だと、部屋もツアーで他の人と共用になるが仕方ない。


Hotel Grand Turkmen

Check-in: September 21, 2016
Check-out: September 24, 2016
No. 7 Gorogly Street, Ashgabat 744000, Turkmenistan

トラベルエージェンシーから Hotel "Ak Altyn" と Hotel Grand Turkmen のどちらが良いか聞かれた際、主に立地が良いという理由で Hotel "Ak Altyn" よりも値段が高い Hotel Grand Turkmen にした。
とにかくホテルの立地が良い。
普段は自分で決して選ばないグレードのホテルだ。
接客がやはり塩なのは、もはや仕方ない。

TripAdvisor の書き込みによれば、なんとホテル内にカジノがあるとの事だったが、見当たらず、フロントで聞いたら 3 年くらい前に無くなったとの事。

 

 

今回の旅の概要として、サムネイル的な写真を二枚ほどアップした。
まぁよく見かけるビューポイントだけれども。

 

 

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アジスアベバに戻って銭湯体験、フライトに乗り遅れた件

Route 51

ティヤ (Tiya) アディスアベバ (Addis Ababa) へ戻る

景色が良い、雲のムーディな感じも Pink Floyd の Animals みたい。

 

 

近況ですが、2016 年 9 月のシルバーウィークは、ウクライナとトルクメニスタンへ行きました。
エチオピア編は今回は最後にするので、次の回からこの一番直近の旅を記事にしていきたいと思う。
マダガスカル、メキシコのユカタン半島、キューバ等も記事にする候補だったんだけど、今一番書きたいのはウクライナって事に自分の中でなったので、そうする事にした。(理由も次回書きます)


あと、今度の 11 月に 4 連休が取れたので軽く二度目の台湾へショートトリップしに行きます。
いつものようにスケジュールを前もって書いてみたので、気が向いたら見てください。
 # ちょっと詰め込みすぎなので、自分の中で相対的に優先順位が低いものは省略する可能性ありです。

 

 

 

さて、Tiya からの帰り。つまりアジスへの復路。

 

国道 51 号線をひたすら北上し、首都のアディスアベバへ戻る。

なんかすっごい風景が綺麗だ。

 

途中警察に呼び止められたりした。ベネズエラみたいに荷物検査が始まるわけではなかったけれど、警察官はドライバーとちょっと話した後、なんと警官は車の後部座席に乗りこんできた。

 

何ごとぞ?って当然思ったけれど、ちょっと車で走行すると、またすぐ降りていった。

 

どうも、検問だか見回りだかの移動の足として、軽く使ったらしい。

ドライバーが言うに、なんかたまにある事らしい。

 


さらに行くと、道端には大型のトラックが横転してた。
ドライバーの Dereje がいうに、アレは中国製だとの事。

 


中国製だから簡単に壊れる。このトラックの事に限らず、中国から来たものはなにもかも fake ですぐに壊れるんだそう。
だからエチオピアではみんな中国の事を悪く言う。

 


中国憎しって。
同じような話はダナキル砂漠ツアーでも聞いた。

とはいえ、エチオピア結局主に経済面で一番の取引先なんだろう。
ようは安かろう悪かろうなんだろう。
中国って本当にいろんな所に参入してるって時々実感するわ。日本が出遅れてるような所にもリスクがある所にも積極的に行ってるわな。
日本が出遅れているような所は既に中国が進出してると思っても過言ではないっていうくらい。
マダガスカルもそう。道路とか造ってるの中国資本だったし。
でも、このマダガスカルは結局中国って資源を absorb して squeeze していくからって、ガイドは複雑な心境を吐露してたな。

 

道路にロバだ。

道を動物がふさぐ事自体はとてもありがちな光景だけどな。

 

もしかしたら以前も書いたかもしれないけれど、ロバやヤギについて、ドライバーは、"King of the Roads" と呼んでる。

この家畜達は車が行く道を車には無関心に闊歩してる。

なので、"道路の王" なのだ。

下手に轢いてしまったら弁償させられるとかで、かなりドライバーは警戒して運転してる。

 

早くどいてくれ〜

 

このドサクサにおばちゃんが道路を横切ります。

これぞ、"ロバの威を借る人間" って所でしょうか。

 

首都に帰ってきた。

 

まだ郊外の方だけど、あの古めかしい煙突が気に入って撮ってみた。

郊外の方の印象としては、アパートが立ち並んでいて、そこに現地の人達が歩いている姿が見えるものだから、なんか北米の都市の黒人居住区みたいだと思った。

 

さて、この後の予定としてドライバー:Dereje と話したのは、

スーパーでお土産を買う、

まず、適当なレストランで食事、

CD 屋でエチオピアの CD を購入する、

有名なトモカ・コーヒーでコーヒーを飲む、

銭湯でさっぱりする、

空港で降ろしてもらう、

っていう計画だった。

 

ってわけで、お土産を買うためにスーパーに立ち寄ってもらった。

写真に残っていないけれど、普通のスーパーだ。

僕はエチオピア土産として成り立つものを探した。

が、あまり無いのだ。売っている商品をみると、外国からの輸入ばっかりだったから。

こういう点もまだまだな国内事情を垣間見る瞬間といえるのかも。

結局、エチオピア産で配れるものっていう点で緑茶のティーバッグになった。

味はイマイチ。スリランカのスーパーのティーバッグの方が旨い。(スリランカは普通のお茶のみならず、ティーバッグすら美味しい威というね)

 

次に食事。

 

こんな感じのピザ屋になんとなく流れで行った。(もしかしたら Pizza Italiano??)

なお、ドライバー:Dereje 氏は気を利かせたのか、食事中一旦どっか行ってくれて、一時間後に帰ってくるっていう約束をした。

 

地元人が結構来ていて、それなりに繁盛しているようだ。

 

外はオープンテラスになっている。

白人のカップルがいるなぁ旅行者かね。

この後、土砂降りの大雨となり、オープンテラスの人達は悲惨な事になるのだが。。。

 

これがなんとなく食べたピザだ。

もうね、エチオピアは適当にイタ飯食べるのが一番無難な気がするわ。

変に拘って伝統料理を食べないほうが、自分には良いみたい。

インジェラはもう食べたくないし。

ちなみにさ、日本でもエチオピア料理屋に行けばインジェラは出てくるけれど、あれは日本人が食べやすいように酸味が抑えられてるからね。

 

一時間後、ドライバーが現れたんだけど、さっき書いたとおり大雨なわけさ。

ま、国道 51 号線でアジスまで戻る時、大分厚めの雲が広がり始めていたからね。

大慌てでドライバーの車まで戻った。

 

次は CD 屋だけど、お店には入らずに店番やってる子をドライバーが外から呼び出して、お目当ての CD を持ってきてもらったのだ。

雨だから正直降りたくないのだ。

僕が依頼した CD はエチオピアで有名なポップスの CD、

方々で観た結婚式の歌の CD、

この二枚だ。

 

これが実際に買った CD。人気のポップス。

アムハラ語で読めないけれど、iTunes でインポートしたところ、"Tewodros Kassahun" って歌手って事がわかった。

さらに言えば、ミュージシャンとしての名前は "Teddy Afro" で、どうもこっちの名前の方が有名らしい。

ドライバーもエチオピアのミュージシャンといえばテディー・アフロだ!って言っていたし。

 

肝心の歌については、うーん、モロッコやトルコのフォークソングほど、ぐっと来ない。

日常的に聴くにはパンチが足りなくて僕は無理だ。

 

もう一枚がコレ。結婚式の歌。

こっちは確かにエチオピアの結婚式の歌っぽいが、僕が方々で聞いたのは大勢が歌う合唱だったのに、この CD は個人:このおっちゃんがボーカリストとして歌っている他、曲が半端にポップスの要素を持ち込んでいて、あまりトラディショナルな感じがなく、期待はずれだった。

 

以降、僕は行った先で CD を買う事を控えるようになってる。

よほど気に入ったら買うかもしれないけれど。

なにせこういうフォークソングは、日本国内だと輸入レコード屋でも扱っていない事が多く、よほど専門的でカルトなお店に行かないと入手出来ない可能性が高いので、なんかの資料として買うのはアリだと思う。

 

で、次は有名なトモカ・コーヒー (TOMOCA COFFEE) でコーヒーを飲む!だ。

なんと、日本にも進出してるし!

僕らは車でピアッサにあるトモカ・コーヒーに行ったわけなんだけど、なんと時間が遅くもう閉店。

で、スタッフとドライバーがなにやら話しをした結果、近所のオフィスビルにもっと遅くまでやっている支店があるらしく、そこに行ったらいいという事になった。

 

ここがトモカ・コーヒーの支店。

 

とりあえず、有名なエスプレッソをのまにゃ

 

はい、出てきた。

まぁ普通のコーヒーだよ。

わざわざ行くべきかどうか、よくわからん。立ち飲みってのが落ち着かなくて苦手だけど。

 

で、最後に銭湯。

ドライバーはここの事を Hotspring と呼んでいたけれど、本当に温泉なのか、という点は良くわからず。

 

ロンプラ等、ガイド本には高級ホテルの事しか載っていないけれど、ここアジスには唯一一箇所、地元向け銭湯があるのだ。

後でネットで調べたんだけれど、ここはフィルオハホテル (Filwoha Hotel) って所らしい。そのブログで読んだ所では、この施設の事が歩き方に載っているとか?

本当?自分の手元にある東アフリカの '14-'15 には載ってないけどな。

日本人宿の情報交換ノートとかじゃないのかねぇ

あと、これもネット情報だけど、ここはしっかりと温泉らしい。

 

まぁどちらにしても、エチオピアの地元向け銭湯なるものがどういう所か大変興味深かった。

何気に今日後半の一番の見所だったのかもしれない。

 

システムがまた複雑で入り口でプランに応じてお金を払い、札を貰う

奥に進んで番頭さんに札を見せる。

風呂場は個人部屋が沢山ならんだ状態になっていて、電光掲示板上の自分の個室が開いたら呼ばれて個室に入るっていう仕組み。

電光掲示板上はまるで処方箋やケータイショップの窓口を待つ時みたいな表示だった。

 

スマホで撮った、中央の待合室みたいなエリア。

地元人と一緒じゃないとマジ勝手がわからんわ。

しかもこの場所入り口からどんどん歩いた結構奥の方にあるし、、、一人で来たと仮定するとかなり難易度高い。

 

ついに自分の番が来た〜時間制なので速やかに済ませるべし

 

大体はそこの湯船の所でシャワーを浴びて、あとは着替えて終了。

さっぱりした。

 

別室で入浴してたドライバーと合流すると、銭湯を後にする。

この場所、良いな。気に入った。

 

この後は、ドライバーの家に行って奥さん、子供に会うって話もあったけれど、時間の都合で却下。

この銭湯に行かず、ドライバーの家の風呂貸してってお願いしたけれど、それは無理らしく、結果銭湯を優先してきたってわけ。

 

ってわけでアジスの空港で下りたあと、ドライバーとはお別れ。約束のお金を払うとドライバーは帰っていったし、僕はターミナルへ向かった。

 

で、なんかチェックインと搭乗時間は定刻通りだったのに、なかなか飛び立たないという。。。

本来なら、06MAY(WED)0040 には出発しているはずなのに機材の確認とやらが長引いていて、僕が一瞬寝た後、一時間後に起きても、まだ飛び立っていなかったよ。

大体、1 時間から 1 時間半の遅れで飛びたつ飛行機だった。

当然だけど、バンコク到着時間も一時間遅れ。。。

そして、マラリア感染国からやってきた都合、ヘルスセンターへ立ち寄らなければならず、結構時間くった。

つまり、スワンナプーム国際空港を出るまで時間がかかってしまった。

 

スカイトレインでサイヤム等ぶらぶら。

マッサージを 二時間やってご満悦。

再びぶらぶらしてたら、なんと 20:50 になってた。

日本への帰国便は 22:25 だ。

なのでかなりやばい。

 

僕はその辺のタクシーでスカイトレインのマッカサンステーションまでお願いするとメーターを倒してくれず 100 バーツとか言い出す。

今は良い、交渉してる暇なんてない。

100 バーツでマッカサンまで。

すると、なぜか繁華街の小道をぐるぐる走り始めた。

走行距離稼いでいるのか?とも勘ぐったけれど、そもそも 100 B 固定なんだから関係ないはずだし。。。

未だによくわからないのは、本当にあーゆー変てこなルートが近道だったのかって事。

もしかして固定価格で乗せたの忘れてて、距離を稼いでる?

 

よくわからない。

で、マッカサン駅まで着いた後、、、今度はスカイトレインがなかなか来ない。40分以上待ったかなぁ

スカイトレインって最近結構やる気ないって聞いたけど、本当かもなぁ

線路走行中、ゴトっていう激しい音する時あるし、本数も減らしたのかなぁ

 

空港ついて 22 時前。

BKK -> HND 間は ANA だったけれど、まずい事にとっくにチェックインカウンターは閉まってる。

もともとタイ航空と比べても ANA はチェックインの締め切りが早いほうだ。

 

 

そんな複合的理由につき、予定していたフライトに間に合わず、帰国予定日に帰れないという愚行をやってしまった。

言ってしまえば、それは 5 度目の搭乗失敗だ。

初めはバルセロナからエミレーツ、次にカイロからエミレーツ、ソウルから大韓航空、北京からの中国国際空港、

そして今回の分だ。

 

5 度目でその内の 4 回はリアルに会社に影響出てる。

コレ以降は最終日に無茶をあまりせずに結構早めに空港に行く事を、かなり慎重に実施するようになったのでした。

それが甲を制してか、今の所大丈夫これ以降は間に合わせてる。

 

こういうミスは会社へ報告だ。

同じ職場の人達には Line のグループで状況伝えて謝罪、

帰国後、会社の人には電話して謝罪、

その他、ご両親さま等、いろんな人に謝罪、

役員にも呼び出されて注意されたので、謝罪。

まったく、、、次同じ事やらかしたらどうなる事やら、、、利根川みたいに焼き土下座かね?

 

しょぼくれながら、地下階のベンチで横になって寝ていたら、明け方には中国人の団体が強引に椅子に座ってきた挙句、またデカイ声で喚いていて起こされる。

でも必ず帰らなきゃならんし。。。

 

とりあえず午前 3 時に一旦来いというので空港地下で寝転んだ後、ちゃんと夜中 3 時に Departure  ホールカウンターへ行った。

もっとも早い時間帯に飛ぶ飛行機のチェックインカウンターが開く時間らしい。

が、全然席開いていないって。

ガーン、どうしよ。

 

僕はその後、タイ航空の事務所に行って、本日到着する便を抑えることが出来た。

東京までの片道航空券を買いなおし。

GW の時期で激込みなので、8 万くらいした。せっかく今回のフライト代はセーブしていたのに、最後の最後で高くついたわ。。。

無意味に空港で一泊したのも悲し。

 

そういえば最近小笠原諸島へ行った人が台風のせいで帰りの便が欠航してしまい、長いこと会社休む羽目になってたね。

あれもホント人事じゃないよ。

 

ってわけで最後の最後で思いがけずズッコケたんだけれど、まぁ思い返してもダナキル砂漠凄かったなぁっていう満足感は相当高かったので、行ってよかったって心から思う。

 

これまで行ってよかった所 10 箇所上げるとしたら上位にダナキル砂漠はエントリーさせたいと思う。

 


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アジスアベバ近郊の世界遺産 - ティヤとアワッシュ川下流域

ティヤ (Tiya)

 

さて、いよいよ夏季休暇です。

日が変わって、明日 16日 (金) 22:30 のフライトで海外だーーー

海外出る前に更新一回出来て良かった、、、本当にもっと効率よく更新したいものだけど、、、

 

今回の旅行はまずはイスタンブールを目指して、キエフ日帰りのオデッサ宿泊という長い長い二日分くらいの旅程から始まる。

チェルノブイリの後はそのままイスタンブールまで戻って、今度はトルクメニスタンのアシガバートへ行って、4日くらいの強行スケジュールが待ってる。寝る暇あるかね?

旅程に興味がある人は以下見てみてください。

 

SW10日間 チェルノブイリと地獄の門等 ウクライナ/トルクメニスタンの旅

 

最近思うのは、これまでは少ない日数でいかなきゃならんって事で、効率性重視でタイトで超圧縮な旅程を組んできたけれど、それももう飽きてきちゃった。

なんか、なんも決めずに、何の緊張感も無いようなユルリと時堕落な海外旅行も良いかなって最近は思ってる。

でも、、、もう結構先までどこ行くか、どこ行きたいか、決めちゃってるけどね!

 

で、本題。

 

 

アジスアベバから日帰りで行ける世界遺産が二箇所ある。
ティヤ (Tiya)"アワッシュ川下流域" (Lower Valley of the Awash) だ。
ティヤは地球の歩き方にも載っているので把握してた。
アジスアベバから 90Km にあるグラゲ族の村。
14〜15 世紀頃墓石郡だ。
墓石が沢山地面にまるで石碑のように突き刺さっている所だ。

 

 

"アワッシュ川下流域" は、エチオピア観光の初日に行った国立博物館 (ルーシーを観た所) で紹介されていたのでそこで知った。
ここは、アファール猿人のいわゆるルーシーの化石が発見された場所らしく、結構昔 1980 年に世界遺産に登録された。

 

連れて行ってもらったドライバーは「メルカクントレ」と呼んでた。
このサイトでは、"メルカ・クンチュ" となっているけれど、そんな風に呼んでる現地人には会わなかった。

 

アワッシュ川流域のメルカ・クンチュ(200万年前の旧石器時代の石器がたくさん見つかった場所)を訪問します。

 

よくよく確認すると、mercantile っていう英語の事 (意味は 商業の; 商人の) だと思われるので、メルカクントレ、あるいは、"メルカ・クンチュ" という呼び方が固有名詞かどうかすら怪しいもんだ。

 


さて、ドライバーについて。

ラリベラを朝出発し午前の早い段階でアジスに帰ってきた。

今回はちゃんとドライバーは来てた。

雇っているドライバーは、エチオピア観光の初日に Ethio Travel and Tours で付けてもらった人だ。
エージェンシーを介さずに個人的にお願いしているので、双方にとって金銭面で有利になる。

これぞまさに Win-Win の関係!
それに、もともとエージェンシーから紹介された経緯があるから、信頼出来る人物っていうある程度の証明にもなっているので、個人的には一石二鳥でもある。

 

そういえば、このドライバーさんは、エージェンシーを介さなければ、ダナキル砂漠だろうが、南部エチオピアだろうが、その地域の友人の伝手でエージェンシーの価格よりも安く行ってやると豪語しつつ宣伝していたので、紹介しておこう。

 

Dereje Seleshi さんだ。

結局彼には計 4 回、アジスでのアシとして利用させてもらった。
あ、もし、本当に彼になにか依頼したいと考えている人は、僕からの紹介っていうのは言っていいけれど、僕から彼に仲介するのはメンドイからやらないです。
僕を介さずに直接連絡してあげてください。

リンク貼っといたので。

 

今日の旅程としては、アジス近郊の世界遺産二箇所を回った後、アジスをちょっと観光、夕飯、CD 屋、銭湯等行った後、空港で降ろしてもらうという内容。

これをトモダチ価格で交渉してしぶしぶ 2000 ブルにしてもらった。

 

アジスを出ると、平原が広がってた。

結構なパノラマだ。


何せ暇なので、Dereje とはいろいろ話した。
結婚の事について。
ラリベラでは結婚式に参列した事を話した。
「エチオピアには催事場で行う結婚式と教会で行う結婚式があるって知ったんだ。あなたはどっちで式をあげたんですか?」
って聞いてみたら、市民ホールだって言ってた。催事場で行う式とはまたちょっと異なるらしいんだけど、離婚等も出来るらしいし、概ね催事場で行うタイプに分類して良さそうだった。

 

また、IS の事について話した。
なにせラリベラでは IS によって拿捕された船でエチオピア人の中でクリスチャンのみ皆殺しにされた事件を知ってたから。
Dereje もその件については勿論知っていたけれど、「痛ましい事件だ」っていうくらいの反応だったな。

 

---

 

ここが先に訪問した "アワッシュ川下流域" mercantile だ。

 

前方に歩いている人は管理者。

僕らが車で着いた時、ちょうど門を閉めて帰ろうとしていた。

実は今日は休みらしいのだが、Dereje がちょっと交渉したら「ちょっとだけだぞ」って言って見せてくれたのだ。ラッキー。

 

はい、ここが貝塚。。。

 

じゃなくて発掘現場ですね。

やっばい、コレ観ただけじゃ、砂利にしか見えない。ありがたみが沸かないよ。

 

地図もある。

コレを見ると、この辺一帯、あっちこっちに発掘現場があるみたいだ。

 

矢じりかね?

いよいよ貝塚みたいだけど。

 

わざとらしく、骨も転がってる。

レプリカだよね、、、本物がこんな簡単に転がっているとはにわかに信じがたい。

 

景色が良いのだけれど、遠くの雨雲が気になってきた。

 

発掘風景。

今でも発掘は続いているのかなぁ、いや多分、もうやってないと思うんだ。

 

ここがこの世界遺産サイトの博物館。

 

残念ながらこの中は休館日のため、入れず。

トレイ行きたかったんだけど、、、仕方ない。おしっこはその辺で立ちションしたな。

 

アワッシュ川下流域を出たら、もう一つの世界遺産にも行きます。

 

途中の風景もホントきれいだ。

 

さっき雨降ったけど、すぐ止んだ。

 

Tiya って書かれた看板が見えてきたら左折。

 

ティヤの中へ。

一応管理人がいて、入場料払う。

また、その管理人がガイドもやってくれる。

 

出入り口付近のコーヒー屋。

 

これがティヤの見所:墓石郡だ。

 

へー (まあまあかなぁ)

 

墓石にはこんな風に模様が掘り込まれてる。

なんかこの模様について、説明を受けたんだけど、ど忘れしたわ。

 

こっちは馴染み深い感じの墓ですね。

 

ガイドさん

 

墓石郡は数箇所に分散されていて、その分散されたエリア内で墓石が密集してるって感じ。

 

大きなグループは3,4つくらいだったかな。

 

これをみて古代ロマンを感じられる人がちょっとうらやましい。

 

広場の隅っこ。

鉄線があって、向こうに建設中の博物館がある。

 

ガイドさんの粋な計らいで中見せてもらった。

 

入り口。

当然工事中。

 

中。

この壁は、籐 (ラタン) かね?

涼しげでよい。

 

作業員が作業中。ナゾな作業風景だ。

 

はい、工事中ってだけで別になにも無かったのでもう外に出ます。

このブログが公開される頃には、もうこの建物はオープンしているかも。

 

近所の子供。

 

管理人が常駐している建物があって、その中はちょっと展示物を見る事が出来る。

 

墓石の中身って事だよね。

だとしたら、そうとう綺麗に保存されていたって事が言えそうだが。

 

うーん、出来過ぎ?

 

発掘品では無さそうだけど、ちょっとした小道具の展示。

 

実がここで、黒曜石の欠片をこっそりいただいたのだ。先着一名様なので、もう行ってもないよ。

 

出入り口付近のコーヒー屋にやってきた。

 

とはいえ、やってることはエチオピアの他と変わらずセレモニーなスタイル。

 

Dereje がこの子の写真撮れっていうので撮っておいた。

で、写真送れっていうので、後日 Facebook から送った。

なぜか Dereje 氏本人は撮られる事を嫌がってた。(Facebook には沢山自分や家族の写真アップしてるじゃんさ)

 

コーヒーと一緒に食べるのは、ポップコーン。

そんなにマッチしているとも思えんけど、ありがたくいただいておく。


次回はエチオピア編最終回の予定。

 


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夜道で脅迫される - ラリベラ

朝の聖ギルギオス教会 (Bet Giyorgis) 

何回目だ!?

 

さて、前から書いているとおり、夏休みの旅程は以下なのですが、トルクメニスタンの中身を大分アレンジしました。

トルクメニスタン一日目のアシガバート観光で、100 キロはなれた所にある地下温泉 (Kow Ata Underground Lake) に行く事にしました。追加でお金を払うことになりましたけど、割と評判が良いスポットなので、外せないと思ったのです。

 

また、三日目のメレヴに行く際、未舗装の道を片道二時間半行った先にある マルグッシュ遺跡 (Margush archeological site/Gonur Tepe) にも立ち寄る事にしました。

こっちも追加でお金かかってます。

 

SW10日間 チェルノブイリと地獄の門等 ウクライナ/トルクメニスタンの旅

 

それにしても、ちゃんと旅程こなせるのか不安です。

特にキエフ辺りの旅程に無理があり過ぎるので、気が気じゃない。

 

 

で、本題。

 

 

---------------もう結構時間が遅くて (といっても 20 時くらいだけど) 外はあまり街頭ないから真っ暗だ。
ゲストハウスの次男に連れられて、ATM でお金を下ろしつつ、どっか広場の先にあるホテルのレストランに行った。


次男がつれていってくれるっていうのは、ATM とレストランの場所を案内する事以外に、夜道を心配してくれているからだった。
後になって、その後者の理由の方が大きいと悟る事になるのだが、、、

 

そのホテルのレストランは自分以外お客がいないという過疎っぷりが心配になる。
坂下エリアだから人がいないのか、レストランとしては高い割にあまり美味しくないとか、そんな理由だろうか。

僕はどうせ、というかもはやいろいろ挑戦する気にもなれずいつも通りスパゲッティを頼んだ。

 


スパゲッティボロネーゼ。
味はまぁ普通に美味しいかな。


普通過ぎて、楽しむというより半ば事務的に食べてる感じだけど。
次男はというと、テーブルの向かいで座ったまま待ってる。。。
これは次男の分も奢れって事なんだろうか。
って余計な事を考えた所から、アドベンチャーゲームみたいにあまりよろしくない方向へ分岐したようだ。


僕は奢るのが嫌だという理由と、待っててもらうのが悪いと思い、先に帰っててくれていいよって言った。
次男は、すぐに帰っていった。


食べ終わって帰る時、これはバジャジを呼ぶべきか迷った。
でも、大した距離じゃないし、まぁいっかって感じでそのまま歩いて帰る事にした。

 

---

 

例の広場は暗い。


寄ってくる中年男が二人。

 

笑いながら「どこへ行くんだ?」


決まってる「ホテルへ帰る」


「お前は何人で来ているんだ?」って。


・・・独りとか言わないほうがいいだろう。。。

 

「6人だ」って答えた。

 

すると、へらへら笑いながら
「オレたち、金がない。10 ドルよこせ」って。
ストレート過ぎる脅迫だった。

 

どこまで本気か冗談かわからない。
本気だとして、今はピストルこそ出てきていないけれど、二人がかりなら力ずくですべての所持品を奪う事も可能だろう。
仮にからかわれているんだとしても、挑発的な態度を取らないよう適当にはぐらかして、とっととゲストハウスへ逃げ帰ろうか。
じゃ、どうやってはぐらかしたか。
えっと、「オレも金ないから、金くれ」って、逆に要求してみるっていう。。。

 

幸いにも足を力ずくで止められる事は無かったので、この変なやり取りのままどんどん歩いてく。
でも、相変わらず「金くれ金くれって」恐喝されながら。。。どんどんついてくるし、、、
もしかして、さっき部屋にやってきた中学生が物貰った事を言いふらしたのかも。。。とか、思ったりもした。
自分が泊まってるゲストハウスは、広場の先の道からちょっとそれて未舗装の道を進んだ所にあった。こいつら、相変わらずついてくる。
こんな未舗装の道がこいつらの行き先と同じとはとても思えない。
つまり、この脅迫はガチとみた。


ゲストハウスがここにあったからいいけれど、もっと遠かったら時間の問題で力ずくで巻き上げられていたかもしれない。
敷地内に入ると、追ってこなかった。


長男がいたので、脅迫されながら帰ってきた事を言うと、長男は外に様子を見に行った。誰もいないって。

もう二人は立ち去っていたけれども。。

こういうことが続くと、次第にその町から去りたくなってくる。
なんか同じような事は時々ある。「もう、これ以上居れない。そうだ逃げよう」ってなる。
今回の旅で言えばゴンダールもそんな感じだったし、ブッダガヤ、バラナシ、メルズーガ、上海などなど

ま、どっちみち、アジス行きのフライトは明日の朝なので、ちょうど潮時と言えなくもない。

 

 

---

 

 

ラリベラからアジスへ戻る朝。
ラリベラは到着時間に合わせて出発するバスがあって、来るときはそれに乗ってきたのだけれど、ゲストハウスの前で降りる際に、出発の日時を伝えてピックアップ依頼をするとゲストハウス前に迎えに来てくれるシステムだった。
結構空港までは距離があるので、ありがたいシステムだ。

 

そのバスが来るまで、ちょっと時間があったので、、、というか、わざわざ早起きして、最後にもう一度聖ギルギオス教会 (Bet Giyorgis) を見にいった。何回見にいったのか、、、多分四回目だ。
正直何度も行き過ぎている気もするけれど、ずっと前から来たかった所だし、自分の人生で多分もう一度ここに来る事も無いだろうから、

あと、朝はやぱりお祈りに来ている人がいて、そんな風景が撮れそうだった。

聖ギルギオス教会ってあんなに有名なのに、なんでこんなに人がいないのかっていうくらい静まり返ってる。

せいぜいティムカットの時に来ればきっと大混雑してるんでしょうけど。。。


ゲストハウスの階段下りると母ちゃんにあったので、ちょっと聖ギルギオス教会を見てくるって英語で伝えた。
母ちゃんはうんって返事していたけれど、英語を理解してくれているか大分怪しいので、多分雰囲気で察知してくれたものだと信じてる。

 


あの広場で昨夜みたいな恐喝の連中にちょっと心配もしたけれど、昨夜にあんなに飲んでいたので、こんな時間に起きてっこないに違いない。

 

第一グループへ続く山の麓なんだけど、朝はお祈りの時間があるのか、結構人が集まってる。

 

その辺の家の軒先の猫を撮る。

家主に寄ってってって呼ばれたけれど、あんま時間無いし、コーヒーセレモニーやってお金取られるパターンな気もするので遠慮する。

 

聖ギルギオス教会来た。

あ、やっぱりちょっと人が多いかも。

 

朝もう一度来た理由を付け足したい。

まだしっかり晴れている時を写真に収めていなかったからです。

 

お祈りの人はやはり昨日の日中とかに比べれば多いかも。

 

子供がけなげ

 

どんな事考えながら座ってるのかねぇ

 

あ、ちょっと晴れてきたかも。

 

もうちょっと晴れていて、もうちょっと人が多ければいいのに。って勝手な思いだけどさ。

 

下を覗いてみると、それなりに人がいた。

でも観光客っていうのは自分だけだな。

 

代わり映えしないな

 

 

 

教会の中も見納めというばかりに入っておいた。

 

たいまつ沢山。

 

入り口付近。

 

教会入り口から、上に上っていく通路の入り口付近を撮影。

 

戻ってきた。

見張り係のおっちゃんの背景がすごい。

 

見張り係のおっちゃん、寝てるわ。

 

第一グループの方が賑わってるのかも。

 

バスで空港まで来た。

飛行機は型が新しいよ。

 

さて、乗り込んでアジスアベバへ戻ります。

 

 

次回は大詰め。

アジスアベバ近郊の世界遺産郡に行きます。

 


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アンティーク聖書購入と教育と物乞い - ラリベラ

ラリベラ 坂下エリアのお土産屋

 

前回書いたとおり、夏休みの旅程表がほぼ完成したので公開しました。

SW10日間 チェルノブイリと地獄の門等 ウクライナ/トルクメニスタンの旅

こちらです。

微調整をちょっとずつ入れる可能性がありますが、大筋はこんな感じにするつもり。

いつも弾丸だけれど、今回は全体的に過去最速の弾丸旅かもしれん。

結構無茶な移動を繰り返しているので、どっかで修正不能なボロが出ないか心配。

それに疲れそう。。。体力つけておきたいけれど、肋骨完治していないし。。。

 

 

----------------前回の続き。
雨はやまないのに、外では相変わらず結婚式の行列が広場をぐるぐるしてた。
自分は雨宿りがてら、広場にあるお土産屋を物色。

 

これまでも旅行の度に各地の民芸品、骨董品や鉱物等を衝動的に欲しくなってしまい、大枚をはたいて買ってきたけれど、それは今回の旅も同じだった。

 


ってかね、このお土産屋に長居しすぎて仲良くなっちゃった。

この子、小学生か中学生くらいの年齢じゃん?英語がめっちゃ堪能なんだよね。
学校ではほとんど英語で授業を受けているらしいんだ。
でさ、教科書なんだけど、、うわ〜〜〜っていうくらい難しいわ。

 


化学の教科書。
まず、自分の語学力の無さが露呈してしまうんだけど、英語の読解に時間がかかってしまう。

 


ボキャ貧なのは自覚しているんだけど、わからない単語が多いのでその度に単語の意味を調べる必要が生じる。
その上で自分の学力の無さも露呈してしまうんだけど、記述内容が凄く難しい。
つまり、英語の説明文も難しいし、教科書としての内容も難しいっていう二重苦で、自分はこの授業についていける気がしない。
こんな教科書で授業を受けてるこの子がどんだけ優秀なのか?って思ってしまう。(もっとも私がアホなだけな可能性も高いが)

 

他のページも観てみたら、石油コンビナート内部構造が詳細に述べられていたりしてた。
もし、この子のようにエチオピア全土でこのような教科書で子供が学んでいるとすると、エチオピアの将来って躍進するんじゃないだろうか?
それとも、こんなハイレベルな授業を受けていても、石油が取れる国に出稼ぎに行くのが彼らの現実、将来なんだろうか?
自分はこんないい年してこんな教科書も難しく感じているのに、なんで日本の GDP は世界第三位で、また自分は旅費を捻出してこんなエチオピアまで来る事が出来るのか、ちょっと不思議に思えてくる。


話を買い物に戻す。
今回、何が欲しくなったか、それは、アンティークのエチオピア正教の聖書だった。
アムハラ語で書かれていて読めるわけないし、クリスチャンでもなんでもない無宗教の自分が、こういうものを保持する事は果たして許されるのかっていう思いもあったけれど、eBay なんかで確認すると結構なお値段で売られているので、それなりに自分みたいな物好き/アンティーク好きが買っているものと思われる。


僕はこの店で一番古めかしい聖書を出してもらった。
ブックカバーは木で出来ていて、中はパピルスかなにかの紙で出来ていて、割と丈夫。
ただ、ブックカバーの木の部分は年期のせいか、割れていたし、紙もどころどころ欠けていたり、かなりくたびれている。
でも、そういう所がアンティークマニアの心を鷲掴みするポイントだ。

 

僕は、かなり長時間値段交渉した。

 


最中、コーヒーセレモニーやってくれてコーヒーとパンをご馳走になった。

 

この店、姉妹で切り盛りしてるらしいんだけど、母親はアジスにいるらしい。
長時間の交渉はやがて「そんな値段で売ってよいか母親に確認する」って電話で許可を取る始末。

このおねーちゃんはとてもしっかりものだ。

顔も整っているし、、、かしこそう。

 


電話で最終決定権のある人にわざわざ聞くって事は、大分自分が無理な交渉をしているのはわかった。

 

コーヒーを作ってもらいながら談笑。

 

やっとできたコーヒーを注いでもらう。

 

じゃん!味は、昼間ゲストハウスでねーちゃんに入れてもらったのと同じくらい。

クオリティの差異はよくわからん。


それにしても、昔のモロッコ編で書いたように、こういう値段の付いていないものを買うときの交渉って、交渉は面倒くさいと思いがちだけど、実はハマると結構面白い。
ぼったくられる可能性はもちろんあるけれど、値段の付いていたら絶対にこんなに安くならない、っていう価格まで下げ落とす事も出来てしまう。

 

最後は希望価格は差異がプラスマイナス 200 ブルの交渉になったのだけど、これ以上は絶対負けないというので、その辺のキーホールダーとペンダントなんかを 3 つ付けてもらう事で話はついて、ついにアンティーク聖書はゲットできた。

いくらで買ったのかはここに書かない事にした。

 

参考までに、たとえば、さっきの ebay 内のエチオピアの聖書のページ だと、自分が買ったものと同じ位のサイズの奴で 1400 ドル〜4000 ドルっていう値段が付いてる。

4000 ドルとかいって、ウシュアイアからなら南極行きの船に乗れるかもしれない値段じゃん。

正直こんなに高くはない。

言い値と買値は、ここにならんだ商品と同じ位のクオリティで 1/10 かな。

 

購入した聖書を紹介しよう。

 

こんな風にカバーは木製。

 

横の部分。厚さ的に ebay 内のものと変らん。

 

中身。

 

教会内で司祭がもってそう。

 

アムハラ語で書かれているので全く読めない。

 

なので、上の方にも書いたとおり、聖書の本来の使用方法が取れておらず、収集癖のある異国の変な奴に買われてしまった、ある意味かわいそうな一品だ。

 

アムハラ語はまったく読めないわけだけど、独特の筆使いで書かれてた絵が時々描かれていて、そこはかなり興味深い。

右の絵は天使だね。ゴンダールの教会の天井に沢山描かれていたやつ。

左はよく見りゃ左足が吹っ飛んでいて、ヘビがいるという。。。ヘビに足を食われた司祭の絵かね?

 

一緒につけてもらったペンダント。

最近、ご覧の通り酸化が進んでる。

 

謎の人型キーホールダー。

これも鉄の部分が錆びてしまった。

人型の全身は木製で、こっちはまだまだ劣化していない。

 

サイの絵のキーホールダー。上の方のおねーちゃんが写真の中で手に持ってる奴。

素材はなにか骨か角か。

 

 

なお、ネットみてたら、アンティークとビンテージの違いについて述べられているのを見つけた。
アンティークは 100 年以上前のもので、
ビンテージは 25 年以上前のもの
という定義がアメリカにあるらしい。
って事は今回購入した聖書は 100 年未満の可能性が高いから "ビンテージ" とするべきか。
ま、広い意味ではどちらも骨董品の事のはずなので、このままでいっかって思ったとさ。

 

さて、買うものを買ったので、いよいよ帰ろうとしたとき、外の雨は止んでいなかった。

さっきの男の子が傘を持ってきて、ゲストハウスまで送ってくれるという。

なんて優しいんだ。。。

僕はこの秀才くんと相合傘で帰ったとさ。

 

おしまいおしまい、、、

 

と思っていたら、しばらくして帰ったはずの男の子がまたゲストハウスにやってきた。

外はもう暗いのに。。。

 

ここでちょっと残念な展開になる。

秀才くんがいうに、「友達だからなんかくれ」っていう、、、非常に分かりやすくいうと物乞いにやってきたのだった。

 

見れば秀才くんは金目のものやら衣類やらを欲しがってる。

服なんてどうせTシャツだけど、あげられないよ、着るもの無くなってしまうから。

金目のものとか、子供とはいえ正直ふざけるなと思った。

さっきまでは、教科書見せてもらって手放しで秀才くんを称えてたけれど、こんな側面を垣間見るとちょっと違う見方にもなってくるわ。

自分は結構衝撃を受けているんだな。

でも、それがリアルって事か。

 

僕は最終的に剃刀とボールペンをあげた。

秀才くんはかなり不満そうだったが。。。やっと帰ってくれた。

 

なんだろうなぁ

もしかしたら、アジスの母親から電話がかかってきて、「なんかもらって来い!」って焚き付けられたのかも。

そこには、聖書を安くし過ぎた事がもしかしたら起因しているのかもしれない、、、わからないが。。。

 

ってかゲストハウスの人、子供とはいえ中に入れちゃあかんだろ、友達って言葉を鵜呑みししてるな、さては

 

 

次回、危うくカツアゲされそうになる話とラリベラ出発まで

 


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岩窟教会第二グループの続きと聖ギルギオス教会、結婚式大行列

ラリベラの結婚式 - Wedding Ceremony, Lalibela

 

ずいぶん更新の間が開いてしまった。

いやー忙しいのよ

7月の5連休で行った極東ロシア、なんと肋骨を骨折してカメラ破損!病院通い、カメラ修理、海外保険請求等手続き盛りだくさん。

次に、自宅のテレビがこれまで通りの利用が出来なくなるらしく、テレビや電話、光回線の工事をすべて自分が手配して、これもめちゃくちゃ時間取られてた。

さらに、BTO の PC の調子も悪い。いきなりハングして電源落ちたりしてた。

中開けて埃を吸ったら大分マシになったけど。

さらにさらに、その上、シルバーウィークに夏休みを取るにあたっての旅行準備も結構時間がかかった。トルクメニスタンの観光ビザ取得したんだけど、渋谷の大使館が高級住宅街にある高級な一軒家といった佇まいで、人の家上がるような感覚だったり、大使とすべて英語応対+雑談したりと、いろいろ印象深かった。

次回更新のタイミングくらいで旅程表がアップ出来ればいいな。

 

って、いろいろ更新出来なかった理由を近況とともに列挙してみた。

 


---------------前回の続きで書くと、ラリベラ第一グループをさくっと見た後、ちょっと第二グループを見学、昼休憩の時間になってしまったので、自分も一旦ゲストハウスに帰って昼ごはんを食べた所までだ。

 

律儀に続きを書くと食後は第二グループ見学の続きだ。
もはや何度通ったかわからない広場。

 

第二グループの山へ登る途中の工事現場
重機は無くて、ツルハシで地面掘ってた。
たまたまなのか、これが普通なのかわからない。
空港からラリベラの町へ来る途中、普通に重機を見た気がするし、ダナキル砂漠でも時々道路工事をしているところで重機は同様にみたから、重機が無いわけではないとは思うんだけど。
 

教会群第二グループがある山を登りきった所。午前中の写真 (前回の記事) と大体同じ場所。

 

あ、トカゲだ! (こういうコメントは "小並感" っていうんでしょ?最近覚えたんだからね!)

 

聖アバ・リアノス教会 (Bet Abba Libanos) 再訪。

あれ?まだ開いてない?

まぁいいや

後で入ったけれど、印象に残らなかった。。。ついでに、聖エマニュエル教会 (Bet Amanuel) も勿論入ったけれど、正直言って特徴がわからず、他の写真と区別がつかないレベル。

 

適当に歩きます。

 

立体迷路で結構複雑。

 

登ってきたけれども、こういう険しい岩山を登る点からは靴で来たい所だけど、教会に入るときにイチイチ脱ぐ事を考えると、ビーサンの方がいい気もする。

結局ビーサンで済ませたけどね!

 

聖マルコオリス教会 (Bet Merkorios) 。割と小さい方だ。

靴軍団が入り口で靴を脱ぐのに時間がかかってる。

ビーサンで来ている自分は意味もなく優越感にひたる。

 

内部。えっと、ふつう、、、だな。

 

さっきの靴軍団だ。

 

十字の差込口が素敵。

 

壁画。写りがあまり良くない。

 

中心におかれたフレスコ画。

正教会系ってみなさん、なんかこういう絵画に祈ってるよね (無知)

 

聖マルコオリス教会 (Bet Merkorios) の外観なんだけど、聖ガブリエル・ラファエル教会 (Bet Gabriel-Rufael) と大体同じで間違えやすい。

 

山の上に出てきちゃった。

 

山の上もダンジョンの一部です。

なんかね、どの教会がなんなのか、どこの道からどこに出れるとか、よくわからないなよね。

地図に関して、少なくとも教会の位置関係は多分、コレ が詳しい。でも実際歩いた感じ、完全じゃないね。

それに、張り巡らされた地下道については、もはや魔境レベル。把握しきれる事は一生なさげ。

 

名称不明。ちょっと他とは異質な感じなんだけど、補修中で入れない。

 

なんか、他よりもっとシンプルで丸みがある。

そして凄く脆そうな雰囲気。

 

よくよく見ればどこもかしこも屋根だらけ。

 

雄大な風景に黄昏る二人。

 

聖ガブリエル・ラファエル教会 (Bet Gabriel-Rufael) の真上に出てきちゃった。

 

よし、帰ろう。

 

これから登ってくるジモティーたち

 

とりあえず、もういちど聖ギルギオス教会 (Bet Giyorgis) へ。

何度だって来てやるさ!人類の夢だからだ!

 

第二グループを観てる時より、数倍はテンションあがるわ〜

 

むむむ、、、空模様が怪しい。。。

 

上の方から撮影。結構ね、撮影が難しい被写体だと思うわ。

写真撮ると、天井のマークだけになったり、側面の一部になったりと、なかなか収まりがわるい。

 

ってか、めっちゃ雨降ってきた!

 

聖ギルギオス教会の見張り小屋。見事なトタン建築である。

小降りになるまで、監視員のおっちゃんに中入れてもらった。

 

ああーもう、マジでずぶ濡れだー

キャノンの一眼レフはビニール袋の包んでかばんにしまっちゃったからね。

これはオリンパスの耐水性のカメラで撮影。

 

なんか、なかなかやまないなー 小屋に結構長いこといたかな。

 

ちょっと小降りになってきたので、意を決して外に出た。

 

大分マシかな。

 

なんか、やってきたぞー

 

これはもしや、結婚式では?

 

多分そうだ。坊主、ヘアスタイルがキューピーちゃんなのはなぜ?

 

棒持った集団が走ってやってくる。ちょっと怖い。

 

ザ・流し撮り!しかし、手振れ補正機能を付けたままにしちゃった。

 

うっわwww

なんでこんな大人数!?

なじみの広場に人が流れ込んできたぞ

 

いやーエチオピアの結婚式って盛大だわ。。。

 

広場の花壇の周りを歩く新郎新婦。

 

広場にはロバが待機。

で、

 

新郎新婦が乗ります。

 

この集団はしばらく広場の花壇のまわりをぐるぐるした後、いずこかへ消えていったのでした。

 

 

次回の更新は今週末に絶対やります。

二夜連続で書いて、ラリベラは終りにしたいな

 


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